第二世界 プレパラシオン第一話 俺の名は  

 涙を流している僕にシキさんがそっとハンカチを渡してくれた。


「さぁ、行こうか」


 そうしてシキさんは何もないところに手をかざした。するとその場に扉が出現し、僕に手を差し出してきた。

 困惑と不安はあったがシキさんの目を見てそっと手を取り、扉に入った。光に包まれて目を開けると、そこはファンタジーなど一切ないようなごくごく普通の事務所の様な場所だった。部屋の真ん中に背の低い机とソファーが対に並んでおり壁には収納棚なんかがあった。


「ようこそ、ファイカーズへ。」


 ありふれた小さいビルのような場所だが、明らかにおかしな部分もちらほらあった。横にある扉が少し開いていてその先がチラッと見えていたがそこには先の見えない長い廊下があった。それに…


「なんですか?あれ、」


 窓の外を指さして言った。目に見えたのは、青紫の星空のような物が一面にある広い空間。


「あれ?んー外だよ。」

「いや…」

「外だよ。」


 念押されて気になるけど聞けなかった。


「とりあえず座って。」


 言われるがまま、ソファーに腰を下ろした。


「じゃあ早速、君に言わなければいけない事があるから、順々に説明していくよ。」


 シキさんの真剣な顔に、とてもトイレの場所を聞く事はできそうになかった。


「まず、この世界の形について。聞いて驚くなとは言わないけど、静かに聞いてね。もともとこの世界は複数の世界の連なり、私たちは、一つ一つの世界をアストと呼んでいるんだけど、そのたくさんのアストの集まりでできてるんだ。」


 初めて頭の上にハテナがでた。そう感じるくらい珍紛漢紛だった。


「まぁ急に世界の形って言われるとそう言う顔するよね。」


 すると、立ち上がり壁にある収納棚の前に立った。


「簡単に例えると、レンは本棚とか持ってる?その本棚にいろんな種類の漫画や小説があるでしょ。その本一つ一つが違う世界で、ことなる常識で、違う生き物が住んでいるでしょ?そんな感じ。」

 

 そのまま収納棚にある一つの本を取り出して僕に見せてきた。


「アストとは、その中の一つの本。そしてここはその本と本を妨げる淵、そう捉えて貰えればいいよ。正確にはもっと広いけど。」


 つまり、並行世界みたいな感じのがいっぱいあるってことなのかな?


「その顔は理解できたってことでいいかな?」

「まぁ、多分?」


 シキさんが手を鳴らした。


「さぁ伝えるべき最低限の事は伝えた。ここからは、入団試験だ。」


 え?聞いてないんだけど…


「ふふ、『そんなの聞いてない』みたいな顔してるね。そりゃそうだ。言ってないもん。」


 思い出した。この人頭いかれてるんだった。


「さぁ助手くん例のものを。」


 シキさんがそういうと奥から眼鏡をかけた小さな子が何かを持ってきた。


「誰が助手だ、ほら。」

「じゃあレン、このアーティファクトを起動させてみたまえ。」


 変な口調で渡されたそれは少し変わった形の指輪だった。


「なんすか、これ。」

「アーティファクトだよ。説明めんどくさいから、なんか特殊な武器だとでも思っておいて。」


 この人、ついにめんどくさいって言いやがったぞ。


「どうすればいいんですか?」

「ん?対話でもしたらいいんじゃない?これ以上は言わないよ。それも含めて試験だから。」


 そういってメガネの人と一緒に出て行ってしまった。 


「………」


 突っ込みたいことが多すぎて頭がパンクしそうだから、一旦全てを忘れることにした。


「まず、対話ってなに?まずこの指輪になにすればいいんだよ…」

 

 不満を募らせながら、とりあえず指にはめてみた。


「えぇ指輪さん、指輪さん、もし聞こえたらお答えください。」

「・・・」


 まぁ何か起きるわけもなくただ静かだった。


「はぁー!?何すればいいんだよ。」


 おもっきりぶん投げてやろうと指輪を外そうとすると外れなかった。


「え、外れないんだけど…嘘でしょ。」


 どんなに力を入れて外そうとしても外れなくて、諦めてソファーに座った。


「思えばいろんなことがあったな。まだなんでここいるのかをわからないし。なんだよ世界の形って、頭パンクするわ。」


 そうため息をついて指輪を見ていた。すると急に意識が朦朧として気を失った。

 

 知らない、とても暗いところにいた。足を踏み出すと水の音が聞こえた。周りは真っ暗で、水が下一面に張ってる様な湖みたいな場所。でもなぜか僕は水の上に立っていて、とても不思議な場所だった。


「どこ、ここ。」

 

 見知らぬ場所に戸惑い少し考え答えを出した。


「夢か。明晰夢って奴だな。」


 早く夢から覚めようと思いその場から離れようとしたその時、どこからか声が聞こえた。


「おいお前。」


 へ?突然の声にすごく戸惑った。


「お前はなぜ力を欲する?」


 唐突に聞こえた声に一瞬フリーズしたが、その後、アーティファクトの事を思い出し、これがシキさんの言っていた対話なのだと理解した。


 欲する?って言われたって…、試験だからって言ったら殴られるかな?


「強いて言うなら誰かを助けるため?」


 少し迷いながら答えた。


「なぜ助ける?」

「…僕を助ける誰かを助けるため。」


 また迷いながら答えた。


「それは、本当にお前が望むことなのか?」

「……」

 

 答えられなかった。わからなかった。自分が何をしたいか。


「もう一度聞く。それは本当にお前の望むことか?それがお前の理想か?」


 『理想』その言葉に僕の中の何が引っか掛かった。


「僕は…誰かを助けたい?いや違うだろ。」

 

 自分に問い、僕はこの時に初めて僕の理想を理解した。


「ならばもう一度聞こう。お前はなんのために力を欲する?」

「助けれる様になるために。」

「お前は力を手にして、何を成したい?」


 右の手のひらを見ながら答えた。


「僕がこの世の終わりみたいな時、手を差し伸べてくれた人がいた。その人はとても優しく暖かく、それでいてとても悲しそうな目をしていた。」


 右の手のひらを握りしめた。


「でも…今の僕には、その人に何かをしてあげることは出来ない。だから、あの人が何かする時、あの人が何かしたい時、あの人に何かあった時、あの人を手伝えるように。そしていつか、あの人を助けられるように。僕は力が欲しい。」

「それがお前の理想か?」

「これが僕の運命だ。」

 

 ………少し沈黙が続いた。すると水面に斑紋が出た。


「ハハッ。いいなお前、それがお前の運命か。なら俺の力を貸してやる、俺の名を呼べ。俺の名は…」


 ファイカーズの廊下でメガネとシキが話しながら歩いていた。


「ねぇシェリー、ごめんって拗ねないでよ〜、確かにハメ技使いまくったのは謝るから〜。」

「私はそんな事で拗ねない。それよりいいの?シキ。」

「何が?」


 シキのスッとぼけでもない本当の聞き返しに少し困惑した。


「何が?って。あの子よ、確か…」

「あだレン?」

「そうその子、レンくん。ほっといていいの?入団試験なんて初めてやるし、そもそもあのアーティファクトはだれも、貴方でさえ起動出来なかった不良品でしょ。そんなん渡して…」


 話を遮って否定した。


「アーティファクトに不良品はないよ。ただ私が使いこなせなかっただけだよ。それにただ知りたいんだよ。レンがどんなことをするのかを。」


 シェリーは反省して口をつぐんだ。それを見て少し慌てて気さくに話した。


「ま、まぁどんなことをするか、その姿勢を見るだけだから後で謝るよ。」


 そんなこんなでレンのいる部屋のドワを開いた。


「やあレン、調子はどうだい?何もできなくてもそんなに凹まな…いで?」


 扉を開くと、とてつもない空気が襲ってきた。

 中を覗くとそこには…ただ立つだけなのに、ただ剣を構えてるだけなのに、それはとてつもない威圧を放っていた。シキが反射的に構えてしまうほどに…

 レンの姿を見ると、昔に読んだある物語に重ねてしまった。

 誰も逆らうことのできない絶対的な王にたった一人で立ち向かう物語の騎士に。その騎士は理想と運命を掲げ、その手には真紅を纏い、暗闇を照らす白銀のつるぎを…


「マジか。」


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