アストラルフェイカー's

二淵 アメ

第一世界 リスタート

 

 机に頭を置き伏せていた。まだ教室は騒がしく、教卓に先生がきても収まらず。僕はまだ眠気があり、まぶたを擦すった。

 先生が教室の声をかき消す声で声をかけた。


「ホームルーム始めるよー」


 視線を向け、でも話のほとんどは頭の右から左に流し、すると先生がいつもと違う様子になった。どうやら教育実習生が来るらしい。


「えー今日から教育実習生がきます。けど、質問攻めしたりして迷惑をかけないでねー」


 いつも違う出来事は、教室内を騒がせた。


「入って来て下さい。」


 けれど、ドアが開くと不思議と騒いでいた空気が消えた。でも…なぜかはすぐに理解できた。

 入ってきたその人は…まるで別世界の住人のようだった。透き通る…飲み込まれる様な特徴的な琥珀の瞳。肩につかないくらいの、純白に少し紫みがかる髪。背丈は百七十センチくらいだろうか。この世のものと思えないほど綺麗な…まあ、言うまでもなく超絶美人だ。


「どうも初めまして、城ケじょうがさき 紫姫しきです。皆な、よろしくね。」


 声を聴いてやっと現実だと認識できた。

 でも、多分…この時が一番良かったかもしれない。紫姫先生は挨拶した瞬間にみるみるやる気をなくしていった。


「…って、元気よくやれば気分上がるかなって思ってやってみたけど…やっぱイマイチだね。正直私ねぇ、嫌いなんだよね教師。」


 その砕けた様子は、僕の、僕達の幻想を瞬時に破壊した。


「だって偉そうじゃん?あの人たち。なんか勝手な考え押し付けてくるし。」


・・・は?クラスの大半はポカンっとしていた。

 そりゃそうだ。だって、教師の卵である教育実習生がいきなり教師を否定したんだから。

 そんな、皆の困惑など知る由もないほどに先生はみんなを置き去りにして話を続けた。


「あー、でもあれは好き。あの…人の悩みを聞いて、真摯に向き合って、その人を導いてくれる人。だから、もし困ったことやどうしようもなくなった事があったら私に相談して。絶対助けるから。」


 いい話をしてる風だが、流石にこれでは巻き返せない。

 あれだ。多分…あの人頭おかしいんだ。だって隣見てみて、すごい顔してるよ。まぁ目の前で教師に喧嘩を売ったんだから。当然っちゃ当然なんだけど…


「よろしく。」


 でも…なぜか最後の言葉は、あの人の目には、すごく重みがあった気がした。

 が…その後、紫姫は先生に連行され、廊下で説教を受けていた。そして僕も、姿を見て気のせいだと気付いた。


******


 昼休みに入り友人と食事をとっていた。


「なぁ、あの教育実習生どう?」


 友人の勇気ゆうきが、どかっと机に肘をつけながら聞いてきた。


「どう?って、頭のおかしな人。」


 少し呆れながらいった。


「まぁたしかにヤバかったけど、美人じゃん?」

「それはそう。でも今はやっぱり変な人って感じかな。」


 勇気がジュースを片手に、背もたれに寄りかかった。


「でも、あの人何故か結構馴染んでるよね。」

「うん、そうなんだよね。どうしてあんな馴染めるんだろう?美人だから?美人だからなの?」


 不思議そうに話してると、勇気が何かを思い出したかの様に話した。


「そういえばあの人…変な話してたよな。」

「あぁ、あれか」


******


 少し記憶を遡り、女子高生数名が紫姫を囲み質問攻めしていた。


「先生は、彼氏とかいないんですか?」


 女子高生の一人がたわいもない様に聞くと、紫姫先生は不敵な笑みを浮かべ答えた。


「ん?どっちでしょう?君にはどう見える?」

「え?…い、いるんじゃないですか?そんだけ美人なんだし。」

「そうかもね。」


 はぐらかす紫姫に少し困惑していると、今度は紫姫が質問した。


「じゃ、私も質問していい?」


 彼女たちは何を聞かれるのかと、少し怯えながらうなずいた。


「ありがとう。じゃあ、最近おかしなこととか起きたりしなかった?例えば…本来起きないようなことが起きたり、変だなぁって思うようなことがあったり。」


******


「あれなんだったんだろ?」


 確かに、普通の教育実習生が聞くような質問じゃなかった。


「うーん、わからん。」


 その時、スマホから通知が来た。ズボンのポケットから取り出し、画面を見ると自然と広角が上がった。


「何かあった?」

「いや、友達が一緒に帰ろうって。」


 勘繰る勇気にはぐらかして答えた。


「何?女の子?」

「まぁそうだよ。」


 少し照れくさそうに答えた。


「お、もしかしてかのじ…」

 

 声を遮りながら答えた。


「違うよ。あの子だよ」

「あー例の子か。」


 そのまま他愛のない話をして放課後になった。


 下駄箱から出て校門を通ると、校門に軽く体重をかけ、寄っかかってスマホをいじってる女の子が居た。

 女の子はこちらに気づくとすぐにスマホをしまってこちらに向かってきた。


「蓮さん、こんにちは。」


 彼女は満面の笑みで話してきた。だから俺も満面の笑みで返した。


「こんにちは。今日はご機嫌だね。なにか良いことあった?」

「はい。今日は新しくお友達が増えました。」

「へー、よかったじゃん。仲良くできそう?」

「はい。お陰様で。」


 他の人からしたら少し不自然な会話と思うかもしれない。でもこの子にとって、これはとても良い話なのだ。この子は姫野ひめの 美里みり。すごく特殊出会い方をした僕の友達。


******


 ある時の学校帰り。とても強い雨の日だった。いつものようにバス停に向かっていると、大雨のせいでバスが遅延しているらしく、歩いて帰ることにした。ふと道中、いつもとは違う道で帰ろうと思い、少し道を探した。


「…そういえばここら辺、有名な場所あったよな」


 ここら辺には有名な自殺スポットのでっかい橋があったのでそこを見に行くことにした。

 歩きながらふと「自殺スポットがあるからそこ通ろう」って相当不謹慎だなと思い、ちょっと胸がちくっとした。

 

 橋に着くと、大雨でとても視界が暗く、ほとんど何も見えなかった。

 そんな中、橋の中央の手すり付近に人影があった。こんな大雨に人がいることを不思議に思い、少し近づいた。

 その時、その人影が橋の手すりをよじ登っていることに気がついた。

 

 瞬間、体が動いた。自分でもびっくりするほど自然に、そのままその人影を引きずって止めた。


「誰!何するんですか!?やめてください!なんで止めるんですか!」


 人影の正体は同年代の少女だった。

 橋から引っ張って押さえていると、少女は腕の中で暴れまくって抵抗していた。

 あと、文面だけ見たらすごい犯罪臭するなと後々思った。


「ごめん。目の前の出来事がよくわかんなくて答えられない」

「何言ってるんですか?あなたそもそも…誰で…グスン…」


 少女は泣き出してしまった。


「あの、その…なんかごめん」


 少し、ほんの二、三分ほど経ち、少女は落ち着いた。


「あの離してくれませんか?」

「ご、ごめん」


 すぐさま離して謝った。それから少し話を聞くことになり、近くの屋根のある公園に行った。

 会話は、趣味とか普段何してるのかとか他愛のない話、それから何で橋から落ちようとしたのかとか、そもそもこの子の名前とか。それが、この子との出会いだった。


 それからいろんなことをしたんだけど、すごい長いから簡単にまとめて話すよ。

 彼女は、まぁよくあるいじめにあっていた。同期もありふれたもので、いじめの主犯格が気になっていた男の子が姫野さんを好きだったとかそんなことだ。

 だから僕は、友達にも協力してもらってそのいじめを解決することにした。例えば、いじめの現場の写真、会話の録音を集めたり、いろいろと。その後、証拠を主犯格に突き出し、それに乗ってた奴らも証拠で脅し、

 そんなこんなで、姫野さんの飛び降り未遂事件は幕を閉じた。そして最近、姫野さんがうちの高校に転校してきた。


「どうしたんですか?」


 彼女が首を傾げながら聞いてきた。


「いや、俺…結構凄いことしたんだなって思って」


 てか、こんなことしたらなら普通の女の子は俺に惚れるだろ。


「はい、蓮さんはすごいことをしてくれました。」


 笑顔で答えてくれる姫野さんを見てちょっとだけ良心が傷ついた。

 いつものバス停に着くと、姫野さんは少し様子が変わった。


「あの蓮さん、歩きながら行きません?」


 少し違和感はあったけど、気にせず頷いて歩いて帰ることにした。

 例の橋を通る時、姫野さんが立ち止まった。


「どうしたの?」


 不思議に思い姫野さんに聞いた。


「あの蓮…くんちょっといいですか?」

「うん。」


 影で顔が隠れていて、姫野さんの目が見えなかった。


「あの…その好きなんです。蓮くんのこと、だから付き合ってくれませんか?」


 普通なら喜ぶべき場面で、…何故か僕は少し怖くなった。背筋が凍る様な、鳥肌が立つような、それは姫野さんに対してのものではなく、ただ本能的と言うか、生物的な、恐怖。

 そう考えていたせいで、姫野さんに反応するのが遅くなり、急いで返そうとした。


「…ありがとう。でも、ごめ…」


 返そうとする声を遮って、彼女が話し始めた。


「その蓮くんのこと…いつも見てました。蓮くんがあの日ここで、私を助け出してくれた時から。」


 聞いて嬉しいような言葉が何故か背筋を凍らせる。


「私、あの日から少しでもあなたの事知りたくて、いっぱい調べました。蓮くんが普段どんなところでどんなことをしているのか。通ってる学校を見に行ったり…蓮くんの家を見に行ったり…」


 ここで、ようやく気づいた。姫野さんの異常に。


「最近、いじめの件が終わって蓮くんにあんまり会えなくてなって少し寂しくて…でも、でも、蓮くんの家に行くと落ち着くからいいの。最近蓮くん、鍛え始めてるよね。でも、八〜九回で辞めちゃうよね。でも、それでもいいと思う。それと蓮くんが最近好きなお菓子、私も食べ始めたの。あれ美味しいよね。それから…」


 影で隠れていた姫野さんの目は明らかに普段と違った。いや、この世のものとは違がうと言った方が正しい。

 その目を見た瞬間、恐怖が身体を支配した。


「どうしたの?蓮くん」


 それを察したのか彼女は、話を止め、頬に触れた。


「君は…いや、お前は誰だ?」


 そう聞くと、姫野さんの瞳孔が大きく開き、顔を近づけて来た。


「どうしてそんな酷いことを言うの?私は貴方を愛する人。貴方だけを愛する人。」


 そういうと胸にかかっている奇妙なペンダントが禍々しく光った。それは姫野さんを赤い繭の様なものて包んでいき…その時、声が聞こえた。


「助け…蓮…く」


 聞き覚えのある声が聞こえた。それが誰だれで、何をして欲しいかも理解できた。。それでも僕の足は

 

「逃がさないよ。」


 ドスの聞いた声でそう言い放つ。目の前にいるのは、赤い繭を包む赤黒いヘドロ、それが形を成し生まれた流動性の化け物。

 その化け物は僕の足を掴み宙吊りにして持ち上げた。

 勇気を振り絞り抵抗しようとした。それでも力はあまりでなかった。それは目の前の恐怖の化け物に絶望したからではなく…

 ただ、姫野さんが助けを求めたのにも関わらず、一歩後ろに引いてしまった僕に対する失望。


「…何やってんだよ。」


 僕の中に溢れ出す苛立ちを、目の前にいる化け物にぶつけようと手を伸ばした。けれど、拳は届かず…


「少しおとなしくして。」


 暴れている僕を大人しくさせようと、地面に叩きつけられた。


「ーッ!!」


 僕はこの時、強烈な痛みと自分への怒り、それと目の前で起きている非日常で、頭がおかしくなっていた。要は少しハイになっていた。


「この程度かよ。でかい図体で大したことないな!」


 挑発すると化け物はジリジリこちらに近づいてきた。


「僕を殺すか?なぁ!化け物。なら先に姫野さんを返せよ!」


 化け物は聞く耳を持たず、じりじりと近づいてきた。

 化け物がすぐそこにまで来て、レンに襲いかかる時…死を覚悟し、目を瞑った。

 すると突然、瞼の内側から光が刺してきた。

 

 目を開けると、ヘドロの手は吹き飛ばされ僕とヘドロの間に人が立っていた。


「大丈夫?えっと君は…レンくんだね。」


 目の前に現れたのは、見覚えのある…と言うより、記憶に新しい頭のおかしな教育実習生だった。

 しかし、目の前に居た教育実習生は暗いロングコートを羽織り、別人のような姿だった。それはまるで本当に違う世界の服装の様な…


「とりあえずレンって呼ぶよ。で、どんな状況か説明できる?」


 その質問に、さっきの自分の後悔を全て乗せた。


「姫野さんを助けてください。」


 そう聞くと紫姫さんはバッと振り返り、驚きつつ、少し笑顔になった。


「ははっ。わかった、任せて。」


 俺を後ろに下がらせると、シキさんは本を取り出して化け物に手を向けた。

 

「『カテナ』」


 瞬間、化け物の周りに無数の鎖が出現し、化け物を拘束した。


「よし、ひとまずOK。」


 一瞬でなす術の無かった化け物を抑えたことに少しびびった。


「と、とりあえず、ありがとうご…後ろ!!」


 ヘドロの化け物は、鎖ので拘束されてない部分でシキを襲った。

 すると、シキさんはすぐさま床に手をついた。


「『夜空の繭』」

  

 ドーム型の夜空がシキさんと俺の周りを覆った。


「あっぶな!油断も隙もないな。まぁけどナイス、レン。」

「ど、どうするんですか?」

「まぁ、とりあえずさっきの鎖でわかったけどあのヘドロみたいなの、多分無限に出てくるから無視して本体を叩こうかな。」

「本体?」


 シキさんが指を刺しているところを見るとヘドロがでている中心で赤い何かがチラチラ見えていた。


「多分…あれが核だと思う。から、あれをどうにかすればあの化け物は倒せる。」


 その言葉に不安がよぎり紫姫を止めた。


「待ってください。多分あれの中に姫野さんがいる。」


 止めようとすると、サッと避けられ頭に手を置かれた。


「フフ、大丈夫。安心して必ず助ける。」


 自信満々の笑顔のシキさんを見て少し不安が消え、余裕ができた。


「あの、姫野はどうしてあんなのになったんですか?」


 さっきからずっと疑問だった。初めて会った時、姫野さんからはあんな異常な感じは無かった。今の姫野は…まるで誰かに操られてる様な。


「レンはさっき、変なペンダント見たっていったよね。それがまぁ簡単に言うと、この世界にあってはならない異物なんだよね。それが彼女を操ってるの。」

「どうすれば助けられるんですか?」

「あの赤いのからペンダントを取り出して止めれば戻ると思うよ。」

「じゃあ…」


 何かを言おうとした僕の言葉を、遮るようにシキさんが止めた。


「ダメだよ、危ないから。これは私の仕事。安心して私が責任持って彼女を助けるから。」


 なんとも言えない、やるせない気持ちがでてきた。


「まぁそんな顔しないで大丈夫。」


 そう言いながら笑顔で繭からでて、ヘドロの方へ行った。


「やぁ初めまして。私はシキ。安心して、今助け出すから。」


 ヘドロは鎖を無理やり引き剥がし、紫姫を襲った。

 すると、シキは避けながらヘドロを吹き飛ばし進んだ。


「『ラージュヴァン』」


 紫姫の周りに大きな風が舞い、その風を腕に纏った。

 纏った風で、ヘドロを飛ばしながら突き進んでいき、赤い繭に触れられる距離まで近づき赤い繭を割ろうとした。

 しかし、赤い繭は傷一つつかなかった。


「硬ったー。何これ。」


 止まった紫姫にすぐさまヘドロが襲い、ヘドロの腕が紫姫に直撃し、吹っ飛ばされ僕のところまで飛ばされた。


「大丈夫ですか?」

「あの赤いのすっごい硬い。やっぱでかいの打って砕く方にする。」

「それだと姫野さんが。」

「大丈夫。えーと確か、」


 不安そうな僕を安心させるために、シキさんが本を開いて何かを探していた。


「あったあった、これ。」


 すると白と黒が溶け合ってるようなナイフを見せてきた。


「これは?」

「『アフェレシス』。刺した物とその外殻を分離できる優れもの。あのヘドロが邪魔で上手くできるかわかんないけど、まぁ頑張るよ。じゃ、行ってくる。」


 そう行って嵐のようにすぐに行ってしまった。

 

 ヘドロに向かっていったシキは、ヘドロの薙ぎ払いを避け『ラージュヴァン』を使って赤い繭まで近づいた。すぐさま繭にナイフを突き刺そうとすると、ヘドロが囲むようにシキを攻撃した。それに被弾したシキは、橋の端までぶっ飛ばされた。

 その時にナイフを手放してしまい、レンの所まで転がって行ってしまった。


「痛った。クソ、あいつ罠貼ってやがった。意外に頭回ってるのか。…頭ないのに。」


 そしてすぐ立ち上がりヘドロに応戦した。 


 目の前に転がるナイフを見て何かがよぎり、それを手に取った。

 これを持ったからって何かできるとは思わない。思わないけど、何もしないのはもっとありえない。僕はもう逃げない。

 

「やばい、ヘドロが無限に出てきて…このままじゃジリ貧だ。」


 少し気を抜いた瞬間、無数のヘドロが集まり一気にぶつけられ、橋の手すりにめり込んだ


「はは、ミスった。」


 手すりにめり込み、あと一発で外に飛ばされる場所に追い込まれた。

 

 どうしよう…さっきの一発が効いてすぐに動けない。やばいな…どうする。

 

 ヘドロがもう一度集まり、シキを攻撃しようとしたその時!


「姫野!そんなやつに負けんな!」


 ナイフを握りしめ、小刻みに震えながら、ヘドロに立ち向かうレンの姿があった。


「何してんの!逃げて!」


 シキさんの声を無視して話し始めた。


「状況はどうあれ、僕はまだ君に告白の答えを言ってない。だから僕の答えを聞いてくれ。」


 ヘドロに向かって無我夢中に走り出した。するとヘドロもこっちに攻撃しようと向かってきた。

 

 何?プランはあるかって?ないよそんなもん、やけくそだ。


「あああぁ"!!」


 ヘドロの攻撃が俺に当たる数ミリ前で、鎖がヘドロを吹き飛ばした。


「動くなって言ったよね!?けど今はいい。姫野さんまでは全力でサポートするから、行って!」


 そのまま無我夢中で走り続け、紫姫のサポートのおかげで、気づけば赤い繭まできていた。


「姫野!起きる時間だ。」


 ナイフは赤い繭を貫き姫野まで届いた。その瞬間、その場は光に包まれ、姫野とヘドロの化け物が離れた。


「シキさん!」

「よくやったレン。後で頭撫でてあげる。」


 シキは腹を抱えながら立ち上がり、ヘドロの化け物に向かった。


「さっきのお返し!『ラージュヴァン』」


 風を地面に叩きつけ、化け物を真上に飛ばした。


「見上げるは星の世界、仇なすは夜の住人、滅びゆく異郷の神よ、ただ、憤れ。『星神の憤り《コスモ・ネメシス》』」


 それはまるで空に登る星空の様で…空にそれを放たれたそれは化け物を無に化し、そこから奇妙なペンダントが落ちてきてた。

 そっとそれを拾い上げ、レンの方に向かった。


「姫野さん?姫野さん?」


 息はしているけど意識がなかった。


「安心して。ペンダントの影響でまだ意識は戻ってないだけで、安静にしてれば小一時間くらいで目を覚ますと思うよ。」


 紫姫の話で安心し、少し気が抜けてその場に座り込んだ。


「じゃあもう行くね。」

「あ、ナイフ」


 その時遠くを見ると世界が、白い煙で覆われていった。


「あれ、なんですか?」

「ん?あれはね、この世界の免疫反応みたいなものだよ。」

「免疫反応?」

「普通、世界の運命っていうか、未来みたいなもの?は決まってるんだ。それが世界の外からきた異物のせいで狂った時、世界が本来の運命になる様に修正するんだ。それがあれ。」


 指を刺しながら、紫姫さんは不思議そうにした。


「まぁそうそう運命は、狂わないんだけどね。…そんなに大きかったかな?」


 ボソッといい、少し考え込んでいた。


「まぁとりあえず、このことは多分、修正のせいですぐ忘れると思うから。じゃあね。あ、ナイフありがと。」


 そのままそそくさとゲートのような物に入ってどこかに行ってしまった。

 そのまま、白い煙が世界を覆い、僕の意識は飛んでしまった。

 白い煙に包まれた時、誰かの声が聞こえた様な気がした。


******


 目が覚めて見知らぬ公園にいた。 


 どこ?ここ。さっきシキさんと姫野さんとすごい体験した後。確か気を失って…。


「本当に、ここどこ?」


 とりあえず道なりに歩いて、知ってるところまで歩いて行った。見覚えのあるところまでつくと異変に気づいた。いつも見ていたものがなかった。


「家が…ない。」


 言葉にできない恐怖のような物が身体を覆った。急に怖くなり走り出した。いつものバス停に向かうと姫野さんがいた。

 

「よかった。姫野さん意識戻ったんだ。」


 姫野さんに会えて少しホッとした。すると姫野さんは少し困惑していた。


「あの、すいません人違いしてませんか?」

「え?そんなはずないよ。姫野さん?ちょっとそう言う冗談やめてよ。」

「いえ、その、本当に。貴方誰ですか?」


 本当に何も知らないように受け答えをする姫野さんに、背筋が凍った。言葉にもならない様な恐怖が僕の全身を掴み、必死に姫野さんに聞き返した。

 

「姫野さん?何言ってんの?ほら僕だよ、蓮だよ。」

「変な悪戯しないでください。それ以上するなら警察呼びますよ。私行きますね。」


 そう言って走り去ってしまった。

 

 訳がわからなくなり…とりあえず学校に行った。

 教室に入るとまた、知らない人が来たような目線を向けられた。すると、勇気がこっちに来た。


「あのー、教室間違えてますよ。」

「…何言ってんだよ勇気。冗談きついぞ。」


 すると凄く困惑した顔で答えられた。


「えーと、ごめん、どっかで会ったっけ?」


 その言葉にまた、不安や恐怖が溢れて勇気につかみかかって叫んだ。


「いい加減にしろよ。冗談じゃ済まされないぞ。」

「は?いい加減にするのはお前だろ。誰だよお前。」


 その言葉で、周りの視線で、姫野さんの言葉で、紫姫さんの言葉で、なんとなく理解してしまった。理解したくなかった。信じたくなかった。けれど、この現状が物語っていた。

 急いで教室を飛び出し、無我夢中で走った。

 

 どうして、どうしてこうなった。訳わかんない。でも…信じたくないけど、僕はこの世界に忘れ去られた。僕という存在は、この世界から忘れ去られた。


******


 何日経ったんだろう。


 いろんなところに行った。幼馴染、小学校の知り合い、親戚、よく通っていた場所、僕を覚えてる人を探して。

 …一人でも、誰かが僕のことを覚えてると信じて。


「久しぶりな感じがするな。ここにくるの。」


 僕は例の橋の上に立っていた。


「姫野さんがここにいた時こんな気持ちだったんだな。」

 

 自然に手すりに手をかけた時、声をかけられた。聞き覚えのある声は、僕を当たり前の様に認識していた。


「お久しぶりですね。シキさん。」

「こんにちは、レン。」


 とても悲しそうな顔をする紫姫さんに少し苛立ち、八つ当たりをした。


「やっぱ貴方は覚えてるんですね、結構探し回ったんですけど一人も覚えてる人は、いなかったのに。」


 シキさんは何かを察したのか。静かに聞いていた。


「僕は少し前ここから飛び降りようとする人を止めたことがありました。」


 空を見上げて、自分を達観した。


「本当に気持ちが悪い。ここに立つ人が何を思ってここに立ってるのかを理解してない餓鬼が、自己満足の為に愚かにものそれを止める。姫野さんの時はただ運が良かっただけだ。彼女は強かった。きっと僕が居なくても、きっかけがあれば立ち直れた。立ち直れるだけの強さがあった。でも、僕にはそれがない。僕はもう、立てない。」


 シキさんは静か聞き、優しいすべてを包むような目でこっちを見た。


「別に君の選択を止めようとはしてないよ。でもさ、少し勿体無いなって。」

「勿体無いって?僕になに…」

「あ、違うよ。っていう感じの勿体無いじゃなくて。ほらレン、今十六歳とかでしょ?だからそうだな。あと八十歳くらいまで生きるとして、あと六十年くらいを今捨てようとしてる訳でしょ?だからさ…もったいないなって。」


 何を言おうとしてるのか、わからなかった。


「六十年…そんなに長い時間があれば、何ができるんだろうね。いろんな場所を見て回ったり、世紀の大発明をしたり…この世界の物語を全部見たり…幸せを見つけたり…」


 無邪気に笑いかけてきた。


「すごいよね。いろんなことができるよ。」


 そして空を見上げ、シキが何かを思いついた。


「ねぇレン。私と困ってる人を助ける旅をしない?」


 は?…意味がわからなかった。なぜ急にこんなことを?と、困惑している僕を尻目に、シキが僕に手を差し伸べてきた。

 

「レンはきっとさ…助けを求めてるんだよ。この世界から拒絶された悲しみを誰かにどうにかしてほしいだよ。」


 僕に差し出した手を引っ込めた。


「でもね、人を助けられる人ってのは大抵…余裕のある人なんだよ。心だったり、金銭だったり、力だったり。でも、そうそう居ないんだよ、この世界に余裕のある人なんて。」


 そうして僕の手を取り、差し出してきた。


「でも…だからこそ。君が、君が、を助けてみて。そしたら、その助けたられ、余裕のできた誰かが、また誰かを助けてくれる。そしたらいつか…巡り巡って、余裕のできた誰かが、いつか君を助けてくれる。」


 掴んでいる僕の手を握りしめた。


「だから、そのきっかけを私と一緒に作らない?君の捨てるはずの数十年の内、たった数年でいい。その数年を私にくれない?その数年で、君を助ける『誰か』を助ける旅をしない?」


 目の前がぼやけてきた。膝から力が抜け、膝をつきながら空を見上げた。

 僕はもう立てないと思っていた。でも…この人が一緒に立たせてくれた。

 この人の手はとても重い、この人の示してくれた道は僕には向いてない。それでも僕は思ってしまった。この道を進んでみたいと。


 シキさんの目を見て、なんとなくわかってしまった。この人も、誰かに助けを求めている人の一人なんだろうと。

 僕の中の覚悟は決まり、シキさんの手を取り立ち上がった。


 僕は僕を助けてくれる『誰か』を助ける旅をしよう。


 これが僕の第二の始まりの物語

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