第71話 餌付け
カジンとの接触と彼らから齎された膨大な情報は、その真偽の精査を含めて地球と妖精側へ大きな影響を与えたのは語るまでもない。
ソルグランドと蓮華達は早々に山脈の麓に広がっていた廃都市──カジン曰くデイガン市から調査拠点へと引き帰す羽目になった。
お互いの技術力の格差を考慮すると、カジンからすれば地球の電子的なセキュリティなど存在しないようなものだろう。
万が一の事態に備えて、ナザンと地球間の電子ネットワークは一時的に遮断され、アナログな方法での情報のやり取りを行う処置が取られることとなる。
にわかにナザン調査拠点が慌ただしくなる中、蓮華と別れたソルグランドは私室ではなく、魔物少女達を拘束している禍岩戸へと足を向ける。
フォビドゥンらが新型の魔物や魔物少女の情報は持っていなくても、過去に生み出された魔物なら話は別である可能性を考慮し、ラグナラクについて情報を得られないかと思案した為だ。
これまで魔物少女達に対する尋問は、まったく進展がない。ソルグランドが尋問に際して付けたハードルが、あまりに高過ぎたのと、拘束からまだそれほど時間が経過していない為である。
ワールドランカー複数名を、魔物少女の尋問の為だけに別の惑星に向かわせるのは、地球防衛の観点から考えると極めて危険だ。
かといってソルグランドが保証しているとはいえ、特級魔物相当のフォビドゥン達をわざわざ地球やフェアリヘイムへ移送するのも
地球とフェアリヘイムへの魔物の出現頻度は格段に落ち、魔物が出現してから滅多にない静寂で平穏な時間を過ごしているが、それがいつ破られるか分かったものではない、という緊張感を人類と妖精達は強く共有していた。
尋問の為にワールドランカーをナザンに派遣している間に、地球に特級魔物が出現して被害を齎せば目も当てられなくなる。こうした事情が複雑に絡んだ結果、今日に至るまで魔物少女達への尋問は後回しになっていたわけだ。
「久しぶりというほどでもないか。見た目の様子は変わっていないが、心の方は復活したか」
禍岩戸周囲を囲うマジカルドール達に挨拶をしてから、禍岩戸に足を踏み入れたソルグランドはこちらに集中する八つの視線に貫かれるのを感じる。
ヒノカミヒメに丹念に砕かれたはずの心は、暗闇の中で時を過ごすうちにある程度、持ち直したらしい。
(心の折れたふりを続けていれば、脱走もしやすかろうに。人生経験が足りてないから、なにごとも素直に対応してしまうんだろうな)
そういう腹芸はシェイプレスとスタッバーなら出来そうだが、こちらの二人は感情の乗っていない冷たい視線を向けていた。それもソルグランドが一瞥すれば興味のない素振りをして、視線を下に向けるか目を閉じるかだ。
「あれから魔物の襲撃はどこにもない。お前さん達の主人も流石に手持ちの戦力が底を尽いたのかもな」
とりあえずは軽く探りを入れるソルグランドに対して、ディザスターの視線に熱が宿り始める。ヒノカミヒメに折られた心も、ソルグランドに刻まれた恐怖も、彼女を完全に屈服させるにはまだ足りなかったようだ。
どうやら頑丈なのは身体だけでなく心も同じだったらしい。ソルグランドは感心しながら、視線をディザスターに固定した。おそらくフォビドゥンやシェイプレスはディザスターを囮にして、ソルグランドから外の情報を聞き出す算段なのだろう。
「この星を俺との決戦の場に決めたのはお前さん達か? それとも上からの指示か? 先日、このナザンって星に残っていた施設の復旧に成功してよ。この星で寝こけているお前さん達の大先輩を見っけたんだよ」
わざわざカジンという生き残りについて、情報を与える必要はないだろう。情報の根拠についてはぼかし、ナザンの名前を出しても魔物少女達に大きな反応は見られなかった。
だがそれも大先輩と迂遠な言い回しをしたところで、シェイプレスとフォビドゥンがかすかに反応を示し、スタッバーは閉ざしていた瞼を開く反応を見せる。
彼女らの大先輩ことラグナラクは、どうやら魔物側にとって相当な大物らしい。まあ、魔物側の最新兵器である魔物少女も大物には違いない。
「何時、誰がってのはお前さんらに言うわけもないが、いずれはそいつを退治しに行く予定だ。ただもし負けたとなったら、たぶん、そいつは当初の目的通りにこの星を破壊するだろう。
負けるつもりはないが、なにが起きるか分からないもんだからな。その時はお前さん達も巻き添えになる。悪いがそうなっちまったら、俺を恨んで運命を受け入れてくれや」
「……ふん! お前達がラグナラクに勝てるものか。アレはあたし達とは異なるコンセプトで製造された、対星終末機こ……」
「それ以上、情報を与えてやる必要はない。口を噤め」
ものの見事に口を滑らせるディザスターを制止したのは、意外にもスタッバーだった。ソルグランドとの戦いでは一言も発しなかったが、どんな風の吹き回しか。
「むむ」
ソルグランドは慌てて口を閉じるディザスターの姿に、敵ながら呆れた溜息を吐いて、言葉を続けた。
「対惑星終末機構くらいまでは合ってそうだな。プラーナを絞りつくした惑星を処理するか、抵抗激しい敵対文明を母星ごと終わらせる為の特別な魔物ってところか。
どんな手段を用いるかは知らんが、惑星一つ破壊してのけるレベルの化け物だってんなら、なるほど、ディザスターが俺だって勝てやしないというのも分かる話だ。流石にお星様を壊す自信はねえ」
本気の本気を出せばやってやれないことはない、くらいの感触はあるが、実力の底をわざわざ敵の尖兵に教えてやる義理はない。
「それで、ディザスターの言うとおりに俺達が負けるとして、そうなったらお前さん達も巻き添えになるわけだが、それについてはどう思っているんだい? そうだな、スタッバー、君あたりから教えてくれると嬉しいが」
「我々はソルグランドの撃破に失敗した時点で、もはや失敗作として廃棄されたも同然。今更、我が身の去就に興味はない。これ以上、無駄な問いを重ねない事だ。ソルグランド」
「割り切っているんだな。それとも自分に対する興味の無さがそういう態度を取らせているのか? 魔物少女とは俺達が勝手に読んでいる名前だが、もう少し自分自身に役割以外の可能性を夢見ても罰は当たらんと思うがね」
「そんなものを我々に求められても、困るというものですヨ。ソルグランド」
「今度はそっちが話をしてくれる気になったか、シェイプレス」
「シェイプレス、スタッバー、ディザスター、フォビドゥン……。貴方達から見た私達の特徴をそのまま名前にしたのは、安直すぎるのでハ?」
「分かりやすいのが一番なのさ。それで、君はこのままむざむざと死ぬかもしれないのをどう思っているんだ? ひょっとして主人が助けてに来てくれると、信じているのか? 俺達には傍受できない特別な通信が届いているとか?」
「私から言えるのはスタッバーと変わりありませン。あれだけの労力と資源を投じて貴方を破壊しようと戦略を練ったにも関わらず、結果は御覧の通りですヨ。我らの主がラグナラクにお与えになられた命令に変更がなければ、私達など無視して命令を果たすでしょウ」
それだけです、と淡々と告げるシェイプレスの声にも顔にも、訪れるかもしれない死への恐怖や悔しさは微塵も感じられない。この姉妹に比べれば、ディザスターとフォビドゥンがどんなに感情表現が豊かであるか、分かるというものだ。
ディザスターはスタッバーに注意されてから、口だけでなく目も閉じてソルグランドの挑発に引っかからないように、注意を払っている。どうやら姉妹機相手には素直な性格をしているらしい。
「ディザスターはこれ以上、俺とお喋りするのは嫌らしいや。それじゃあ、一番お姉ちゃんのフォビドゥン。お前さんはどう思っている? 俺を倒す為に作り出されて、俺に敗北を重ねて、こうして捕まえられた。
俺を倒せないまま、他の魔物に倒させて納得できるのか? せめてもう一度、俺と戦いたいとは微塵も思わないのかい?」
この言いようには、きつく目と口を閉ざしていたディザスターもぱっと目を開いて反応した。フォビドゥンとディザスターに関して言えば、対ソルグランドの為に作り出され、魔法少女の力の源として、感情も与えられている。
自らの存在理由に対する拘りは、シェイプレスとスタッバーよりも強いとソルグランドは推測していた。
「……私達の全ては造物主様の御心のままに。必要とされるなら、お前達が破壊されても我々は残されるだろう。不要ならばそのままお前達と共に破壊されるだけ。ソルグランド、お前だけはこの手で破壊したかったと、そう考えがないわけではない、が」
最後に噛み締めるように呟いた言葉に、フォビドゥンの中の葛藤がありありと刻まれていた。ディザスターも同じ気持ちのようで口だけ閉ざしながら、こくこくと頷いているではないか。
「なんでえ、せっかくの命、せっかくの心だってのに、四人そろってもったいない使い方をするんだな。別に俺をぶっ倒す為に生きるのでもいいのに、それすら諦めちまうとは。魔物に襲われて生きたくても生きられなかった命がどんだけあったかって話だよ」
「それは私達には……ング?」
ぶつくさと文句を言うように告げるソルグランドに反論しようと、フォビドゥンが口を開くと、そこを狙ってソルグランドがなにかを放り込んできた。
反射的に口を閉ざしたフォビドゥンは、途端に口内に広がる甘い果汁と鼻の奥から抜けて行く芳醇な香りに、思わずうっとりと瞳をとろかせる。
「差し入れだよ、差し入れ。飲食は必要ないだろうが、飲まず食わずで拘束し続けるのは、こっちの心情がよろしくない」
フォビドゥンの異変に思わず口を開いたディザスターや、異変を察知して顔を上げたシェイプレスとスタッバーの口にも、ソルグランドは同じように自らの権能で生み出した神饌の一つ、葡萄や桃を始めとした果物を放り込む。一口大にカットする心配りまでしている。
「甘くって瑞々しくて、香り高いだろう? とびっきり美味しい果物だ。ある意味、値段の付けられない品だからな。ちゃんと味わって食べてくれよな」
味はもちろん内包する芳醇なプラーナは、肉体をプラーナで構成している魔物少女達には抗いがたい魅力に溢れていた。
これまで厳然とソルグランドと距離を置いていた魔物少女達だが、一度、神饌の味を知ると次を求める自分達に気付き、戸惑う様子を見せる。おそらくこれが初めての食事となる魔物少女達にとって、神饌の果実はあまりに刺激が強すぎた。
だが、それがソルグランドの狙いでもあった。八百万の神々の権能によって生み出したこの果実は、同時にヨモツヘグイとしての性質を備えている。
ヨモツヘグイ──黄泉の国の食べ物であり、これを食したならば黄泉の国の住人となることを意味する。ギリシャ神話では冥界の主人ハデスに攫われたペルセポネは、冥界で柘榴を口にした事で、一年の内、数か月を冥界で過ごさなければならなくなった。
こうした性質を持たせた果実を食べさせて、魔物少女達を造物主から独立させ、あわよくば魔法少女側に引き込もう、引き込めるかな? 引き込めないかなあ、という意図が込められている。
飲まず食わずで拘束したままでは、こちらが気まずい、というのもソルグランドの本音ではあった。
人外要素があるとはいえ、孫娘くらいの年代の外見をしている魔物少女らがひもじい思いをしていたら、と考えるとどうにも落ち着かなくなるのだから。
本当にもう損な性分である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます