第70話 終末×奈落
「この星の生き残り? プラーナの気配は感じられなかったが……」
ソルグランドが訝しそうに呟くのも無理はない。少なくとも安全圏の外に広がっている風と水は今もプラーナを感知せず、この廃都市全域を対象にして、常にサーチを掛けているがこの瞬間にも反応はない。
「プラーナの反応がない。なら、貴方達はプラーナの無い生命体に変わった?」
ソルグランドの脳裏に浮かび上がったのは、図書館で読み込んだSF系の小説だ。人類が意識を電脳空間へと移し、肉体から解き放たれた、あるいは失って電子生命体へと変貌したという設定がいくつもあった。
魔物の狙いが生命の殺戮ではなく、プラーナの搾取であるのならば、プラーナの無い存在になれば魔物に襲われることはない──そこまで推測したソルグランドは、次にカジンと名乗った者達が何を言うのかと、耳を澄ました。
『ソルグランド、貴方の言うとおりだ。我々はかつてナザンと名付けたこの星で栄えていたが、マガロ──君達の言う魔物の襲撃を受けて抵抗虚しく敗れた。
魔物に対する有効な手段であるプラーナは、当時の我々にとって未知の分野だった為だ。なんとか魔物達を研究して、彼らを構成する未知のエネルギーに気付いた時にはもう手遅れだった』
カジンが声だけでこの星の過去を語る一方、蓮華は上層階を調査中の別班と調査拠点に通信を繋ぎ、この会話の内容を伝えていた。
魔物に敗れた被害者と名乗るカジンが、その実、魔物達の生みの親でソルグランド達を罠に嵌めようとしている可能性を現段階では否定しきれないのだから、警戒を緩めるわけにはいかない。
蓮華達の警戒をカジンも理解しているだろう。その上でカジンは言葉を続ける。
『我々はマガロに勝利することは叶わなかったが、完全な滅びだけは免れた。母星の死を防げず、文明を蹂躙され、肉体も失ったが、それでもまだ我々は滅びてはいないのだ。我々がそう思いたいだけだとしても』
「実際、こうして俺達と意思疎通が出来ているのだから、滅びてはいませんわな」
ソルグランドは慰めるつもりではなかったが、カジンの言葉を認める言葉を口にしていた。この星に栄えた文明が滅び、星もまた死してなお彼らの意思は残り、ソルグランド達と出会えたのだ。彼らの最後の抵抗が無駄だったわけではあるまい。
『……自分たち以外の誰かにそう認めてもらえると、ああ、こんなにも嬉しいとはね。これだけでも意を決して貴方達と連絡を取った甲斐があったかもしれない』
「満足するのは構いませんが、こちらと接触した以上は、魔物相手になにか有益な情報なりを提供していただけないものでしょうか。このまま終わりだと、この星の名前と貴方達の名前を知っただけで終わってしまいますよ」
肩を竦めるソルグランドに、カジンは苦笑したような響きの声で答えた。感情面も地球人類と大きな違いは無さそうだと、そう感じさせる反応だ。
演技でなければいいが、と独り言ちるソルグランドにカジンが伝えた情報は以下のようなものであった。
『我々が収集し、分析した魔物の生態とワープパターンを始めとした各種の情報提供、現在もナザンで稼働している施設の提供、この星だけでなく星系を含めた地理データをはじめとした、我々の提供できる全てだ』
持てる全てを差し出す、そう告げるカジンの剛毅さは、ほぼすべてを失った経験をしたからこそのものだったろうか。あるいは魔物とその造物主に対する復讐の一念が、カジンをここまで大胆にさせているのか。
まさか居るとは思わなかった生き残りから接触があり、更に自分達の仇が討てるならばと全面的な協力姿勢を押し付けられて、宮仕えの蓮華は自分の手に負えない状況に頭を抱えたかった。
ソルグランドは中身の大我が、根っからの一市民に過ぎない為か、味方が増えてよかったね~くらいの態度だが、蓮華は地球諸国家とフェアリヘイムとの折衝が必要になるのを見越し、また面倒な、と思ってしまったのだ。
これでカジンが魔物側の存在だったら目も当てられない事態になるかもしれないが、そのリスクを踏まえても、カジンからの情報提供を断る可能性は極めて低い。
(ソルグランドさんは流石ということなのかしら? 異星人からのファーストコンタクト、いや、フェアリヘイムの件があるからセカンドコンタクト? の現場に居るっていうのに、微塵も動揺していない。……ひょっとしてヤオヨロズも宇宙人か、異世界人という可能性もあるってこと?)
残念ながらどちらも外れだ。同じ地球由来の日本の神々こそが、謎の秘密結社ヤオヨロズの正体だ。ある意味では神々の実在を証明するヤオヨロズこそ、地球の人々にとって驚愕の存在かもしれないけれど。
蓮華の心中を知らず、ソルグランドはカジンとの対話を続行する。
もちろん、これがなにかしらの罠である可能性を踏まえて、調査拠点に置いてある天交抜矛と天魔禍反刺戈に干渉し、建築物の外からも攻撃と防御を行えるよう手配済みだ。
「そちらからの情報提供となれば、こちらにとって未知の魔物の情報が山ほどあるだろうし、この星の地理に関しても同じ話だ。プラーナがなくなったと言っても、地形が変わったわけじゃないんだから、データがあれば調査をしやすくなる。
ところで俺は勝手に貴方達を電子生命体とか電脳存在だと推測しているのですが、実際のところはどうなのです? 精神生命体や情報生命体という可能性もあるわけだし、かなり踏み込んだ話になりますが、伺っても問題の無い話でしょうか?」
カジンの正体に大きく踏み込む質問は、大胆とも迂闊とも受け取れるものだったが、ソルグランドを構成する知の神々の要素は問題ないと判断し、その判断の正しさはカジンが淀みなく答えた事で証明された。
『我々は地球の概念で言うところの情報生命体と呼ぶべき状態に陥っている。
魔物との戦いの敗北が確定した後、肉体の有するプラーナを捕捉される危険性から、我々は肉体を捨て、秘密裏に建造した量子サーバーへと自らの意識と情報を電脳化し、そこで生き残りを図った。
だが魔物達の侵攻は凄まじい速度で、また惑星ナザンからプラーナが失われた影響もあり、我々の電脳化は当初の予想とは異なる形で行われた。今の我らは生き残りのナザン人の意識が集合し、一つとなった状態なのだ』
「ナザン人が一つになったのがカジン、貴方だと?」
『厳密に言えばナザンが地球、カジンが統一政体の名称になるか。惑星ナザンのカジン人と名乗っているようなものだ。
そちらの言語では“地球の日本人”になるだろうか。今の我々は個体であり全体。全体であり個体。個人の区別はなく、しかし、同時に無数のカジン人の意識が共存しても居る。
ただ、魔物達に対する反抗の意思、そして地球人類と妖精達への全面的な協力という点では一致している。いくらでも我々を疑ってもらって構わない。我々はその疑いが晴れるよう、信頼に値する行いをするのみだ』
ここまで聞いている限り、ソルグランドとしては一定の信を置いてよい相手という印象だ。少なくともカジンの存在によって、状況が動いたのは確かなのだ。
カジンの言い分が全て真実であるのなら、魔物側にとって想定外の事態に繋がり、反攻の狼煙を上げられるかもしれない。
(ちょいと都合が良すぎて罠を疑いたくなるが、なるようになれ、と勝負に出るところかもな。最上なのは魔物側の本拠地の所在を知っていることだが、流石にそれは高望みとして次善はなんだろうな?)
こちらのプラーナ技術に関するノウハウを提供し、ナザンの科学技術によって更なる魔法少女とマジカルドールの強化に繋げられるだけでも助かるが、そう事が上手く運ぶと信じられないのがソルグランドや蓮華の素直な感想だった。
そのような幸運に恵まれるのなら、人類と妖精はここまで追い込まれてはいなかったし、ソルグランドが必要になる事態にもならなかったのだから。
『そして我々がこのタイミングで接触を試みたのは、我々の観測した限り二番目に強大なエネルギー反応を有するソルグランド、貴方の存在を確認できたのが大きな理由の一つでもある』
「特級の魔物を随分と倒してきたが、魔物側にまだまだ厄介な切り札が残っているか。嫌になる層の厚さだな、こりゃ。魔物少女の例もあるし、これからもっと厄介なのが出てくる覚悟は固めていたが、それ以前に危険なのが居たのかい」
ナザンでの戦闘で発揮したソルグランドのプラーナ以上とカジンが断言する存在に、蓮華や通信越しに聞いていた他のマジカルドール達などは、顔色を青くして絶望の表情を浮かべているのを他所に、カジンの言葉は続く。
『我々の最後の抵抗を挫いたのが、その魔物だ。当時の我々の死力を尽くし、かろうじて重力アンカーと空間歪曲装置による封印に成功している。現在は超重力場によって拘束しているが、じきに封印装置のエネルギーが尽きて奴が復活する。
何の情報もないまま奴と戦うとなれば、貴方達でも勝利は困難を極めると我々は計算した。貴方達が敗れてしまえば魔物への反攻の可能性は潰える。奴が復活すればこのナザンは跡形もなく破壊されるであろうから』
「そんなつもりはないにしても、ずいぶんとまあ脅してくれるもんだ。だが復活前に準備が出来るのはありがたい。
それに現状、最強の魔物がそいつだというのなら、魔物側の戦力の上限もおおむね予想できる。カジンさん、俺達に勝ち目がないってわけではないのでしょう?」
『それはもちろん。ソルグランド、ブレイブローズをはじめこちら側での戦闘で確認した一部の魔法少女と、貴方達が戦力化したマジカルドール、これらの戦力を用いれば奴を、我々の文明を終わらせた災厄の魔物“ラグナラク”に勝ちうる』
「ラグナラク、そいつが次に俺達が倒すべき魔物なんだな。魔物少女を返り討ちにして捕まえたと思ったらもう次の強敵が出てくるとは、休む暇がないね、まったく」
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