第69話 過人と名残

 現在、気流や海流の停止した異星において、天交抜矛から生み出された風と水を安全圏の外にも流し、二十四時間休みなく調査範囲を広げている。

 当然、ソルグランドのプラーナも消費されるが、その分は前回の戦いで更に増した崇敬や信頼、畏怖、友愛といった感情をプラーナに変換して対応しているので、問題は生じていない。


 魔物少女達の取り扱いが決まり、地球とのワープゲートも安定が確認された。地球側で異星に派遣する人員の編成もようやく固まり、拠点設営の為の物資搬入も逐次、修正を加えながらスタートしている。

 魔物側にとっても今回の敗戦は大きな損失だったのか、地球とフェアリヘイムへの魔物の出現頻度がほとんど途絶した影響で、人類側は余裕をもって準備に時間を割けたのは幸いである。


 さて、この星の文明の名残である廃都市への調査はソルグランドを伴って行われている。

 どちらの廃都市も安全圏の外にあるが、洋上に浮かぶ都市へ向かうには、空路にしろ海路にしろ万が一撤退する際の難易度を考慮され、山脈の麓にある廃都市から調査が進められている。

 安全圏から見て、仮に決められた北西方向に存在する廃都市には当然、生命の息吹はなく、更には生物の死骸すらも残っていない状態だった。


 曇天の下、ソルグランドはプラーナ仕様の銃火器で武装したマジカルドール達と共に、廃都市の調査に赴いていた。事前に無数のドローンを派遣して情報収集を重ね、作成したマップを頼みに魔物の情報を求めて隅々まで探し回る日々の繰り返しである。

 例によって妖精コクウに変装した夜羽音も同行しており、魔物に敗れた世界の末路をその目と記憶に刻んでいる。

 調査隊のメンバーが居なければ何の音もしない場所の只中で、ソルグランドは痛ましい表情で夜羽音に話しかけた。


「奇妙なものですね。潮の満ち引きや風は止まっているのに重力はある。微生物や細菌も死に絶えているが、枯れきった木みたいなのは形を残している。生き物の死骸はないのに、建物や乗りものらしいのは形を残している」


 ひび割れた道路の上には、タイヤのない車両らしい物体がいくつも転がっている。原理は分からないがおそらく飛行か浮遊可能な乗り物のだろう。

 まるでガラス片のように鋭利なビルやタワー、ドームや球形のものまで、地球人類でもなんとか理解可能なデザインの建造物群に無傷のモノはない。

 建造物の間に渡されている巨大なチューブは道路の一種だろう。建物の出入り口や乗り物から判断すると、この星の住人はおそらく地球人類とそう変わらない体格をしていたものと推測される。


「この星と根付く生命が死に絶えても、他の星や太陽はまだ生きていますから、その影響が出ているのでしょう。また人類の皆さんがまだ解明していないこの世の理が作用しているのが、この星の現状です。

 ソルグランドさんが、先日、天交抜矛を用いて行った疑似的な国産みが惑星全土に広がったとしても、延命措置にすらなりますまい。そもそも、根本的な生命が失われていますから」


(『疑似的な国産み』では? 死んだ星が相手でも本物の神々が行われるなら、生き返らせられると解釈していいのか? 流石は神々だ。紛いものというか、半端者の俺とは違うね)


 魔物との戦いに勝利した後、この星がもし生き返るような事があったら、いずれは各国による切り取りが行われるのだろうか。

 せっかく魔物という生命の天敵を相手に勝利しても、その後に人類同士で争う火種になるのなら、この星を無理に生き返らせる必要もないだろう。


(我ながら薄情な考えか……。しかし、燦や他の魔法少女達に魔物との戦いが終わった後で、人類に失望するような思いをして欲しくはない。お星さんよ、この星の生き物達よ、恨むなら俺だけを恨んでくれよ。せめて、仇は討つ)


 人知れず新たな覚悟を重ねるソルグランドに夜羽音はまた大我さんが重荷を背負っておられる、と心中で嘆息していた。

 こちらが少しでも彼に背負わせてしまった重荷を軽くしようとしても、大我は損な性分の所為で次々と重荷を背負い、責任を増やしてしまうのだ。


(他の神話の方々もかつてのように実在を証明し、信仰を取り戻そうとは考えておられぬはず。まあ、少しくらいはそういう願望もおありでしょうが、世界中の神話群しんわぐんと合意して取り付けた約定を破りはしますまい。

 そう考えるとマジカルドールに神の分け御霊みたまなりを封入し、突出した戦力を作り出すのも視野に入れるべきなのでしょうか?

 良からぬことを考える神も出ましょうが、大我さんや魔法少女達の負担を大きく減らせるのもまた事実……。なんとも悩ましきかな。主上をはじめ、高天原たかまがはらの方々に奏上すべきか)


 ちなみに夜羽音にとっての主上とは天照大御神を指す。賠償さえすればマジカルドールを使ってもいい、という風潮をこちらの提示する対価を支払えばマジカルドールを用意する、という交渉手段に変える案は、夜羽音以外の日本の神からも献策されている。

 そこに現場に出ている夜羽音からの奏上があれば、日本神話の間で他神話の介入について前向きな方向に意見は傾くだろう。


 これはヒノカミヒメが賠償として受け取ったコピー神器を器用に扱い、自らのモノとして戦力化するのに成功しているのも追い風となる。

 ただ元から神の為の神器であるから、魂が人であるソルグランドと相性が悪いのが、無視できない難点だ。コピー神器はソルグランドでも使えなくはないのだが、性能をろくに引き出せないのが現状であった。


「ソルグランドさん、コクウさん、次のエリアに向かいましょう。おそらく行政施設と思わしき建物になります」


 ソルグランドと夜羽音がそれぞれ心中で異なる悩みを抱いているところに、マジカルドールの一人から声が掛かる。自衛隊所属のマジカルドールで、くれない蓮華れんげだ。

 銃火器や軍用ベスト装備の目立つマジカルドールの中にあって、一部、装備の異なる者達が居る。蓮華もそのうちの一人で、巫女装束の上に胸当てや大袖、籠手を纏い、背中には弓筒と大弓を背負い、右手には薙刀を持っている。


 他にも鎧武者姿の者もあれば忍者風の者、水干姿の陰陽師風の者が自衛隊所属のマジカルドールの中にチラホラと目立ち、他国のマジカルドールの中にも母国の過去の戦装束の者が散見される。

 画一化されているはずのマジカルドールにも個性が出ているが、今のところ誤差の範疇で収まっているらしい。実際はようやく運用に漕ぎつけたばかりで、事前の想定と実際の運用における差異に悩んでいる最中なのが実情だ。


「動かせる人員に対して都市が広すぎますからね。そろそろ進展が欲しい所ですね、紅さん」


「ええ、はい。いつ魔物側からの襲撃があるか分かりませんし、これらの都市にもトラップを残している可能性は否定しきれません。なにも得られなかった、という結果も一つの情報ですが、出来れば魔物に対する有益な情報が欲しいですから」


 鼻から上を猫風の仮面で隠した蓮華は、困ったように肩を小さく竦めながらソルグランドに同意する。マジカルドールの大部分がこちらの星に投入されているが、地球並みの面積を調べ尽くすのにはあまりに数が足りていない。

 建造物の中には情報端末らしき物体がいくつも発見されている為、なんとか復旧して情報を引き抜けないかと地球からのバックアップ込みで四苦八苦しているが、進展は見られない。


「なかなか上手く行かないもんですね。魔物側が大人しい内に調査を終えたいんだがな」


 こうして調査している最中でも風と水をこの星に広げて、探索の手を広げているソルグランドの功績は非常に大きいが、なかなか成果に繋がらないのがもどかしい。

 蓮華達の先導に従って進んだのは、市街の南西寄りに建つ巨大な建物だ。二重螺旋の形状をしているが、半ばほどでねじ切られていて二百メートル程度の高さに留まっている。


 注意を払いながら開きっぱなしの正面玄関から足を踏み入れても、特に何かが襲い掛かってくることもない。

 先行させたドローンから送られてくる映像には、例によって生命の欠片も映っておらず、今も稼働している機械の類もない。ここまで『ないない』尽くしだと、乾いた笑いしか出てこなくなる。


(夜羽音さん、ここでもそうですが、やはりこの星に地球の神々のような超常的な存在の気配を感じられません)


 施設の中にあった大きな見取り図を眺めながら、ソルグランドは秘かに夜羽音と思念を交わす。地球と同じような生命体が生存可能な領域──ハビタブルゾーンにあるこの星で、これほどの文明が築かれたのなら何かしらの信仰が生まれていてしかるべきだろう。

 しかし、この星には信仰の対象となったような神々の残滓すら、ソルグランドには感じ取れなかった。地球からやってきたソルグランドが、一方的に星の各地へ気流と水流を伸ばし、縄張りを侵しているにも関わらず、なんのリアクションもない。


(この星の生命と共に滅ぼされたか、地球でもそうであったように魔物に食べられるなり、贄とされた可能性が高いでしょう)


(悪い言い方をすれば、魔物側にしてみれば神と呼ばれる存在も、豊富なプラーナを得られる糧扱いですか)


(改めて魔物に対する脅威を理解させられますね)


 一人と一柱がこの星の神々の不在は、魔物に滅ぼされたからだと判断したころ、見取り図から上と地下を目指す二班に分けて調査を続行することとなった。

 ソルグランドと夜羽音は地下班だ。上層階は破壊の痕がむざむざと残っており、得られる情報はおそらく少ないだろう。書籍の類は経年劣化とプラーナ枯渇の影響で形を残しておらず、何とか情報媒体を得たいところだ。


 降りた隔壁はこじ開けるか切断し、通路を塞ぐ瓦礫を小石のように取り除きながら、各フロアを見て回るが、それほど違和感を抱かないレイアウトが目立つ。

 異星人の文明に接しているという実感があまり湧かない所からして、体格ばかりでなく美的感覚も地球人類とかなり似ていた文明なのだろう。


 ここでも収穫はないのではないか、と嫌な予感が膨らんできたころ、ソルグランドと夜羽音を含む六名の地下班は最下層の地下七階にある広大な一室に辿り着いた。

 ドーム状の部屋で、中にはなにかしらの操作を行うデスクがいくつも並んでいる。暗がりに沈んだ部屋の中で、マジカルドール達の服に固定したライトの明かりだけが闇の中から実像を暴き立てている。


「ここも他の部屋と同じか」


 マジカルドールの視力は星一つ分の明かりがあれば、真夜中でも真昼用に見渡せる。特に行動に支障はないが、それだけにこの部屋で得られるものがないのをすぐに理解できてしまう。

 ソルグランドもデスクになにか情報端末の一つでも残っていないかと、調べ始める。

 これならいっそ新たな襲撃があるか、魔物少女の尋問の為に拠点に残っていた方が良かったのでは? とそう思った時、これまで何の反応も無かったデスクや壁面に光が灯り出すではないか。


 これまでの調査では見られなかった変化に、マジカルドール達は迅速に反応してソルグランドを中心に集合して、それぞれの武器を構えながらいつでも撤退できるように備える。

 ソルグランドもまた闘津禍剣を右手に握り、臨戦態勢を整え終えている。いざとなったら調査班を保護しつつ、この建物を吹き飛ばすのも辞さない構えである。

 そうして事態の変化に迅速に対応するソルグランド達の前で、部屋全体から人工的な音声が聞こえてきた。中世的な、強いて言えばかろうじて女性的な響きを齧る声だ。


『ようこそ、異なる星の生命よ。貴方達とマガロとの戦いを観させてもらった。貴方達になら、マガロとの戦いを委ねられる。我々はカジン。かつてこの星……ナザンで生きていた者達だ』

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