第68話 調査開始
真上大我ことソルグランドが連れ込まれた星で、直径五十キロ圏内の安全が確保された後、巨大な鏡型のワープゲートを通じてようやく編成の終わったマジカルドール部隊と一部の魔法少女達が渡ってきた。
大型重機や建材を運び込み、臨時の司令部を建設して魔物に滅ぼされた廃棄都市の調査を行う重大任務に向けて、入念に計画が練られ、その為の準備が進められている。
ワープゲートを繋ぐ為の目印だったソルグランドが、地球に戻っても無事に惑星間を繋ぐ通路が維持されるのを確かめた後、ようやく本格的に調査を進められる状態に至ったわけだ。
プラーナを絞りつくされ、死んでしまった星にソルグランドが神の御業とも呼べる魔法──と言ってよいのかどうか──によって、仮初の息吹を宿したおかげでマジカルドールや魔法少女でなら滞在できるようになっている。
一応、通常の人類でも安全圏内でならば防護服無しでも活動できるが、魔物の襲撃などによって、天交抜矛に異変が生じた場合には即死の危険性もある為、そもそもこちら側に渡らないか施設外では防護服の着用が決められている。
生身の人間には適さないこの星では、調査の為の部隊の編成をマジカルドールと魔法少女で組まなければならない為、思うように部隊を編成できないもどかしい日々が続いた。
異星の拠点造りに重大な役目を担っているソルグランドも関わらざるを得ず、忙しい時間を過ごしていたが、どうしても国際魔法管理局と話をしなければならない案件が別にあった。
捕縛した魔物少女達の取り扱いに関する協議だ。地球側にとって幸いだったのはヒノカミヒメのお仕置きによって、魔物少女達の心がすっかりと折れている点だろう。
ソルグランドが念の為、事前に魔物少女達を禍岩戸から引っ張り出して確認したところ、シェイプレスとスタッバーに至るまで地面や空に目を向けて放心するばかり。
ディザスター辺りは食ってかかってくるかと予想していたのだが、一度だけソルグランドの顔に目を向けて、ヒノカミヒメと誤認したのかビクッ! と大きく体を震わせてからは、小さく縮こまったままだ。
そのままソルグランドの視界から消えてしまいたいと、そう思いながら怯えているように見えた。ソルグランドと同じ容姿のヒノカミヒメに、とことんしつけられたらしい。
「なにを、どこまでやったんだ? ヒノカミヒメは?」
答えを聞くのが恐ろしいソルグランドであった。なまじ魔物少女達が孫娘でもおかしくない年頃に見えるだけあって、ソルグランドには少しばかり憐憫の情が湧いている。
四名の魔物少女達の身体は、哪吒神から供された縛妖索のコピーで、その全身を雁字搦めにされている。更に額に嵌められた金色の輪は、斉天大聖孫悟空の頭部に輝く拘束具、
元を辿れば暴れ者の孫悟空を封じる為、観世音菩薩が三蔵法師に渡した品だ。それがコピーとはいえ巡り巡って、純粋な日本の神であるヒノカミヒメの手元に渡るとは。
神仏習合、神仏混交もあったとはいえ、ソルグランドとしては皮肉にも感じられる。
なにはともあれ魔物少女達の拘束それ自体は、ソルグランドの目からしても問題ないと太鼓判を押せる厳重さだ。
二つの拘束具の影響によって体内のプラーナの流れを制限され、更に敵意や殺意などに反応して緊縛が強まり、凄まじい苦痛が加えられる為、シェイプレスとスタッバーでさえ何も出来ない有様だ。
(それでも隙を見て脱走を試みるぐらいの気概は残っていると考えておいた方が良い。ヒノカミヒメは心を折ったと言っていたが、あの子はまだそこまで他人の心の内が分かるほど、経験を積んでないわけだし)
決して油断してはならない、常に最悪の事態を想定する。それくらいの気構えで居た方が上手くゆくものだと、ソルグランドは自身に言い聞かせた。
そしていよいよ魔物少女達の確認を人類側と行う日が来た。少数の魔法少女と各国のマジカルドール達が戦闘態勢で備える中、ソルグランドが禍岩戸を出現させる。
禍岩戸それ自体の大きさはソルグランドの意思次第で、ある程度は自由自在だ。二階建て家屋程度の大きさの岩の塊が何もない場所から出現し、岩戸が音も無く静かに動いで内部の暗闇を露にする。
ソルグランドが先導し、中身は屈強な軍人のマジカルドールが複数名続いて、禍岩戸の内部へ。マジカルドール達は体格や顔立ちは同じだが、顔の上半分を隠す仮面やヘルメット、纏っている装備などはお国柄が出ている。
「この子達が魔物少女です。右からフォビドゥン、ディザスター、シェイプレス、スタッバー。一応、こちらである程度は叩きのめしておいたので、表面上は大人しくしています。腹の内までは、まだなんとも」
開いた岩戸から差し込む光だけでは闇を払いきれず、ソルグランドが意識を向けるとポツポツと禍岩戸内部に炎が灯って、魔物少女達の全貌を露にする。
禍岩戸内部に広がる暗闇に原始的な恐怖を煽られていたマジカルドール達も、特級魔物相当と評価される魔物少女達が囚われている姿を目の当たりにして、かすかに息を呑んだ。
魔物少女達は二つの宝具で拘束されているのに加えて、一体ずつ巨大な岩の中へと封じ込まれて胸から上だけが出されている状態だった。
各国で強化フォームを獲得し、一段と強力になった魔法少女達の中にあって、それでもなお最強はソルグランドだ、ともっぱらの噂になっている。
そのソルグランドがここまでするほど警戒している、とマジカルドール達は受け取ったのかもしれない。マジカルドール達の緊張が確かに増したのを、ソルグランドは肌で感じた。
「見ての通り心ここにあらずといった様子ですが、こちらを騙す為の演技の可能性は捨てきれません。尋問するにせよ、身体を調査するにせよ、ワールドランカーの魔法少女を最低でも三名以上立ち会わせないと、万が一の事態が起きた時に時間稼ぎも出来ません」
「ミス・ソルグランド、やはり魔物少女達はそれほどの脅威だと?」
ソルグランドの要求のハードルがあまりに高いことに、リーダー格のマジカルドールがしわがれた声で確認するように問いかける。これまでの戦闘データからそれが妥当だと分かってはいるが、改めて地球側の切り札たるソルグランドに尋ねずにはいられなかったか。
『ミス・ソルグランド』と呼ばれた事実に、なんとも言えない気持ちになりながら、ソルグランドは答えた。最悪の事態は想定するだけで十分で、実現しないに越したことはない。
その為になら、厳しいハードルを設置するのは当然だと、そう思いながら口を開く。
「処分の声が上がっているのは俺の耳にも届いています。この子達の戦闘能力を考えれば、魔物側の情報を手に入れる機会を失うとしても、分からない話ではありません。
もしこの子達が人間と妖精を殺めていたなら、俺も処分に賛成していたかもしれませんね。それだけの脅威がありますよ」
ソルグランドの言う通り、四体の魔物少女達の内、シェイプレスとスタッバーはソルグランド以外と交戦経験はなく、フォビドゥンとディザスターにしても魔法少女や妖精に怪我を負わせはしても、殺害までは至っていない。
人類滅亡級の脅威でありながら、魔物少女達はまだ誰もその手に掛けたことがないのだ。
ソルグランドが捕まえた後の魔物少女達に甘い対応をしているのは、ヒノカミヒメが苛烈だったのに加え、魔物少女達がまだ誰かの命を摘み取っていないからこそ。
そしてまた人類と妖精にしても、魔物側の造物主の情報収集や彼女達の生態の解明など、手に入るものなら喉から手が出るほど欲しい情報はいくらでもある。
魔物少女達の扱いについては、短い間に濃密な議論が交わされたが、異星の調査を進める傍ら、貴重な魔物側の『捕虜』として情報収集に当たることでひと段落している。
「岩戸は魔物少女以外なら開けられるようにしておきます。決して、彼女らと単独で会わない事とワールドランカーの派遣スケジュールを入念に決めた上で、扱ってください」
夜羽音からのアドバイスもあり、ソルグランドは魔物少女ばかりでなく、人類側が約定を守らない場合にも備えて、仕掛けを施しているが、出来れば無駄に終わって欲しいものだと心底から願っている。
「了解いたしました。ミス・ソルグランド。モンスターガール達には、当面、貴女の用意したこの岩戸の中で牢獄生活を送ってもらうことになるでしょう。尋問なりなんなりするにしても、こちらにも相応の準備が必要ですからな」
「勝手な願いではありますが、あまり手荒に扱わないで上げてください。場合によっては味方に引き込めるかもしれませんから」
ソルグランド自身、あまり期待していないが、それでも可能性はゼロではあるまい。まあ、ヒノカミヒメの圧力に屈した臣従か、あるいは神器を用いた洗脳や隷属なども含めた上での話だが。
その場しのぎの感は否めないが、魔物少女を禍岩戸に閉じ込めつつ、準備が整い次第、尋問を始める、というのが現在の状況だ。
再び閉ざした禍岩戸の周囲を、マジカルドール達が囲むのを尻目に、ソルグランドは遠方に見える山脈の麓とはるか洋上へと視線を巡らせる。
「さてさて次は廃墟と化した都市の調査か。ここから見える限りでも二か所。多分、地球と同等かそれ以上の技術を持っていた文明だ。なにかしら情報が残っていると良いんだがな……」
それほどの文明でさえ魔物に滅ぼされ、母星すらも命を吸い尽くされた無残さに、ソルグランドは悲しみを覚えると共に地球とフェアリヘイムに同じ道を辿らせはしないと、改めて覚悟を固めた。
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