第72話 新戦力
魔物少女達に餌付け、もとい差し入れを行った後、ソルグランドは禍岩戸を後にして地球のワイルドハント司令部へと足を向けていた。
ラグナラク討伐に向けて、ナザン調査拠点が慌ただしい雰囲気に包まれる中、ソルグランドは先ほどまでの魔物少女達の食べっぷりを思い出し、愉快そうに笑う。
「どれだけ食べたんだ、あの子ら。育ち盛りの食べ盛りかねえ」
ひょっとしてと思ってはいたが、四体の魔物少女達の勢いのある食べっぷりからして、彼女らはこれまでまともな食事らしい食事をした経験が無いのは明らかだった。
桃に葡萄、栗に柿、和梨やクルミと出せば出すだけ食べて、一体あたり二十キログラムは胃袋に収めただろう。
こちら側に引き込むためにヨモツヘグイとしての性質を持たせた神饌だったが、あの様子を見ると普通に美味しい食事を与えるだけでも、こちら側に引き込むか、あるいは情報の一つくらいは引き出せるのではと思ってしまうほど。
「地球に行っている間、あいつらに差し入れてもらうように渡しておこうかな。いや、腐っても特級相当だ。ワールドランカーでもなければ安易に頼むのは危険だしなあ」
ラグナラクという脅威が目前に迫っているが、魔物少女達への餌付け係はしばらくソルグランドが続けるしかなさそうだ。
これでラグナラクがフォビドゥン達ごとこの星を破壊しようとして、その事実にフォビドゥン達が絶望して造物主と袂を別ち、中立、あわよくばこちら側に回ってくれれば戦力的には万々歳だが、いくらなんでも楽観視が過ぎるだろう。
「ご用事は済みましたか、ソルグランドさん」
すれ違うマジカルドール達に敬礼されて、それに返事をしながらワープゲートに向かう途中で、コクウに変装中の夜羽音が合流してきた。今回の地球行きには彼も同行する予定だ。
いつもの通り、ソルグランドの左肩に舞い降りた彼はソルグランドがほのかに纏う瑞々しい果物の香りに気付いたかもしれない。
「ええ、可愛い猛獣達への餌付けは済ませてきましたよ。思いのほか、効果があったとは思いますが、期待通りに行くと考えるのは危険だとも思います」
「彼女達の肉体がプラーナで構成されているのは、言うまでもありますまい。そこに貴方の権能とプラーナで生み出した食物を与えるというのは、語弊があるかもしれませんが甘美なる毒を与え、内側から作り替えるのにも等しい。
彼女らの心情にどこまで影響が及ぶかは未知数ですが、その肉体に関しては知らず知らずのうちに変質する可能性は十分にありますよ」
「ええ……そこまでは考えていなかったんですが、なんというか、俺はずいぶんとえげつない真似をしてしまったのでは?」
「おや、無自覚でらっしゃいましたか。ふふ、ですが魔物少女達は死者こそ出していなくとも、恐るべき脅威であるのは疑いようもない事実。命を奪うのを忍びないと少しでも感じておられるのなら、むしろ良い一手ですよ」
夜羽音の慰めを少しだけ交えた言葉でも、ソルグランドはすぐには自分を納得させられないようで、絵画に描くのを数多の画家が諦めるだろう美貌をしかめる。
なんと罪作りな行いであるかは、遠目に見ていたマジカルドールの何人かが胸を抑えて膝を着く様子から分かる。中身は七十歳近い老爺なのは秘密だ。
「そう言っていただけるのなら、気が楽になります。搦め手というほど大したものではありませんが、野生動物に餌付けするつもりで続けてみます。俺の目論見が上手くゆかなくても、あの子らの生態を理解するのに少しは役立つでしょうし」
「貴方は今でも働きすぎなくらい働いているのですから、餌付けにまで力を入れては疲れてしまいますよ。
地球に戻った時に時間がありましたら、一度、真神身神社に戻られては? あそこはヒノカミヒメの為の神域であり、今では貴方の為の神域でもありますから、心身を癒すのに最適な場所です」
それなら時間が出来たら、とだけ答えて、ソルグランドは足を動かし続けて、鏡型のワープゲートを通過し、久しぶりに地球へと戻るのだった。
地球側のワープゲートは巨大化に伴って、ワイルドハント司令部の中から別の格納庫へと移送され、周囲を厳重に警護されていた。別の惑星へと繋がる唯一の通路とあって、ある意味では地球で最も価値のある場所となりつつあった。
ナザン以上に慌ただしい地球側の様子を横目に、呼び出しを受けた司令部へと向かい、久しぶりに通信越しではなく、直にバルクラフトと対面する。
場所は司令室ではなくブリーフィングルームの一室だった。既に待っていたバルクラフトと手短に挨拶を交わし、スクリーンを背にして立つ彼女の勧めで椅子に腰かけて、向かい合う。
「お変わりない様子で、なによりです、バルクラフト司令。司令部に限らずロイロ島自体が、かなり忙しい雰囲気ですね。ナザンの拠点化もそうですが吉報と凶報が同時に舞い込んだからでしょうか」
どちらにも深く関わっているソルグランドの発言に、バルクラフトは困ったように笑った。地球側はナザンの調査で事態の進展を狙ってはいたが、ここまで想定外の方向で事態が進むと誰が思っていただろうか。かくいうバルクラフトもその一人だ。
「カジン、魔物に滅ぼされた星の生き残り。可能性は考えられていたけれど、意識の集合体となり、情報生命体となっていたとまでは予想されていなかった。彼らの齎した情報は膨大だけれど、その真偽も合わせて精査にはどうしても時間が取られてしまうわ」
「でしょうね。今頃はネットワークから切り離したスーパーコンピューターでチェック中ですか?」
「妖精達の手も借りて、全力でチェック中よ。ただ科学技術ではあちらが圧倒的に上ですから、妖精達由来の魔法とプラーナ関係の技術を噛ませて安全性を高めなければならない分、リリベルも含めて技術者達は大忙しです」
ソルグランドは目を回しながら働くリリベルの姿を想像し、顔も名前も知らない技術者達の健闘を祈った。ソコこそが彼女らの戦場だと理解していたから。
「あらかじめ次の敵について知れるのはありがたい話には違いありませんが、現場に来てから事前情報との違いに戸惑う羽目になったら、笑い話にもなりません」
「リリベル達もそれを自覚している分、必死で作業に取り掛かってくれているわ。さて、そろそろ本題に入りましょう。随分と待たせてしまったけれど、ワイルドハントの実働部隊に追加の人員が入るのよ。さ、入って」
バルクラフトの呼び掛けに従ってブリーフィングルームに、三人の魔法少女が入ってくる。三人ともソルグランドにとっては、見知った顔だ。
マジカルドールが補充されると予想していたソルグランドと夜羽音からすると、実力と人柄を知っているメンバーが増えるのは、願ってもない。
「これはまた豪華なメンバーですね。ザンアキュート、ソルブレイズ、それにアワバリィプール」
ソルグランドの視線を受けて、名前を呼ばれた三人が微笑する。ただし、アワバリィプールだけは、強張った笑みだったが。
「いやぁ、自分で志願しておいてなんなんですけれど……。上位ランカーじゃないし、天の羽衣にも適応していないあたしが居ていいのかなって、いやあ、その、すごく、場違いな感じが……」
アワバリィプールの言う通り、この場の四人の魔法少女の中で彼女だけが一段も二段も戦力の格が落ちる。それでも専用の強化アイテムを持ち、サポートに徹すれば十分に役に立つ可能性はある。
冷や汗を流しているアワバリィプールに対して、バルクラフトは手のかかる可愛い生徒を前にした教師のような笑みを浮かべた。どうやらこうして顔合わせをする前から、こんな態度を取っていたらしい。
「アワバリィプール、戦力にならない魔法少女の参加を認めるほど、ワイルドハントは血迷っていないわ。ソルグランドとの共闘経験も比較的多いし、部隊としての戦闘にも対応できると判断した上でのことよ」
「あたしも別に不満があるわけではなくってですね、足手まといになって他の皆を危険に晒さないかが、一番、怖いわけでして、はい」
なにもそこまで、と言いたくなるくらい卑屈なアワバリィプールだが、そうなる気持ちは分からなくもない。他の三人の魔法少女はいずれも世界トップレベルの実力者で、特にソルグランドは世界最強と目されている。
足手まといになるのも怖いし、このメンバーで戦わなければならない敵とかどれだけ強いんだ、という怖さもある。元々、魔物相手の戦いは常に命懸けではあるが、それにしてもとつい思ってしまうのだろう。
そのまま泡を噴き出しそうなくらい緊張しているアワバリィプールが、あまりに可哀そうだったので、孫娘と会えた喜びを他所にソルグランドはまずは落ち着かせにかかる。
「まあまあまあ、そこまで自分を卑下するもんじゃないぜ。この間の戦いでもでっかいナルトに乗っかって、ちゃんと戦えていただろ?
あの時と同じようにサポートしてくれればそれだけでも助かるってもんさ。もちろん、前に出てバリバリ戦いたいってんなら、止めないけどな」
「ままま前に出るなんてとんでもない! 後ろから精一杯、サポートさせていただきますぅ」
「それでいいさ。自分に出来ることを精一杯やれれば、それだけで上出来ってもんだからね。それとザンアキュートにソルブレイズ、二人が加わってくれるとはな。しかし、良いのか? 日本政府と日本支部が手放すには大きすぎる戦力だろうに」
元々、魔法少女強国の日本ランカーの二人だ。おまけに強化フォームまで手に入れた二人なのだから、ワイルドハントへの出向は相当に揉めただろうとソルグランドでも簡単に想像がつく。
交渉を担ったバルクラフトがよっぽど上手くやったのか、日本政府と日本支部側が意外と前向きだったのかもしれない。
ソルグランドに答えたのは、頬を紅潮させているザンアキュートだった。ようやく彼女の女神と共に戦える喜びが、ザンアキュートの心と体に熱を帯びさせている。
「魔物の出現が目に見えて減っていますし、ラグナラクの脅威を強く認識した結果です。それに日本はソルグランド様に何度も助けていただいておりますし、真っ先にお力になるべく動くのは当たり前のことです」
うっとりと自己陶酔気味に語るザンアキュートを尻目に、ソルブレイズがその裏側になる事情を自分の推測混じりに語った。
「ザンアキュートさんの意見には私も同意するんですけど、たぶん、ヤオヨロズとの繋がりやナザンでの利権獲得の目的もあるんじゃないかな。私達はソルグランドさんと一緒に戦えるのが嬉しいですよ」
あの天真爛漫な──言い方を変えると物事を深く考えない──孫娘が、国の政治について一端なりとも理解しているような言い方をするのものだから、ソルグランドは本気で驚いた。
それと同時にソルブレイズの語る裏事情には、なるほどと思うところもある。ナザンが無人ではなく生き残りの存在が判明したことで、あの星の所有権問題が出てくるだろう。
既に死んだ星とはいえ、地球には存在しない未知の物質や有用な鉱物資源などは採掘可能な筈だ。地球では出来ない各種の実験を行うのでもいい。使い道はいくらでもある。
「はは、俺も嬉しいよ。これまでなんとかしてきたとはいえ、やっぱり一人で戦うのは寂しい所があるからな。まあ、次の敵はとんでもない大物みたいだから、実戦の前によく打ち合わせをしておこう」
ソルブレイズ達の歓迎会もしたいな、とソルグランドは明るく笑う。ワイルドハントに人員が追加されたように、今、地球各国では対ラグナラクを想定した決戦戦力の抽出に追われている。
まだ断片的ではあるが得られたラグナラクの分析と、カジン側から提供を約束されている機械兵器や施設の利用についても、地球側で折衝が行われている。その所為でラグナラクの復活前に準備が間に合わなかった、などとなったらカジンは失望の極みに陥るだろう。
なおいざとなったらソルグランド単騎で突撃し、そのまま撃破するか地球側の準備が整うまでの時間稼ぎを行うつもりなのは、ソルグランドと夜羽音だけの秘密だ。
「さあ、メンバーが揃ったところで、現在、判明しているラグナラクについて、情報共有をしておきましょう。リリベル達が今も懸命に分析を重ねてくれているから、随時、情報は更新されるのも把握しておいて」
バルクラフトの呼び掛けで、それまで立っていたザンアキュート達がソルグランドを中心に座る。右にザンアキュート、左にソルブレイズ、後ろにアワバリィプールという布陣である。
ザンアキュートがチラチラと距離の近いソルグランドに視線を向けていたが、スクリーンにカジンから提供されたラグナラクのデータが表示されると、流石に視線をスクリーンに固定した。
「これがカジンが先日まで監視していた、件の魔物ラグナラクよ」
そこに映し出されたのは、ナザンに穿たれた巨大クレーターの底に重力アンカーによって封じ込まれているラグナラクだ。大穴の底と地上側に設置された機械によって、人工的に重力が発生し、それによってラグナラクを封じ込めている図である。
クレーターは当時、追い込まれたカジン達が残る戦力を投入し、ラグナラクと死闘を繰り広げた結果、出来上がったものだという。
大出力の光学兵器、レールガンやリニアガンといった実弾兵器、大気圏外からのマスドライバーを用いた質量弾、人工重力による砲撃や弾頭を積んだミサイルの飽和攻撃等々……地球ではまだ実験段階どころか構想すらない兵器まで用いて倒せなかった結果だ。
プラーナ技術を持たないなりに、どうにかダメージを与え、動きを止めたところで重力の牢獄に閉じ込めるのに成功し、それが今に至るまで続いている。
「カジン達との戦いで受けたダメージを、重力に閉じ込められながら休眠状態に移行して修復しているという話よ。重力アンカーのエネルギーが尽きるか、修復を終えたラグナラクが牢獄を破るか。時間との勝負でもある」
休眠状態に入ったラグナラクの姿は、極彩色に輝く鉱物の塊のようだった。卵や繭と呼ぶのは憚られる。大きさはざっと左右に二百メートル、上下に七十メートルほどか。
内部でどうなっているのかはカジン達も観測出来ておらず、休眠前とは全く別の個体になるだろうと彼らは推測している。
修復、あるいは変態を終える前に、不完全な状態のラグナラクを撃破する、これがソルグランドに課せられた新たな使命だった。
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