第66話 心を育てる
唸り飛ぶコピーミョルニルが稲妻と共に魔物少女達へと襲い掛かり、坂道に打ち付けられると四方へと稲妻が轟き広がる。咄嗟に飛び退いた魔物少女達を稲妻が絡めとって、命中した衝撃と電流、高熱によるダメージが苛んだ。
「が、ぎ!?」
フォビドゥンは骨の髄まで焼かれる痛みを味わいながら、視線をヒノカミヒメから外さない。体に纏っているプラーナがダメージを軽減し、即座に戦闘不能になる事態を免れている。
腹を狙って飛んできたアレス神の槍のコピーを腹に開いた口で噛み止め、尻尾の先端と左右の掌に開いた口からプラーナの銃弾をぶっ放す。毎分百発程度に連射速度を落とし、その代わりに威力を増した銃弾だ。
発砲を視認しながらも、ヒノカミヒメは微動だにしない。一度、足を止めてから一歩たりとも動かずにいる。そして動かぬまま、魔物少女達を圧倒しつつあった。
ヒノカミヒメを目掛けて飛来する銃弾の数々を、周囲から回転しながら飛んできた二本のメイスがことごとく砕いて無力化した。
メイスはシュメール神話に名高き女神イナンナが、母たる女神ニンガルから誕生する際、既に手にしていたというシタとミトゥムだ。
シュメール神話あるいは古代メソポタミア神話に関する神の武具は他にも、キシュ市の都市神ザババの持つライオンをモチーフとしたシミター・イガリマ、鷲をモチーフとするシミター・シュルシャガナがある。
女神イナンナ共々、マジカルドールに入って大暴れしたザババ神の武器は、満月を描くように回転しながら、スタッバーを斬り裂くべく襲い掛かっている。一度、姿を隠されては面倒だと判断したヒノカミヒメが、二振りの狙いをスタッバーに固定した為だ。
他神話のやらかしの賠償としてせしめた神器のコピー達は、ソルグランドの神器とはまた異なる特性を見せて、魔物少女達を翻弄している。
本来、身を隠して隙を伺い、一撃に特化したナイフで絶命を狙うスタッバーは潜む隙を与えられず、シェイプレスも変身能力を発揮できないようにと、道教の武神・哪吒の
乾坤圏は普段は腕輪となって持ち主の腕にはまり、攻撃に用いれば自動追尾して敵の頭を叩き割る武具である。
このほかにも
「その顔は、大っ嫌いだあ!!!」
その中で、被弾を厭わずにディザスターが突っ込む。コピー神器が次々とソルグランドを上回る強靭な肉体に命中し、無視しえぬ痛みが積み重なってゆくが、それよりも怒りと捨てられたかもしれないという恐怖が、彼女を突き動かす。
「捨てられる恐怖……分からないでもないが、お前達を作り出す為に消費された命達は許すまい」
あえて弾幕を薄くし、ディザスターの接近を許容したヒノカミヒメは、こちらに向けて全力で飛び掛かってくる魔物少女を冷ややかに見つめていた。
「お前を壊したら次はソルグランドだ!!」
ディザスターの右腕が全力をもって振るわれ、撃ち下ろし気味に迫りくる歪な拳をヒノカミヒメの左手が握り止める。
涼し気な顔で握り止めるのは、ソルグランドにさえ不可能だろう。その秘密は左手に嵌めた鉄製の籠手と腰に巻いた帯にあった。
籠手はミョルニルを握る為のヤールングレイプル、帯は力を倍増させるメギンギョルズ、共にトール神の持つオリジナルをコピーしたもの。
「ソルグランドさんと同じこの顔を、日ノ本の神々の造りたまいしこの顔を嫌い、挙句あの方に対する破壊宣言……仕置きで済ませられるか、自信がなくなってきたぞ?」
ソルグランドと夜羽音に対するのは打って変わり、相手が敵だからと厳しい口調のヒノカミヒメはとりわけ失言を重ねるディザスターに対し、極寒の眼差しを向けたまま右手を大きく掲げる。
「『
ヒノカミヒメの右手に握られたのは、
天叢雲剣は
天滅之無羅苦莽剣──天意をもって悪鬼羅刹を
そしてヒノカミヒメがソルグランドにも内緒で鍛造した専用の神器は、ヒノカミヒメの冷酷な感情と共に振り下ろされ、黄泉比良坂のみならず黄泉の国そのものを揺らす神気が解放された。
*
「というわけであの不届き者達は私の方で、罰を下しておきました」
えっへん! と小さな子供が大好きな親に報告するようにしているのは、誰あろうヒノカミヒメである。場所はあの死せる星に気付いた安全圏の内部に建てられた、仮設拠点の一室だ。
固定化したワープゲートから拠点化に必要な資材が運び込まれ、本格的な拠点が立てられるまでの間、駐留しているマジカルドール達の為に仮設拠点がいくつも建設されていた。
魔物の襲撃がいつ、どこであるか分からない世界情勢であるから、地球では短時間で家を建てる技術が否応なく磨かれた成果である。
プラーナを吸い尽くされて、微生物や細菌すら存在しなくなったこの星の環境が、生身の人間には適さない事から、こちらに来ているのは魔法少女かマジカルドールだけだ。
ワープゲートはお互いの星の大気などが通過しないよう厳密に設定されて、地球側には大規模な除菌室を始めとした施設が設置されて、未知のウイルスや魔物の毒を万が一にも持ち込まないように徹底した対策が施されている。
あの戦闘から数日が経過し、現在は国際魔法管理局とフェアリヘイム主導でこちらの星を管理、調査することが決まり、ある程度の道筋が立った状態だ。
大我の作った安全圏内部の徹底調査を皮切りに、まずはなんらかの情報が残っている可能性の高い廃都市群の調査計画が立案中だと大我の耳にも届いている。
こちら側の拠点化に欠かせぬとあって、更に価値を高めたソルグランドにある話が回ってきたのが、ヒノカミヒメが顔を出した原因だ。
先日の戦いで魔物少女四名を生け捕りにした成果から、魔物少女の現在の状態と尋問が可能かどうか、ワイルドハント司令部を通じて問い合わせが来たのである。
そういや閉じ込めた後、どうしていたっけな、と放置したままだったのを思い出したところで、話を聞いていたがヒノカミヒメがひょっこりと自主的に顔を見せたわけだ。
ソルグランドの為にと用意された仮拠点の一室は、キッチン、バス、トイレ付きの大きな部屋だった。壁際にベッドが一つと部屋の中央に丸テーブル、三人掛けソファが一つにひじ掛け付きの椅子が三つと急ぎで建てた割には品が揃っている。
テーブルの上に先ほどまでソルグランド──大我が飲んでいた煎茶のカップと、各種せんべいの入った会津塗の菓子鉢が置かれている。
ソファの真ん中に大我が腰かけて、対面となるテーブルの上に夜羽音が居るのだが、ヒノカミヒメは何の前触れもなく大我の左側に出現したのだ。もちろん、あくまで実体は大我の側であり、この場に現れたのは幻のようなものだ。
そして驚く大我と夜羽音を前にして、ヒノカミヒメは褒められるとしか思っていないニコニコ笑顔で、先の如く告げたのである。ヒノカミヒメからの報告を受けて、大我は合点の行くことが一つあった。
「ああ、だからこの間、使っていない筈のプラーナが減ったのか。しかし、魔物少女を相手にアドバンテージありとはいえ、よく戦ったな? 支援してくださった方の御名を聞いた時には、喉から心臓が飛び出すかと思った……」
どこか遠い目をする大我に夜羽音は心から同意した。半覚醒状態のヒノカミヒメが何かをしているのは察していたが、よもや黄泉の国の主宰神となられたあの方が自ら動かれるとは、八咫烏の正統な一族である夜羽音をして驚愕の一言に尽きる。
「御方様には畏れ多くもご配慮賜りました。私の中にも御方様の分け御霊が含まれているとはいえ、直接、お会いするのは私の意識が目覚めてからは初めてのことでございますから、少し緊張いたしました」
「ヒノカミヒメは日ノ本の神全ての子とも分け御霊とも呼べますから、あの御方をしても可愛く思われているのでしょう」
夜羽音はしみじみと呟いたが、禍岩戸と黄泉比良坂を繋げる程度で済んだから、他の神話との軋轢が生じなかったが、真の神が顕現するのは非常に難しい問題なのだ。
大我は夜羽音の纏う陰鬱な雰囲気に、神様側からしても
大我はあまり突いても仕方のない問題だな、と判断して地球側から求められた情報についての確認に、話を戻す。
「俺があれだけ大苦戦した魔物少女を相手に、完封勝利したのは本当にすごい。やっぱりこの身体は本来の持ち主が動かしてこそ真価を発揮するってこったな。それで魔物少女達は、どうしているんだい?」
大我の褒め言葉に歓喜したのもつかの間、台詞の一部に悲しみを覚えたヒノカミヒメは山犬耳の先端をへにょっと曲げながら答えた。
彼女からすれば自分がああまで戦えたのは、全て大我が見本を示してくれたからこそ。これからも自分を導いて欲しいし、人と神との接し方や在り方を学ばせて欲しいと心から願っている。
「精魂尽き果てるまで追い詰めましたので、今は元に戻した禍岩戸の中で四肢を岩の中に埋め込み、拘束しております。人の子らが求めるだろうと命は奪っておりませぬし、傷も残してはおりませぬ。
しかしながら私の仕置きにて心が折れ、今はすっかり従順になりました。そうでなくとも大我さんに幾たびも敗れて、創造主? 造物主? に捨てられるかもしれないと、元から心が弱っておりましたよ?」
「なるほど、あの子らが作られたのは俺か魔法少女を倒す為だったろうからな。これだけ失敗してきたんなら、自分達がどうなるか心配くらいするのが当然か」
「ですけれどそれは人の子らと妖精達がフォビドゥン、ディザスターと名付け二体のみでございますね。刺客と無形の者は捨てられるとしても当然だと受け入れている様子でしたから、責めを与えるのならば前者二体でしょう」
魔物少女に対して一切の慈悲を見せないヒノカミヒメの冷たい表情に、大我はこれが本物の神の冷酷さ或いは無関心さか、と尻尾をざわざわ動かしてしまった。
「なんでしたら今少し、私の方で責めておきますが?」
「いや、まだヒノカミヒメは完全に目覚めたわけじゃないんだろう? 中途半端に起きた所為で後になって問題が起きるのは困る。あんまり責め過ぎて素直になっていられても、それはそれで怪しまれちゃうからな。
でもお陰で尋問はしやすくなったろう。俺の方でも改めて様子を確認しておくが、ありがとう、ヒノカミヒメ」
大我はヒノカミヒメがやり過ぎていると確信していたが、それを指摘してヒノカミヒメの笑顔を曇らせたくはなかった。その結果、ヒノカミヒメの努力を誉める言葉を口にし、ヒノカミヒメは更に笑顔を輝かせるのだった。
「はい!」
輝きを放つかのような笑顔を前に、大我と夜羽音は揃って、この子の情操教育をしっかりしないといけないでは? と心配になったのはここだけの話である。
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