第64話 鏡の門

『ソルグランド、聞こえる?』


 ソルグランドの左の山犬耳に着けられた通信機から聞こえてきたのは、ワイルドハントのバルクラフト司令の声だった。

 ジャミングを仕掛けていた魔物を仕留めた影響で、通常の通信も行えるようになったらしい。


「ええ、聞こえていますよ、バルクラフト司令。映像もそちらに届いてますでしょうか。今は助けに来てくれた魔法少女達と一緒です。全員、大なり小なり消耗はしていますが、大した怪我はしていませんよ」


『映像越しに見る限りではそのようね。それぞれの魔法少女達の状態は、所属元の方でモニタリングしているでしょうから、問題があればそちらから連絡が来るはずよ。

 ブレイブローズ、スタープレイヤー、ロックガーディアン、ザンアキュート、ソルブレイズ、スカイガンナー、クリプティッドエヌ、アワバリィプール、貴女達にはワイルドハントを代表してお礼を言います。

 貴女達の母国も大変な中でソルグランドの為に駆けつけてくれて、本当にありがとう。悔しいけれど、私達にソルグランドを助ける戦力がなかったから、苦労を掛けてしまったわね』


 予定ではワイルドハントの戦力不足をマジカルドールで補う予定だったのだが、魔物側の動きが早かった為、ソルグランドが単独で罠の中に飛び込む羽目になってしまった。

 魔法少女達の救援がなかったら、ソルグランドがどんな窮地に陥ったかを想像するだけで、バルクラフトをはじめとしたワイルドハントの面々は背筋が震える思いだ。


「気にしないで、バルクラフト司令! ソルグランドにも伝えたけどあたし達は助けられた借りを返したってだけよ!

 そうでなくってもソルグランドが世界中を飛び回って、魔物を倒して回ったお陰で、余裕の出来た国と魔法少女は多いわ! それを見捨てたとあっては、あたし達はこれから先、顔を上げて生きてはいけなくなるのよ」


「スタープレイヤーさんの言うとおりです。イギリスも直接の関りはまだありませんでしたが、ソルグランドさんの存在が世界に齎した希望の光を知らないわけではありません。

 おらぁが、こほん、私が少しでも役に立てたのならなによりです。このパラディンの力を振るう甲斐があります」


『スタープレイヤー、ブレイブローズ、今や世界有数の魔法少女となった君達にそう言ってもらえたなら、救われた思いよ。さて、お疲れのところすまないが、ソルグランド、君にはもうしばらくその星に留まっていて欲しい』


「それは……ああ、ひょっとして俺が目印代わりだからですか? 地球からこの星に向けて移動する時の灯台とか、北極星的な扱いと?」


『相変わらず察しが良いのね。ええ、マジカルドールもソルブレイズ達も各国のゲートを、ウチのゲートルームにつなげて、そこから貴女用のゲートを通ってそちらの星に向かったの。

 現状では貴女に強固にリンクさせたゲートを使ってでしか、そちらの星と行き来が出来ない。今後を考えればその星から少しでも多くの情報を得なければならない。

 その為にも貴女抜きでも安全に行き来できる通路を確保しなければならないの。ごめんなさい、本当ならこちらでゆっくりと休ませてあげたいところだけれど』


「いえいえ、そういう事情なら文句なんかありゃしませんよ。俺も出来る限り早く地球との通路を確保できるように、最大限の努力をします」


 現在、地球と異星間を繋ぐゲートは、ソルグランドを目印にして構築されている為、新たな目印を設置するか確固たる通路を繋ぐまで異星に留まる必要があるのなら、ソルグランドに断る理由はなかった。


『コクウとリリベルも頑張ってくれているわ。取り急ぎ、そちらに仮の拠点を作って休めるように手配する』


「お心遣いありがとうございます。ところで地球側の状態はどうですか? この子達やマジカルドールが来ている以上、最低限の安全は確保されたとは思うのですが……」


『ええ、その点は心配しないで。地球に出現した上級の個体を含め、各国で討伐報告が集まっている。そちらの星の魔物達が撃退された直後から、残っていた魔物も撤退を始めて今はそちらと同じく取りこぼしや潜伏している個体が居ないか、入念に調査している段階よ』


「分かってはいますが、やっぱりきちんと確認できると安心感が違いますわな。さて、そういうわけで俺はもう少しこっちに残ってゆく。俺のことは気にせず、お呼びが掛かったらすぐに戻りなよ?」


 それから、救援に駆けつけてくれた魔法少女達としばらく言葉を交わした後、彼女達はそれぞれの所属からの連絡が届いて、地球へと戻っていった。

 ザンアキュートばかりはごねにごねたが、彼女自身も大きく消耗しており、日本に戻って回復に努めるべきなのは事実だった。


 これで残っているのはソルグランドと各国のマジカルドール達だけだ。

 この星は既に滅びているが、彼方に見える廃都市を筆頭にかつての文明の名残を探れば、この星がどう終わりを迎えたのか、魔物達との闘いの記録など有益な情報が得られる可能性は否定できない。

 今後、人類と妖精が攻める側に回る為に、少しでも情報を得られるのなら逃したくないのが、実情だ。


 さてそんなところにこのソルグランドである。八百万の神々の権能を持ち、この死せる星に生きた風と水と土を齎した彼は、小休止の後にすぐさま自主的に働きだしていた。

 薬酒を飲んだ影響とこちらに残っているマジカルドール達から、たっぷりと感謝と敬意の念を向けられたお陰で、心身ともに完全に復調しているし、何もしないでいるのは居心地が悪かったのも理由の一つだ。


 現在、ソルグランドを含む地球組が居るのは、最初にシェイプレスに連れ込まれた場所だ。

 そこが一番、地球とのワープゲートを繋げやすかったのと、神羅三象の発動地点だったのが大きな理由だ。

 シェイプレスごと禍岩戸に投げ込んだ天交抜矛を手元に呼び戻し、各国のマジカルドール達が見守る中、改めて戦闘中に作り出した地面に突き刺す。

 これからすることは事前に説明しており、マジカルドール達はそれぞれが空を飛びながらソルグランドの一挙手一投足に注目していた。


 マジカルドールは神懸った速度で開発が終わり、生産体制に入ったのと、はるかに中身を選ばない仕様だったこともあり、数百人以上がこの場に居る。

 地球側にも相当数が残っているはずだが、短期間で多少無理をしてでもこれほどの数を用意しなければ地球を襲った魔物達を撃退できなかったということだ。


「これだけ人の目があるところでなにかするってのも、初めてのことか。名前も知らないお星さんよ、必ず仇は討つから少しだけ化粧を施すのを許しておくれよ?」


 両手でさかさまに持った天交抜矛を足元の地面へと突き刺し、周囲に広がっていた風、水、土に改めて干渉を始める。

 マジカルドール達が見守る中、八百万の神々の権能によって無より生み出された風、土、水は創造主たるソルグランドの声に従順に従って、徐々に集まってそれぞれ命じられた通りの形を取ってゆく。

 ソルグランドの生み出したこれらを用いて、直径五十キロメートルに及ぶ警戒網を構築するのが目的だ。風と水と土を、異物である魔物に敏感に反応する警戒装置兼迎撃装置として利用する考えなのだ。


「もう一つおまけに、天魔禍反刺戈あまのまがえしのほこ


 天交抜矛を離した左手に新たな一本の戈が作り出される。

 これまたなんとも物騒な当て字だが、この由来は修験道において天逆鉾あるいは天沼矛の別名にして、魔を打ち返す働きを持つとされる天魔反戈あまのまがえしのほことなる。

 ソルグランドの脳内では、警戒網を天交抜矛で構築し、自動迎撃機構をこちらの天魔禍反刺戈で担当する算段が立てられていた。魔物の接近を探知したら、風と土と水が矛の形となって殺到し、串刺しにすることとなる。


 即興の国造りの効果はすぐさまあらわれた。峻険な山のように激しく凸凹していた大地が綺麗にならされ、そこかしこに出来ていた湖や川が一本の水流にまとめられ、警戒網の最外縁部を流れる。

 大気は緩やかに対流して、万が一にも毒素が警戒網の内側に入るのを防ぐ役割も担う。その他にも例えば宇宙から隕石が落とされるか、砲撃が行われた際には自動で強固なバリアとなってこれを防ぐ盾にもなる、と至れり尽くせりだ。


 ソルグランドは天交抜矛と天魔禍反刺戈を地面に突き刺したまま両手を離して、上手く拠点造りの礎が出来たのを確認し、にっこりと大きな笑顔を浮かべて満足げだ。

 これからここを橋頭堡とするのなら、それなりの施設が建てられるだろう。ならばあらかじめ安全地帯を作っておくに越したことはない。

 地形をいともたやすく変化させるソルグランドの行動に、これまでじっと見守っていたマジカルドール達は本物の奇跡を目の当たりにした敬虔な人のように呆然とするか、自らの信ずる神の名を口にしていた。


「信じられん。これは現実か?」


「おお、神よ……」


「他にこんな真似の出来る魔法少女がいるのか、彼女はいったい」


「ひゅ~、これなら魔物共を相手にしてもあたしらの勝ちは決まりだね。なにしろ本物の女神様が味方なんだからサ」


「はは、マジか。奇跡を目にしているとでも言うの?」


 マジカルドールの基幹技術を提供したのが、ソルグランドの背後にいるヤオヨロズだとこの場に居る者達は知っていたが、これほどの魔法少女を生み出した技術が自分達の使っているこの身体にも用いられているのか、とそこまで考えの及んでいた者は少ない。

 あるいは魔物との戦いが終わった後のソルグランドの去就や立場、自国との関係や世界情勢について考えている者も居ただろう。


「プレハブ小屋一つありゃしないが、拠点化するにしてもゲートを安定させるところからだな、うん」


 マジカルドール達の様々な胸中を知らず、ソルグランドは考えを巡らせながら次の作業に入る。マジカルドール達は虚空に出現した鳥居から姿を見せたが、宗教上の利用から継続的に鳥居をくぐるのに抵抗のある者が出てくるのは想像に難くない。

 非常時に何をと思う者も居るだろうが、えてして信仰とは人生において深く根ざし、価値観の多くを占めるものだ。

 余裕のある内は配慮した方が後々の為になる、と少なくともソルグランドは考えていたし、ヒノカミヒメや夜羽音から嗜める声も聞こえてこないので、問題はないことにした。

 現在、最も地球と異星間を強固につないでいるのは、ワイルドハント司令部のゲートルームにある、ソルグランド専用ゲートだ。今も夜羽音がソルグランドの位置捕捉と通路の補強を行ってくれている。


「鳥居以外でとなると、まあ、俺の移動方法つったらアレだわな。鏡」


 これまで使用してきた神器は基本的にソルグランドひいてはヒノカミヒメに内包される神々の権能を利用し、作り出したものだ。今回もその権能の組み合わせによって、真神身神社に最初から置かれていた、あの神鏡の特大版を作ろうと思いついたわけだ。

 真神身神社の神鏡は、鏡と鏡を繋いで移動する効果があるが、今、ソルグランドが作り出そうとしているのはソルグランド用のゲートと接続を固定した通路と門の機能を兼ね備えた物をイメージしている。


「こっちの星になにか魔物との戦いを有利に運べるような、そんな代物か情報が残っていると良いんだが……」


 そう呟くソルグランドの目の前では、直径百メートルにも達するとてつもなく巨大な鏡が作り出されていた。

 とりあえず形だけは整えた新たなワープゲートを、ソルグランドをモニタリングしている夜羽音とリリベルに頼んで、リンク先をこちらの鏡型ワープゲートに変更すれば、ソルグランド抜きでも安全に地球とこちらの星を移動できるはずだ。


 ソルグランドからすればなんてことはない、ものの数分で終わる作業だったが、人類と妖精が同じことをしようとした時、いったいどれほどの時間と技術と人員が必要となるか。

 ソルグランドが何をしたのか、周囲のマジカルドール達が母国からの通信で伝えられて、ますます天使か女神を見るような眼差しに変わっていることに、ソルグランドはもう少し敏感になった方が良いかもしれない。

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