第63話 歴史の転換点

 ソルグランドとしてはもう座り込んでしまいたかったが、孫娘を筆頭に魔法少女達はまだまだ奮闘している。まさかこの状況で自分だけ楽にしては居られまい。

 禍岩戸に閉じ込めた魔物少女達が脱出を試みて暴れているが、模造品とはいえ真性の太陽神が自らの手で開くまで決して開かなかった岩戸だ。魔物少女如きに破られるものか、と自信を持って言える。


「あんまり騒ぐようなら、黄泉比良坂に繋いで黄泉醜女よもつしこめ黄泉軍よもついくさの皆様に可愛がってもらおうかね」


 流石に黄泉の主宰神となった女神の御名を口にするのは憚られたが、もし御出でになられたなら魔物少女達は更なる地獄を見るだろう。

 ソルグランドは小さな素焼きの酒瓶を左手に取り出し、口をつける。えもいわれぬ芳醇な香りが鼻孔や口、体の中に溢れかえり、気力が全身に満ちて行く。疲労や痛みが見る間に和らいで、出血も治まった。

 日本神話に数多く存在する酒造りの神々が醸造した酒の模造品だ。古来、薬としても用いられた酒を回復薬として飲み、傷ついた心身の回復を図ったわけだ。


「良薬は口に苦しとは言うが、こりゃ逆に美味すぎるな。魔法少女は未成年ばっかりだし、非常事態以外は飲ませてやれないのが残念だ」


 残敵を片付けるかと両手に闘津禍剣二振りを握った時、空中と地上の双方に無数の鳥居が突如として出現する。ソレを見て、ソルグランドは自分の出番がほぼ終わったのを理解した。

 肩から力を抜くソルグランドの脳裏に、ワイルドハント司令部のゲートルームで待機中の夜羽音からの声が届く。


(まだ戦いは終わっていませんが、山場は超えたようでなによりです。大我さん)


(魔物少女の方はなんとか。それに頼もしい援軍が来てくれましたからね。特にザンアキュートと燦は、俺に、いやヒノカミヒメに近い気配を感じます。肩入れというか、贔屓をしてもらっているのでしょうか?)


(こればかりは仕方がありません。我々は大我さんに色々と負い目がありますし、そうでなくとも日本の魔法少女らは我らにとっても子や孫に等しいのです。少しばかり行きすぎるのも仕方なき事)


(まあ、俺としてはあの子達の安全に繋がるのならそれに越した事はありませんが、手に入れた力に過信して安易に危険に飛び込まないかが、心配です)


(責任感が強いのも時に考えもの、というわけですね。ですが子供たち以上に責任感を抱き、罪悪感と無力感に苛まれていた大人達の方が多いですし、貴方だけが意気込む必要はありませんよ。ほら、世界中からようやく機会を得た大人達がやって来ますよ)


 夜羽音が告げるのと同時に鳥居の向こうから、配備された所属国独自のアレンジを施された衣装や装備を纏うマジカルドール達が次々と姿を見せる。

 地球に出現した魔物達の掃討が済んだ国から、ソルグランド救援並びに魔物側の拠点制圧の為、マジカルドールの派遣を迅速に決定したのだった。

 単体では二級魔物にも及ばないマジカルドールだが、士気の高さと連携でそれを補っているのは先に述べたとおり。

 加えて、散々、ソルグランドの奮闘でダメージを負っていた魔物側は、大量に出現したマジカルドール達の奇襲に対処が明らかに遅れる。


「魔物なんぞは燃やし尽くせえっ!」


「積年の恨み、今こそ晴らす時」


「ひゃひゃひゃひゃ、跡形もなく木っ端微塵だ!」


「やっちまえ、ソルグランドが散々叩きのめしておいてくれたんだ。余りものくらい、アタシらだけで片づけて見せるんだよ!」


「ドール1より司令部、ソルグランドの無事を確認した。既に他国のマジカルドールも多数到着している。俺達もこのまま交戦に突入する!」


 マジカルドールの中身は各国の軍人達なのだが、これまで積み重ねた鬱屈が多すぎたせいなのか、戦場に出るとまあ、口が悪い。男も女もどこのチンピラだと言いたくなるようなテンションの者が多い。

 一応、マジカルドールの共通点として、顔の上半分を多様なデザインのマスクなりゴーグルなりで隠しているのと、同じ体格、基本性能が同一である事があげられる。

 それだけに装備と戦術の違いがはっきりと見て取れて、所属ごとに異なる戦いぶりで魔物を討伐する姿に、ソルグランドは素直に感心している。


「これは本当に見物しているだけで済みそうだな。お?」


 新たに作られた大きめの鳥居からは衣装の一部が破損した状態のロックガーディアンとスタープレイヤーが、また別の鳥居からはトライデントのみ復活させたブレイブローズが姿を見せる。

 それぞれの母国に出現した強敵を倒し、ボロボロに消耗した状態から少しは立て直したとはいえ、万全には程遠い。それでも無理を押して駆けつけてくれたのには、感謝する他ない。

 消耗状態とはいえ、マジカルドールとは一線を画す戦力の出現に、ソルグランドの肩からさらに力と緊張感が抜ける。


「ハーイ、ソルグランド! ステイツからはるばる助けに来てあげたわよー!!」


「もうこんなに倒している。やっぱり最強はソルグランドか」


 ソルグランドを見つけて元気よく手を振るスタープレイヤーに対して、ロックガーディアンは激しい戦闘の跡が刻まれた戦場と激減している敵の数から、ソルグランドの生の戦闘能力を実感して呆れたようでさえある。

 はるばるイギリスからやってきたブレイブローズは殺到してきた猪型の魔物の群れを、トライデントから生み出した薔薇の花弁を交えた海流ですり潰し、ソルグランドの無事な姿に安堵の吐息を吐いた。

 面識がない相手とはいえ、ソルグランドが人類とフェアリヘイムにとって欠くべからざる存在であるのは周知の事実であったし、単に罠に嵌められた彼女が心配だったというのも理由の一つだ。


「ソルグランドさ、はづめますて、イギリスのブレイブローズでさあ。あんたさの活躍は……んん、貴女の活躍はイギリスでも話題です。微力ながら、お助けいたします!」


 ブレイブローズは喋っている途中でビクトリーフラッグからの注意を思い出し、口調を訂正してからソルグランドへ手を振り、残る特級魔物に狙いを定めて飛んで行った。


「元気のいい子だな。あれは俺が片付けようと思っていたんだが、この調子なら本当にもう出番は無さそうだ」


 嬉しいような、情けないような、安堵したような……自分の心の中にいくつもの感情が浮かび上がるのを認めながら、ソルグランドは自分と同じように戦う力を得た大人達が、守るべき子供達とようやく肩を並べられている姿をじっと見る。


(ようやく子供だけに戦場を任せずに済んだが、それでもまだ主役は魔法少女達だ。よかったな、と言うにはまだ早い。よかったとそう言えるのは、戦いが終わってから、か)


 マジカルドールの到着から一時間後、残る魔物全ての討伐が確認され、警戒態勢を維持しながら周囲の安全確認が行われる中、ソルグランドは手ごろな岩に腰かけて、呼吸を整える。

 既に傷口は塞がり、消耗した体力も戻っているが、緊張の糸はまだ張り詰めている。

 ここで魔物側が新型の魔物少女や更なる魔物を投入して来たらかなり不味い事態に陥るかもしれないが、そこまで余力はあちらにもないと信じたいところだ。

 破殺禍仁勾玉と破断の鏡が定位置に戻り、服の汚れも取り払ったソルグランドの下へと、ザンアキュートが真っ先に走り出して近寄り、次いでソルブレイズ、アワバリィプール、スカイガンナー、クリプティッドエヌが徒歩で近づいてくる。


「ソルグランド様、お怪我の具合は!? ああ、魔物共が、ソルグランド様の玉体に傷を付けるなんて、万死に値します!!」


 ザンアキュートはソルグランドの全身を舐めまわしてから膝に縋りつき、よよよ、と泣きながら魔物達への怒りをあらわにする、となんとも忙しい百面相ぶりを発揮していた。

 ソルブレイズ達は彼女がソルグランド派の開祖であるのを知っているし、なんなら半強制的に派閥入りさせられていたので、彼女の奇行に驚きはしなかったが、他の国の人達に見られるのは恥ずかしくて堪らなかった。


「なんだかなあ、日本の恥とまでは言わねえけどよ、日本のランカーがあんなざまなのは知られたくねえよなあ」


 残弾が一割を切っているスカイガンナーの発言に、クリプティッドエヌはけらけらと笑い、アワバリィプールは真顔で頷き返していた。

 ザンアキュートのJMGランキング七位の実力者として、クールなサムライガールぶりだけを知っているファンが見たら、一瞬で熱が冷めるだろうか。

 ソルグランドは自分の膝に取り縋って泣いたり、怒ったりと忙しいザンアキュートを、笑いながらあやしていた。子育てをたっぷり経験し、思春期の孫娘を相手した経験が役に立っていた。


「皆が助けに来てくれたおかげで、俺はどうってことはないさ。怪我もとっくに治っているし、肉体的な問題はない。ちょいと激戦が続いてしばらくのんびりしたい気分だけどな。

 君達も強化フォームと強化アイテムにまだ慣れていないだろうに、危ない橋を渡らせて悪かったな。ああ、それよりもありがとうって言うべきか。本当に助かったよ、ありがとう」


 ザンアキュートとソルブレイズだけではなく、スカイガンナー達、更に戦闘を終えて降りてきたブレイブローズとスタープレイヤー達にも頭を下げる。


「あら水臭い! フェアリヘイムでは貴女に助けられたんだからさ、今度はアタシが助ける番ってだけよ?」


「こんにちは、ソルグランド。アメリカのロックガーディアンです。コレの言う通り気にしないでください。ドールの実戦配備には貴女とヤオヨロズの協力が大きかったと聞いています。貴女の蒔いた種が実を結んで、貴女を助けたのですよ」


「改めてご挨拶申し上げます。イギリス魔法少女ブレイブローズです。ソルグランドさんのご活躍はかねてより耳にしておりました。お目にかかれて光栄に存じます」


 三人ともソルグランドの膝に縋りついているザンアキュートは、気にしないことにしたようだ。そのザンアキュートはと言うと、スタープレイヤー達を振り返り、顔だけは真面目な表情を取り繕っている。膝に取り縋っているままなので、滑稽であったけれども。


「魔物の襲撃でお国が大変だったろうに、ありがとうな。魔物側の拠点攻略が出来ると踏んで来たが、慢心が過ぎたぜ。助けがなかったら流石にまずかったかもだ」


 ソルグランドの見立てでは救援なしの場合の勝率は概ね八割から九割、撤退するだけならまず間違いなく出来たと見ている。

 仮に勝てたとしても目も当てられないようなダメージを負い、しばらく真神身神社に引きこもって回復に専念する事態に陥っただろう。


「なにはともあれ魔物を相手に大きな勝利と言っても過言じゃないだろ。マジカルドールのお披露目としては百点満点に近いだろうし、新型の魔物少女を含めて四体とも捕まえられたんだ。

 この場に居る全員、胸を張って地球とフェアリヘイムに勝利宣言できるってもんさ。根本的な解決はまだこれからだが、少しはこれからの未来に光が差したってもんだろ」


 ソルグランドが口にした通り、今回の地球規模での陽動から異星で決着を見た一連の戦いは、魔物との六十年以上に及ぶ戦争の歴史において、大いなる転換点に違いなかった。

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