第62話 姉妹の終い

 援軍に駆けつけたとはいえ戦場に居るのがどいつもこいつも格上の魔物ばかりとあって、スカイガンナーは委縮していたが、息を吹き返したソルグランドの放つ暖かなプラーナに背を押されて、数秒で腹を括り眼差しを鋭く変える。

 この時、スカイガンナーばかりでなくクリプティッドエヌやソルブレイズ、ザンアキュートも、ソルグランドからの春の陽ざしのようなぬくもりと確かな力を感じ取っていた。


 その正体は魔法少女達から親愛や畏敬、感謝を受け取ったソルグランドが、それを無意識に恩恵として返したものである。

 真上大我はそんな術を知るはずもないが、半覚醒状態のヒノカミヒメが寝ぼけ眼のまま手を貸して、この場に居る魔法少女達に一握りの勇気と確かな活力を分け与えていたのだ。


「やってやる、やってやる! 全弾持ってっけー!! プラーナがカラッポんなるまで暴れてやる!!」


 エンジンが火を噴き、スカイガンナーの身体が超音速に到達し、死せる星の空を飛翔する。

 ソルグランドや『天の羽衣』持ちと比べれば著しく脅威度は下がるとはいえ、魔物達からすれば蜂が紛れ込んだ程度には鬱陶しい。

 刺されれば痛い程度には目障りな存在であり、片手間に排除しようと何体かの魔物がスカイガンナーに狙いを定める。


「魔法少女のド根性を、くらえええ!」


 スカイガンナーの半ばやけくその叫びと共に重機関銃マーヴェリック、翼に懸架された対魔物プラーナミサイル全二十四発、バックパックに搭載した十二連マイクロミサイルポッド二基、プラーナキャノン二門が一斉に火を噴く。

 マーヴェリックとプラーナキャノンがマニュアル操作で照準が定められ、ミサイル二種についてはスカイガンナーが認識した敵を自動追尾する仕様となっており、スカイガンナーへの負担を大きく減らしている。


 空に白煙の糸を引いて乱れ飛ぶミサイルを回避する魔物達を目掛けて、銃弾とプラーナの砲弾が食らいつき、何発かの命中弾によって装甲の薄い魔物達は大きく体を揺らがせる。

 もしこの時、魔物達が言葉を喋れたなら、あるいは思考を読めたなら、彼らの分析を超えるスカイガンナーの攻撃の威力に対する驚きを知れただろう。

 ソルグランドから齎される恩恵が、スカイガンナーに実力を超えた力を発揮させていたのは、魔物側にとって状況の悪化を加速させる以外のなにものでもない。


 スカイガンナーは魔法による慣性制御に頼りながら、戦闘機ではありえない急旋回、急上昇、急加速を交えた三次元機動で戦場を飛び回り、空になった薬莢をばらまき続ける。

 更にスカイガンナーの大暴れを、破殺禍仁勾玉と破断の鏡がサポートすることで、魔物側に齎す混乱は大きくなっていた。


 ソルグランドの気力が燃え上がった影響を受けて、二つの神器の破壊力と動きのキレは数段増しており、スカイガンナーの派手な動きに紛れて的確に魔物達の死角を突いて被害を強制していた。

 また破断の鏡は戦場の上空に陣取り、この星の仇討ちに力を貸してくれているのか、燦々と降り注ぐ陽光を吸収しては、眼下に向けた鏡面から無数の太陽光線を発射し、魔物の肉体を貫く援護射撃を絶えず行っている。


 そうした諸々の要素のお陰で、スカイガンナーは短時間で本来の実力を超える大きな成果を上げていた。

 もちろん、それはスカイガンナーばかりではない。クリプティッドエヌにしても、四基のスピーカー型強化アイテムの助けを借り、スカイガンナーに群がる魔物の隙を突いて着実に数を減らす堅実な動きを見せていた。


「ん~まだ周囲が見えているから完全に自棄になったわけじゃないねー。スカイのああいうところは見習わないとかな。『猿叫えんきょう』、『虎咆こほう』、『蛇唱じゃしょう』、『狸哮りこう』、あたし達も喉を鳴らしていこうか」


 妖怪『鵺』を構成する猿、虎、蛇、狸を模したスピーカーが、クリプティッドエヌの固有魔法ミステリアス・ロアを増幅し、一基ごとに周波数の異なる狂乱の合唱がスカイガンナーに気を取られるウミウシやフナムシを思わせる魔物達の群れを襲う。

 虫嫌いの人が見たら卒倒するか、その場で狂ったように叫ぶ見た目の魔物達が、クリプティッドエヌ本人を含めた五種の叫びに、強靭な甲殻や体を包む粘液ごと原子レベルにまで分解され、跡形もなく吹き飛んで行く。


「いやあ、それにしても強化アイテムの効果が凄すぎるなあ。これ、自分の実力を勘違いする子が出てきちゃうよ」


 強すぎる道具に本来の自分の実力を見誤る危険性に気付いたのは、クリプティッドエヌの聡明さを端的に示すものだったが、だからといってこの戦場でそれを使わない理由はなかった。

 なにしろ少し気を抜けば、あるいは不運に気に入られれば、あっという間に死んでしまうような戦場のただなかに居るのだから。


 本来の実力を超えた戦いぶりを発揮しているのは、アワバリィプールもまた同じだった。

 魔法少女としての衣装はそのままに、巨大な空飛ぶナルトという唯一無二の強化アイテムを手に入れた彼女は、正直、恥ずかしくて仕方がなかったが、それを我慢して精一杯に戦っている。

 アワバリィプールの魔法はプラーナを消費して、渦潮を発生させるというもの。

 郷土に関連したモチーフが衣装のあちこちに反映されているように、『鳴門の渦潮』を由来とする魔法だ。攻防一体の魔法であり、使いこなせれば、出力が伴えば強力な魔法と評価を受けている。

 これまでは出力が伴わず、強力な魔物を相手にする際には決定打が足りないという、彼女の欠点を強化アイテムの空飛ぶナルトが補ってくれる。


「巻き巻き渦潮、沈んじゃえ、鳴門海峡の水底に!」


 アワバリィプールの突き出した両手の先、何もない空間に彼女のプラーナを対価として激流が瞬時に生み出される。まるで暴れる龍の如くその量と勢いを増した水流が二本、頭上から襲い掛かってくる魔物達を巻き込んで螺旋を──渦潮を描き始める。

 ソルグランドが『神羅三象』で作り出した世界を沈めるような水流には及ばずとも、飲み込んだ魔物の動きを束縛して、少しずつ圧力を加える程度は出来た。

 そうして動きを止められた魔物達に向けて、スカイガンナーの銃弾やミサイル、またあるいは破殺禍仁勾玉が襲い掛かり、着実に数を減らしている。


「へへ、ラーメンを奢っただけじゃ、格好がつかないもんね。少しは助けになってあげなくっちゃ」


 アワバリィプールがさほど強力ではない魔法少女なりに奮闘する中、日本ランカーであり希少な『天の羽衣』適合者であるザンアキュートは、人一倍闘志を燃やしていた。

 いや、崇拝し、敬愛し、■するソルグランドに対して怪我を負わせた魔物少女とその一派を相手にして、その闘志は憎悪と憤怒という二種の薪をくべられて、形容しがたい勢いで燃えていた。


「天の羽衣・天与七賜刀てんよしちしとう


 ザンアキュートが元から持っていた大太刀以外に浮かぶ、短刀、脇差、打ち刀、太刀、直剣、七支刀の六振りと合わせて七振り。装飾の増えた衣装と共にこれをもってザンアキュートの『天の羽衣』モードとなる。


「ソルグランド以外の、魔法少女、など!?」


 絶え間なく加えられる七連続の斬撃に、フォビドゥンは完全に主導権を奪われていた。引き連れていた魔物達も、既に全身を切り刻まれてプラーナの塵となって消え去っている。

 一撃の威力が大幅に上がっているのもそうだが、なにより単純な手数の増大が極めて厄介だった。それぞれ異なる長さ、鋭さ、重さを持った斬撃が同じタイミングで、しかし異なる方向から襲い掛かってくる。


 フォビドゥンの頑強さとプラーナの守りで大きな傷にこそ至っていないが、ダメージはもはや無視できないレベルに達していた。

 ザンアキュートの斬撃から逃れるには、ディザスター並みの頑健さを得るか、ザンアキュートの視界から外れる移動速度か、視界を遮る手段が必要となる。

 ソルグランドへの圧力が弱まった事への危惧に焦る中、フォビドゥンは冷静にザンアキュートの斬撃の嵐から逃れるべく、自分の身体を無数のプラーナへと変換し、斬撃の無効化を行った──筈だった。


 いつの間にか斬撃の数が減っていたことに気付けなかったフォビドゥンは、死角から迫ってきた短刀と脇差に体内で交差するように両脇腹を貫かれていた。

 痛みだけではない。刃に貫かれた瞬間、体内のプラーナの流れが直接撹拌されたように乱れ、痛みと共に途方もない吐き気や眩暈、寒気や高熱までもがどっと押し寄せてくる。

 日本の神々がザンアキュートの『天与七賜刀』に付与した『祟り』の影響だ。体内で暴れ狂う祟りによって、正常な機能を失ったフォビドゥンが苦悶に美貌を歪める中、ザンアキュートの刃は寸毫も鈍らない。


「魔物少女フォビドゥン。我が刃にてその命脈を絶つ!」


 斬撃から一点、大太刀を大きく引き絞り、水平に倒した切っ先から渾身の一突きを放った。

 紫電を散らすかのような神速の一突きに、脇差と短刀を除く他の刀剣が連動して空を飛翔し、体内を侵食する祟りによって意識を朦朧とさせるフォビドゥンの身体に次々と突き刺さる。

 ザンアキュート自身の渾身の一突きは魔物少女の喉元を貫いていて、その全身から血液代わりのプラーナを噴き出しながら、フォビドゥンは力を失って落下してゆく。それをソルグランドが遠隔で開いた禍岩戸が飲み込む。これで二体目の捕縛に成功だ。


 そしてディザスターもまたソルブレイズの猛攻に晒されていた。

 ディザスターとそん色ないまでに強化された圧倒的な膂力、更に打撃のみならず全身に纏って防御にも活用されている太陽の如き非常識な熱量、ソルグランドを彷彿とさせる底知れない量のプラーナ。

 世界中の強化フォーム・ファンタスマゴリアの中でも、ソルブレイズの『天の羽衣・大火女おおひめ』の強化効率は群を抜いていた。

 これには真上大我の孫娘である真上燦に対する、日本神話群の大いなる贔屓があるからなのだが、地球側でそれを知っている者はいない。


「でやあああ!!」


「こんの、クソガキぃい! あと少しで、ソルグランドを仕留められたのに!」


「それをさせない為に、私は来たんだ!!」


 全力で振り被ったお互いの拳がそれぞれの左頬に突き刺さり、大きくぐらついて仰向けに倒れ込みそうになる。ソルグランドでもダメージを免れないディザスターの一撃に、ソルブレイズは必死に意識を繋ぎ止めて、左のフックをディザスターの右頬に叩き込んだ。

 命中と同時に太陽とまではいかぬまでも膨大な熱量が注ぎ込まれて、これを防ぐ為にディザスターの保有するプラーナは一気に消費される。


(があ、こいつ、まるで太陽を味方につけているみたいな戦い方を。ソルグランドとの戦いで、消耗していなければ、こんな奴に!?)


 ここに至るまでソルグランドとの攻防で消費したプラーナは、魔物少女をしても無視できるものではなく、蓄積したダメージと疲労によって集中力は欠け、フルパフォーマンスを到底発揮できないコンディションに追いやられていた。

 そこへ不意打ちで受けた一撃が体の最奥部にまで大きなダメージを齎し、動く度に体に激痛が走っている。そして、そんなディザスターにソルブレイズが容赦する謂れは火の粉一つ分も存在していなかった。


 繰り出す拳と拳。しかし一撃を重ねるごとにディザスターに与えられるダメージが増え、ソルブレイズの勢いは四肢から噴き出す炎と共に勢いを加速させるばかり。

 ディザスターはソルグランドに続いて、ソルブレイズに対してもまた恐怖を抱きつつあった。ああ、太陽の炎と共に自分の死が迫ってくる!


劫火陽拳ごうかひけん!!」


 左右の細かい連打で意識を飛ばされた瞬間に、ソルブレイズの極大の炎を圧縮して纏った右のリバーブローが深々とディザスターの腹部に突き刺さり、耐え切れなかった魔物少女の腹部が瞬時に炭化する。

 もはや悲鳴を上げる余裕さえ失くしたディザスターは、腹部から全身を炎で包まれながら吹き飛び、ぽっかりと開いた禍岩戸の中へと落ちて行った。


「これで三体目だ」


 孫娘の華々しい活躍を見上げながら、ソルグランドは地面に縫い付けたシェイプレスに自慢たっぷりの笑みを向ける。

 まさか孫娘を自慢する気持ちでいるなど分かるわけもなく、この状況で嬉しそうな笑みを浮かべるソルグランドが理解できず、シェイプレスは眉間にしわを寄せた。

 そうした人間らしい振りをしている裏では、どうにか体を変形させて束縛からの脱出を試みているのだが、微塵も成功するビジョンが浮かばない。シェイプレスの大柄な人間型の身体を貫き、大地に縫い付けているのは天交抜矛だった。


「俺の使っている天交抜矛は地形操作が主な役割だが、人体を一つの世界と見立ててその構成に干渉出来る。というか、出来る事にした。形を持たないお前さんに形を与えようと、矛を通して干渉してんのさ」


「……」


「そんなにおっかない顔で睨んでも、なにも出ねえよ。現場のお嬢ちゃん達と上の連中が色々と頑張ったのは、ここまで追い込まれた俺が認める。

 けどまあ、人類の、いや、地球と妖精達の底力を甘く見たのが、最大の失敗だったな。しばらく暗闇の中で大人しくしときなよ」


 敗者への哀れみなのか、優しく告げるソルグランドの顔を睨みつけながら、シェイプレスは背後に開いた禍岩戸の入り口の奥へと、天交抜矛に貫かれたまま幽閉されていった。


「これで四体目と。へ、まだ一級やら特級やら残っちゃいるが、油断さえしなけりゃ消化試合だね、こりゃ」


 とはいえ体中が痛むのも事実。ソルグランドはこの戦いが終わったら、二、三日はゆっくりしたいもんだと、心の中でだけ呟くのだった。

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