第59話 TS変身してでも戦いたい者達
ソルグランドから召喚された雷神の分霊達は、死せる星の仇討ちとばかりに
魔物少女側にとって特に手痛かったのは、上空百キロメートルで待機していた砲撃に特化した群れを一掃された点に尽きる。
一般的に宇宙とされる境界の高度に待機していた魔物達は、大規模な破壊よりも小さな標的であるソルグランドを確実に捕捉し、射抜けるように生成された専用プラーナ砲弾を発射するタイプだった。
地上に向かって撃てば、地下数十キロメートルに達する穴を開ける威力が保証されている。
それほどの強力なプラーナを保有していたのが仇となり、百キロメートルのはるか頭上にあってもソルグランドのプラーナ探知網に引っかかり、目くらましも兼ねた雷によって撃ち落されたのである。
百キロメートルの距離も先駆放電でも秒速二百キロメートル、主雷撃となれば秒速約十万キロメートルに達する稲妻からすれば目と鼻の先だ。
そうして目障りな空の敵を潰したソルグランドは敢えて魔物少女ではなく、他の魔物の排除を優先して動く。
なぜか? 恐怖という信仰を奉げてくれるフォビドゥンとディザスターには、この場での貴重なエネルギー供給源として役立ってもらおう、という冷酷かつ合理的な判断であった。
「
周囲から殺到する雷、炎、風、毒霧、光線、衝撃波……バリエーション豊かな攻撃の数々を、風土埜海食万に宿る神通力によって生み出した清浄なる大渦を防壁にして受け止める。
秒速百メートル以上で高速回転する大渦は見る間にその規模を大きく変えて、不用意に近づいてきた近接型の魔物達を粉砕。
一体一体が一国に大規模な被害を齎すレベルの脅威であるのに、それをものともしないソルグランドはまさに一つの神話の結晶存在と呼ぶに相応しい怪物であった。
だが、それでもソルグランド討伐を画策し、この場に用意された魔物達なのだ。
最大直径三十キロメートル超、高さ二キロメートル超の大渦に対して、一体の魔物が中心部のソルグランドを目掛けて馬鹿正直に突っ込んでいった。
翼のように巨大なヒレを持った鮫に似た魔物だ。体長は十五メートルほどだが、鮫肌ではなく銀色の金属製の表皮を持ち、ガラス玉のような目が流線型の身体の先端と左右に三つある。ただ牙も口もなかった。
かつて中東から地中海一帯を荒らしまわり、人類に大きな被害を齎した特級魔物『マレフィシャーク』。攻撃方法は至ってシンプル。特級に相応しい膨大なプラーナで体内と表皮を満たし、ただひたすらに突撃するだけ。
いわば生きた砲弾だ。たったそれだけの魔物に人類と妖精は多大な出血を強いられた。マレフィシャークは初速から最高速度に至り、速度はマッハ五十超に達する。
突進の破壊力と、これだけの質量の物体が移動することで生じる衝撃波という単純な武器によって、マレフィシャークは特級へと分類された。
死んだ星の空を飛ぶ災いの鮫星は大渦に真っ向から激突し、互いのプラーナによる反発を速度に任せてごり押しし、神気に満ちた大量の水を貫いた。
マレフィシャークの三つの瞳は、大渦の中心に立つソルグランドを捕捉する。そしてソルグランドの瞳もまたマレフィシャークを正確に捕捉していた。
両者の視線が交錯し、残るプラーナを注いで最後の突撃を敢行するマレフィシャークは、これまでの記録を超えるマッハ六十五の速度に到達。ソルグランドとの間にある距離は、もはやないに等しい。
夜空を斬り裂く流星のように迫るマレフィシャークを、ソルグランドは無視した。その代わりにマレフィシャークの四方から、何匹もの
超高速のマレフィシャークを捕捉したばかりでなく、プラーナの守りを自分達の消滅と引き換えに打ち破り、そこかしこの肉を食い千切った戦果は凄まじい。この鮫達の正体は因幡の白兎の皮を剥いだ鮫を疑似再現したものだ。
マレフィシャークの肉を食い千切るのと引き換えに、ぼろぼろと崩れ落ちて消滅してゆく鮫達を尻目に、ソルグランドは左手の天覇魔鬼力を一閃。
ソルグランドの保有する神剣の中で、もっとも切れ味鋭い刃は七メートルの距離を超えて、死に体のマレフィシャークを左右に両断した。
左右に分かれてソルグランドの傍らを通り抜けて行くマレフィシャークの死体──その腹の中から再び首から下を液状に変えたシェイプレスが飛び出してくる。
変わらぬ無表情のまま、ソルグランドの上から覆いかぶさるように迫り、その顔面へソルグランドがいつの間にか風土埜海食万の代わりに握っていた酒瓶を投げつけた。至ってシンプルな素焼きの器は空中で割れて、中身をシェイプレスに浴びせかけた。
「八塩折之酒に
八塩祈之酒そのものはフォビドゥンにさんざん浴びせたことで、耐性を持たれている可能性が高い。その為に疫病神とも呼ばれる神々の病魔を混ぜ込んだのだ。
ソルグランドを拘束する為に体積を広げていたシェイプレスは顔色こそ変えなかったが、液状の身体が震えたかと思うとそのまま浮力を失って、地面へと落下してゆく。
すぐさま病死はしないにせよ、少しの間は行動不能に陥るだろう。ソルグランドはシェイプレスへ追撃を加えなかった。大渦の安全地帯である中心部の真上からフォビドゥンとディザスターが涙目で襲い掛かって来たからである。
「ここまで来ると健気に思えてくるな」
ソルグランドは困ったように笑いながら天覇魔鬼力を両手で構え直し、フォビドゥンが牽制の為に放つプラーナの光弾を片っ端から斬り捨てて行く。
周囲への配慮なし戦闘するにせよ、ディザスターの一撃は今もってなおソルグランドにとっても脅威なのは変わりない。直撃を受ければ大きなダメージになる。
フォビドゥンの両掌から牽制の光弾が継続して発射される中、彼女の尻尾がディザスターの左足に絡みついてぶんぶんと勢いよく回し、そのままソルグランドを目掛け投げ飛ばす!
「おおおりゃあああ!!」
自分を奮い立たせる為に叫ぶディザスターが頭から突っ込んでくるのに合わせ、ソルグランドは天覇魔鬼力の刀身を水平に倒し、一瞬、腰を沈めてから脚力を爆発させて跳躍!
相討ちも辞さない覚悟を固めたディザスターの左拳は振り抜いた拳圧だけで、ソルグランドの髪を千切った。
だがそれでソルグランドの突進は止まらず、突き出された天覇魔鬼力の切っ先がディザスターの鎖骨の上のあたりに突き刺さり、そのままするりと背中側へと抜ける。
「ギィ!?」
「いい加減、お前さんの斬り方くらい学習するさ」
初めて自分の身体を貫かれ、ディザスターがあまりの衝撃と驚愕に痛みを忘れて目を見開くのを、ソルグランドは鼻で笑い飛ばした。
そして天覇魔鬼力の切っ先を伝うディザスターの血を見た瞬間、雷光の速度で切っ先を引き抜き、ディザスターの腹を思いきり蹴り飛ばす。
そして天覇魔鬼力の付着した血から先ほどの光景を再現するように、黒曜石のようなナイフが勢いよくソルグランドの首を狙って突き出された。
瞬き一つする間に喉を貫く刃を、天覇魔鬼力を振るう事で潜伏していた血液とまとめてスタッバーを振り落とすことで回避。水中で優雅に泳ぐ人魚のようにスタッバーが血液よりその全身を露にする。
スタッバーに再びの奇襲を防がれても感情の揺らぎはまるでない。やはり元から感情の機能を持たされていないと見るべきか。
「血液? あるいは魔物を構築するプラーナに潜伏出来るタイプか?」
ふわりふわり、あるいはゆらいゆらりと、無駄を削ぎ落して必要な機能だけを残した体を柔らかく動かしてスタッバーがソルグランドへと迫る。
柔らかく、速く、緩く、遅く、しなやかな動きはこれまでの魔物少女にないスタッバー独自の動きだ。ソルグランドの視線と諸感覚を動員した警戒網の隙を狙い、気付けばスタッバーはソルグランドに絡みつくように距離を詰めていた。
「ッ!」
これまでの魔物少女にはないプラーナの薄さ、弱さ、存在感の無さにソルグランドはやりづらいと心の中で舌打ちをした。なまじ周囲の魔物達が強大なプラーナを放っている為に、プラーナの探知に頼っては例え目の前に居てもスタッバーを見失いそうになる。
(あの手この手をよくも思いつく。そんだけ必死か。こっちもだけどよ!)
スタッバーの両手で黒く光るナイフ。空中で対峙するソルグランドの腹部を狙って突き出される右のナイフを天覇魔鬼力で弾き、一歩距離を詰めてきたところで右首筋を狙ってもう一本のナイフが振るわれる。
ソルグランドが身を屈めてナイフに空を切らせ、スタッバーの胴を両断するべく左から横へ一文字の斬撃を見舞えば、まるで煙のようにゆらりとスタッバーに避けられてしまう。
だがソルグランドが見ていたのは避けたスタッバーではなく、スタッバーが左手に握るナイフだった。振り抜かれた天覇魔鬼力の切っ先がくるりと回り、黒曜石を思わせるナイフに叩きつけられる。
ディザスターの肉体すら斬り裂くるナイフは、天覇魔鬼力の一撃を受けると脆いガラス細工のようにあっさりと砕け散る。刃ではなく腹の部分に一撃を受けたとはいえ、あまりに脆い。
「やっぱり使い捨ての武器か。切れ味に特化させて耐久力を捨てたんだろう? ストックはどれだけある? 俺の天覇魔鬼力は御覧の通り、刃毀れ一つねえぞ」
ソルグランドが、にっと笑い、わざわざ天覇魔鬼力の刀身を見せつけるのに、スタッバーは新たなナイフを体内から取り出して距離を取る。
頭上でディザスターを受け止めたフォビドゥンが迫ってきていて、眼下では酩酊状態から徐々に回復しつつあるシェイプレスが元の身体に戻って何とか立ち上がろうとしていた。
周囲の魔物達もまた大渦に攻撃を加えて減衰させるか、魔物少女達に続いて超上空から中心部へと侵入しようと試みている。周囲の状況を確かめながら、ソルグランドはゆっくりと大地へと降下してゆく。
魔物少女達はシェイプレスを仕留めにかかっているのではないかと疑い、大急ぎでソルグランドを追う。ここで姉妹を減らされてはソルグランドへの勝機が大幅に減ってしまう!
「慌てて追いかけなくても平気だ。誰一人、一匹たりとも逃がすつもりはないからな」
ソルグランドの視線を追って、シェイプレスは地面に這いつくばる自分の後方に、風土埜海食万が突き刺さっているのにようやく気付く。
いつの間にかソルグランドの手を離れていた剣は、込められた膨大なプラーナを陽炎のように纏いながら、死せる大地に突き刺さっていた。
「神威を示せ 風土埜海食万」
創造主の命に従う風土埜海食万を中心に、周囲の大地が不規則に次々と隆起をはじめ、更に周囲の大渦が解放されて四方へと広がり始める。
それだけではない。風土埜海食万を中心として、更にはスーパーハリケーン級の暴風が巻き起こる。家屋も根こそぎ吹き飛ばす暴風だ。
「この星がまだ生きていたら簡単には出来ない芸当だ。こんな目に遭うのも、元を辿ればお前達の自業自得だろ?」
そう告げるソルグランドの顔は既に笑っていなかった。
*
ソルグランドの戦いが新たな局面に移ったころ、日本ではファントムクライの百鬼夜行、その最後の一体が虎姫の攻撃によって倒されていた。
右手の金棒の一撃が、瀬戸物が集まって出来た妖怪瀬戸大将の頭部を砕き、その代わりに瀬戸大将の握っていた陶器の槍が二本目の蜘蛛脚を砕く成果を上げていた。
背中から伸びる蜘蛛脚を失いながら、百鬼夜行の全てを倒した虎姫はその発生源であり、この場で最も強い魔法少女に狙いを定める。
すなわちファントムクライだ。固有魔法で出現させた百鬼夜行は最後の一体が破壊されるか、自発的に消滅させてから二十四時間以上が経過しないと、再使用できないという制限があった。
固有魔法の百鬼夜行を失ったファントムクライは、しかし、ようやくと言わんばかりにその全身からプラーナを爆発させた。先ほどまでは段違いのプラーナ量に、ある程度の自律機能を与えられている虎姫は訝しげな表情さえ浮かべている。
しかし、その表情はすぐに歪んだ。ファントムクライの右手に打ち刀、左手に小太刀が握られ、彼女の眼差しが変わるやすさまじい速度で虎姫の眼前にまで踏み込んでいたからだ。
「覚悟!」
「ぎゅうあ!」
打ち刀の一閃が虎姫の左前脚を深々と斬り裂き、小太刀の縦一文字の一閃が右前肢の付け根を斬っていた。紫色のプラーナが血の代わりにドバっと溢れ出す中、虎姫は苦痛を無視して右手の棍棒を振り下ろす。
渾身の力を込めた一撃は、比較すればあまりに頼りない小太刀に受け止められ、大太刀も打ち刀によって大きく弾かれる。ファントムクライのあまりの膂力に虎姫がはっきりと驚愕しながら、そのからくりを理解する。
これまで倒された百鬼夜行の妖怪達のプラーナが、全てファントムクライに流れ込んでいるのだ。ファントムクライの固有魔法は百鬼夜行を生じ、更に妖怪達が全滅した場合にはそのプラーナの全てを吸収して自身の強化に回す効果があった。
そしてもう一つ、ファントムクライの背後に小さな光点が生じ、それは見る間に巨大化して黒雲と炎を纏う太陽の如き球体と化した。
日が沈み夜の訪れとともに現れる百鬼夜行は、再び日が昇れば退散する。妖怪達を退散させる太陽を妖怪と見做したのが
空亡は様々な解釈と誤解によって現代に誕生した妖怪とも言える。虎姫は空亡の発する熱量に表皮を焼かれながら踏みとどまり、失った蜘蛛脚を再生しながら両手の武器を振るってファントムクライとの戦闘続行を決断。
「それは蛮勇と言うものよ。私にとっては都合が良いけれど」
空亡の背後に浮かぶ太陽から迸る炎と黒雲が虎姫の身体に絡みつき、動きを阻害する中、ファントムクライは一刻も早く目の前の障害を排除するべく、二刀流を存分に振るう。
*
日本での戦闘が最終局面に入る中、アメリカとイギリスを始めとした各国では現地の魔法少女達の奮闘に加え、新たな要素が投入されたことで状況が好転しつつあった。
世界初となるマジカルドールの実戦投入である。
小型のブラッディテイルを相手取るアメリカ魔法少女達の後方から、軍で正式採用されているロケットランチャーやマシンガンで武装したマジカルドール達が超音速で戦闘領域に突入を図る。
「行け行け! 命知らず共! ようやくお荷物から卒業するチャンスだ!」
現場の指揮官が発したスラングめいた声と共に、マジカルドールに意識を移したアメリカの軍人達は我先にと魔物の群れに統制の取れた動きで襲い掛かる。
マジカルドールの共通項として容姿は基本的に同一だが、肌や髪の色、髪型に関しては自由裁量とされている。また声に関しても大本の肉体と同じものが発せられるように調整されている。
肉体の外見が大幅に変わることの悪影響を憂慮し、一部だけでも元の肉体との共通項を残そうという措置の結果である。
その他には米軍籍のマジカルドールがそうであるように、身にまとう装束や武装は配属先の裁量に任されていて、魔法少女用に調整された銃火器にミリタリーベストという装備だ。
顔の上半分を覆うのもお面ではなく、暗視スコープを思わせる装備で、いかにも軍属といった雰囲気を纏っている。
突出した戦闘能力を持つ個体は居ないが、その代わりに単体で平均的な準二級の魔物に勝利しうる基本スペック、これまで魔物との戦いでほとんど何の役にも立てず、見ているしか出来なかった軍人達の士気の高さ、均質かつ統制された部隊の運用という要素が、マジカルドール達の戦力を数字以上のものにしている。
魔法少女にとって、見た目は魔法少女でも中身は立派な大人達が自分達と同じ戦場に居るのは初めての経験で戸惑う者も少なくない。
だが同じように命懸けで戦ってくれる大人達が、仲間がいるという事実は少女達の心を大いに支え、助けとなるのもまた事実。
妖精達の全面協力と神々の後押しにより異常な頻度で発生した『閃き』で開発と生産が間に合った人形達は、がらんどうの肉体の中に子供達に戦いを押し付けて来た大人達の無念を乗せて、怨敵たる魔物達へと容赦なく襲い掛かり、投入された戦場で見る間に戦果を挙げて行く。
その中には自在に大きさを変え、投げても的を決して外さずに戻ってくる鎚を振るう者や、青銅の鎧を着込み両手に巨大な槍を握る者など一部のマジカルドールが各神話の戦神や英雄を思わせる戦いぶりを見せていたが、今のソルグランドには知りようのない事だった。
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