第57話 抗う者達

 夜の闇で染めたような髪を風になびかせて、ファントムクライはこちらを睨む虎姫を氷点下の眼差しでにらみ返していた。

 お互いの率いる妖怪と魔物達は休むことなく骨肉の争いを続けている。

 がしゃどくろがその大きな口で魔物をまとめて噛み潰し──

手足が鋭い刃になっている猫型の魔物が小豆洗いを追い回し──

炎を纏う猫の面影を残す火車が羽虫の魔物の群れをまとめて燃やし──

 人面の巨大な百足型の魔物が帯の妖怪である蛇帯とお互いを締め付け合っている。


 虎姫を葬ったところで魔物達が全て消えていなくなるという都合のいい話はないだろうが、突出した個である虎姫を真っ先に倒すべきであるのは確かだった。

 準特級とは単独で国家壊滅どころか、魔法少女先進国をまとめて四つも五つも滅ぼしうる化け物なのだから。


 百鬼夜行と魔物が潰し合う光景を、この戦場に居る多くの魔法少女達が戦いながら見守っている中、ユミハリヅキは試しに一つと身の丈に匹敵する大弓からプラーナの矢を虎姫目掛けて射かけた。

 ユミハリヅキはかつて雷を操る魔物を相手に、雷を切るのではなく雷を射抜いた逸話を持つ弓術の達人だ。放たれた矢は紫紺の色に輝き、雷速を超えて虎姫の額にまっすぐと。

 呼吸をするように淀みなく射終えたユミハリヅキは、矢が虎姫の体表に命中するのと同時に見えない壁にぶつかったように砕けるのを落ち着いた眼差しで見ていた。

 魔法少女の中でも突出した動体視力と観察眼を兼ね備える彼女の瞳は、矢が砕ける刹那を正確に捉え、ある程度の情報収集を終えていた。


「十層に及ぶ性質の異なるバリアの多重展開、更にバリアの破壊とほぼ同時に行われる再展開。そのせいで遠距離からの狙撃は効果が薄い……」


 眼差しと同じ冷たく淡々とした物言いで、ユミハリヅキは矢を防がれたカラクリを口にした。わざわざ口にしたのは、少し後ろに離れたところに居るジェノルインと情報共有する為と、自身の考えを整理する為だろう。

 射られた虎姫がユミハリヅキに凶悪な視線を向けるが、すぐにファントムクライへと意識を向け直す。

 波濤のように襲い来る百鬼夜行を叩き潰し、その先に居るファントムクライの首を取る事を優先しているのだ。

 ファントムクライを優先する虎姫に視線を向けたまま、ユミハリヅキはポニーテールにした紫紺の髪を戦闘の余波で発生する衝撃波に揺らしながら、ジェノルインに声を掛けた。


「私達はこのまま雑魚を片付けるか? ファントムがあの魔物と戦うのなら、支援はあるに越したことはないだろう」


 弓道着をベースにした魔法少女の衣装を纏うユミハリヅキは硬めの口調や眼差しから分かる通りに、謹厳実直、生真面目という言葉が心と体の芯になっているような少女だ。

 虎姫さえ片づければ百鬼夜行の戦力を他の魔物退治に回せる上、敵方の最高戦力を撃破する為なのだから、彼女の主張は間違っていない。


「そうね、それもそうなのだけれど、ファンクラの場合は余計な手出しをしない方が、あの魔物を倒すのには最善手になるわ。あの子の固有魔法については、貴女も知っているでしょう、ユミハリヅキ?」


「準特級が相手でも通用するだろうか?」


「するわ。ソルグランドさんの輝きが強すぎて翳ってしまったかもしれないけれど、ファンクラが日本最強の魔法少女であるのは間違いない事実なのですから」


(その意見には同意するが、それはそれとしてファンクラという呼び方はどうだろう。ジェノルインに改めるつもりはないのか?)


 河童がイノシシ型の魔物の突進を受けて投げ飛ばし、大口を開いた大蛇の妖怪が丸のみにする。それ以外にも日本人ならどこか見覚えのある妖怪達は奮戦していたが、着実にその数を減らしていた。

 ファントムクライは無手のまま不動。自らの固有魔法で召喚した百鬼夜行が魔物を倒しつつもその数を減らしてゆく様子を氷の瞳で見続けていた。



 同刻アメリカ合衆国ニューオーリンズ近郊シャンデルーア海峡上。

 一級どころかアメリカの宿敵ブラッディテイルの再出現とその量産型と思しい小型の一級、二級相当のブラッディテイルモドキが雲霞の如く空を覆いつくし、再びアメリカに悪夢を齎そうとしている。

 当然、それを阻むのは強化フォーム『ネクスト』に適応したスタープレイヤー、ロックガーディアンを筆頭とするアメリカ魔法少女達。


 空を埋め尽くして真っ赤な血の滝を思わせるプラーナの奔流を垂れ流すブラッディテイルの群れへと向けて、その上空から雷を纏った巨岩が雨あられと降り注いで魔物達を雷で焼きながら圧し潰す。

 ブラッディテイルの更に上空に雷を纏う魔法少女の姿があった。他にも飛行自慢の魔法少女達を引き連れているのは、ネクストの一人ロックガーディアン。


 先住民の伝承に伝わるサンダーバードのエッセンスを持つ彼女の強力な魔法によって、ブラッディテイルモドキ達は大きく数を減らすか、無視出来ないダメージを負って眼下の海面へと墜落してゆく。

 ロックガーディアンは味方を巻き込まないよう神経を割きながら、改めて雷を纏う巨岩をサイズと速度を変えながら次々に生み出す。


「一度倒した魔物を大した工夫もなくまた送り出してくる。お前達の親玉の血の巡りは相当悪いらしい」


 再び姿を見せたブラッディテイルタイプに対し、ロックガーディアンの眼差しも言葉も厳しいものだ。ロックガーディアンの天災を思わせる魔法に合わせて、高空を舞い飛ぶ他の魔法少女達も銃弾やミサイル、爆弾を模した魔法が降り注いでゆく。

 およそ半数のブラッディテイルモドキが反転して上昇する中、海面に叩き落されたものと残る半分が海上に居る魔法少女達との交戦に入っていった。


 そうして真っ先にブラッディテイル達に突っ込むのは、他の誰でもない。最初のブラッディテイルを撃破したスタープレイヤーその人だ。

 足枷の鎖を海面下から伸ばし、叩き落された者と落下してきた者達を次々と絡めとり、鎖を伝って松明の炎が見る間に引火し、見る間に灰へと変えて行く


「またステイツに姿を見せるなんて、自殺願望でもあるのかな? ブラッディテイル!!」


 また一段と凶悪な表情を浮かべるスタープレイヤーは雑魚には目もくれず、ロックガーディアンの魔法に耐えて、悠々と滞空してこちらを見下ろす準特級のブラッディテイルを見上げる。

 オリジナルを倒したスタープレイヤーだからこそ、コイツこそが正統な後継だと理解できる。他のブラッディテイルモドキも強力な魔物だが、スタープレイヤーの目には映らない。

 それは相手のブラッディテイルⅡにしても同じことだ。感情や明確な知性が存在しないはずの魔物だが、先代を討伐したスタープレイヤーの情報がインストールされていたのか、スタープレイヤーに対して敵意と分かるモノを向けている。


「来なよ、ブラッディテイルの二代目! 高みの見物なんて決めてないで、こっちに降りてきてアタシと戦え! アタシを倒さなけりゃ、先代の仇は討てないぞ!」


 返事はブラッディテイルⅡの体内で増幅された超音波砲だった。はっきりと頭上の化け物のターゲットが自分に固定されたのを認め、不敵に笑った。



 世界中を襲う魔物達の中で特に戦力が集中したのはアメリカと日本の他に、更にイギリスも含まれている。

 レベルの高い魔法少女が複数存在している上に、この国もまた強化フォームを独自に開発して実装させているのだから、魔物側が優先対象とするのは当然と言えば当然ではあった。


 追加に追加を重ねて姿を見せる魔物達の中でもひときわ強大な気配を発しているのが、ヘルセージ──地獄の賢者と命名された特級の魔物である。

 縫い合わされた瞼に鼻は削ぎ落され、歯茎がむき出しの禿頭、骨に皮を張りつけただけのやせ細った体つき、枯れ枝のような四本の腕を持ち、空中で胡坐をかく青い肌の巨人である。立ち上がれば二十メートルほどになるだろうか。


 ヘルセージの指が独特の印を組む度に緑色の炎や黒い稲妻が走り、黄色い風と紫色の水が流れて、イギリスの魔法少女達に容赦なく襲い掛かっている。

 ヘルセージばかりでなく首無し騎士デュラハンや魔女、妖精をモチーフとした魔物達が無数に溢れかえっており、ヘルセージの攻撃ばかりに集中しているとそれらの大小無数の魔物が飢えた肉食獣のように群がる為、一瞬たりとも気が抜けない状況だ。


 イギリス魔法少女のリーダー、ビクトリーフラッグはそんな状況でも前線に立って仲間を奮い立たせながら指揮を執っている。

 魔法少女へと変身した彼女の手には大きなユニオンフラッグが握られ、旗が輝く度に異なる効果の支援魔法が周囲の魔法少女達へと施される。自分自身にも効果は及ぶのだが、ビクトリーフラッグは珍しい集団への支援を得意とする魔法少女だった。


「サンナイトは第三次防衛ラインまで後退してプラーナの回復に努めて。レイクキャリバーとナイトレイブンは魔物集団A4からB2までを迎撃。敵、特級魔物はブレイブローズが討ちます」


 イギリス魔法少女のリーダーがビクトリーフラッグならば、イギリス最強の魔法少女こそブレイブローズだ。イギリス式強化フォーム『パラディン』に適応し、更なる力を得た彼女はソルグランドを除き、世界最強なのではと評価する声も少なくない。

 黄金の髪に大輪の薔薇を思わせる妖艶さと溌剌とした少女の生命力、それらを併せ持った稀有なる美貌の主たるブレイブローズは、有象無象の魔物は歯牙にもかけずヘルセージの喉元を狙って虚空を駆ける。


 パラディンモードになったブレイブローズは、元々の乗馬服と黄金の鎧を組み合わせた衣装に加えて、ユニオンフラッグを描いた盾、ポセイドンの三つ又の槍トライデント、そしてアテナの兜を装備した姿となる。

 女神ブリタニアのエッセンスを持つ彼女が戦場に姿を見せたのと同時に、ヘルセージは集中攻撃を加え、ブレイブローズ以外の魔法少女への攻撃は中断された。


 ブレイブローズは海面から百メートルの位置に浮いているヘルセージへと向け、マッハ五を超える速度で迫る。見る間に両者の距離がゼロへと近づく間に、四方から真空の大断層が檻のように迫り、眼下からは万物を溶解する黄金の水が竜巻──ウォータースパウトとなって昇ってくる。


「そんなんだら、おらあの足は止められねえど!」


 トライデントが振りかぶられると、矛先から赤薔薇の花弁が発生し、自由に空を飛ぶ竜のようにブレイブローズの周囲を旋回し始める。

 見るも鮮やかな赤薔薇の花弁は触れる端から真空の大断層と黄金の水竜巻を相殺し、残ったのは力を失って風に舞うだけの赤薔薇の花弁だった。

 再加速したブレイブローズは赤だけでなく黒や白、紫に青、緑……と豊かな色彩の薔薇の花弁を散らしながら、トライデントを突き出しヘルセージへと恐れげもなく吶喊!


(おらあらの国だけでね。世界中の人らが魔物に襲われでんだ。ソルグランドさも罠に掛けられで、大変だって言うでねえが。だっだらおらあが少すでも早ぐ、こいつさ倒して助げに行がねばなんね!)


 純朴で心優しい性格のブレイブローズはお節介だと思いながら、気力と闘志を激しく燃やして、ヘルセージの繰り出す攻撃を力づくで突破し、単騎による特級撃破という偉業に挑むのだった。



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次回、ソルグランド視点に戻ります。新たな魔物少女が出るのか、出ないのか。お楽しみに。

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