第56話 反撃の狼煙

 ソルグランドはわざと威圧的な言葉を選び、顔つきも仕草も雰囲気も魔物少女達に恐怖を齎すものとなるように演技していた。

 二人がへし折れた心を必死に繕って、勇気を振り絞りながら戦場に立っているのは、既に看破している。このまま二人の恐怖を煽って戦いを優位に運ぶには、演技を続行するのが効率的だ。


 幸いにして芸能の権能を持つ神々は数多おいででいらっしゃる。そのお陰で大我が演技経験のない素人でも、不世出の名優のごとく振舞える。

 その証拠にいつの間にか背後を取られていたフォビドゥンの闘志の仮面に罅が走り、今も増している恐怖がわずかばかり顔を覗かせ始めているではないか。


(さてこうして俺が圧倒している状況で余裕を見せる演技をすりゃ、新しい魔物少女なりが隙を突いてくるかなと思ったが、まだ動きは無い。

 このまま二人を倒すまで隠れているつもりか? なら、俺に余裕がある内にさっさと嬢ちゃん達を追い込むのが吉……ということにしておくべや)


 ソルグランドは思考を終えると同時に虚空を踏み、フォビドゥンを目掛けて一直線に飛ぶ! 更にその背後から破殺禍仁勾玉達が翡翠色の軌跡を描いて追い越し、主人に先んじてフォビドゥンへと襲い掛かる!

 対するフォビドゥンは全身の口を可能な限り大きく開き、そこから一斉に牙がミサイルの如く発射された。次々と新しい牙に生え変わり、見る間に三桁を超える牙のミサイルが破殺禍仁勾玉に群がる。

 牙それ自体の硬度はそれほどでもなく、破殺禍仁勾玉が高速回転しながら激突すれば問題なく破壊できるレベルだったが、やはり数が多い。完全に破殺禍仁勾玉を拘束する為だけの攻撃だ。


「お前さんも必死だね!」


 氷塊の浮かぶ海面を走るソルグランドは、魔物少女が感情をむき出しにするものだから、つい少女だと認識して、憐れみを覚えてしまいそうになる自分を戒めなければならなかった。

 破殺禍仁勾玉と牙ミサイルが互角の撃ち合いを演じる中、フォビドゥンは尻尾のプラーナブレードの集束率を調整し、扇形に展開して直上から叩きつける。


「ギュアアア!!」


 ソルグランドは間合いを詰めるのが間に合わないと判断し、両手の神剣を頭上に掲げてプラーナブレードならぬプラーナファンを受け止め、胸元で揺れる破断の鏡から容赦のない陽光の砲撃を発射した。

 膨大な熱量に瞬時に周囲の氷塊と海水が蒸発し、光速の砲撃をフォビドゥンは避ける間もなく直撃を受ける。受けるが、それは敢えての選択だった。


「直撃はしているが、利用されちまったか!」


「うぃぎぃいっ」


 砲撃の中に飲み込まれたフォビドゥンは、全身のあちこちに焦げをつくりながら、二百メートルほど吹き飛ばされた辺りで砲撃の中から飛び出す。

 焦げついた、いや炭化した肉の下には既に新たな肉が作られ、フォビドゥンの肉体は見る間に回復してゆく。

 本来ならソルグランドは回復の間を与えずに追撃を加える腹積もりだったが、海底から浮上してきたディザスターがそれを阻んでいた。


 当たればソルグランドでも大ダメージを避けられない四肢を全力で振り回すディザスターに対し、ソルグランドは紙一重の回避では万が一の危険性があると余裕をもって回避に努めている。

 必死の形相で襲い掛かるディザスターに対し、ソルグランドは冷徹な眼差しと余裕の笑みを浮かべて応じている。


 実のところ、前回との勝手の違いにディザスターは攻めあぐねていた。素手で応じた前回と違い、今回、ソルグランドは神剣を使用しており間合いが大きく変わっていた。

 それだけならディザスターの高い学習能力ですぐに適応できるのだが、それを見越したうえでソルグランドもまた神剣の柄を握る位置を変え、踏み込みや腕の振り、腰の回転を変化させて間合いをずらし技巧の粋を凝らすことで、アドバンテージを決して渡さない戦巧者ぶりを発揮している。

 新たにソルグランドの見せた瞬間移動の権能もそうだが、あまりに多彩すぎてこちらの想定を覆される予感に、フォビドゥンは歯噛みしながらディザスターを援護するべく、背を向けて逃げ出したい気持ちを抑え込みながら、氷塊を蹴って虚空を駆けた。



「ここまで強いのか。これなら」


 モニターの向こうで魔物少女を圧倒するソルグランドの勇姿に、ワイルドハント司令部では勝利の予感に空気が熱を帯びつつあった。

 だが同時にフォビドゥンとディザスターの二人掛かり程度で終わるわけがないと、誰もが理解している。次の魔物が繰り出す一手に対して、緊張の糸を限界まで張り詰めている。

 そしてその時は訪れた。オペレーターの一人が驚愕を飲み込みながら、自分の仕事を忠実に遂行する為、声を張り上げてバルクラフトへと伝える。


「アメリカ、ニューオーリンズ近郊に……一級相当のプラーナ反応並びに二級の反応多数出現!!」


「南アフリカ共和国にも一級が出現しました。現在、ケープタウンを目指して侵攻中です!」


「インド洋に準特級と一級以下の魔物で構成される集団が複数出現。スリランカ、オマーン、インドネシアへ向けて進行を開始!」


 次々とオペレーター達から告げられる凶報の連続に、さしものバルクラフトも表情を強張らせる。それでも思考は止めず今回の魔物側の動きを推測し続けていた。

 世界中に単独で国家破滅規模の一級が複数出現し、地球各地を襲撃しているという事実は突如として人類絶滅の危機が訪れたに等しい。


「ソルグランドさんの排除ばかりが目的として推測していましたが、彼女を拘束してその間にこちらを壊滅的な被害を与えるのが、いえ、与えるのも目的か? やってくれる」


 世界各国に出現した魔物の集団に対しては、それぞれの国家に対処を委ねるしかない。こういう時こそのワイルドハントだが、唯一にして最高の戦力は魔物少女を相手に足止めを食らっている。

 強化フォームが実装された今ならば、一級はもちろん準特級の魔物も単独で撃破できる魔法少女の数は増えたが、これは規模が大きすぎる。どうしても対処は後手に回るだろう。


「ソルグランドさんへの応援を手配できず、世界中にもまたソルグランドさんを助けに送れず、か。これほどの戦力を用意できるとは、魔物側のリソースはこちらの想定をはるかに超えていたというわけか」


「バルクラフト、どうする? ソルグランドとゲートのリンクは維持しているけれど、彼女を戻して世界中の救援に当てる?

 彼女なら、準特級が相手でも魔物少女より簡単に始末できるでしょう。ひとまず世界中の魔物を蹴散らしてから、改めて魔物少女の討伐に力を注ぐのもありでは?」


 いつでもソルグランドを帰還させられると暗に告げるリリベルに対し、答えたのは夜羽音だった。ソルグランド自身はまだ窮地にはほど遠いが、地球各地を見れば窮地に陥ったと言う他ない。


「いえ、差し出がましいことを申し上げますが、魔物少女はそれぞれ特級の上澄みに相当します。彼女らを自由にしてしまっては、恐ろしい数の魔法少女達と人々が犠牲となりましょう。

 まず北海周辺の諸国が壊滅的な被害を受けるのは目に見えています。ソルグランドさんには、早急に魔物少女達を倒して貰えるよう指示を出すべきかと愚考する次第です」


 夜羽音からの意見を咀嚼してから、バルクラフトは再び片腕でもある才女に尋ねた。


「リリベル、魔物達はフェアリヘイムには出現している?」


「……いえ、まだ出現は確認されていないわ。どうやら落としやすい地球を狙っているようね。妖精達が地球では大きな力を振るえないのが、今日ほど悔やまれることはないでしょう」


「そうね。でもフェアリヘイムが無事なのは吉報よ。最悪の事態になったとしても、何人かはあちらに避難できるし、魔物との戦いに完全に敗れるわけではないから。リリベル、フェアリヘイムにマジカルドールの出撃要請を」


「戦力にならない可能性もあるわよ。初めての実戦投入がこの状況って、運が悪いにもほどがある」


 マジカルドール……ソルグランドをベースにした量産型魔法少女の正式名称である。

 ソルグランドと夜羽音が視察に赴いた際には、まだ上半身しか出来上がっていなかったソレらが、急速に開発が進んで実戦投入に向けて秒読み段階に入っているのは、バルクラフトの耳に届いていた。


 各国からマジカルドール化への志願者を集い、戦力として認定された暁にはワイルドハントにも配属されるように、バルクラフトが要請している最中に今回の戦いが勃発したのだった。

 果たしてマジカルドールが上位の魔物を相手にどこまで使い物になるか、未知の部分はあるが今は猫の手も借りたい状況であるのに間違いない。

 地球はそこまで追い込まれているのだった。



 魔物達の出現は日本にも及んでおり、かつてのフォビドゥン襲来を彷彿とさせる事態に対し、日本の魔法少女達の動きは素早かった。

 ソルグランドの助けが無ければ上位ランカーを倒され、日本に深刻な被害を齎していたあの戦いは、彼女達にとって大きな教訓となっている。


 日本を襲った魔物の集団は土佐湾沖に出現して、四国を壊滅させるべく進撃中だ。その他の魔物の出現が確認されていない為、日本のトップランカー達の大部分がこの魔物集団の殲滅に投入されることとなる。

 ジェノルインによる大規模砲撃で大きく数を減らし、ユミハリヅキによる長距離狙撃による支援を受け、その他の魔法少女達が突撃する戦い方だ。


 日本を襲っている魔物集団の中で最悪の強敵は、準特級相当と観測された全高五メートルほどの異形だ。赤黒い毛皮に包まれた虎のような四脚の下半身に妙齢の美しい女の上半身が乗っている。

 腰から首元までを包む革鎧風の表皮、青白い肌に真っ黒い髪を長く伸ばし、額には三番目の瞳が縦に開いている。あでやかな紫色の唇からは、人間の肉など簡単に引き裂けそうな牙が覗いている。


 右手に巨大な棍棒を、左手には大太刀を手にしていて、背中からは毛の生えた巨大な蜘蛛の脚が二本伸びていた。

 これまで確認されていない新しい準特級の魔物『虎姫』だ。周囲に無数の魔物を引き連れて日本全土に破壊をまき散らすべく、そして魔法少女達を殺戮するべく進撃を続けている。

 ソルグランドの救援が来ない日本の魔法少女達を壊滅させるべく、与えられた命令のままに進撃を続ける虎姫の耳を小さな声がくすぐった。


「ぬらっとしてぇ~」


 それまで虎姫の周囲には引き連れた魔物すらいなかったというのに、不意に魔法少女の気配が生じたのだ。それも生半な魔法少女ではない。国家ランカークラスの強力なプラーナだ!


「ピョン!」


 虎姫の背後に姿を見せたのはヌラリピョンだった。掛け声と同時に兎のような後ろ足蹴りが虎姫の後頭部を目掛けて放たれる! これまで多くの魔物を砕いてきたヌラリピョンの蹴りを、虎姫の背中から伸びる蜘蛛脚が一本、砕けるのと引き換えに防ぐ。

 虎姫の殺意に漲る眼差しが背後のヌラリピョンへと向けられ、ヌラリピョンは全身の毛皮を逆立たせて、大急ぎでその場から離脱する。


「わわ、脚一本だけか」


 ヌラリピョンのモチーフの一つ妖怪ぬらりひょんの伝承はいくつか存在するが、おおむね、人間に実害を加えるようなものではなく、『ぬらり』と浮かんで『ひょん』と手からすり抜ける、あるいは宵闇に紛れた家の主人が居ない隙に我が物顔で家に上がり込むなどのエピソードがある。

 そうした気付かれることなく家に上がり込む、という性質を取り込んで攻撃するその瞬間まで相手に気付かれずに接近する固有魔法を獲得している。そうして至近距離から兎の強烈な脚力を活かした蹴りを叩き込むのが必殺のパターンだった。


「ごめんなさい、ファントムクライさん!」


 脱兎という言葉の通り、ヌラリピョンは全力で虎姫から少しでも距離を取ろうと空中をはね飛ぶ。

 当然、虎姫は生意気な魔法少女を逃がすまいと体の向きを変えたが、それを制止するように周囲の魔物達に加えられる攻撃が激化する。


 様々な生物をモチーフとした魔物の群れがジェノルインに消し飛ばされ、ユミハリヅキによって射落とされる中、そこに魔物と区別がつかないような怪物の集団が襲い掛かる。

 それらは日本人ならある程度は見覚えがあったかもしれない。

 巨大な漆喰か土の壁に手足の生えたような個体、ヒラヒラと風になびく一反の木綿、巨大な人骨、鎌や棍棒、薬の入った壺を持った三匹のイタチ、下駄をはいた足に目玉と口の生えた傘、虎の毛皮の腰巻に筋骨隆々とした巨体に角の生えた頭部、手には棍棒を持った巨漢……


 いわゆる妖怪と呼ばれ、恐れられる者達だ。数多の妖怪が群れ成して行進する『百鬼夜行』が、魔物の集団へと襲い掛かっている光景が土佐湾上空に広がっていた。

 どこか見覚えのある妖怪達が魔物達と取っ組み合い、食らいつき、噛みつき、お互いの数を減らし合っている。この百鬼夜行の主が群れ成す妖怪達の死闘を見守っていた。

 JMGランキング第一位ファントムクライ。彼女の持つ固有魔法によって創り出された妖怪達こそ、この百鬼夜行の正体だ。


「充分よ、ヌラリピョン。怖がりなのにいつも勇敢に魔物と戦って、偉いわ。ここから先は、第一位の称号にかけて私があれを始末する」


 世界中を襲う魔物に対し、ファントムクライがそうであるように各国の魔法少女達はこれまで戦い続け、守り続けてきた誇りと意地に賭けてソルグランドの手を借りるまでもなく、魔物達を討伐してやると戦意に燃えていた。




●日本魔法少女ランキング


第一位 ファントムクライ

第二位 ジェノルイン

第三位

第四位 ユミハリヅキ

第五位 アシュラゴゼン

第六位 ワンダーアイズ

第七位 ザンアキュート(強化フォーム『天の羽衣』適応)

第八位

第九位 ヌラリピョン

第十位 ソルブレイズ(強化フォーム『天の羽衣』適応)

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