第55話 恐怖という名の信仰

 およそ想定通りの魔物少女二体による奇襲はソルグランドだけでなく、ワイルドハント司令部にもさしたる驚きを与えず、事前の打ち合わせ通りに動き始めていた。

 イングランドをはじめ北海を囲む諸国からの救援が望めない以上、それ以外の国から救援を募るほかない。まず間違いなく伏せられている新たな魔物少女か、特級相当の魔物に対する警戒を強めるのは当然の流れだった。


「リリベル、ソルグランドさんの座標の観測を継続。連れ去られる事態だけは避けて」


 司令室の最上段に立つバルクラフトは正面モニターに映るソルグランドに視線を向けたまま、傍らで手元のホロモニターに視線を固定しているリリベルに命じた。


「分かっていますよぅっと。F、D共にライブラリ内のデータよりも保有しているプラーナ量が増している。Fは三・八パーセント、Dは二・一パーセントの上昇を確認したわ。たっぷりと休養を取ったようよ?

 元の戦闘能力の高さを考慮すると、ほんの数パーセントの上昇でも大きな変化になる。ソルグランド、以前の彼女達だと思わずに戦って」


 リリベルの後半のセリフはソルグランドへと向けたものだ。他のオペレーター達は少しでも魔物少女達の情報と増援、伏兵の予兆を見逃すまいと自分の作業に集中している。

 デスクの上に停まっていた夜羽音はモニターの向こうで始まった戦いへ、無言で意識を集中している。今回の戦いで魔物側の拠点を探り当てる準備を終える。それが大我と夜羽音にとっての最低限の目標だった。


 そしてソルグランド当人は完全に戦闘モードに思考を切り替え、闘津禍剣を右手に構え、正面のディザスターへと音越えの踏み込みで斬りかかる。

 その背へと向けてフォビドゥンが全身の口からプラーナの砲弾を放ったのは、当然と言えば当然。

 一発一発が摂氏一億度相当のエネルギーを内包する破壊の結晶だ。握り拳程度の赤い光球の全てを核爆弾と思って対処する他ないが、ソルグランドの対応は雑とさえ言えた。


 周囲に浮かんでいた破殺禍仁勾玉が翡翠色の尾を引きながら空中を舞い飛び、プラーナ砲弾へと回転しながらぶつかってゆき、内包したソルグランドのプラーナで相殺してゆく。

 奇襲直前からため込んだプラーナを練り込んだ砲弾をあっさりと相殺された事実を前に、フォビドゥンは牙をむき出しにして苛立ちを露にする。


 それでも彼女にはまだまだ残弾がある。ディザスターを巻き込むのも厭わず、体内に蓄えた砲弾を次々と吐き出し、そのことごとくを破殺禍仁勾玉に撃ち落されていった。

 砲撃を破殺禍仁勾玉に全て防がれているわけだが、逆に破殺禍仁勾玉を拘束できていると評価するべきか悩ましい所だ。


「絶対にお前を壊す。ソルグランド!」


 フォビドゥンの尻尾が背中を跨ぐように持ち上がり、先端がぱっくりと開いて巨大な光の柱を思わせる砲撃が放たれる。地球の裏側まで貫く砲撃を、複数ある破殺禍仁勾玉の内、四つが固まってより大きな回転の輪を作り出して真っ向から受け止めた。

 これほどの大威力の砲撃を背中から放たれているというのに、ソルグランドは振り返りもせず、一瞥をくれることもしない。


 ソルグランドの戦意を真っ向から受け止める羽目になったディザスターに、頼りにならない姉を罵る余裕はすでになかった。

 フォビドゥン共々、肉体の容量を強引に拡張してプラーナを蓄え、最初から全開で消費して全身にかつてない力と万能感が溢れている。溢れているが……


「そらよ!!」


 正面から突っ込んでくるソルグランドが無造作に振るった縦一文字の斬撃。全細胞が恐怖の叫びをあげる中、ディザスターは左肩に刃を受けた。これまで数多の魔物を斬り裂いてきた刃は、ディザスターの衣服風の肉体に食い込んだところで止まる。

 フォビドゥンをはるかに上回る肉体強度を誇るディザスターは、防御にプラーナを割り振らなくとも闘津禍剣を真っ向から受け止められるのだ。

 ディザスターは震えそうになる膝を必死に誤魔化して、盛大に引き攣った笑みを浮かべる。精一杯の作り笑顔にしても、あんまりにもへたくそだった。


「は、はは、お前の攻撃なんて、効かないんだから!」


 そうだ、この前だってあれだけさんざん殴られたけれど、結局、大きな傷はなかったじゃないか。こいつはアタシを壊す力を持っていないんだ、とディザスターはもう何度目になるのかも分からないくらい、繰り返した負け惜しみを自分自身に言い聞かせる。

 ディザスターはありったけの勇気を握りしめて、ソルグランドの顔面を目掛けて右拳を振り上げる。当たりさえすれば目の前の怪物に傷を与えられるのは、前回の戦いで実証している。


 今回は準備を整えて、姉妹機との連携さえ受け入れて戦いを挑んでいるのだ。そうさ、そうだ、そうだとも! これで勝てないわけがあるか。勝てる、勝てる、勝てる、勝てなきゃおかしい!

 再びソルグランドの姿を見てから、ずっと泣き叫びたいのを必死にこらえて挑みかかるディザスターの腹を、無慈悲にソルグランドの左手に握られた天覇魔鬼力の切っ先が突いた。


「うぎぃ!?」


 天覇魔鬼力はディザスターの肉体を貫けなかったが、その口からうめき声を吐き出させ、数百メートルほど吹き飛ばす威力を見せた。


「あ~やっぱり内臓とかあるにはあるが、体の中にもみっちりプラーナが詰まっていて、衝撃を吸収しているな。内部破壊系の技も効果は薄いか。本当にまあ頑丈なこと」


 前回の戦闘ではディザスターの心をへし折る為に純粋な暴力で殴り合ったが、今回はその必要がないので技巧を凝らす予定だったが、刃の感触からさっそく選択肢が一つ潰れたのを認めるしかなかった。

 吹き飛んだディザスターは氷塊をいくつか砕いてようやく勢いが弱まり、ドボンと音を立てて海の中に沈む。


「あんだけ中身がつまっていて、泳げんのかね? どう思うよ、お姉ちゃん?」


 畳一畳ほどの氷塊の上に着地し、両手に神剣を持ったまま、ソルグランドは背後を振り返りながら問いかけた。鬼気迫る表情で破殺禍仁勾玉を突破し、猛烈な勢いで距離を詰めてくるフォビドゥンへ。


「ォアアアアアア!!」


 ディザスターと同じくフォビドゥンはソルグランドを前にして、怯えすくむ自分を奮い立たせる為に吠えた。叫び声の大きさと勢いは、心を蝕む恐怖の大きさに比例した。


「叫んじゃってまあ、おっかね」


 叫びを浴びたソルグランドの反応がこの程度だったのは、フォビドゥンにとって腹だしい事だったか、それよりも更に恐怖を煽られるものだったろうか。

 ソルグランドを目指すフォビドゥンの身体が前触れなく霧に変わり、その姿が周囲の大気へと溶け消える。以前の戦いでも見せたプラーナ化だ。

 前後左右上下、どの方角から襲い掛かって来るかと全方向に警戒の念を向けるソルグランドに対し、襲ってきたのは真下。

 ただし、姿を見せたのはフォビドゥンではなく吹き飛ばされたディザスター。


「壊す!!」


 ディザスターは海に落ちてから、ソルグランドの立つ氷塊の真下に泳ぎ回ってきたようだった。氷塊を自慢の拳で粉砕し、飛び退くソルグランドへ向けて、両手を伸ばしながら、海中から飛び出してくる。

 まるで天上から伸ばされた救いの手に群がる亡者のようだが、この亡者は救いの手の主をこの世から消し去る為に縋りつこうとしているのだ。


「ギイィアア!!」


「ふん!」


 そしてソルグランドの右足が容赦なくディザスターの顔面を踏みつけて、再び氷塊の浮かぶ海の底へと叩き落す。


「ギュバッ!?」


 ディザスターが海の底へと向けて蹴り落とされるのと引き換えに、海水と氷塊が壁のようにソルグランドの周囲に巻き上げられる。そこへするりとフォビドゥンが忍び寄った。

 背後からソルグランドの頭を包み込むように実体化したフォビドゥンは、百年の恋が一目で凍てつくほどの凶暴な顔つきで、ソルグランドの目を狙って両手の鋭い指を突き込む!

 フォビドゥンの狙い通りならば、ソルグランドの目ばかりか顔面を貫くはずの十本の指は、しかし、虚しく空を切っていた。


「!?」


 自分のお株を奪うプラーナ化を使ったのか、とフォビドゥンが疑問を抱いた時、背後から吹き付ける容赦のない殺気の風に、生存本能が赤ん坊のような泣き声を上げる。

 咄嗟に尻尾からプラーナブレードを展開し、背後に斬りつけると途方もなく重たい斬撃を弾く手応えが!

 斬撃を弾いた勢いを利用して前方に飛び退いたフォビドゥンが身を捻り、背後を振り返ればいつのまにかそこに移動していたソルグランドの姿があった。


「良い勘をしている。速度も力も前より増しているし、地力も上げてきたってわけか。ただ、俺も話は同じでね。そう簡単にやられやしねえ。お前さん達を捕まえて、色々と吐かせてやらあね」


 神に向けられるものは畏敬や崇拝ばかりではない。ことに日本においては崇め奉るから何もしてくれるな、と、あるいは特別な土地を奉げるからそこから出ずになにもしてくださるな、と畏れ敬うのもまた信仰の形だ。

 ならば八百万の神々の分霊の集合体たるヒノカミヒメならば、その肉体を借りているソルグランドならば、フォビドゥンとディザスターが向ける恐怖もまた信仰として受け取り、力へと変えられる。

 このあまりにも残酷な事実を魔物少女達が知らないのは、果たして不幸であったか、幸福であったか……

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