第54話 リベンジマッチ
バルクラフト達が世界各国に向けて、魔法少女ソルグランドに危機が訪れた時に備えた根回しを進める中、ソルグランド──大我自身はというとこれまでと変わらぬ活動を続ける他なかった。
要請に応じて世界各国を飛び回り、窮地に陥った魔法少女を助け続けることで、ソルグランドに対する友愛や信仰が高まり、基本性能の強化に繋がるからだ。それ以外には魔物側の打つ手を想定し、あらかじめ対策を練るくらいのもの。
昨日の午前はリトアニアの空を飛び、午後は太平洋上を何百キロも飛び回り、今日はヒマラヤ山脈を横断する勢いで駆けずり回り、と活動を再開させた魔物達を叩き潰して回る日々である。
ソルグランドの活躍が知れ渡る一方、魔物達の動きや国際魔法管理局、フェアリヘイムの雰囲気の変化を感じ取り、また大きな動きが起きると予感している魔法少女達も居た。
フォビドゥンの出現直前に、日本各地を魔物が間断なく襲い掛かり、ソルグランドの情報収集と消耗を強いた時の戦いを思い出した者達である。
日本魔法少女のトップ層が集う『秘密のお茶会』に顔を出していたランカー達の話題も、活躍著しいソルグランドについてと地球を包む胡乱な雰囲気についてだった。
参加者はファントムクライ、ザンアキュート、ヌラリピョン、ソルブレイズの四名。その他のメンバーは出撃中か、休日を楽しんでいるのだろう。
それぞれの持ち寄った市販のお菓子をテーブルの上に並べ、給仕妖精の用意してくれた紅茶も、最近の不穏な気配から純粋に楽しめずにいる。
「人間も妖精も魔物も彼女に、ソルグランドに夢中ね。私達もだけれど」
お茶会が開かれてからしばらく、お互いの近況報告などを行い、それなりに時間が経過してから、ファントムクライはこれこそ本題だとソルグランドの話題を口にする。
国内のソルグランド派をまとめる教祖たるザンアキュートは、当然だと言わんばかりに頷く一方で崇拝する女神を取り巻く状況に対し、憂いの言葉を口にした。
「魔物側の狙いがソルグランド様に絞られているのは、誰の目にも明白です。あるいはそれが囮の可能性もあるけど、ソルグランド様は状況を一変させるだけの力をお持ちです。
あの方を残した状態で人類と妖精を制圧しても、常に逆転の目が残り続けます。魔物側からすれば、ソルグランド様こそ真っ先に排除しておきたいはず」
普段、ソルグランドへの崇敬の念を隠しきれていない為、何を口にしても贔屓しているよう聞こえてしまうのだが、この時のザンアキュートの言葉には一理以上の説得力がある為、ヌラリピョン以外は納得の顔だ。
唯一、ソルグランドとの模擬戦も可能な限り避けていたヌラリピョンだけは、すこしだけ懐疑的な表情をしている。
JMGランキング第九位ヌラリピョン。フォビドゥンの襲来時、ソルブレイズ達の増援としてユミハリヅキ、アシュラゴゼンと共に手配されていた日本ランカーの一人だ。
妖怪ぬらりひょんと兎をモチーフにした魔法少女で、ふわふわのショートにした白髪の上では兎の耳がぴょこぴょこと揺れて、小柄な体に黒いボディスーツ、桜模様の前合わせとぶかぶかの白い羽織に袖を通し、首と腰に大きな白いリボンを巻いている。
足元は赤い鼻緒の高下駄と、和洋入り混じる格好だ。
「いや、ソルグランドさんがヤバいのは分かりますけど~そこまで断言しちゃいます? ザンちゃんが入れ込んでいるのは知っているけど、ヌラリピョン的には入れ込み過ぎじゃない? とも思うわけですよ」
ザンアキュートは特に怒るでもなく、ツンと澄ました顔で答える。基本的に年齢不相応に落ち着き払い、冷静で感情を見せないのがザンアキュートのデフォルトなのだ。
ソルグランドだけがザンアキュートにとっての大きな例外になる。
「自分でもあの方に入れ込んでいる自覚はありますが、あの方が極めつけのジョーカーであることは、実際にあの方の戦いを目の当たりにした魔法少女であれば納得します。それに最近では妖精女王陛下もソルグランド様の力をお認めになられました」
「妖精女王かぁ。あたし、フェアリヘイムにある肖像画でしか見た時ないわぁ。異例なことだよね。妖精女王が一人の魔法少女に言及するなんて、さ」
ヌラリピョンの言葉はもっともだったが、ソルグランドだけが贔屓されているだとか、特別扱いを受けていると僻む響きはなかった。
異例なのは事実であるし、妖精女王からの言及があったのも周知の事実だ。相変わらずソルグランドが日本神話群の結晶のような存在であるのは、知られていないままだったが。
「でもソルグランドさんが特別なのは確かでも、ワイルドハントとして世界中で活躍するのに、いつまでも一人で活動し続けていたら、いつか倒れてしまいますよ」
そう心配そうに口にしたのはソルブレイズだった。ソルグランドの中身が実の祖父とは知らないままだが、無意識にシンパシーでも感じているのだろうか。
「私は特災省とワイルドハントの話し合いが上手く行ったら、ワイルドハントに参加したいと思っているんですけれど、皆さんはどうですか?」
「うえ、ソルブレイズちゃん、マジい? 世界中を飛び回るって言っても魔物との戦いばっかりで、観光とか出来るわけでもないしなあ。あたしは日本で戦うだけで手いっぱいスからね。あたしは自分の実力っていうか、器を弁えているんで」
「そうですか? ヌラリピョンさんなら世界中どこでも活躍できそうですけれど……。ザンアキュートさんは?」
「私も叶うなら参加したいわ。けれど今の私ではソルグランド様の戦いについてゆけないもの。一級の魔物までなら私一人でも倒してみせるけれど、それ以上となれば足手まといにしかならない。
今のままの私では、あの方と同じ戦場に頼れる仲間としては立てないのよ。この四人の中で、ワイルドハントに参加できる実力があるのはファントムクライさん、貴女だけでしょう」
「評価してもらっていると受け取るわ。そんな私でもソルグランドさんを相手にすれば、防戦一方よ。魔物少女が相手ならもっと戦いらしい戦いになるけれど、少なくとも魔物少女の足止めが出来る実力が、ソルグランドさんと肩を並べる最低限のラインではないかしら?
それか彼女の為の露払いと割り切れば、ワイルドハント入りのハードルはぐっと下がるわよ。露払いをするのにも相当の実力が求められるだろうから、母国を離れられる魔法少女は少なくなるわ」
「うっへ。意識が高いというよりは、それだけキツイ戦いをするのがワイルドハントって部隊か。あたしはやっぱり外から活躍を眺めているだけでお腹いっぱいっスわ。精一杯応援させてもらいます」
関わりたくないと言わんばかりのヌラリピョンの言い草だが、ソルグランドの出撃頻度とこれまで倒してきた相手を鑑みれば、一国のランカーが尻込みしても仕方がない。
ただ彼女達の話の内容をソルグランドをはじめ、ワイルドハントの面々が聞いたらそんなことはない、ぜひとも参加してくれと熱意をもって頼み込むだろう。
魔物少女の出現は最大限警戒しなければならないが、緊急時にソルグランドを救出できる戦力の確保と通常時の予備戦力の確保は、ワイルドハントにとって急務なのだ。
なんなら各国から新人魔法少女を預かり、一から育てる案も検討されているくらいだ。こちらは戦力として数えられるようになるまで時間が掛かるが、他国の戦力をそれほど減らさずに、自前の戦力を用意できるからだ。
もちろん即戦力になるランカーの方が望ましいのは、言うまでもない。
「私から言えるのはザンアキュート、ソルブレイズ、ワイルドハントに入ってソルグランドさんの助けになりたいのなら、一刻も早く天の羽衣をものにすること。あなた達が抜けた分は、私がなんとかカバーしてみせるから」
ランカー二人が抜けるというのは防衛線力の大きな欠落であり、極めて大きな問題だが、それをなんとかカバーして見せる、とそう言い切るファントムクライには、日本のトップだとこの場に居る三名が感嘆するだけの風格があった。
*
自分を慕う日本の魔法少女達の熱意を知らず、ソルグランドは北海に出現し、イングランドの都市スカーバラを目指して進む魔物の対処に駆り出されていた。
イングランドは魔法少女の総数が多く、また質も伴う魔法少女大国の一つだ。本来であればワイルドハントに要請するまでもなく、自国の魔法少女達だけで対処できたろう。
今回、ソルグランドが駆り出されたのは、東西南北を欧州各国に囲まれる北海に出現した魔物がしばらく動きを見せずどの国の魔法少女が対処するか、すぐには決まらなかったこと。
いざ魔物がイングランドを目指して動き始めた前後に、北海周辺の各国に強力な魔物達がタイミングを合わせて出現し、魔法少女達の動きを封じたことが理由である。
明らかにソルグランドを孤立させる為の同時多発襲撃に、当然、ワイルドハント司令部とソルグランドも警戒を深めて、いつ魔物少女達が出現しても対処できるように備える。
仕留めた鮫型の魔物の群れの死骸が辺り一帯の海面を埋め尽くす中、ソルグランドの姿は凍らせた海面の上にあった。厚さ十メートルを超える氷が周囲七キロメートルを覆いつくしており、下方からの襲撃を防ぐ役割がある。
イヤーカフ型の通信機を着けた山犬耳をぴくぴくと動かす一方、尻尾はだらんと下げたまま、ソルグランドは問いかけた。
「司令部、周辺のプラーナや大気に変動はあるか?」
遠く離れたロイロ島からオペレーターから、すぐに答えが返ってくる。一秒と欠かさずにモニタリングしている司令部のオペレーター達も、さぞや大きな緊張に襲われているだろう。
『鮫型の魔物の動体反応は既にありませんが、周囲一キロメートルに新しい反応はありません。重力並びに空間、プラーナの変化に重点を於いてチェックを重ねます』
「よろしく。まあ、肩透かしを何度か食らわせてから、こっちを油断させるってのも考えられるか」
そう考えると油断して隙を作った方が良いのか?
いやいや、演技が過ぎればあちらも警戒を深めるだろう。
しかし、これ以上、あちらに準備を整えさせるのも厄介だ。
そうなる前にあちらからの攻撃を誘うべきでは?
と、このような思考がソルグランドの脳裏に、泡玉のように思考の海に浮かんでは消えて行く。
「それとも、息を吐かさずに地形を変えるレベルの大量破壊兵器ないしは戦略兵器を連射してくるか?」
死にかけていたとはいえ惑星一個分のプラーナを持ったディザスターを、時間を掛ければ素手で粉砕できるソルグランドだ。耐久力もそれ相応にあり、魔物側はディザスターを倒せるくらいには想定しているだろう。
それを考えれば地球を破壊できるくらいの威力を持った兵器か、なにかしらの手を用意してくると考えておいて損はない。
『ソルグランド、聞こえる?』
「バルクラフト司令? 御覧の通り要請のあった魔物の始末は終わりましたが、イングランドの方はどうなっていますか?」
『イングランド以外の各国も魔物の襲撃は継続中よ。つまり、あなたへ仕掛けてくる可能性がまだあるから、油断はしないで』
今のところ、日本全土を標的に行っていたことをスケールアップして、ソルグランドへの救援の道を断っている状態だ。
これに加えてフォビドゥンとディザスターを投入してくるだけなら、フォビドゥン戦の焼き増しのようなものだ。まさかそれで済ますまい。もしそれだけならば、魔物側の戦略はお粗末という他ない。
「あちらさんのプラーナ資源はどれだけあるんだか。やはり、情報が少ないってのは困りもんですね。魔物側の資源がカツカツなのか、まだ潤沢に残っているのかすら、分析できやしない」
『その意見には大きく同意するわ。今、イングランドにブレイブローズやビクトリーフラッグをはじめ、ランカーを動かせないか交渉中よ。
あなたとゲートシステムとの同調も常にモニタリングしている。もしどこかに連れ去られても、引き戻せるように備えている』
「文字通りの命綱ですね。連れて行かれた向こうで大暴れしてから、悠々と凱旋したい気持ちがないわけでもないんですよ。そろそろ魔物側の現場に出てこない奴らにも、一泡吹かせたいんでね」
『気持ちは分からないでもないが、こちらの心臓に悪い。そうなったら素直にこちらに帰ってきて。お願いよ?』
ソルグランドは軽い冗談のつもりだが、バルクラフトの声音は本気だった。なまじ世界中に出現する魔物を討伐して回ったことで、世界的な知名度が高まり、ソルグランドが失われたとあれば世界中で悲嘆の声が上がるのが目に見えている。
強化フォームの実装が公表され、世界中の人々が新たな希望の光を見出している時に、その光を覆う暗雲のような報せを告げるような真似は極力避けなければならない。
ソルグランドはこれからは一層言葉に気を付けないとか、と口をへの字に曲げて、バルクラフトを安心させる言葉を口にする。
「もちろん、飢えた獣の口の中に飛び込むつもりはありません。俺なりに対策も考えてありますし、上手くやって見せますとも」
どんと破断の鏡を避けて胸を叩き、ソルグランドはにこやかに答える。その笑顔もモニタリングしている司令部は、とりあえず納得して追及の手を止める。
要請のあった鮫の魔物共は撃退できたのだ。ひとまず司令部に戻るのが先だろう。まずはこの凍らせた海を元に戻すところから手を付けるべきだ。
ソルグランドの立っているところを中心に、分厚い氷が緩やかに溶け出す。ソルグランドの足元が水で濡れ始め、不意にとん、と足元の氷を蹴ってソルグランドが大きく飛んだ。
『上空二十メートルにゲート反応! プラーナ反応極大!! ライブラリに照合、パターンF、D! 来ます!』
『ソルグランドさん、その場から退避と戦闘への備えを!』
「一気に二人とも出してきたか!」
Fはフォビドゥンを、Dがディザスターを指す。オペレーターの警告よりも速く異変を察知し、回避したソルグランドが先ほどまで立っていた場所を、上空から落下してきたディザスターの拳が打ち抜き、そのまま分厚い氷を砕いて見せた。
たったの一撃で大小の塊に砕かれた氷が荒波に揉まれる中、氷塊の一つに飛び乗ったソルグランドは自分を前後に挟む魔物少女達から向けられる殺意に、尻尾を一度だけふわりと動かす。
今となってはすっかり自分の一部として受け入れた尻尾は、感情に応じて勝手に動くのが困りもの。
殺意を滾らせて氷を砕いた右腕を引き抜き、怨敵を睨むディザスターは一流の魔法少女でも息を呑むほどのプレッシャーを放っている。
ソルグランドの背後を取ったフォビドゥンもまた全身に開いた口の奥に、プラーナを圧縮した砲弾を蓄え、いつでもソルグランドの背中に必殺の一撃を撃ち込めるよう構えている。
背に光輪を輝かせ、戦闘態勢を取っているソルグランドには前後を挟む魔物少女達の闘志が手に取るようにわかる。同時に自分に対する消しきれない恐怖もまた。
「俺の前にまた姿を見せたその度胸は褒めてやるよ」
折れた心をなんとか修復し、こうして自分を討ちに来た魔物少女達に、ソルグランドは本気で賞賛の言葉を口にする。ただし、手心を加える理由にはまるでならない。
もはや心を折る為の戦いをする必要はないと、ソルグランドの右手に闘津禍剣が握られ、首元の破殺禍仁勾玉がバラバラに分かれながら、主の周囲へと浮かび上がって臨戦態勢を整える。
「いいぜ、掛かってきな。俺を倒す為に高めた力、練り上げた作戦、その全てをぶつけて来い。ああしておけばよかったとか、こうすればよかったとか、言い訳のしようがないくらい叩き潰してやるから。優しくはしてやれないぜ?」
ソルグランドから迸る戦意と気迫、これまでを上回るプラーナの勢いに、魔物少女達の殺意で糊塗した顔の奥から、恐怖の色がひょっこりと顔を覗かせていた。
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