第50話 ワイルドハント

 せっかく顔を合わせたのだからと、大我が実際に戦ったディザスターとフォビドゥンの印象や戦闘方法の詳細を伝え、上位ランカーとして戦う可能性の高いファントムクライ、燦、ザンアキュートは真剣な顔で聞き入る。

 魔物少女に付け狙われるだろう大我と共闘可能な戦闘能力を持つザンアキュート達との情報共有は、大我にとっても今後の戦いにおいて、お互いの生存の為に重要だった。


「本当に、『天の羽衣』が使えるようになったからって調子に乗っている暇もないなあ」


 魔物側の戦力強化の速度と新たな魔物少女の戦闘能力を大我から聞かされて、燦は嫌になると言わんばかりに愚痴をこぼした。

 今もこうしている間に、地球のどこかでは新たに強化フォームを獲得した魔法少女が誕生しているかもしれないが、魔物側も新たな魔物少女や特級の魔物が生産されているかもしれず、これでは戦力差を埋められたのかそうでないのか分かったものではない。


「それでも一歩も二歩も三歩も進んでいるわ。ソルグランド様のお力添えもあって、一年前と比較してみても、地球の状況は好転しているもの」


 ザンアキュートの声に咎める響きはない。燦の口から零れ出たのが、絶望の嘆きではなく単なる愚痴でしかなかったのも、彼女も似たような心境だったからだ。なんなら大我とファントムクライが来る前に、同じような話をしている。

 そうとは知らぬファントムクライは、物憂げな表情を浮かべて燦とザンアキュートを流し見た。首から下は燦より幼いくらいなのに、顔を見上げれば同姓も思わず惹き込まれてしまうほどに妖艶な女の顔がある。


 はっきり言って心臓に悪いことこの上ないのだが、今回ばかりは対面に座っている大我、いや、ヒノカミヒメの肉体が誇る美貌が凄まじすぎて霞んでいる。

 見る者の精神を、影さえ生まずに焼き尽くす太陽の如き隔絶した美の体現者がそこに居るのだから、仕方ない。それもこれも八百万の神々の美的センスが集合した結果だ。


「ふふ、ソルブレイズ、『天の羽衣』の適性検査で弾かれた私の前で、それを言うの?」


「いえいえ、嫌味とかそんなんじゃないですよ!? それにファントムクライさんは元からものすごく強いじゃないですか! 前に模擬戦をやった時、いいようにあしらわれちゃったし」


「相性もあっての話よ。私はどちらかと言えばザンアキュート相手の方が、魔法の相性が悪いもの。私個人としては強化フォームを得られなかったのは残念だけれど、パワーアップグッズの方に期待するわ。

 元から日本のランカーだった二人が強化フォームを使いこなせれば、それこそワールドランカークラスか、それ以上の強い魔法少女になる。正直に言えば、とっても期待しているのよ、私」


 偽りのない本音を口にするファントムクライに、地球人類式強化フォームとは縁のない大我が、ふとした疑問を尋ねた。

 パワーアップグッズなら大我でも使えるだろうが、大我の場合はそもそも手持ちの神器が強力すぎて、パワーアップグッズに対する需要が著しく小さいので、必要性という意味では関心が薄い。


「世界中でいっぺんに強化フォームが開発されたわけだが、そん中で特に強い魔法少女ってえと誰になるんだい?

 スタープレイヤーはなかなかのもんだったぜ。元はアメリカの中堅だったのが、強化フォームで一気にトップに躍り出た例だよな。

 一級の魔物でも単独じゃ相手にならんし、魔物側も一級の群れか特級を用意しないと話にならないのは、コストパフォーマンスが悪くて頭を抱えているんじゃないかね」


 魔法少女の才能と同じく個々人の適性に応じて、強化フォーム獲得後の戦闘能力の向上率や追加される能力が千差万別であるのは、強化フォームの泣き所だ。

 同時に人類側にとっても未知だからこそ、魔物側にとって予期せぬ能力の持ち主が誕生し、戦況を一気に好転させられる希望もある。

 ソルグランドからの問いかけに対して、口を開いたのはファントムクライ。

 日本最強として他国の魔法少女達とのつながりも深いであろう彼女の見解は、ザンアキュートと燦にしても大変、興味深い。


「イギリスのブレイブローズ。彼女でしょう。他にも色々と候補は居るけれど、元からイギリス国内最強、世界ランキング四位の地力に加えて強化フォームを得たのだから、トップに立ってもおかしくないわ」


「確か強化フォームを手に入れたと公表されている中だと、ブレイブローズが一番ランクが高いんだったか」


 大我は顎をさすりさすり、爺むさい仕草をしながら頭の中の情報を引っ張り出す。豪奢な黄金と鮮烈な赤を纏い、輝かしい色彩に負けない力強さを感じさせる、なんとも華やかな魔法少女だと記憶している。

 まさか口を開けば、訛り全開の純朴な芋っぽい娘とは、さしもの大我も知らない事だった。もし彼が知ったなら、親しみやすさを覚えて余計に構い倒すようになるだろう。

 結局のところ、大我からすれば外国人でも孫娘と同じ年頃の少女であるのに変わりはないので。


「ええ。それほど付き合いがあるわけではないけれど、全てにおいて隙が無く、それでいて器用貧乏とは程遠い。貴方ほどの多彩な能力は持ち合わせていないけれど、極めて高い基礎能力を持ち、どんな状況でも安定した戦闘能力を発揮するタイプ。

 世界を見回しても数えるほどしかいない、特級の魔物を単独で撃破できる魔法少女の上澄みの中の上澄みよ」


「日本最強がそこまで言うたあなぁ。こりゃ、疑いようもなく本物なんだろうな。しかしよ、俺は特級と戦った経験はないが、君だって単独で特級を倒せそうな気はするぜ?」


「ふふ、ありがと。私の場合は、相性によっては倒せる特級も居るといったところよ。私は相性次第で強さの変わるタイプだから。

 その点、ブレイブローズやザンアキュート、ソルブレイズは相性に依らない強さがあるわね。私達の目の前にいる貴女は、そういうレベルを超えた別格だけど」


 ファントムクライが模擬戦か、あるいは“ソルグランド”の過去の戦いを思い出してか、呆れた目線を大我に向けてきて、燦もそれに追従した。ザンアキュートばかりは私のソルグランド様だから当然! と言わんばかりに自慢げときている。


「語弊のある言い方になるが、そんだけ色々とつぎ込んで造られたんだよ。それこそ次を用意する余裕がなくなるくらいにな。だから俺も魔物少女なんぞに負けてやるわけには行かねえのさ。

 俺をソルグランドとして戦う場を与えてくれた恩と、魔物なんぞにこれまで良いようにされてきた鬱憤を晴らす為にさ」


 目の前の孫娘を含む大切な家族や友人達、これまで世界を守ってくれていた魔法少女達の為にも、と口にしなかったのは七十間近の爺がなにを青臭い、とちょっとばかり恥ずかしかったからである。

 色々とつぎ込んで造られたとか、戦う場を与えてくれたとか、聞いている三人の心を曇らせる単語を口にした事に、大我は気づいていなかった。ここら辺の機微がどうにも欠けているのが、彼の大きな欠点である。

 同じ話を続けられては自分を含めた三人の精神的ダメージが大きい、と判断したファントムクライはすぐに話題を逸らす。判断の速さは流石、と褒めてよい場面なのかどうか……いやはや。


「他に強い子となるとエジプトのサーベトサラームね。アラビア語で不変の平和とか、揺ぎ無い平和という意味を名前に持つ子だけれど、中東からアフリカ北部にかけては、あの子が最強でしょう。

 強化フォームを獲得して、その強化内容次第でブレイブローズ同様、世界最強の一角になる素養を持っている。もし共闘する機会があったら、彼女の戦い方と人となりをよく観察するのをお勧めするわ。あちらも貴女を観察するでしょうし」


 なにしろ魔法少女ソルグランドに対しては、これまでの圧倒的な戦闘能力と戦果の積み重ねにより、既存の魔法少女全てを押しのけて世界最強と評価する声が少なくない。

 実力のある魔法少女達ほどその声に同意して、ソルグランドの規格外さを知らしめ、誕生過程が通常と異なる点への危機感を煽る事態へと繋がっている。

 当の大我からすれば、ごちゃごちゃ言わずに俺に魔法少女を助けさせろ、と言いたくなるのだが、人類側の警戒も理解できるので余計なことは言わず、交渉に関しては夜羽音に全面的に委任し続けている。


「まるでお見合いだな~。それでお互いの為になるってんなら、俺は構わないさ。魔物との戦いに勝つ為には、世界中の魔法少女達と協力関係を築いていかなきゃな。ちょうど世界中を飛び回る仕事をもらったところだし、ちょうどいい」


 大我が上機嫌に口にした言葉に、なんのことかとザンアキュートと燦が周囲に疑問符を浮かべる中、ファントムクライは納得した様子だ。どうやら二人よりも先に大我から聞かされたか、知らされていたらしい。


「ソルグランドさん、特災省から何かお願いが来たんですか?」


 大我は、燦の質問が身内に対する言葉遣いでないのを、心底から残念がりながら特に焦らすでもなく伝えた。公表して構わないと内諾を得た話だ。


「いや、国際魔法管理局とフェアリヘイムから合同の依頼になるな。国家の枠を超えて活動する、魔法少女部隊設立の話を聞いたことないかい?

 人員はまだ集まっていないが、まず俺が隊員第一号として世界中のSOSに応じて、助けに飛び回ることになったのさ。

 部隊名も決まっていてな。ヨーロッパの伝承に倣って、ワイルドハントって名前だ。猟師の一団が狩猟道具を持ち、馬や猟犬と共に空や大地を大挙して移動するって伝承さ。

 猟師は死者だったり、精霊だったりとマチマチだが、魔物という獲物を狩り立てる猟師役ってんなら、俺にピッタリだろ?」


 ワイルドハントの猟師が死者だというのなら、なおさらな、と大我は己の心の中だけで呟いた。

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