第51話 新天地にて

 フェアリヘイムと国際魔法管理局によって設立された独立遊撃部隊ワイルドハント。

 国境や国家の枠を超えて、地球規模で活動する魔法少女部隊の設立は戦力の抽出、他国の魔法少女が自国を闊歩することへの危機感、維持運用費用の捻出など、多くの問題点が挙げられて実を結ぶまで長い時間を必要とした。

 魔法少女ソルグランドが活躍を始めるその以前から話はあったのだが、問題を解決できないままとなっていた。


 しかしプラーナ兵器開発の進捗と強化フォームの実装、更にどの国家にも所属していない最強格の魔法少女の出現、妖精女王からの強い要請と対価の提示が重なり、ついに実現されるに至る。

 現在、残念ながらソルグランドのみがワイルドハントに籍を置き、世界各国の要請に応じて出撃する用意を整えている。


 元々、ソルグランドは真神身神社にある鏡を通じて日本各地に出現していたが、ワイルドハントとして出撃する場合には、ワイルドハント基地にある転移魔法陣を使って、地球各地へと救援に駆けつける手筈になっている。

 地球に満ちるプラーナの流れを利用して、魔物との交戦地帯にもっとも近い場所へ、ソルグランドをワープさせる形式だ。


 大我も真神身神社を離れて、ワイルドハントの基地に待機することになっている。

 こういった経緯により、大我と夜羽音は引っ越しに向けて真神身神社に残してゆくもの、持って行くものを整理し、準備を進めることとなった。

 引っ越し先は太平洋に建設された人工島、それがワイルドハントの基地だった。

 より詳細を述べるなら、元々、国際魔法管理局の管理下に置かれていた人工島で、その一角がワイルドハント用に提供されている。

 鏡を使えばいつでも真神身神社に戻れるので、キャンプ用品は袋に詰めて社に置いてゆくが、持っていくものとなると一部の生活雑貨くらいのものだった。


「人工島『ロイロ島』ね。神話とかに由来はしていないんでしたか。妖精がらみにしちゃ珍しいや」


「大西洋上に存在するとかつて考えられていた伝説の島ですね。15世紀のヴェネツィア共和国の地図製作者のピッツィガーノ氏が作成した地図に、イマナ島として記載されていた島とかなんとか。

 かつては実在したとされていましたが、現在では存在を否定された疑存島の一つですよ。あまり妖精の伝承や神話になぞらえた名前を付けては、伝承にあるような現象を招きかねないと危惧したのでしょう」


「魔法があって妖精が実在する以上、悪縁や災いやらを招く可能性は否定しきれませんわな。魔物だけでも頭が痛いのに、厄介ごとは増やせませんよ」


「そういうことです。それにどこかの神話体系の方々が名前を媒介にして、干渉をしかねません。意図したことでないとはいえ、それを未然に防いだのはいわゆるファインプレーというものです」


 まったくだ、と同意して大我、いやソルグランドは食器類をいくつかと寝袋、魔法少女達に渡しているお守りづくりに必要な道具と材料一式を唐草模様の風呂敷に包み込む。

 夜羽音の方はてぶらでなんとも身軽なものだ。このご時世に風呂敷を愛用しているソルグランドの方が珍しいのだが、特災省で彼女らを迎えた係の者達は噴き出さなかった。

 ソルグランドの輝かしい美貌ばかりが網膜に焼き付いて、他の要素が目に入ってこないのだから仕方ない。

 フェアリヘイム観光にも使った劇場を思わせるゲートを利用し、今回は同じ地球の上に存在する人工島へと移動する。瞬き一つの間に移動は終わり、コクウに変身済みの夜羽音が周囲を見回す。


「我々の領域から外れた場所ですね。事前に許可を取っておいてよかった」


「太平洋ですから……ハワイとかポリネシア神話の方々ですか?」


 なんとなく声を潜めて尋ねるソルグランドに、夜羽音も調子を合わせて小声になって答える。どこに神々の目と耳があるか分かったものではない。この空も海も全てが神の領域であってもおかしくないのだから。


「概ねそんなところです。それぞれ主張がありますので、ここはどこそこの縄張りと口にすると、後が面倒なのでこれでご容赦を」


「ああ……想像したくない類の面倒さでしょうな」


 察したソルグランドがそれ以上言及しなかったのは、彼自身にとっても夜羽音にとってもおそらく賢明な判断に違いない。

 約束の時間の五分前に到着した一人と一羽の前に、迎えの職員がやってきて、司令部へと案内してくれる。


 国際魔法管理局の制服に身を包んだ若い女性職員と男性職員に案内されて向かう最中、ワイルドハントに召集された人々がすれ違い様に視線を向けるが、ソルグランドの知名度と話題性を考慮すれば当然の話だろう。

 一方のソルグランドと夜羽音も、初めて訪れる人工島の中を興味深げに眺めている。内部に他の神々の気配はないが、常駐している妖精と魔法少女の気配はある。


 いくつかセキュリティに守られたゲートを潜り、エレベーターを使って向かった先の司令室は、国連の憲章に猟犬と馬を追加したワイルドハントのエンブレムが飾られている以外には、シンプルな造りの部屋だった。

 入室の是非を問い、スライドして開いたドアの向こうで待っていたのは、茶色い髪を後頭部でまとめ、褐色の肌に青い瞳の壮年の女性だった。

 案内役の二人が退出するのに合わせ、入室したソルグランドに向けて、女性が友好的な笑みと共に右手を差し出してきた。


「ようこそ、当基地へ、魔法少女ソルグランド。基地司令を務めるケセリア・バルクラフトよ。貴方の活躍を聞いてから、一度、会いたいと思っていました」


 差し出された手を握り返せば、力強さと温かさが感じた。ソルグランドに備わった女神センサー的には、第一印象はなかなか良い。

 ソルグランドという特大戦力を扱う以上、人品に関わる審査も厳しく行われたのは、想像に難くない。

 下手な人間を宛がって、ソルグランドに距離を置かれては全人類、全妖精にとって大きな損失であるのを、国際魔法管理局の上層部は妖精女王からよく言い聞かされていたのだ。


「こちらこそ、歓迎ありがとうございます。バルクラフト司令。今日からお世話になります。改めて魔法少女ソルグランドです。それとこちらが」


「お初にお目にかかります。ソルグランドさんのパートナー妖精を務めているコクウと申します。ソルグランドさん共々、どうぞよしなに」


 手を離したケセリアは、今や地球で一番注目を集める一人と一羽を預かる重圧を両肩に感じながら、決して柔和な笑みを崩さなかった。それから応接用のソファに案内されて、ソルグランドの肩から降りた夜羽音と隣り合わせに座る。

 今、この瞬間にも魔物が出現し、出動を求められる可能性がある為、バルクラフトは自分でも性急だと感じながら話を始める。


「事前に日本の特災省から説明が行われているとは思うけれど、我々ワイルドハントに所属している魔法少女は、現状、貴方一人。魔物の出現頻度が低下しているとはいえ、貴方に苦労を背負い込ませることになる。

 各国に掛け合って新たな隊員を募集しているけれど、申し訳ない。しばらくは貴方だけに頼ることになる。可能な限り貴方をバックアップすることはお約束します」


 馬鹿正直に事情を伝えて頭を下げるバルクラフトにソルグランドは既視感を覚えながら、頭を上げるように伝える。どうしてだが、えらい立場にある人に謝罪される機会が多いな、としみじみ思う。


「いえ、あらかじめ聞かされていましたから、気になさらないでください。コクウ以外にサポートしてくれる誰かが居るというだけでも、これまでの俺の戦いよりずっと手厚い状況です。

 フェアリヘイムに行って色々と進んでいるのも確認しましたし、俺個人としてはこれからの戦いに向けて、ポジティブに捉えています。こちらこそ得体のしれない魔法少女を相手に、気の休まる時もないかもしれませんが、どうぞよろしくお願い申し上げます」


 なにしろこの段になってもヤオヨロズについては、詳細を伝えていないのだ。実際には伝えるような詳細のない、でっち上げ組織なので当然だし、ソルグランドの背後に居るのが日本神話の神々だとはなおさら告げられない。

 魔物との戦いが終わった後に、地球規模の宗教戦争が起きるような火種を撒けるか、という話である。


「話には聞いていたけれど、本当に謙虚なのね。日本人だからかしら?」


「はっはっはっは、国籍も不明で通していますので、そこは秘密です」


 朗らかに笑うソルグランドにバルクラフトはそれ以上、この話題について追及するのを止める。代わりに目の前の女神と同じように明るい笑みを浮かべた。


「では乙女の秘密を暴くような真似は止めておきましょう。さあ、それでは貴方とこれから共に戦うスタッフ達を紹介させて。皆、貴方と会うのを今日まで楽しみにしていたのよ」


「ちょっとした有名人になった気分ですな」


「サインは考えて? 一部の魔法少女は民間人からアイドルのように憧れられて、英雄のように崇拝されているから、考えておいて損はないわ」


「いやあ、それはちょっと」


 筆跡鑑定されて真上大我とバレたら困るな、と笑って誤魔化すソルグランドの心情を、コクウだけが理解している。

 そうして基地内に居るスタッフとの顔合わせと施設の確認、更に歓迎会を開いてもらって、初日は実に穏やかに終わり、ソルグランドとコクウは良い意味で肩透かしを食らった気分のまま、その日は眠りに着いたのだった。

 正式に発足したワイルドハントの初出撃は、なんと、その翌日!

 あれ、ひょっとしてすごく忙しくなる? とソルグランドは根拠のないまま、嫌な予感を覚えるのだった。

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