第49話 最強より最強

 特災省九州支部の中にあるカフェの一角に、ソルブレイズこと真上燦とザンアキュートの姿があった。共に魔法少女への変身を解除していて、休憩時間であるらしい。四人掛けの四角いテーブルに、向かい合って座っている。

 地球側では魔物の出現頻度が低くなり、次に魔物側が大きく仕掛けてくるのを警戒していたところに、フェアリヘイムに新型の魔物少女が出現したという話が、魔法少女達の間で話題になっている。

 特に新しい戦力として期待された強化フォームを使っても、単独では魔物少女相手に勝つのは難しいこと、一方でソルグランドがその例外的な強さで魔物少女を撃退したことは、ソルグランド派と呼ばれる魔法少女達にとって、信仰を更に深める劇薬となっていた。


「ザンアキュートさん、ディザスターってコードネームを付けられた魔物少女ですけれど、どう思いますか? やっぱりソルグランドさんを意識して作られているんでしょうか」


 注文したホットチョコレートには手を付けず、燦は至極真面目な顔で魔法少女の先輩であり、実力も上のザンアキュートに問いかける。問われたザンアキュートはというと、こちらは抹茶ラテを半分ほど飲んでから、あくまで冷静な調子で答える。

 ソルグランド派の創始者としではなく、あくまで魔法少女として真面目に答えるべき場面だと、きちんと弁えていた。


「私見になるけれど間違いなくそうでしょう。前回のフォビドゥンが多様な能力でソルグランド様を封殺しようと試みて、それが失敗した。次は基本的な能力を徹底的に強化した個体で、上回ろうとした。

 フェアリヘイムに投入したのは、ディザスターのテストの為だったのでしょうね。ところがテスト段階でソルグランド様と遭遇し、本格的な調整を受ける前に同じ土俵で上を行かれた。

 魔物側にとっては想定外の痛手であるのに間違いはないでしょう。それに逃げる際のフォビドゥンとディザスターの表情……」


 それまで真面目な表情を維持していたザンアキュートの顔が、堪えきれないとばかりに笑みを浮かべる。二人の魔物少女が最後に見せたものは、それほどザンアキュートにとって痛快なものだった。


「完全にソルグランドさんに怯えていますよね。これから先、ソルグランドさんを前にしたら、ずっとあんな風に怯えて萎縮すると思います」


「ソルグランド様のお考えは、私などに察しきれるものではないけれど、仕留めきれないケースを想定して、心を折るように戦われたのだと思うわ。

 無責任な言い方になるけれど、どんな魔物少女が姿を見せても、ソルグランド様に勝てっこないと私は確信している。少なくとも一対一なら」


「向こうもそれは分かっていますよね。魔物少女の数を増やして、複数で戦う状況を作って来るか、また新しい魔物少女を出してくるかの二つ? ソルグランドさんの助けになれるように、私達がもっと強くならないとなんですけど……」


 ソルグランド一人に頼る戦い方では、万が一、ソルグランドが敗れるかダメージを負って戦線離脱に陥った時、フェアリヘイムと地球は魔物と魔物少女達の手によって、大きな被害を受けるだろう。

 元々はソルグランド抜きで魔物との戦いに勝つ為の強化フォーム“ファンタズマゴリア”だが、フェアリヘイムでの戦いはそれだけでは不足だと証明されてしまった。


「アメリカのスタープレイヤーは、いまや紛れもないワールドランカー級の実力者。その彼女が単独では魔物少女に及ばないという事実は、私達にとっても大きな問題だわ。

 貴女も私も強化フォームの適性を得られたけれど、浮かれる暇もないとはね。ソルグランド様のお役に立てると、調子に乗っていられる時間さえないとは、正直、驚きだわ」


「でもフォビドゥンを相手に、前よりもちゃんとした戦いが成り立つようになりました。不意を打たないとどうしようもなかった時と比べれば、大きな前進ですって」


 幸い、日本式強化フォーム“天の羽衣”の実装に成功し、ソルブレイズとザンアキュートは適合者として選出されていた。

 既にある程度、テストを済ませており、実戦投入可能な段階まで来ているのだが、魔物少女達の戦闘能力を鑑みると、それでもまだ足りない、と二人は危機感を抱いている。

 これ以上の戦力強化については、強化フォームへの慣れと地力の向上しかない。なかなか戦況が良い状況に繋がらない現実を前にして、燦とザンアキュートはくたびれたサラリーマンのように溜息を零す。


「おうおう、どうしたい。うら若い女子がそんな重たい溜息を零しちゃってさ。もうちょい明るい顔している方が良いぜ。なんか奢ろうか?」


 二人の声を掛けながら寄ってきたのは、ちょうど話題になっていたソルグランドこと大我である。手には注文したほうじ茶を乗せたトレイ、左肩にはいつもと違って、コクウの姿が無かった。

 更にいつもと違う点がもう一つあった。オフモードの大我が、一人の魔法少女を連れていることだ。本来は特災省東北支部所属の魔法少女ファントムクライが、どういうわけか大我と行動を共にしている。


 ファントムクライはひざ丈の赤い袴に薄桃色の唐衣からぎぬと薄い橙色の表着うわぎという、中途半端に十二単をモチーフにした魔法少女衣装を纏っている。変身は解除していないらしい。

 燦とザンアキュートよりも年上の十代後半の筈だが、ファントムクライは小学生のような小さな体格をしている。

 一方で、夜の闇を溶かしたような長髪と星の煌めきを封じ込めた黒い瞳を持つ顔つきは、大人びた美しさで調和が取れていて、身体だけが成長を忘れているかのよう。


「ソルブレイズ、ザンアキュート、お邪魔してもよろしいかしら?」


 ファントムクライの声色も言葉遣いも、顔つきに相応しいものだ。こちらもトレイにキャラメルラテのカップを乗せていて、どうやら大我と二人してカフェに休憩に来たようだ。まあ、カフェはそういう場所なのだから、当然なのだが。

 それはそれとして魔法少女ファントムクライは、三年前に当時の第一位ジェノルインの上に立ってから、JMGランキング不動の一位を維持し続ける日本最強の魔法少女だった。


「ええ、どうぞ、ファントムクライ。貴女のお誘いを断れる日本の魔法少女は、そんなにいないでしょう。ところでソルグランド様とどうして一緒に? いつから知り合いになったの? 以前、アシュラゴゼン達との模擬戦でも、貴女は参加していなかったというけれど」


 ザンアキュートの口から矢継ぎ早に出てくる質問は、彼女がソルグランドに抱く熱量の凄まじさと、自分の知らないところでソルグランドに近づく者への強烈な対抗心があることを暗に示していた。

 燦にとってはもう既知のことだが、ファントムクライはこれまでのザンアキュートとは違う反応に、ほんのわずかに訝しげだ。


「都合がつかなかったから。フェアリヘイムに出現した魔物少女を撃退したことで、またしばらく魔物の出現が落ち着くから、今の内に遅れていた友好を深める良い機会と思って。そうでなければ東北支部所属の私が、九州支部に居るわけもないでしょう?」


 食いつきが強い、と思いつつ、ファントムクライは正直に大我と行動を共にしていた理由を伝えて、注文したキャラメルラテに口をつける。

 その対面に腰かけた大我は、ザンアキュートの相変わらずの様子に、元気いっぱいだなと甘い顔をしていた。この中身が孫娘馬鹿のおじいさんは、実の孫娘でなくとも近い年頃の女の子に甘い。


「そういうこった。三十分くらい前にフェアリヘイムの方で、ファントムクライと挨拶をして模擬戦をしてきたとこだよ。有名人だからな。戦い方はあらかじめ知っていたし、それを踏まえて戦ったが、やっぱり実物は強い。

 そうでなくっちゃ困るし、これまで日本を守ってきた魔法少女のトップなんだから、当たり前だけどさ」


「ソルグランドに褒めてもらえるのは嬉しいけれど、割と余裕だったでしょう。私の手札のほとんどをオープンにしたのに、それでも貴女の手札を全て使わせることはできなかった。

 私の方こそ魔法少女の味方をしてくれるソルグランドが、あそこまで強いことに安心したもの。言うべきではないのかもしれないけど、言ってしまうわ。

 私、少し、肩の荷が下りた気持ち。私が最強じゃなくてもいい、私よりも強い魔法少女がいるって、そう思って、そう納得して、安心してしまったから。

 ジェノルインも私が一位になった時、そう思ったのかな? こう考えるのは、彼女への侮辱になるかも」


 不意に日本最強の魔法少女が零した弱音に、ザンアキュートと燦は何も言えずに口を噤む。

 彼女達の知っているファントムクライはどんな強敵を前にしても、どんな窮地に陥っても、不敵な笑みを崩さずにその強力な固有魔法と揺ぎ無い精神で勝利を掴んできた『最強』だからだ。


 しかし、ソルグランドというあまりに眩い太陽の化身のような存在を前にして、人間らしい弱音と、これまで誰にも伝えたことの無い内心を口にするのだから、二人の驚きは非常に大きかった。

 特にザンアキュートはソルグランド本人を前にして、涙をボロボロ零しながら、それまで抑えていた恐怖からなにからを告白した経緯があり、以前の自分を見るようで少しだけ羞恥心を掻き立てられてもいた。


「ジェノルインがどう思うかは、あの子次第だわな。ま、これからは俺が後ろに控えているから、少しは安心しておくれよ。アメリカのスタープレイヤーもそうだが、日本の皆も強くなってきてんだ。俺も皆を頼りにしているぜ」


「もちろん! ザンアキュートさんも私も『天の羽衣』をゲットしましたし、もっと強くなって、いつか言ったみたいに私がソルグランドさんを守ってあげられるくらいに強く成って見せますよ」


「そいつはいいや。なるべく早く頼むぜ。あちらさんは俺に狙いを定めている節があっかんな。あの手この手でちょっかいを出してくるだろう。そうなったら流石に俺も手が足りなくなるかもしれない。そん時ゃ、頼むぜ、ザンアキュート、ソルブレイズ」


「お任せください、ソルグランド様!」


「どんと来いですよ、ソルグランドさん」


 大我から頼りにすると言われたザンアキュートとソルブレイズは、親におつかいを頼まれて喜ぶ子供みたいに、元気よく返事をするのだった。

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