第46話 妖精女王の本質
スタープレイヤーと別れ、コクウとゾッファの待つ研究所へと戻ったソルグランドこと大我を待っていたのは、ゾッファよりもなお巨大な当代妖精女王とその侍従、護衛達であった。
研究所に近付くにつれてフェアリヘイムそのものかと誤解してしまうほど、巨大なプラーナを感じ取って、なんじゃこりゃ、と内心では首を傾げていたのだが、その正体がよりにもよってフェアリヘイムのトップだったのだから、大我は心底驚いた。
そうしてあれよあれよという間に連れて行かれたのは、妖精城の一角である。
妖精女王の指の一振りで研究所から城内の貴賓室へと、一切の前兆もなくプラーナの揺らぎもなくワープしたのだから、途方もない離れ業である。
天井や壁、床は琥珀や瑠璃を思わせる美しい素材で構成され、肺の中に花が咲きそうなくらい芳醇な花々の香りが室内を満たしているが、決して不快な気分にはならないのが不思議な濃密さだ。
妖精女王の使用も前提とされているようで、来客と目線が揃うように部屋の一角が階段状になっている。妖精女王の巨体に合わせた椅子の前に、向かい合うように通常サイズの椅子が二脚、既に置かれていた。
歴史の積み重ねを感じさせる重厚な造りの椅子は、大我と夜羽音の為のものに違いない。
妖精女王は自分ほどではないが五メートル近い身長を誇る侍女や護衛達、また大我達と一緒に連れてきたゾッファへと宝石自らが恥じ入るほどに美しい瞳を向ける。
「ご苦労様。貴方達はわたくしが呼ぶまで、外で待機していて。ソルグランドさんとコクウさんとわたくしだけでお話がしたいのです」
友好勢力の魔法少女と関係者が相手とは言え、自分達の主君を一人きりにすることに対して、護衛達に抵抗がないわけではない。
それでも事前によく言い含められていたこともあり、体格以外は様々な外見の侍女と護衛達は主君と大我達に一礼をしてから部屋を退出していった。
最後に部屋を出るゾッファは名残惜しさを感じさせる瞳で大我を見ていたが、それでも動きを遅らせるような失態は犯さずに最後まで優雅に部屋を出る。
「……魔物少女を相手に戦ったばかりだというのに、事前の報せもなくお招きしましたこと、お詫び申し上げます。ソルグランド様、コクウ様」
大我は自分達に真摯に謝罪の言葉を重ねるだけでなく、深々と頭を下げる妖精女王の姿に慌てた。こちらに向けられる特大のつむじに向けて、慌てて制止の声を掛ける。
「いやいやいや、戻って来るまでの間に怪我も治りましたし、消費したプラーナも戻っていますから、俺、いえ、私に関してはなにも気に病む必要はありません」
「ソルグランドさんもこうおっしゃっておりますし、私にも特に思うところはございません。女王陛下、どうぞ顔をお上げください」
「お二人の寛大なお心に感謝を。ではどうぞおかけください」
妖精女王の勧めに従って椅子に腰かけると、ふわりとサイドテーブルとティーセットが一人でに浮かんできて、大我と夜羽音の間に降りたって、薄黄色のお茶をカップに注ぎ始める。
「まずはこの度の御助力に心からの感謝を。ありがとうございます。スタープレイヤー様とソルグランド様のお力添えが無ければ、妖精達に少なくない被害が出ていたことでしょう。
幸い命を儚く散らせる者はなく、考えうる限り最も小さな被害で勝利を得られました。フェアリヘイムを治める者として、一人の妖精として、皆様のご力には感謝しかありません」
「それなら大急ぎで駆け付けた甲斐があります。それで恐縮ではあるのですが、女王陛下、この度は私とコクウにどのようなご用件がおありなのでしょうか」
いきなりの妖精女王との面会だが、このタイミングで会談を求められる理由については、心当たりが全くないかというと、そうでもない。
今も“ソルグランド”は世界中のどの国家にも所属していないフリーの魔法少女であるし、所属しているヤオヨロズという組織と合わせて正体不明のまま。妖精女王直々に問いただそうとしても、それほどおかしくはないだろう。
(それにしちゃあ、護衛もなしに一人で俺達と対面ってのは、警戒心が無さすぎる。騙し討ちなりなんなりをしようって腹積もりじゃなかろ)
神話と伝承の中で散々に騙された神々の分霊を含むこともあり、ソルグランドの肉体には虚偽、詐称に対する防衛機能が備わっている。あるいは警戒機能と言い換えてもいいだろう。
知恵の神々の恩恵もあって、言葉の裏に隠された悪意ないしは偽りの言葉、仕草、気配に対してソルグランドの嗅覚は鋭い。隣の夜羽音などは真性の神なのだ。大我が動かしているなんちゃって女神のソルグランドよりも、真偽を見抜く精度は高かろう。
「わたくしは言葉を弄するのを得意とはしておりません。率直に申し上げます。ソルグランド様、そしてきっと本当の名前ではないコクウ様。
お二人がわたくし達と地球の皆様との合力によって、誕生した魔法少女と異なるのは、もう誰もが理解しています。わたくしが思うにコクウ様、ヤオヨロズという組織を含めて貴方は、地球に存在する高等次元存在、いわゆる神と呼ばれる存在なのでは?
フェアリヘイムの妖精は神を知らず、信仰を持ちませんが、神と信仰、宗教という概念は理解しているつもりです」
大我は内心の驚きが表に出ないように、それなりに努力する必要があった。謎のまま正解には誰も辿り着けていなかったソルグランドの背景と、コクウの正体を妖精女王はズバリと言い当ててきたのだから。
それでも『神』と言うだけでは範囲が広すぎるので、『日本の神々』あるいは『八百万の神々』がより正確ではあるが、そこまで求める必要もないだろう。
ここは夜羽音に対応を委ねるのが正解だ、と大我が横を見れば、夜羽音も同じくこちらを見て、言葉を交わさぬまま首を縦に動かす。無言のままに意思疎通が行われて、夜羽音はコクウとしての擬態を解除する。
黒く濡れた羽に三本の脚を持つ神の烏。現代日本でも時折、なにかしらのシンボルやモチーフとして見かける程、親しまれている神がそこに居た。
「これまで姿と名を偽った非礼をどうかお許しあれ。妖精女王陛下。我が身は古来より日ノ本の
「改めてご挨拶申し上げます。フェアリヘイムの妖精達の統治を預かる妖精女王です。個体としての名は持ち合わせておりません」
名を持たないという妖精女王に、大我はつい反応して表情を変えたが、夜羽音はむしろ納得した様子を見せている。名前がないことに納得するような妖精女王の正体、あるいは本質に気付いていたということだろうか。
「やはりそうでありましたか。妖精女王陛下、あなたはフェアリヘイムの一部そのもの。化身たる存在であらせられるのですね」
夜羽音の指摘に対し、妖精女王は柔らかに微笑むと小さく首肯する。夜羽音の指摘が正しいのならば、目の前の巨女はこのフェアリヘイムの一部であるのだという。空気を読んだか読まなかったのか、大我は自分の中でかみ砕いて理解する為に口を挟んだ。
「話の腰を折るようで申し訳ないのですが、つまり妖精女王陛下はフェアリヘイムの一部、地球で例えるとオーストラリア大陸とかユーラシア大陸規模の化身ということで?」
「概ね、その認識で間違いはありません。わたくしはフェアリヘイムの天地の化身であると同時に、妖精達と共に象徴として存在する者。妖精達よりも夜羽音様のような神と呼ばれる存在と、性質は近いものですから妖精ではないとすぐに分かりましたよ」
「私からの露見でしたか。これは高天原の皆様にからかわれてしまいそうです」
苦笑する夜羽音だったがそれ以上、気にした様子は見せずに嘴を再び開いて会話を交わし続ける。
「妖精の皆さんが我々を認知しているのでしたら、これまでの六十年余り接触を控えていらしたのは、どのようなご事情があったのでしょうか」
「わたくし共が地球の皆様と接触してから、人類とは異なる高次の存在についてはすぐに気付きました。ただ人類に対しても接触を控えておられるようでしたし、通常空間とは異なる異相空間に身を潜めておいででした。
そうなると無理に接触を図ってもよい結果にはならないと結論付けたのです。同時にそうするだけの余裕がないほど、魔物との戦いが厳しいものとなったのも、大きな理由です」
「しかし、こうして私が魔法少女を模倣して現世に接触を図り、実物を前にして神々がスタンスを変えたことを、あなたは察せられたのですね。
そうであるのなら、昨今の魔法少女を支援する各種技術の進捗が異様に捗った理由も、もうお分かりですね?」
「地球規模でこれまで見守ることに徹していた神々が、現世への干渉を是とした。これ以外に理由はないでしょう。魔物の脅威がそれほどまでに強く、危険であることの証左に他なりません。
ソルグランド様についても詳細を伝えられないご事情があると、推察いたします。ご提供いただいた技術や知識から、おおむね察してはおりますが、正しいか否かについては問いません。
わたくしを含めて妖精は嘘を苦手としています。“ソルグランド様の中の方”にとって、不本意な形で情報が露呈してしまう可能性は、否めませんから」
申し訳なさそうに巨体を縮こまらせて告げる妖精女王に、大我は無礼かもしれないが孫娘を相手にしている気分になって、穏やかに声と淡い笑みで答えた。
ソルグランドという女神の肉体の中に宿る、人間の自分に気付いた妖精女王の慧眼に、心からの敬意と、内面は見た目の年齢と変わりがなさそうな少女への親しみを込めて。
「ご配慮痛み入ります。モモット君やアムキュ君からの痛ましい視線には、こっちの罪悪感を駆り立てられるものがありましたから、それとなく過剰な心配は無用だとお伝えいただければ幸いです」
「魔法少女達の苦悩を間近に見ているパートナー妖精や、地球へ赴任している妖精達はかなり肩入れしてしまいますから、ソルグランド様に対しても色々と想像をしてしまったのでしょう。
その所為でソルグランド様には余計な心苦労を強いてしまったのですね。わたくしの名において必ずや、申し伝えておきます。
そしてまた、ヤオヨロズ名義で提供された技術などについても、信頼のおけるものだと妖精達に周知いたします。人類の皆さんの不幸を前にして、手を差し伸べた方々からの慈悲、偽りのない真心であると」
「現場の方々は既に素晴らしい速度で技術をものにされていますが、改めて妖精女王陛下からの御下知があれば、彼らも安心して取り掛かれましょう。
魔物少女を作り出すノウハウを魔物側が完全にものにした場合を考えれば、難しいと分かってはいますが、こちらも戦力の強化を今以上に急がなければなりません。幼き子らに苦難を強いる時代の暗雲は、遺憾ながらまだ分厚く晴らすのが難しい」
「本当に、痛ましい事です。少しでも早く魔法少女が必要とされない時代を作らなければなりません」
魔法少女が必要とされない時代、すなわち魔物の脅威が完全になくなった世界に至ること。その為に全霊を尽くすとこの場にいる三名が、固く誓っているのは間違いなかったろう。
妖精女王とソルグランドの本質、そしてコクウの正体が八咫烏の夜羽音であること、地球の神々が人類に干渉をし始めたこと、これらの情報を共有して妖精女王の信頼を得た影響はすぐに表れた。
元から魔法少女の為に、人類の為にと昼夜を問わず研究に勤しんでいたフェアリヘイム側で、更に研究の速度がさらに速まったのである。
自分たちの住む世界の化身でもある妖精女王から、ヤオヨロズに対する信頼と安全を保障されたことは、妖精達にとって大我達が考える以上に大きなモチベーションの向上に繋がったのだ。
そして、いつか、戦いが終わるその時まで、魔物と人類、妖精との間で戦力増強の競争が過熱してゆくのは、誰の目にも明らかだった。
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