第45話 今日は勝てた なら明日は?
空間に刻まれた亀裂の向こうへと魔物少女達が消えて行くのを見届けて、ソルグランドは、ぷう、と気の抜けた音と共に息を吐いた。やせ我慢というわけではないが、まあまあ、体を痛めつけられており、痛がっている様子を見せないように堪えていたのだ。
ぐりぐりと肩や手首、足首を回して体の不具合を確かめるが、幸い骨の折れたところはないようだ。内出血くらいはいくらでもあるだろうが、こうして息をしている間にも修復が進み、ほどなく万全の状態に戻るだろう。
「女神様の肉体、万々歳ってところか。俺がもっと上手く戦えていりゃ、傷を小さく済ませられたんだろうが、勘弁だぜ」
もう二人目の魔物少女が投入されるとは、ソルグランドの予想を裏切る展開だ。多種多様な能力を持ち、固有魔法をことごとく無効化するか、上位互換の能力を備えていたフォビドゥンからは、正反対に舵を切った相手だった。
魔物側の思い切りの良さもそうだが、純粋な身体能力ではソルグランドに勝るとも劣らぬ強敵を、こうも短期間に作り出した技術には参ったという他ない。
「こりゃ、こっちの戦力強化のペースより、向こうのが速いんじゃねえか?」
ディザスターそのものの脅威もさることながら、ディザスターを作り出す技術力と資源をこそソルグランドは危惧した。戦った感触が確かならば、ディザスターには惑星相当のプラーナがつぎ込まれている。
もし、魔物側が複数の惑星を保有する宇宙規模の勢力ならば、これまでの魔物主体の攻勢はお遊びか、生体兵器の実験程度の話だろう。最悪、あちらが本気を出せばあっという間にフェアリヘイムと地球は、平らげられてしまいそうだ。
「ソルグランド!」
嫌な方向に思考が沈むソルグランドを、明るい声が引き戻した。声のした方を振り返れば、こちらに向けて、手を振りながら歩いてくるスタープレイヤーの姿がある。
今も彼女の周囲にふわふわと浮かんでいた破断の鏡と破殺禍仁勾玉が、スタープレイヤーに先んじて本来の主の元へと戻る。あるべきところにあるべきものが戻り、ソルグランドもこれでいつも通りといったところ。
「おう、アメリカさんのスタープレイヤーだったか。そっちも大きな怪我はない様子だな。お互い、えらいのと戦う羽目になっちまったな」
ソルグランドの心の底からの言葉だった。本当ならちょっとした観光も兼ねて、フェアリヘイムでの技術開発がどんなものかと、見に来ただけだったというのに。蓋を開けてみればディザスターという強敵を相手に、全力の殴り合いをしなければならないとは。
「噂のモンスターガールについては、アナタとの戦闘を記録したものを何回も観ていたから、手の内がある程度わかっていて助かったわ。それでも本物はやっぱり違うわね! あたしの炎も鎖も、当てるのだって難しかった!」
大きく肩を落とし、落胆する様子を見せるスタープレイヤーだが本気でへこたれているわけではない。あのまま戦闘が続いていたとしても、何が何でも食らいついてやるという不屈のド根性が、言動の端々から滲んでいる。
「ははは、アレを相手にしてそんだけ言える元気が残ってんなら、大したもんだ。ありゃ、対魔法少女の魔物だかんな。下手な特級よりも魔法少女に取っちゃ、相性の悪い相手だ」
「それは心から同意するわ。あたし達って同じ魔法少女との戦闘って、基本的には想定していないし、人間と同等以上の知性を持った敵との戦いも、あんまり経験がないし」
「魔法少女同士で模擬戦くらいはするだろ?」
「相手が本気で殺しにかかってはこないでしょう? それに中途半端に人間と似ているというか、魔法少女の中には居そうな見た目をしているのもあって、戦いにくさもある」
「そりゃまあなあ。これまで戦ってきた魔物が、見るからにバケモンだったからな。ギャップつうか、頭で分かっていても殴る手が鈍る時がある。つうか、あったわ」
お尻は容赦なく叩いたけどな、と心の中で零すソルグランドに、スタープレイヤーはまったくだと言わんばかりに腕を組んだ姿勢で何度も頷いている。
「まあ、躊躇していたら問答無用で殺されるから、すぐに覚悟を固めないといけないんだけどね。そうでなくても九割以上の魔法少女がなにも出来ずにやられちゃうわ、アレ。参ったなあ、ネクストの開発成功で魔物相手に有利に戦えるって喜んでいたのが、馬鹿みたい」
「別に無駄ってわけじゃないんだから、そこは喜んだままでいいと思うぜ。戦力の上限を引き上げるのには成功しているんだし、強化フォームが普及してランクの低い魔法少女でも上級の魔物を倒せるようになれば、世界中の被害がグッと減る」
「それでも倒せない敵がワンサカと出てきて、潰されていったらどうしようもないわ。戦った感じだと、モンスターガール達は一定の質が無ければ数を揃えても無駄で、強化フォームを得ても、そこまで強くなれない子の方が多そうだし」
失礼な話かもしれないが、スタープレイヤーから出たとは思えない言葉に、ソルグランドは少しだけ首を傾げた。
「へえ、結構、悲観的なんだ。それとも客観的に戦力分析が出来ているって、言うべきかい?」
「戦いはパワフルかつ情熱的に、頭はあくまでクールにクレバーに。そう心がけているだけよ。勢いはプラーナを高ぶらせてパワーにつながるけど、つまらないミスはしたくないから頭は冷やしとかないと。でしょ?」
「そりゃそうだ。心がけていても、実践できる子は少ないだろうな。なるほど、アメリカ初のネクストに相応しい逸材ってわけだ」
「あなたにそう言ってもらえるなら、素直に喜べる。貴方は、たぶん、地球で一番強い魔法少女だから」
「褒められておいてなんだが、俺としては俺よりも頼りになる魔法少女が居てくれる方が、うんとありがたいんだけどなあ」
この先、魔物少女達につけ狙われる可能性に思い至り、ソルグランドは心底から魔物少女と単独で戦える仲間の存在を欲していた。
*
ソルグランドとスタープレイヤーの激闘は、フェアリヘイム内の関係者に中継されていた。それは研究所に残っていたゾッファと夜羽音も同じである。
ソルグランドに残される形で研究所に留まった夜羽音達は、妖精軍の中継する映像の向こうで、いくらか汚れた格好のまま話し合っている二人の無事な姿に、大いに安堵する。
魔物少女がいかほどのものか、妖精達も嫌というほど知悉している。魔法少女との戦闘において、並みの特級を上回る脅威なのだ。
「ソルグランド様、スタープレイヤー様、お二人とも、なんと申し上げればよいのか、言葉にならない素晴らしい戦いぶりでございました。お二方のご活躍がなかりせば、妖精達にどれだけの被害が出たことか」
「ソルグランドさんの面目躍如といったところです。彼女も間に合って、なによりも安堵していることでしょう。しかし、二体目の魔物少女とは」
心の底から賞賛の言葉を出すゾッファを一瞥してから、夜羽音は思考をフル回転させて、新たに出現した魔物少女の脅威度と開発、生産速度など憂慮すべき要素の分析に忙しかった。
(幸い大我さん単独でも勝てる相手ではありましたが、あちらも試行錯誤を重ねてソルグランド対策を施しているのは確か。
ソルグランドを最大の脅威と見定めれば、他の魔法少女や人類、妖精への被害は抑えられましょうが、その分、ソルグランドの、大我さんの負担が大きくなる。
また“彼女”は羽化を待つ蛹。フォビドゥン、ディザスターと撃退できたからよかったものの、今の状態で彼女を目覚めさせたとして、大我さんよりも上手く戦えるかどうか。今はまだ大我さんに負担を強いる他ないのか……)
なんと無様な。女神の肉体を用意したとはいえ、老人にここまでの負担と苦難を強いて、力となって支える事も出来ないとは。
(我が身の非力さをここまで嘆いたことはありませんね。量産型と言うのは、やはり気分の良いものではありませんが、量産型ソルグランドに日本の魔法少女達の強化フォームの開発、実装。これは思った以上に加担してでも時を速めるべきやもしれません)
これまでの魔物少女達の敗北を糧に、次に生み出される魔物少女がついにソルグランドを上回る可能性は、決して否定できない。それを理解するからこそ、夜羽音は焦り、戦場ではろくに助けになれない我が身を嘆くのだった。
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