第43話 お星さん

 ソルグランドが一歩を踏み出す。ふわりふわりと何かに酔いしれているような、今にも天に昇ってしまいそうな、不思議な動きだった。

 雰囲気の変化を感じて笑顔を消したディザスターも、ソルグランドにほとんどダメージらしいダメージが無いのを認め、再び殺意を滾らせる。

 壊してやる、引きちぎってやる、潰してやる、もいでやる! この腕で! この力ならどんな相手だって、倒せるのだから!

 フォビドゥンに与えられていた汎用性の代わりに、突出した膂力を与えられたディザスターにとって、巨大な腕に宿る力は存在意義そのものであり、誇りだった。これを当てさえすれば、どんな奴だって!!


「ソル、グランドォオ!!」


 ディザスターの踏みしめた大地が爆発する。音の速さをはるかに超えて突っ込んでくるディザスターに、ソルグランドがレクチャーするように囁いた。実際に口にしたわけではない。

 相手のプラーナの揺らぎ、視線、瞬き、呼吸、重心移動等々、膨大な情報量を分析し、研ぎ澄ました集中力によって、圧縮された認識の中で相手の意図を、言葉になる前の思考すら理解するのだ。


「そりゃあ、だめだ。踏み込んだ力が逃げているから、地面が爆発しちまう」


 せっかくの踏み込みにもロスが出ている、と告げるソルグランドはとん、と軽く地面を蹴る。こちらはディザスターと比して、あまりに軽い踏み込み。目を凝らしても足跡は見つけられそうにない。

 地面を蹴って得た推進力を完全に自分のものにした証拠である。その証拠に、ディザスターより遅く踏み出したのに、進んだ距離はソルグランドの方がはっきりと長かった。


 だからなんだ! とディザスターの右拳が最短距離を走って、まっすぐに伸びる。狙うはソルグランドの顔面だ。今度こそ顔面をぐちゃぐちゃにしてやると、魔物少女は悪意をもって狙いを定めていた。

 鏡合わせのように、ソルグランドの左腕もディザスターと同じ軌道を描いて伸びる。お互いの腕が交差したところで、ディザスターの右腕が絶妙なタイミングで肘を曲げた。必然的に交差していたソルグランドの左腕が外側に押し出され、その軌道を大きく歪める。


「ッァア!」


 ここだとディザスターの左腕が唸りを上げ、ソルグランドの右頬を目指して全力で振るわれる。ソルグランド以外の魔法少女では、全力で防御したとしても九割九分九厘、絶命間違いなしの一撃である。

 ソルグランドは押し出された左腕を気にも留めず、更にそのまま突き進み続ける。指を開いた右手でディザスターの左拳が伸び切る前に受け止め、力の流れを逸らして軌道をずらし、ディザスターの顔面にソルグランドの頭突きが遠慮なく叩き込まれる。


「おらぁ!!」


「ぎゃう!?」


 目の前で火花が散るどころではない、雷が落ちたような痛みに思考を停止するディザスターは反射的に目を閉じ、盛大に鼻血を噴き出した鼻を抑えようとして、無防備な隙を晒す。

 ソルグランドは細かい連打よりも後先を考えない一撃の重さを選んだ。思い切り、それこそ後方に大きく右足を跳ね上げて、半月の軌跡を描いた右のつま先がディザスターの腹筋に深々と突き刺さり、彼女の身体を大きく吹き飛ばす。


「ぎゃぁ、ごぃううう……ぎいい!!」


 再び反吐をまき散らしながら、ディザスターは痛みに負けなかった。何度も打たれ、蹴られ、刻まれた恐怖を屈辱と怒りが覆い隠して、彼女に大きな活力を与えていた。

 空中で体勢を立て直したディザスターは、距離の開いたソルグランドへと向けて、数えきれないほど無数に拳を繰り出す。

 拳によって打ち出された圧力とソレに乗せられたディザスターのプラーナは、凶悪な威力を備えた砲弾と化す。


「へ、ようやく腹が据わったか。そうでなくっちゃ、心のへし折り甲斐がねえ」


 ソルグランドは迫りくる薄水色の拳型の砲弾に対し、回避も防御も選ばずにまっすぐにディザスターを目指して空を掛ける。直撃コースにある砲弾はどうするか? 簡単だ。拳にありったけのプラーナを乗せて、全て叩き潰すのだ。


「第二ラウンドといこうや、妹ちゃん!」


舐めるなあギルッビャイア!!」


 全身からプラーナを炎のように噴き出して、人型の太陽であるかのように計り知れないエネルギーを滾らせて、二人が全力で技巧を尽くし、拳と足を間断なくぶつけ合う。

 数千、数万、あるいはそれ以上の攻撃パターンが刹那よりも速く二人の脳裏に浮かび上がり、もっとも効率よく相手を倒す為の攻撃手段を常に検討し、想定し、更新しながら攻撃を重ね続ける。


 絶え間ない攻防の中で、ソルグランドがディザスターの顎先に左右のフックを叩き込むが、脳が揺れた様子はない。振動が届く前に体内で相殺されたか、あるいは体内の構造が違うのか。

 打ち終えた姿勢のソルグランドの右脇腹に、両腕の連撃を囮にしたディザスターの左膝が突き刺さり、ソルグランドは肺の中の空気を絞り出された。


(痛ってえ! つぁああ、だが、この嬢ちゃん、俺とこれだけ打ち合っても、技術が伸びる様子がねえ)


 お返しとばかりに右の回し蹴りでディザスターの後頭部を叩き、前のめりになったその首を狙って左の手刀を突きこむ!

 喉に食い込む指先の齎す痛みに、歯を食いしばって耐えるディザスターが、こめかみや首筋にビキビキと太い血管を浮き上がらせながら、右の拳をソルグランドの腹を狙って振るう。

 咄嗟に固めた腹筋で受け止めるが、防御を貫いて体内を揺らす振動に、堪らずソルグランドの身体が数歩、後退。


(途中でいきなり戦い方が巧くなったのは、不意打ち用のとっておきか、あるいは大急ぎで情報を更新されたからだろう。学習されないように戦う必要はないってこった。それに散々ぶっ叩いて分かったが、この嬢ちゃんの身体は……)


 ディザスターの拳が何度となくソルグランドの身体をかすめ、直撃するかと見えた攻撃は全てソルグランドの腕で受け止められるか、あるいはするりと受け流される。

 それでも捌ききれなかった攻撃が当たれば、さしものソルグランドも鈍い痛みと衝撃を蓄え続ける。生半可なダメージなど、ひと呼吸する間に賦活した体内のプラーナによって再生するが、それを上回るダメージが残留しつつあった。


 ソルグランドの翻した袂に腕を絡み取られ、体勢を崩されたディザスターの胸に右ひざがめり込み、更にそこから腹を踏み台にして顎を蹴り上げ、左回し蹴りが鉈のようにディザスターの細い首に叩きつけられる。

 空中で踏ん張るディザスターに対し、ソルグランドは引き戻した左足で再び蹴りを見舞う。さらにそこから空中で旋回しながらの右の回し蹴りが突き刺さり、死に体になるディザスターの身体に次々と拳が、足が突き刺さってゆく。


(見た目通りの質量じゃねえ。殴る度に炎やら凍結やら、毒に病気と色んな権能を乗せて叩き込んだが、効果は極めて軽微! 腕力に加えて多種多様な耐性による防御性能も強みか。

 この身体を構築する神々の分霊のお陰で、おおよそどういうカラクリかは分かった。あの嬢ちゃん、他所の星か、異世界だが、とにかく地球に似た環境の星を絞り取って作ったプラーナの塊だな?

 だから地球で起きるような現象を利用した攻撃に対し、高い耐性を持っていやがる。

 嵐が起きて、山が噴火して、地震が起きて困るのは、地球の上でこそこそ生きている俺らだもんな! 星に取っちゃ新陳代謝みたいなもんだろう。そりゃあ、効き目も薄いわ!)


 ソルグランドの強みの一つ、八百万の神々より委ねられた権能による圧倒的な手数。それらの多くは日本を形作る国土や気候、自然現象に由来するものが占めている。

 それを考えれば純粋な腕力によるディザスターの打倒というソルグランドの、いや、大我の選択は、結果的にではあるが適切なものだった。


(そんで、実際に惑星分の重さがあるってわけじゃないが、プラーナの方は惑星並み……ああ、いや、地球と比べりゃずいぶん少ないが、それでも最悪を想定するとあの嬢ちゃんをぶっ倒すのは……)


 鼻血と涙に塗れた顔でこちらを睨むディザスターを前に、ソルグランドは内心をおくびも出さずに、意図してにいっと好戦的な笑みを浮かべる。

 喉の奥を引き攣らせるディザスターは、自分の中の恐怖が徐々に大きくなっているのに、気付いているかどうか。

 ソルグランドは、やっぱり折るなら心だなと結論しつつ、同時に上手く行かなかった場合の覚悟も固める。


「自分の手足だけでお星さんを砕きゃいいだけのこった。スケールがでかくてワクワクするね」


 ディザスターの心の中で、怒りと恥辱で抑え込んでいた恐怖がじわじわと滲みだしていた。

 目の前でゴキゴキと音を立てて拳を鳴らし、確かにダメージがあるはずなのに、苦痛を感じさせない凄絶で、それなのにこの上なく美しく笑うソルグランドに、ディザスターは息を忘れるほど呑まれつつあった。

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