第41話 立ちなよ

 ソルグランドとスタープレイヤーが並び立ち、フォビドゥンとディザスターと相対している様子は、妖精軍の通信機器を通してフェアリヘイムの関係各所に報じられていた。

 四名共に呼吸するだけで大量のプラーナを補充できる環境だ。地球ではプラーナの消費量の関係から、連発できない大技もここでならほとんど撃ち放題に近い。


 雑兵の魔物がスタープレイヤーの炎で一掃され、空間の再固定が完了したこともあり、妖精軍には速やかに後退するよう指示が出されていた。

 ソルグランド達の助けとなるには力が足りず、また彼女達に攻撃に巻き込まないよう配慮させてしまうからだ。このレベルの戦いにおいては役立たずの烙印を押されたわけである。

 魔法少女達の助けになれない屈辱と罪悪感を、軍人妖精達は地球の大人達と同じように噛み締めながら、部隊をまとめ直して距離を取りはじめる。


 ソルグランドは妖精軍が離れていることに、ほっと安堵の息を吐く。全力を出す必要のある戦いの中で、他者に気を遣うのは集中力を大いに削ぐ行為だ。スタープレイヤーも同じ考えだったろう。

 その一方で魔物少女達は妖精軍に関心は欠片も抱いていない様子だ。目の前の二人を倒せば、いつでも追いかけて叩き潰せると考えているからだろう。実際はフェアリヘイム側にはまだまだ戦力が残されており、甘い考えという他ないのだが、魔物少女達にそれを知る術などあるわけもない。


「ソルグランド……。あんたを倒すのがあたしの役目ギャララッリュウどれだけ強いか知らないけどゲゲッギクゥル潰れてアタシの手柄になんなさいキグクウラア


「リィ!」


 フォビドゥンの制止を振り切って、ディザスターはヌイグルミの山を吹き飛ばしながら、一気に跳躍してソルグランドへと襲い掛かった。ソルグランドは、フォビドゥンよりも速いと認めながらも、しっかりとその動きを見ていた。


(単純な動きだが、速い!)


 ディザスターはその巨大な右腕を振り上げ、フェイントもなにもなしに、まっすぐにソルグランドへと突き出す。フォビドゥン製造までの間に蓄積した格闘技術があるだろうに、それを与えられた様子のない、大ぶりの一撃だ。

 ソルグランドは両腕を交差して受け止め、そのまま大きく百メートル以上を吹き飛ばされた。足裏にプラーナを集め、噴射しても反動を殺しきれない威力は、世界ランカーの攻撃魔法を彷彿とさせた。


「……やるねぇ」


 ソルグランドは交差させた両腕を下ろし、骨まで届く痺れを味わいながら、威力の凄まじさを素直に褒めた。正直な感想で言えばフォビドゥンに貰ったどんな攻撃よりも、効いたパンチだ。


「こりゃ、あれか。腕力に、いや身体能力に特化させたタイプか。下手な小細工は止めて、シンプルな強さを突き詰めたってわけね」


 こちらはどう応じる、とソルグランドの思考が思金神をはじめとする知啓の神々の恩恵により、高速で回転し始める。

 無様に吹っ飛ばなかっただけ、面目は保てたかな、とソルグランド本人はまだ余裕があったのだが、スタープレイヤーはそう捉えなかったようで、驚いた様子でこちらを振り返り、右手の松明を振り上げる。


「ソルグランド!」


 戦術核を軽々と上回る超熱量が放たれる寸前、スタープレイヤーの頭上からフォビドゥンが襲い掛かる。敵はこの場に二体。ある種の憧れを抱く相手が殴り飛ばされる姿に、焦りを覚えたスタープレイヤーの失態であった。


「ギリャ!」


 フォビドゥンにとってソルグランドとこの場での戦闘は予定になかったが、ディザスターが想定通りの性能を発揮すれば、きっと勝てるはずだ。スタープレイヤーは人類側の投入してきた新戦力だが、ソルグランドに比べれば脅威度は格段に低い。

 怯えを拭ったフォビドゥンは人形めいた無表情のまま、牙をむき出しにした尻尾で、スタープレイヤーの頭をもぎ取ろうとした。


「舐めるな!」


 スタープレイヤーは咄嗟に掲げた盾で尻尾を弾き返し、容赦なくフォビドゥンに松明の炎を浴びせかける。アメリカの怨敵ブラッディネイルを仕留めた炎は、しかし、フォビドゥンの突き出した左掌に開いた口に見る間に吸収されてしまう。

 かつてソルブレイズが攻撃した時と同じ、吸収による攻撃の無効化だ。フォビドゥンの右手がスタープレイヤーへと突き出され、そこに開いた口から吸収されたばかりの炎が放射される。

 自分の発した炎に包まれたスタープレイヤーは、しかし、ダメージは一切なくフォビドゥンへの攻撃を継続する。吐き出された炎と合わせて、三倍の量の炎を生み出して、フォビドゥンの両手を避けて正面、ど真ん中に叩きつけたのだ。


「バーニングピラー!! それは一度見ている!」


 超高熱の柱を後方に飛び退いて回避に成功していたフォビドゥンは、憤怒を露にするスタープレイヤーに対する評価を、いくばく上方修正した。どうやらすぐに片づけてディザスターを手助けに行くのは、難しそうだ。

 スタープレイヤーとフォビドゥンが派手に挨拶を済ませたころ、ディザスターとソルグランドの戦いも熱を帯び始めていた。

 巨大な両腕ばかりでなく、五体の全てにこれまでの魔物とは比較にならないパワーを秘めたディザスターは、一撃を当てれば勝てると確信しているのか、余裕の笑みを浮かべたまま腕を振るい続けている。


(目の前をこっちの首を吹き飛ばせるような拳が通り過ぎて行くのは、心臓に悪い。だが、にしても戦い方自体はずいぶんと拙いな? 情報共有をしていない?)


 ソルグランドはこちらの腹を狙って振るわれた左のアッパーを、体を捻って回避しながら左脇に抱え込む。ディザスターの左腕が伸び切るのを完全に見切った動作であった。

 そのまま捻って左肘と左肩の関節を破壊する目論見は、ディザスターの左腕から感じる圧倒的な強度と柔軟性、パワーにより不可能だ、と抱えた瞬間に理解できた。


(一応、骨格自体は人間と変わらん手応えだが、ここまでパワーに特化させるか。思い切った真似をするもんだ!)


 関節技による破壊を即座に放棄し、ソルグランドはディザスターの左腕を抱え込んだまま勢いをつけて空へと放り投げる。全力で地面に投げ捨てたなら、隕石の落下を思わせるクレーターが生じ、退避中の妖精軍に被害が出ると判断したからだ。

 あっという間に高度数千メートルに達し、更に離れて行くディザスターを追いかけるソルグランドに向けて、空中で体勢をくるりと回転させたディザスターが迎え撃つ。

 お互いに向けて飛び合い、見る間に二人は手を伸ばせば届く距離にまで近づく。音を置き去りにする速さで二人の拳が放たれて、お互いの頬をかすめながら交差する。


「ギギ、アハハハ!!」


「楽しそうに笑っちゃってまあ。……笑えなくしてやるから、覚悟しておけよ?」


 ソルグランドがディザスターとの戦いで闘津禍剣や破断の鏡を使用せずにいるのは、一つにフォビドゥン同様、相手の土俵で完膚なきまでに叩き潰し、ソルグランドに勝てないという認識と恐怖を植え付ける為だ。

 フォビドゥンの時もそうだったが、魔物側にとって魔物少女は一点物の超高級機。敗色濃厚となれば、なんとしてでも回収しようとするだろう。もちろん、逃がすつもりはないが……


(逃がす選択肢もありっちゃありだからな。魔物の本拠地とまでは行かなくても、魔物少女を管理している拠点くらいは、突き止めたいからよ)


 ディザスターの右ストレートを仰け反りながら回避し、それに合わせて後方バク転の勢いで右蹴りでディザスターの顎を打ち抜こうとして、手応えが想像よりもはるかに小さいことに眉宇をわずかに寄せる。

 ソルグランドが淀みない動作でそのままバク転を重ねて距離を取り、空中に立った時、ディザスターは蹴り上げられた顎を左手でさすっていた。ニヒっと小さく笑い、一言。


なにかしたかしらイアギッア?」


「ふむ。アレくらいじゃダメージにゃならないっと。ギアを上げて行くか」


 ふっと身体から力が抜けてそのまま前方に傾き──そこから一足飛びに加速したソルグランドが懐に入ってから、ディザスターは接近を許したことに気付く。

 相手の視覚を惑わす脱力と緊張、力みを組み合わせた動き、そしてそこから放たれる超至近距離でも十全に威力を発揮する、全身のばねと回転を意識した右のワンインチパンチ、あるいは寸勁がディザスターの腹部を打ち抜いた。

 刹那、ディザスターを襲ったのは、直接内臓を掴まれて握り潰されるような衝撃と痛み。電流の如く全身に広がるソレに耐えきれずに、背中を折って反吐を吐き散らし始める。

 聞くに堪えない声を出しながら吐くディザスターを見下ろしながら、ソルグランドは淡々と呟く。


「立ちなよ。まだまだ心は折れちゃいないだろ? お前の姉ちゃん……はもっとガッツがあったぜ?」

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