第40話 二人と二体

 地球で初めて存在を確認された魔物少女が、まさかフェアリヘイムで出現するとは。

 そしてその魔物少女が確認されたフォビドゥンではなく、新しい個体であるとは。

 フェアリヘイムの妖精達も地球人類も、新たな二つの情報を知らされれば驚愕を抑えきれないに違いない。

 こちらが魔法少女の量産化や強化アイテムの作成を終えるよりも先に、魔物側が新たな戦力を投入してきたのだから!


 準特級魔物さえ撃破できるキグルミを一蹴したディザスターの戦闘能力は、完全に特級の魔物、それも上位に食い込む領域に達している。

 それを証明するようにして次々と投入された他のキグルミ達も、ディザスターの桁違いの腕力によって撃破されて、ぐったりとコーヒーゼリーのような大地の上に倒れ伏している。


 死屍累々と表現するにはいささかファンシーな絵面だが、ゴミを扱うように乱暴に積み上げたキグルミの山の上に立ち、踏ん反り返るディザスターが周囲に発する圧力は本物だ。

 例えワールドランカーであっても、冷や汗の一つや二つ、無意識に流したとしても、誰も責めたりはしないだろう。

 魔物少女の出現に合わせて部隊の再編を急ぐ妖精達の動きを、彼らのプラーナの変化から感じ取り、ディザスターはフン、と鼻で笑い飛ばす。


遅いのよ、ノロマの妖精共イギイ、ギギラルロ


「ギギ、ギィイ、ギ」


 ディザスターを嗜める声は、彼女に背後から近づいてきたフォビドゥンの発したものだ。

 ディザスターがフェアリヘイムに出現してからキグルミ達を蹴散らすまでの間、傍観に徹していたのだが、戦闘完了を見届けて姿を現したのだ。


今頃出てきてなあにギラギライア? あたしの力は十分に証明できたでしょウギイギキック


「キギッギク、ギア」


 フォビドゥンは呆れたように肩を竦めて、わざと聞こえるように大きく溜息を吐いた後、警戒に右手の指を鳴らした。

 内心、見下している姉妹機に呆れられて、露骨にディザスターの機嫌が悪くなる中、彼女達を中心として輪を描くようにして頭上の空間が波打ち始める。

 魔物達の出現場所を強制的に変更させる妖精魔法に対し、一時的にではあるが、干渉する術を魔物側は開発していた。


 魔物少女達の包囲を維持しつつ、部隊の再編成を行っていた妖精軍の真上に生じた空間の揺らぎから、無数の魔物達がどぷっという水音と共に生まれ落ちるように落下し始める。

 妖精軍の足止めを優先し、質を捨てて量だけを揃えた有象無象だが、それで役目は十分に果たせる算段だ。


 この時、妖精軍は持ち込んでいたキグルミが全て撃破されていて、プラーナ動力機関を内蔵した強化鎧を着こんだ歩兵と魔法兵、砲兵部隊を中心に陣容を整えている最中にあった。

 全身甲冑や武者鎧に近代的ないわゆるパワードスーツを組み合わせた強化鎧は、元々、魔法少女に準じる身体能力を持つ軍人妖精のエリート達を強化し、単独で平均的な二級の魔物ならば撃破しうる。


 そうした強力な戦力を未だ保持していた妖精達は、不意を突かれる形で上空からの魔物の襲撃を許したが、動揺は瞬時に鎮静化された。

 伊達に何百年も魔物を相手に戦ってはいない。魔物がこちらの想定を超える事例や、例外などいくらでも経験している。ましてや魔物の戦略・戦術的な動きや、魔物少女の出現を知らされた今となっては、なおさらだ。


 落下中の魔物達に向けて花火を思わせる色とりどりの魔法やプラーナの砲弾、ミサイルが発射されて、両者の間にプラーナが散華する際に発する光が繚乱と輝く。頭上を埋め尽くす魔物の群れを相手に、照準を付ける必要がないのは幸か不幸か。

 妖精軍の動きが束縛される様子を見て、ディザスターはつまらなさそうにフォビドゥンを見やる。そんなことをして、無駄に魔物を消費しなくても、自分が動けばあの程度の連中は蹴散らせるのに、と無言の抗議も含まれている。


「ギュエ~?」


「アッギ、ルルギ」


 妹からの抗議を黙殺して、フォビドゥンは彼方へと顎をしゃくる。本来の目的からは外れるが、自分達が戦わなければならない相手に消耗した状態で戦うのは愚策だと、敗北を経験した彼女は屈辱と恐怖と共に理解していたから。


「ハッ!」


 フォビドゥンの危惧に対し、自分に絶対の自信を持つディザスターは鼻で笑い飛ばし、超高速でこちらに接近してくる強大なプラーナ反応に向けて、赤い瞳を向ける。

 日本ランカー級の魔法少女に対する能力と高い適応能力を持たせ、そしてソルグランドに勝利しうる想定の基礎能力も持たされたフォビドゥンが敗れた結果を受けて、ディザスターは異なるコンセプトで製造されている。

 初の実戦投入からいきなりソルグランドと遭遇し、戦闘になるのは予定外ではあったが、ソルグランドの神出鬼没ぶりからまったく想定されていなかったわけではない。

 さしものソルグランドはいえどもフォビドゥンとディザスターの二体がかりならば、勝利は確実である、と魔物側は判断し、ソルグランドの実力を骨身に刻まれたフォビドゥンも流石に勝てるとは思っている。


「ギゥィ……」


 しかし、フォビドゥンの表情は暗いままだった。それほどまでに、彼女の中でソルグランドの存在は大きく、そして重いものなのだ。

 ジェノルイン、ワンダーアイズ、ザンアキュート、ソルブレイズという日本トップクラスの魔法少女を一蹴した時にはなんの感慨も湧かなかった。なぜならそれが出来て当たり前の性能を持たされ、果たして当然の役目を果たしたのだから。


 しかし、その後でのソルグランドとの戦いはまるで違った。

 自分の異能をことごとく上回られる屈辱、あらゆる攻撃が通じない絶望、着実に追い詰められてゆく恐怖……今でも思い出すだけで体の奥底から冷たいものが広がるが、同時にそれをなんとしても消し去らなければならないとフォビドゥンは固く、そして熱く決意していた。


 自分さえも踏み台にして新規製造されたディザスターは、自分の苛立ちを募らせる天才だが、そのコンセプト通りの性能を発揮すればソルグランドを相手に勝機は十分以上にある……はず。

 フォビドゥンは、果てしなく不安だった。どうしても拭えない嫌な予感が彼女の脳のどこかに寄生虫のように巣食って、少しずつ育っているような、そんな不安だ。


「ギョエァ?」


 フォビドゥンの不安を決して共有しないディザスターは、ちり、と肌を焦がす熱気を感じて、不愉快そうに顔を歪めて視線を妖精軍と戦闘中の魔物達へと向ける。

 強化鎧を着込んだ妖精と十メートル台の小型キグルミ、無人機である三~五メートルサイズのヌイグルミを投入し、魔物達を迎え撃つ妖精軍の後方から放たれた炎の洪水が、次々と魔物達を飲み込んで消し炭に変えて行くではないか。


 ディザスターにとって魔物は特級も含めて、自分という最高傑作を生みだす為の通過点、今となっては使い捨てのガラクタ共だが、無駄に潰されて自分の手間が増えるのは面倒だった。

 一方でより深く顔をしかめたのはフォビドゥンである。ソルグランド単体が相手ならば、二人掛かりで勝てる算段はあった。

 だが、ソルグランドが近しい力を持った魔法少女と共に居たら? それだけでもう前提は崩れて、勝利の目は大幅に目減りする。

 ディザスターがフォビドゥンには伝えられていない強力な能力や、とんでもない底力を持っているのならばともかく。


「ソルグランド、現着……。おや、他にも助っ人が居たか」


 研究所で鐘の音が意味するところを聞かされてから、最短距離を飛んできたソルグランドは自分が手を出すまでもなく、焼き払われた雑兵の魔物達の姿に、空中で静止したまま少しだけ目を丸くする。

 たまたまデルランドに滞在していて、ソルグランドと同じタイミングで鐘の音を聞いた魔法少女が、少しだけソルグランドよりも先んじてこの場に到着していたのである。


 右手の松明の炎を使い、魔物の群れを一掃した魔法少女──スタープレイヤーは、こちらもまた自分以外の魔法少女が姿を見せるとは思っていなかったらしく、驚いた様子でソルグランドを見ていた。

 フォビドゥンとの戦闘映像を何度も繰り返し見るほど、気にかけていた相手と思わぬ形で出会ったスタープレイヤーは、一瞬、戦闘の最中であるのを忘れたほど。


「ワ~オ。本物のソルグランド? ……本物は映像で見るより十倍は美しいのね。それにすっごいプラーナ! ナイアガラの滝のように雄大で、イエローストーン国立公園みたいに、奥底に秘めた熱々のパワーを感じる!」


 スタープレイヤーはフォビドゥンとディザスターを忘れてしまったように、青い瞳にキラキラとした輝きを宿して、ふらふらと火中に飛び込む虫のようにソルグランドへと近づいてくる。

 おいおい、戦闘中だぞ、とソルグランドは呆れながら声を掛けて制止した。

 ソルグランドは記憶にあるフォビドゥンの気配に加えて、同等以上の気配が傍らにあるのを感じ、というか、なんならもう視認していることもあり、既に警戒を全開にしているのだが……


「待った、待った。親交を深めるのに文句はねえが、あそこでこっちを睨んでいる魔物少女一号と二号をぶちのめしてからにしようや。にしても、あちらさんは一号から二号を作るまでが早いな。憎らしい上に羨ましいこった」


 今回も先手を取られたか、とソルグランドはフォビドゥンに負けず劣らずの険しい表情を浮かべ、こちらをニタニタと舐め腐った表情で見ているディザスターに視線を向ける。


(油断と慢心の贅沢盛りってところか。先に二号を狙って叩き潰すか、それとも一号を狙うか? 前よりパワーアップしているかどうかも確認したいが、スタープレイヤーと連携は無理だわな。間違って攻撃に巻き込まないように気を付けねえと)


 ソルグランドの懸念は今回が初の共闘となるスタープレイヤーとの連携以外に、フレンドリーファイアにも気を配らなければならない点にあった。

 またソルグランドが知っているスタープレイヤーの情報は、右手の松明を用いた火炎による大火力・広範囲攻撃と、足首の鎖を用いた打擲と拘束という攻撃手段くらいのもの。


 大型の個体や多数を相手にする状況で威力を発揮するタイプであり、二対二の状況ではサイコロの目がどう転ぶやらと不安要素をしっかりと認識していた。

 ただ、フォビドゥンがソルグランドに対する恐怖を押し隠しきれずに、内股になった足を少しだけ震わせていたのを、ソルグランドの瞳は見逃さなかったが。


(あっちもこっちも不安要素はあり、か。さて、どうするか? いや、上手い具合に転がすにはどうすればいいかを考えるべきだぞ、俺)


 ソルグランドの細めた目で睨まれて、フォビドゥンは自分でも気づかぬうちに頬を引き攣らせていた。彼女に植え付けられた恐怖は、燃える復讐心があったとしても、根深いことに変わりはないのだから。

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