第38話 ソルグランド ハーフサイズで

「安全面を考慮し、提供された技術ごとに研究開発している施設は、場所を変えております。魔物少女の一件で魔物側に指揮を執る者が居るとはっきり分かりましたので、念には念を入れての措置となります」


 移動用の乗り物の中で、ゾッファは大我達にヤオヨロズから提供された技術の研究所について、各地に点在している理由を述べているところだった。

 デルランドから、アダムスキー型円盤を思わせる乗り物に乗り込み、およそ三十分の短いドライブの最中のことである。

 デルランドの外に点在している妖精達の住居からも遠く離れ、切り立つエメラルドの岸壁から青い炎が流れ落ちる、燃える滝の裏側に隠された入り口を抜けた先に目的地はあった。


 横幅二百メートル、縦六百メートルの入り口の先に広がる地下の大空洞にヒラタケや舞茸を思わせるキノコめいた研究棟がいくつも生えて……建設されていた。

 天然の地形を利用した研究施設には、プラーナを応用した自律兵器や武装した妖精達が厳重に守りを敷いていて、二級の魔物程度では百単位で襲い掛かっても跳ね除ける防衛体制が整っている。


 大空洞の天井には外と同じ空が幻影として投影されていて、時間感覚が乱れるのを防いでいるようだった。円盤型以外にも巨大カブトガニや甲殻類に甲虫を、乗り物代わりにしている妖精達が忙しそうに施設のあちこちを移動している。

 完全な自動操縦を成し遂げていた円盤は駐機場の一角に音もなく着陸し、壁の一角がタラップも兼ねて外側に開く。

 ゾッファが先導するのに合わせて大我と夜羽音も外に出て、近未来的なのかファンタジーなのか判断に悩む光景に、大我は素直に感嘆した。少なくとも人類では同じものを作れないだろう。主に感性を理由として。


「これまた短期間でこんなに大きな施設を作ったもんだぁ。プラーナ技術がけた違いとはいえ、見事としか言いようがないな」


「ありがとうございます。これからご覧いただく成果にも、お褒めの言葉を賜れればよいのですが……」


 夜羽音が嘴を閉ざしたまま、周囲の光景を目に焼き付けるようにしげしげと観察している。地球で応用できるような技術がないか、分析しているのだろうか?

 ゾッファの先導に従って、古風な甲冑と銃剣付きのアサルトライフルで身を固めた、二本足で立つウリ坊みたいな妖精達が守っている研究棟に入る。


 内部は魔法によって空間が拡張されているようで、外見は地上二十階建てといったところだったが、内部は桁を一つ増やす必要のある広さだった。

 地球には存在しない素材で作られた建物の中には、やはり多くの妖精達が忙しそうに働いており、ゾッファに案内されている大我達に意識を向ける者は少ない


 あらかじめ話が通されていたおかげで、誰に咎められることもなく進んでゆき、ようやくゾッファが足を止めたのは、黄金の液状プラーナ──プラーナリキッドで満たされた無数の水槽が並ぶ一室だった。

 水槽に備え付けられた機械をいじっている妖精や、手に持った本になにか書き込んでいる妖精、空の水槽を中に入って掃除している妖精など、怠けている妖精は一体も居ない。


 その妖精達の中で、白衣のような衣服を体に巻きつけた全長一メートルほどの空飛ぶ蛇めいた個体が、大我達に近付いてくる。

 よく見れば鱗ではなく薄い水色の皮膚を持っていて顔も蛇とは異なっており、顔は全体的に丸みを帯びていて、つぶらな黒い瞳に丸い鼻と攻撃性は欠片も感じられない。


「ソルグランドさん、コクウさん、ようこそニジネ研究所へ! あちしはニジネ研究所所長のクアクアですよ。ゾッファ、案内お疲れ様です。今日は、お二人が来られると聞いて、とっても緊張しておりましたぁ」


 まだ小さな女の子を思わせるクアクアの声色に、大我は少しばかり驚いたが、相手は妖精である。人間の常識で測っても、あまり意味はない。大我と夜羽音も挨拶を返し、意気揚々とクアクアは一行を手近な水槽の前へ案内する。

 水槽は横二メートル、縦四メートル、奥行き三メートルほど。

 空中でピタリと停止しているクアクアに対して、夜羽音が話しかけた。デフォルメされた烏なりに、ぺこりとお辞儀をする。


「クアクア所長殿、お忙しい中で突然の訪問をどうぞお許しください。視察とはいえ、今回は妖精の皆さんの世界がどのようなものであるのか、ソルグランドさんに見せる目的もあってまかり越しました。どうぞ、私達の目は気になさらず」


「ヤオヨロズのコクウさんでございますね。あちし達はどうにも発想と経験が偏ってしまいまして、貴方様方から頂戴した技術と知見のお陰で、色々と捗りました。どうもありがとうございました」


 空中でうねりくねりと体を動かして、鼻先が床についてしまいそうなくらいに頭を下げるクアクアに、夜羽音もいえいえ、と謙遜を返す。


「プラーナ技術の蓄積と研鑽において、皆さんに勝る者はおりません。発想さえあればすぐにモノにしてのけると勝手ながら期待もしておりました。おっと、皆さんに重圧を与える為の発言ではございませんよ。どうか、お気になさらぬよう」


「なんのなんの! 魔物達が新しい動きを見せているのは、あちし達も重々承知しておりますとも!

 あちし達の仕事もそれなりに形にもなってきましたよ。まだ完成にはほど遠いですけれども、全人類対応型魔法少女、その素体がこちらです」


 クアクアが手近な水槽を振り返り、魔法を使って水槽の機器を操作すると水槽を満たすプラーナの色合いが変化して透明に変わり、中に浮かんでいたモノの姿が露となる。

 ソレを見て、大我はおお、と思わず口に出していた。見ようによっては非人道的な実験の光景そのものだったが、その内情を知っていたおかげで嫌悪の声を出さずに済んだのは、不幸中の幸いだろう。


「俺ですね。腰から上だけの」


 黄金のプラーナリキッドの中に浮かぶのは、大我が口にした通り、腰から上だけのソルグランドに瓜二つの女性だった。これが量産型魔法少女の試作型、その作りかけの姿だ。

 魔法少女にとっては衣服も肉体の一部として、プラーナで構築されている為、既に襦袢めいた服を纏っている。

 裸でなくてよかった、と大我は心から思った。女性の身体にもずいぶんと慣れたが、客観的に今の自分が浸かっている肉体の裸身を見るのは、羞恥心を消しきれない。


「顔の上半分に仮面を着けているのは、なんでまた?」


 腰から下がまだなく、内臓が零れてなくてよかったと思う反面、大我の疑問は素体の鼻から上を覆うのっぺらぼうの仮面に寄せられる。


「量産を前提にしているから、基本的には見た目も能力も同じになるのですけれど、それだけ中に入った人達の精神的な負担と、視覚における識別の難しさを考慮して、分かりやすく見た目に変化を付ける為です。

 今は何の装飾もない簡単な仮面ですけれど、区別をつける為に例えば生き物をモチーフにした仮面に変更して、後は衣服にも所属国の国旗とかモチーフなんかを入れて、区別できるようにする予定です」


「戦車や戦闘機なら同じ見た目でも大丈夫だとしても、自分の肉体の代わりとして動かす以上は、同じ見た目の魔法少女が何人も居るのは苦痛になるか……ふーむ。

 コストを掛けずに変えられそうなのは、後は動物の耳と尻尾、それに髪型くらいか。声も同じだと連絡時に混乱しちまうな。声は中の人のままにするとかは、難しいですか?」


「いえ、それなら声帯部分に少し手を加えるだけでいいですから、些細な手間ですよぉ。あたし達は個体ごとのプラーナ反応で、個体識別の大部分を判断していますが、人間の皆さんは視覚に聴覚と、大変ですからね。負担は減らさないと」


 クアクアがわざわざ大我と夜羽音に見せた以上、現在、最も開発と製造が進んでいるのが、この上半身だけの試作型なのは間違いない。水槽を数え終えた夜羽音がクアクアに話しかける。


「こちらで担当されているのは、量産型魔法少女の開発と製造の二つですか?」


「はい、はい。正規モデルの採用が決定したら、初期ロットの製造までは予定しておりますよ。まだ実機テストもしていないのに、配備を求める声が多くて、生産体制を整える為の準備も大わらわですよう」


「銃火器と同レベルで誰でも魔法少女になれるのなら、当然の反応でしょう。それだけ人類の皆さんの希望と渇望は共に深いものですから」


「それだけあちし達のやる気も燃え上がるってもんです。それにしてもソルグランドさんは凄いですねぇ。

 いただいた技術とデータを基にして、誰でも受け入れられる素体づくりを目指したのですけれどぉ、ソルグランドさんが素になっているからか、完成度がすごくって、すごくって!

 汎用性と完成度を両立させた設計を突き詰めて行くと、どうやってもソルグランドさんそっくりになってしまって! ある意味、ソルグランドさんは魔法少女の理想形の一つと言っても、過言ではないですよぉ!」


「はははは、褒めても何も出ませんぜ。それにこの身体を用意してくださったヤオヨロズの皆さんこそ、称賛を受けるべきでしょうや」


 と大我は笑って見せたが、ここまでソルグランドに似た素体となると、日本神話成分が強すぎて他国の、特に他の信仰をしっかりと持つ人々が適合するのか、と少し心配だった。


(この量産型ってのは、ソルグランドに使われた技術をフェアリヘイムナイズドした上で、量産を前提に性能を調整しているわけだ。根っこは日本の神々の技術というか、権能の賜物で、魂のない器ときた。よくないモンや神様方が気軽に乗り移ったりしねえだろうな?)


 大我の疑問に答えは与えられなかった。彼の思考を遮るようにして研究所に、そしてデルランドや周辺の、いやフェアリヘイム全体に大きな鐘の音が響き渡ったからである。

 等間隔で短く七度、大きく間を開けて、再び七度鳴らすことを繰り返す。聞く者の胸の内を不安の色に塗り潰すような、不吉な響きを大我の山犬の耳は捉えていた。


「聞いているだけで気が滅入るような音色だな。ゾッファさん、これは?」


 象のような耳を持った大きな妖精は、初めて見る険しい表情を浮かべていた。どうやら鐘の音色が告げる報せは、妖精達にとって深刻なものであるらしい。


「この音色とリズムは特級、あるいは魔物少女の出現を知らせるものです」

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