第37話 フェアリヘイム視察行

 大我は夜羽音の勧めに従って、フェアリヘイムにある人類との交流都市デルランドへと、さっそく足を運んだ。

 地球とデルランドを結ぶゲートは無数に存在するが、今回は特災省九州支部にある小型ゲートを借りての移動だ。


 九州支部のゲートは円形の大きなホールに繋がっており、壁沿いに同じゲートが整然と並んでいる。ゲートそれ自体は大輪の花を模したドアノブに、まるで星空を閉じ込めたようなガラス製のドアを思わせるデザインだった。

 魔法少女の力なら簡単に壊せそうなものだが、異なるルールで存在する二つの世界を安全に、かつ確実に結ぶ為に作られたゲートは極めて頑丈で、核攻撃に相当するプラーナの直撃を受けても耐える。


 フェアリヘイム側のホールに一歩足を踏み入れた大我は、まだそれほど地球側の空気や雰囲気と変化がないことに納得する。これなら地球からやってきた魔法少女でない人間も、濃密なプラーナに酔わずに済む。

 天井や床、壁はクリスタルのような素材で構成されていて、天上からは白い光が神々しく降り注ぎ、空気にはほんのりと清涼感のある香りが含まれている。ゆったりとした音楽も流れていて、先ほどから心地よく鼓膜に触れてくる。


「どことなく心地の良い場所ですが、人間をリラックスさせる効果の音楽と光の加減ですね。フェアリヘイムに踏み入れる第一歩だから、歓迎の雰囲気を作っているのか」


 ホールに流れている音楽と照明の効果については、ソルグランドの肉体に含まれる芸事の神々の権能のお陰で、すぐに理解できた。ここにチェアやマットでも敷いて、昼寝でもすればそれだけで大抵のストレスは消え去るだろう。

 腰に手を当ててしげしげとホールを眺める大我の左肩に、後からゲートをくぐった夜羽音が停まって羽を休める。もちろん、パートナー妖精のコクウに変身して正体を偽装している。


「他に利用されている方は居ないようですね。このホールは特災省の各支部とつなぐ為に用意された場所ですから、出会うとしても見知った顔ですけれどね」


「それで迎えの妖精さんが来るんでしたよね。今日は提供した技術の進捗具合の確認が名目ですから、ちょっと煙たがれそうだ」


「無理に急かしに来たわけではありませんし、関係各所との顔合わせも目的の内ですから、こちらがそう気を遣うことはありませんよ。あちらもそこまで緊張してはおられないでしょう」


 二人からすると観光も兼ねた気安い訪問だ。妖精と敵対する理由は今のところ、欠片も存在しないし、魔物の問題が解決すればヤオヨロズという架空の組織もソルグランドも、跡形もなく存在と痕跡を消して、もうそれっきりになるのだから。

 大我がホールの観察を終えて、出入り口の両開きの扉へと向かって歩き出すと、ちょうどホールに入ってくる妖精が居て、ひとりでに扉が開く。


 ふわふわと綿あめや繊細な砂糖菓子を思わせる白いケープに、深緑色のロングスカートを着た成人女性に近い見た目の妖精だった。エナメル質の青い靴は床から数センチ浮いていた。

 角や尻尾、羽の類はなかったが、象を思わせる幅広の耳が赤い長髪の中から覗いていて、鼻筋に沿って左右から交差する少し変わった前髪と、糸のように細められた目が特徴的だ。

 そしてなにより身長三メートルに達する体格が、人間との違いをもっとも分かりやすく示している。


「ソルグランド様、コクウ様、ご到着をお待ちしておりました。私はお二人の案内役を務めますゾッファと申します。お二方がフェアリヘイムに滞在されている間、不都合なく過ごせますよう微力を尽くします」


 粛々と言葉を口にするゾッファは、これまで大我の会ってきた妖精とはずいぶんと印象の異なる妖精だった。良くも悪くも彼の知っている妖精は、女児向けアニメーションなどに出てくる妖精らしい姿だったからである。

 まあ、妖精のことを知るのも今回の目的の一つだからな、と大我は小さな驚きを胸の内に収めて、迎えに来てくれたゾッファに笑顔を向ける。


「わざわざ迎えに来ていただいてありがとうございます。フェアリヘイムには初めて来たものですから、勝手の分からないところも多い。ゾッファさんが居てくださるのなら、迷子にならずに済みそうだ。こちらに居る間、どうぞよろしくお願いします」


 大我の、と言うよりはソルグランドの笑顔を向けられて、ゾッファは数秒間、無言のままだった。


「? どうかなさいましたか」


「いえ、失礼を致しました。どうぞ、こちらへ。まずはデルランドの案内から、と伺っております」


 浮いているので当たり前だが、足音一つ立てずにゾッファは背後を振り返り、ホールの外へと導く。ホールの外の廊下も同じ造りでしばらく歩いてから、市街へと出る。

 市街には国籍を問わぬ多くの人々と多種多様な妖精達が行き交っていた。妖精という言葉のイメージとは異なる近代的な建築物もあれば、おとぎ話の中から飛び出したような幻想的な建物が入り混じり、実に混沌としている。


「ほほお、都市全体をドーム状の何かで覆って、外の大気と混ざらないようにしているのですか。設備の維持に結構なプラーナを消費していそうですな。アーコロジー? と言うんでしたか」


 大我の言うアーコロジーは高い人口密度で人々が居住している建築物を指し、または生産・消費活動が自己完結している建築物、都市を指す。実際のところ、大我のいうアーコロジーとは異なるのだが、取り立てて否定するほどでもない。


「厳密には異なるかと存じますが、おおむね似通ったものではあるかと。人類の皆さんの為の都市ではありますが、都市機能の維持作業と仲介役として、妖精の存在は欠かせません。それにあなた方を知りたい、そう考えている妖精は後を絶ちません」


 最近、地球とフェアリヘイムで話題をさらっているソルグランドが居ることに気付いて、行き交う妖精や人間、魔法少女達の中には足を止める者や、視線を吸い寄せられる者がちらほらと表れ始める。


「ソルグランド様の言われる消費プラーナについては、こちらの世界のどこにでもプラーナが満ちておりますから、プラーナコンバーターが壊れない限り問題はありません。コンバーターについては、一種の半永久機関と思ってください」


「それはまたすごい。壊れない限りエネルギーを生み続ける永久機関か。人類にとっては夢のテクノロジーの一つが、現実に存在しているとはねえ」


 ただしフェアリヘイム内限定であり、例えコンバーターの現物を手に入れたとしても、フェアリヘイムでは生きられない人類にとっては宝の持ち腐れになる。


「手に入ってもまだまだ手に余る代物だろうし、それでいいんでしょうな」


 ソルグランドの言葉には沈黙を返し、ゾッファはデルランドの案内を続けた。

 人間の為の都市である為、フェアリヘイムで唯一の人間用の病院や食糧生産施設、レストランや宿泊施設などが用意されていて、一部の魔法少女はポイント利用の為にも休日となれば頻繁にデルランドを訪れるのだという。

 夜羽音の話ではフェアリヘイムは地球以上に魔物の襲来を受けているというが、その割に都市に流れる雰囲気は活気に満ちた平和そのものだ。妖精と人間と魔法少女が、複数、滞在している唯一の都市は魔物との戦争の気配が極めて薄い。

 国際魔法管理局の本部が置かれている巨大なビルを見上げながら、大我は傍らのゾッファに話しかけた。他人の顔を見る為にこれほど首を上げなければならないのは、初めての経験だった。


「平和な雰囲気に満ちていますね。これなら魔法少女の子達も思う存分、羽を伸ばして休める。人間も交易の拠点として安全に利用できるから、大いに助かりますわな。魔物の襲撃に怯えながら、おっかなびっくり作業するのとでは、効率も段違いでしょうから」


「私の成したことではありませんが、お褒めの言葉、ありがとう存じます」


「フェアリヘイムも魔物との戦いを長く続けていると聞きますが、転移対策も講じられているのでしょう? 地球側としては羨ましい限りです。地球では探知は出来ても、転移を阻止することが出来ないまま、今に至りましたから」


「それも歴代の妖精女王陛下と妖精軍の皆様の尽力のお陰です。このフェアリヘイムに満ちるプラーナが、異物の出現によって移動した時にそれに強く反応して、復元力を極限まで強化することで、こちらへの転移を妨害しているのです。

 空間に作用する魔法ですので、プラーナの消費量を考慮して都市部や重要な施設に限られますが、お陰で私どもは戦場を選べております。

 地球で同じことをするには、やはりプラーナで惑星を満たすか、あるいは転移を防ぎたい一帯にだけでも濃密なプラーナを常に滞留させる必要があるでしょう」


「過剰なプラーナに耐えられない地球人類には、無理な話ですね。魔法少女なら別にしても、転移を妨害したい箇所に対して数が足りなさすぎる。これも絵に描いた餅か。食べる準備は出来ているってのに世知辛いや」


 都市部のど真ん中に強力な魔物が出現し、避難も間に合わず魔法少女が到着するまでの間に多大な被害を出した例は、悲しいことに複数存在している。せめて都市部への出現だけでも防げたなら、魔物による被害は大きく減らせるのだが……

 やるせない様子を見せる大我に、夜羽音が口を挟んだ。大我の胸中は人類の誰もが共感するだろうが、この場で感傷に浸っても何も得られるものはない。


「日ごろから研究している人々に委ねる他ありませんよ。その妖精側の進捗を確かめる為にも、私達はこちらに伺ったのでしょう? ゾッファさん、デルランドの案内をありがとうございました。そろそろ次の案内をお願いしてもよろしいですか?」


 夜羽音が次に求めているモノがなんなのかを察し、ゾッファは少しだけ緊張を覚えたようだった。

 妖精にとっては不得意な分野ではあるが、なんとしても形にしなければならない重要な技術について、研究を進めている場所へ、ゾッファは一人と一羽を案内しなければならない。

 ゾッファはホールで対面した際に向けられた『ソルグランド』の笑みに、不覚にも覚えたときめきが、見る間に静まってゆくのを感じながら、しずしずと夜羽音に答える。


「承りました。ヤオヨロズ様より提供賜りました件の技術について、現時点での成果をご披露させていただきます。その為の場所へ、まずは参りましょう」

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