第36話 いざや妖精国へ

 神々から見た人間の宗教戦争観を聞かされて、多少ゲンナリとした気持ちになった大我だったが、だからと言って別に不平や不満があるわけではないし、夜羽音らに対する敬意が無くなったわけでもない。

 実害がないのならそれでいいかなあ、という日本人らしい無関心さというか、寛容さを発揮していたからである。


(過去の行動をどう思われていても、別に結果が変わるわけでもねえし。当時の神の御心に沿った行いだと誤解していた人達はもう鬼籍に入っているし、どうしようもねえこった)


 それに今の彼は神々のお陰で魔法少女ソルグランドとして、孫娘や多くの人々の助けとなることが出来ている。実際、ソルグランドとしての活動によって、助けられた命の数は千や万どころではない。

 夜羽音が時に、共感できないことはあっても、個人的に好ましい性格をしているのも大我の中の敬意が減らなかった大きな理由だ。


 さて、元々は国際魔法管理局内部で進められている、多国籍部隊創設にソルグランドもスカウトされているという話から始まっていた。

 幸いソルグランドとして他国で活動しても、性能が落ちる心配も異なる神話の神々の不興を買う心配もないと、夜羽音からお墨付きを得られている。


 そうなると大我としては、日本以外での活動を断る理由はなくなってくる。

 彼にとって最優先するべきは孫娘の燦をはじめ、家族や友人達が暮らし、自身も生まれ育った母国の日本である。

 だが現状、日本所属の魔法少女達はこれといった欠員もなく順調に経験を重ねて実力を増しているし、魔物の出現頻度の低下──嵐の前の静けさだろうと誰もが推測しているが──により、余裕のできている状態だ。

 それなら外国の困っている人達を助けに行ってもいいじゃないか、困ったときはお互い様さ、と思うのが真上大我という老人である。


「実際に部隊に参加するかどうかは、指揮系統がどうなっているとか、拘束時間とかの条件次第になるでしょうが、俺個人としては前向きに考えたいですね」


「貴方ならそう言われることでしょう。気づいていたかどうか、先ほどから他国で活動する前提の質問を重ねておいででしたし、助けられるものを助けずにいては後味が悪い。そして、その後味を耐え難いと感じるのが貴方ですから」


「夜羽音さんはすっかり俺の理解者になられたようだ。……調子に乗り過ぎですかね?」


「いえいえ。私自身、この国の神々の中では、貴方という個人をもっとも理解していると自負しておりますよ。貴方を氏子としているお方には、いい顔をされないかもしれませんが。

 さて、話を戻しまして、大我さんご自身の意向としては独立部隊への参加は可として、細かい条件については私の方で詰めておきます。もちろん、逐次、報告と相談は致しますとも。

 それはそれとして、各国から人員が派遣されるまで、それなりに揉めるでしょうから、実際に部隊の創設が決まってもすぐには動けますまい。どうでしょう、一度、フェアリヘイムに足を運んでは?」


「フェアリヘイムに? そういえば特災省の支部には顔を出していますが、妖精さん達の本拠地には足を運んだこともありませんねえ。人間用に調整された都市があって、そこが海路も空路も使いにくくなった昨今、人類の交易路代わりをしているんでしたか」


 フェアリヘイムの人類との交流都市デルランドは文字通り、現代文明の国際物流を支える生命線となっている。

 同じ大陸内部ならまだしも、海を越え、空を越えるとなると魔物の襲撃によるリスクが跳ね上がる為、現代ではほとんど機能しなくなっている。


「あちら側はヤオヨロズの技術とその産物であるソルグランドに興味津々ですし、今後の活動で風通しを良くする為にも、一度、あちらの本拠地に足を運ぶくらいはしてもよい頃合いかと」


「色々と技術も提供していますし、進捗具合を確かめつつ挨拶も済ませるというわけですね。それに独立部隊が出来たなら、世界中を移動するのにフェアリヘイムを経由するのが、一番、確実かつ迅速な手段でしょうから、根回しは必要ですな」


 大我のこれまでの人生経験からして、事前の根回しというのは非常に重要である。相手が人間ならぬ妖精であっても、長年、人類の味方をしてくれている相手となれば、礼を失する真似は出来ない。少なくとも大我にとっては、そういう認識となる。

 仕方がなかったのかもしれないし、彼女が望んだからなのかもしれないが、孫娘の燦を魔法少女へと導いた件については、どうしてもモヤモヤとしたものが心の中に燻ぶってしまうけれど。


「ところで夜羽音さんは妖精について、どの程度、知っておいでで? 俺はどうにも接する機会がなかったものですから、メディアで報道される分の知識しかありません」


「大我さんより少し詳しい程度ですよ。人間と我々とで比較すれば、我々の方が妖精に近いですし、地上とは異なる場所に住んでいる、人間とは異なる種族である、という点も共通しています。

 それでも、プラーナに満ち満ちたフェアリヘイムで誕生した彼らと、あくまでこの地球に根差す我々とでは、やはり根幹で異なる存在ですよ」


「つまるところ、人間も妖精も神もそろって異なる存在であると。そりゃまあ、そうですわな。そのプラーナで満ちているというフェアリヘイムは、具体的にどう違うのですか?」


「空気代わりにプラーナが存在しているような世界です。万物の根幹をプラーナが成り立たせている世界であり、プラーナの操作によって物質の作成や創造、気象の操作から地形の変化まで、万象を行える世界といってよいでしょう」


「ふーむ。プラーナを操るのは、俺達にとって手足を動かすのと同じくらい、妖精にとって自然なことになると?」


 大我は妖精がほいっと念じれば、それだけで風が渦を巻き、大地が隆起して、潮の満ち引きが変わる、という場面を想像した。これで食べ物や水、衣服や家屋も作り出せるとなれば、おとぎ話の中の魔法使いや妖精そのものだ。


「ええ。そう考えて間違いはないかと。もちろん、彼らの中にも得手不得手、限界がそれぞれに存在していますから、決して万能ではありません。もし万能であるのなら、少なくともフェアリヘイムへの魔物の侵入を許しはしませんよ」


「フェアリヘイムの魔物ですか……。あちらさんはウン百年と戦っているそうですが、こっちに出てくる魔物とは違うんですかね? 人間と妖精を相手にするんじゃ、魔物側にとっても勝手は違いそうです」


 プラーナで構築されている魔物相手ならば、プラーナ文明を築いていた妖精達ならば、最初から攻撃が有効だったろうし、物理兵器が効かずに敗北を重ねた人類よりも、よっぽど優位に戦えたに違いない、と想像するのは大我に限ったことではない。


「妖精達は魔物相手にも最初から攻撃が通じていたのは事実です。しかし、あちらもあちらで、決して楽な戦いを続けているわけではないのです。

 プラーナで満たされた世界の恩恵を受けられるのは、何も妖精だけではありません。肉体をプラーナで構成している魔物にとっても、フェアリヘイムとは都合の良い環境だったのです。

 フェアリヘイムに出現する魔物は、最低でも二級以上、数も多い。特級の出現事例も、地球とはけた違いの多さです」


 単独で人類滅亡の危機に相当する特級魔物が、けた違いに出現しているという夜羽音の言葉は、大我を絶句させるのに十分だった。

 ソルグランドの戦闘能力は特級の単独撃破も視野に入れた上で付与されたものではあるが、特級が出現するたびにこの世の終わりめいた絶望と諦観を繰り返し、経験してきた大我にとっては、インパクト絶大であった。

 もちろん、今となっては特級だろうが何だろうが、家族や友人に危害を加えようってんなら、やってやらあ! と啖呵を切るだけの覚悟は固まっている。


「それはまた、フェアリヘイムに移住したいって考えている奴も、手の平を返すでしょう。しかし、それだけヤバいのが出てきても、こうして人類に手を貸してくれているんですから、妖精側も相当に強いってことですよね?」


「ええ。あちらは兵隊全てが魔法少女と考えていいですし、プラーナを利用した兵器や魔法も多く存在しています。移住の件もそうですが、地球ではそのまま使用できないのを人類の皆さんが惜しむほどにね」


「確か、人間は生身だとフェアリヘイムの濃密なプラーナに耐えきれず、死んでしまうんだとか。だから人間でも長期間過ごせるように交流用の都市をわざわざ拵えた、か。

 それだって一度に滞在できる人数には限りがありますし、今となっちゃ、何千万、何億を超える難民をそっくりフェアリヘイムで受け入れるのは、土台無理な話か」


「理由を聞いても納得しなかった難民の方達を仕方なく招いて、目も当てられない結果になってから、無理に移住しようという声が絶えたのは、記憶に新しい所です。魚を無理に陸に上げても、苦しませて殺すだけということです。

 その点、魔法少女の肉体はプラーナで構築されていますから、フェアリヘイムでの活動に適応しています。ソルグランドにしても、その点は同じですからフェアリヘイムで長時間過ごしても、不都合はありませんから、その点についてはご安心を」


「貴方に太鼓判を押して貰えるのなら、安心だ。それでは行ってみましょうや、フェアリヘイムへ」


 人類に魔物と戦う為の術を与え、そして今も現代文明を支え、魔法少女のパートナーとして寄り添い、導く妖精達の国にソルグランドという特大の異物が足を踏み入れる、少し前の話であった。

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