第33話 禁忌 災い

 フェアリヘイムに住まう妖精達の頂点に立つ妖精女王。

 妖精の重鎮達の中心にて、椅子に腰かける彼女のかんばせは魔法少女達と変わらぬ十代半ばから後半ほど。

 人間とはかけ離れた容姿の多い妖精達の中にあって、天女の羽衣のように背中から伸びる半透明の翼と笹の葉のように長く伸びた耳以外は、人間とそう変わらぬ容姿をしている。


 ふんわりと肩が膨らみ、長い裾が床に放射状に広がっている白いドレスは美しい光沢を帯びて、金糸や銀糸を用いた煌びやかな刺繍に飾られている。

 腰まで届く長い桃色の髪は、それ自体が薄く光を発している。星の明かりもない夜の中でも、妖精女王の髪の美しさは隠しきれまい。

 愛らしさと美しさ、少女と大人、人に似て人でないモノの要素が絶妙に絡み合い、作り上げられた生きた芸術、フェアリヘイムの奇跡の産物、妖精の美の結晶と言っても言い過ぎではないだろう。


 しかし、初めて妖精女王と対面した時、地球人類がもっとも目を惹かれるのは、目もくらむような精緻な細工が施されたティアラでも、妖精女王の目もくらむような気品でも、羽衣のような翼でもなく、十七メートルに達するその身長に違いない。

 妖精女王はいわゆる巨女であった。ただ妖精達にとっては妖精女王の体格など些細なことで、これまで問題になったことはない。

 仮に問題があるとしても、なまじ小動物サイズの多い妖精に慣れた地球人類が、妖精女王と拝謁の栄を預かった時に、驚きを隠すのに手間取るていどのもの。

 そしてこの場に人間の姿も影もない為、会議の進行に水を差す要素は一つもない。


「アムキュ、ヤオヨロズの方々から提供された技術と、フェアリヘイムでの技術開発における展望について教えてもらえますか?」


 妖精女王から零れ出た言葉は、唇を動かして発せられたとは信じられないほど美しい声で形作られていた。世にも美しい竪琴の音色だという方が、よほど信じられる。

 世界のトップからの声掛けに、アムキュは緊張の『き』の字もなく、元気よく挙手をしながら立ち上がり、立体映像を新しく開いて説明を開始する。


「恐れながらご説明させていただきまきゅ。ヤオヨロズの方達から提供されたのは、素体となる肉体情報なしでの戦闘体製造、伝承要素を加えることで一定の方向性を持たせたプラーナ兵器の開発技術の二点が特に大きな目玉になりまきゅ」


 大我も言及していた量産型ソルグランドの第一歩となる技術が、既に妖精達の手元に提供されている。

 ただしソルグランドが八百万の神々が知恵を出し合い、日本の神々をベースとしている点を踏まえれば、フェアリヘイムでは別のアプローチを試みなければならない。

 ハイエンド&オンリーワンのソルグランドに対し、フェアリヘイムは大量生産を前提とした素体を作らなければならないのだ。


「まずは固有魔法の発現は後回しにして、魔法少女として最低限以上の基礎戦闘能力を持ち、意識の転送を安全に行える素体の開発が求められまきゅ。固有魔法を持たない点は数を揃える事と、開発予定のプラーナ兵器の装備で補う予定できゅ」


 フェアリヘイムで開発される量産型魔法少女は、いくつかの段階を経て実戦に投入される予定だ。

 素体の作成から意識転送の安全性確保、また魔法少女化するにあたり、対象を通常と同じ思春期の少女、次に年齢の幅を広げた女性、それから男性の場合での適性を見て行く。

 魔物との戦いの激化が見込まれる地球においては、戦力を欲する声が各国から上がっており、それぞれの段階で実戦投入可能になり次第、地球側に提供される段取りとなっている。


「予定通りに行けば引退した元魔法少女、地球各国の女性軍人が最初の量産型魔法少女になる予定できゅ。その為にもプラーナ兵器の開発も急がれまきゅね。とはいえ命の危険がありまきゅから、欠陥品を渡すわけにもいきゅません」


 量産化するにあたっては同じ容姿、同じ能力を持った魔法少女が複数存在するわけだから、簡単に識別できる方法の確立の他にも、同じ顔をした存在が複数いることによって、意識を移した人間に掛かる精神的負担の想定など、配慮するべき点は多岐に渡る。

 妖精と人間は相互理解も意思疎通も出来るが、根本的に異なる生命である為に、お互いに心の底までは理解しきれていない。よくよく話を重ねて、致命的なすれ違いを未然に防ぐ努力を欠かしてはならない。


「人類の皆さんにとっては、魔物との戦いを大きく変えられる切っ掛けになる一手。

 一刻も早く戦力をと求める声が多数寄せられているのは、わたくしも承知しています。技術開発に取り組んでいる皆には、期待しています。

 量産化された魔法少女達、そしてプラーナ兵器を魔物との戦闘にのみ使用できるよう、制限を設ける点については、地球各国に対して譲れない一線として申し出ています。

 ですが、とても残念ではありますが、約定の裏で人類同士の戦いでの使用を検討し、研究される可能性は捨てきれません。万が一に備えた仕込みも、よろしくお願いします」


 いざとなれば量産型魔法少女とプラーナ兵器が使用不可能になるよう、仕込みがされる点については、人類側にも馬鹿正直に伝えている。

 要約すると、魔物相手にだけ使ってね、魔物を倒した後で人類同士の戦争に使うのもなしだよ! 約束を破った時の為にセーフティーを掛けてあるからね! といった具合である。


 ただプラーナの兵器利用は魔物の襲来以前から、地球でも研究はされていたので、妖精技術を参考程度にとどめ、地球側の技術を核としたプラーナ兵器が開発されるのも、魔物に勝利できたらだが、時間の問題に過ぎない。

 開発されたプラーナ兵器を用いて人類同士が争いを始めた暁には、フェアリヘイムの妖精達とヤオヨロズ──日本の神々は渋面を浮かべるだろう。


「それとベースとなる肉体の情報なしで戦闘体を作る技術……。ヤオヨロズに所属しているソルグランドも同じ技術によって創られた存在と考えられますか?」


 妖精女王の問いかけに、アムキュはぬいぐるみのような顔をくしゃっと歪める。歴代魔法少女の中でも群を抜いた戦闘能力と多様な能力を兼ね備えるソルグランドだが、当然ながら彼女の詳細なデータは妖精達に渡されていない。

 提供された技術が、ソルグランド誕生に関するものであるのは想像がつくのだが、そうなると彼女は参照するべき肉体を持たない存在の可能性が浮上してくる。


「可能性は否定しきれませんっきゅ。ソルグランドさんは命を失うところをヤオヨロズに救われたと言っていましたけれど、ひょっとしたらその記憶が作られたものである可能性もありまきゅから。でも騙されたり、操られたりしている様子ではなかったできゅ」


「そう、ですか。場合によってはソルグランドの意識そのものも作られたものである可能性もありますね。魔法少女の意識、肉体の双方を自由に作れるのならば、地球の方々がヤオヨロズに強い興味と警戒を抱くのも無理はありません。

 ひょっとしたら、そこまで何でも出来るわけではない、とヤオヨロズの方々は首を横に振って否定するかもしれませんけれど。

 しかし、いたずらに警戒ばかりをして、手を取る可能性を潰すような真似をしないよう、わたくし達も自らを戒めなければ。アムキュ、モモット」


「はいっきゅ!」


「はいモ!」


「ソルグランドと貴方達との接点が多いのはただの偶然ではないでしょう。運命と呼ぶのは簡単ですが、ソルグランドかヤオヨロズに何かしらの意図があってもおかしくない、とわたくしは考えています。

 あなた達には苦労を掛けますが、魔法少女達と地球の皆さんとこれからも仲良くしてください。そしてソルグランドも出来る限り、助けてあげて。その代わりというわけではありませんが、フェアリヘイムはわたくしが身命を賭して守ります」


 これまでの魔物と人類と積み上げてきた歴史の中で、ソルグランドとヤオヨロズが大きな分岐点となる因子だと、妖精女王は感じていた。

 大気中にも膨大なプラーナが満ちて、生身の人類では生存すらできないフェアリヘイムを統べる妖精女王は、ソルグランドと一度、話がしてみたいと他意のない好奇心を胸に秘めながら、そう告げるのだった。



 人類側からフォビドゥン──禁忌と名付けられた魔物少女は、生命の気配が欠片もない荒野を歩いていた。

 地平線の彼方まで乾いた大地が続き、枯れているのか生きているのか分からない木々がぽつぽつと伸びている。

 地球ではない。かつて魔物に滅ぼされたどこかの惑星。もはやプラーナを発する存在は消え去り、魔物ばかりが跋扈する星だ。


 魔物の襲来以前に営まれていた生活と文明の名残は、惑星中に存在している倒壊した都市群やスペースデブリとして漂う人工衛星、人工の大地くらいのもの。

 生命の息吹が微塵も残っていないこの星の中で、フォビドゥンの向かう先には、破壊しつくされた首都の中心部で蠢動し、紫色の光で明滅している肉の柱、あるいは大樹。仮に母胎樹とでも呼ぼうか。


 高さは一キロメートルを超えて、四方に伸びる死者の手のような枝には繭と卵を足したような物体が無数に実っていた。

 卵の内部には星から吸い上げられたプラーナが液状に濃縮されている。

 まさに、これこそが魔物の製造工場であり、魔物を産む母体であり、卵に注がれたプラーナの量によって、魔物の基本的な格が決定する。


 フォビドゥンもこうして膨大なプラーナと魔物達の集めた膨大な戦闘データを注がれて、特別な個体として生み出されたのだ。

 足を止めたフォビドゥンの目の前で、母胎樹の様子が変わり始める。枝に無数に実っていた卵が次々と萎み始め、母胎樹の中心部へとプラーナの流れが変わる。

 卵が一つ残らず壊れ、そればかりか母胎樹そのものも乾き、萎れ、断末魔を上げるように震え始める。母胎樹の意思を無視して、何ものかがありったけのプラーナを貪っているのだ。


 そうしてこの惑星に残されていた最後のプラーナまでも吸い上げて、この星は完全な死を迎えた。潤いを失い、石のように乾ききった母胎樹の内側から罅が走り始め、数度の打撃音と共に内側から爆発するように砕かれる。

 フォビドゥンは自分にパラパラと降りかかる母胎樹の粉塵を、軽く手を振って吹き飛ばしながら、母胎樹の中から姿を見せた自分の後継機に目を向ける。粉塵を浴びせかけられたことに、少しだけ不愉快な気持ちを抱いているように見える。


「ア、 ア゛、ギイギュイ」


 人間には理解できない言語を発するフォビドゥンに粉塵の向こうから答えがあった。


「ギギィ、ギイ? イイッギギィイ? キキキキ」


 自分を生み出した母胎樹の破片を踏み砕きながら、第二の魔物少女は姿を見せた。

 年頃はフォビドゥンとそう変わりはない。やや小柄なくらいだ。

 薄い肉付きの体にぴったりとフィットした黒いボディースーツに白いフード付きのケープ、同色のニーハイブーツの衣装を着たまま産まれている。あるいは衣装も肉体の一部か。


 うっすらと青みがかった肌を持ち、黄色の髪を長いツインテールにして垂らしている。赤い瞳に黒い眼球の目は、フォビドゥンをどこか見下しているようだ。姉に相当するフォビドゥンを、役割を果たせなかった失敗作、旧型機と侮っているのか。

 第二の魔物少女、後にディザスターと命名される個体の特徴は、肘から先が異様に肥大化した両腕だろう。直立した体勢で、太く鋭い指先が地面に届くほど。彼女の特性が両腕に現れているのは明白だ。


 ガラスに爪を立てているような耳障りな声で笑うディザスターに対し、フォビドゥンはますます不快の色を強めた。ソルグランドに追い詰められて、感情の兆しを見せたフォビドゥンだが、どうやら余計な筈の感情は削がれていないらしい。

 それどころかフォビドゥンのデータも併せて作成されたディザスターなどは、最初から他者を見下すというますます余計な機能を持っている。

 なにかしらの意図があっての仕様なのか、それともミスなのか? 魔物少女達自身にも分からぬことであった。

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