第32話 フェアリヘイムにて

 アメリカとイギリスのみならずファンタスマゴリア、魔物少女、ソルグランドと大きすぎる情報が、まだ現存している世界各国とその指導者層、魔法少女関係者に大きな驚きを持って迎えられたのは、改めて語るまでもないだろう。

 ソルグランド自身も自分を生み出した八百万の神々が、限定的ながら妖精を介して人類に協力する運びになったのを聞かされて、時代の風向きが変わったのを確かに感じている。


 そうして変化の予兆が感じられるようになってから、ソルグランドの活動の方はなにか変わったのか、と言うと、日本国内限定で魔法少女の手に負えないか危険なレベルの魔物が出現すれば、駆けつけて救助するという基本は変わらない。

 ただ、以前の特災省九州支部への顔出しと魔物少女の撃退、ヤオヨロズの協力の意思表示などもあり、堂々と各支部へ顔を出せるようになっていた。

 また世界最強クラスの戦闘能力を買われて、模擬戦の相手を務める機会も増えている。例えば、このように。


 フェアリヘイムとの技術協力によって、仮想空間上に再現された世界を舞台に一人の魔法少女が果敢にもソルグランドへと挑んでいた。

 戦場は青い山々が広がる一帯で、緑の絨毯の中を流れる川面にソルグランドは立っている。

 戦闘形態のソルグランドの真正面に、ばしゃっと水音を立てて膝まで川に突っ込んだ魔法少女が練り上げたプラーナを爆発させる。ここに至るまでに三分ほど、ウォーミングアップ程度の軽い攻防を済ませている。


「アシュラトリニティ!」


 白いインナーの上に橙色の僧服モドキを着た魔法少女アシュラゴゼンの固有魔法が発動し、彼女の背中に阿修羅像を思わせる武装した人形の上半身が二体、出現した。

 鼻の凹凸や目の窪みだけで口も目玉もない仮面に、鎧兜を身に着けて、それぞれの腕には三叉の槍を持っている。アシュラゴゼン自身は幅広の刃を持った長刀二振りを握っていた。

 仏法僧を守る戦士の如き出で立ちで、アシュラゴゼンは川底を蹴った。それだけで川底の石や地面、水流が爆発し、凄まじい推進力を示している。


 固有魔法を発動している間、アシュラゴゼンは生まれた時からそうだったように、背負った上半身二体を自在に操れる。

 極めて高い基礎能力に加えて完全な連携で襲い掛かる六本の腕により、日本魔法少女の中でも一、二を争う近接戦のスペシャリストだ。

 アシュラゴゼンの赤い瞳がソルグランドの一挙手一投足を見逃さないように、その鋭さを増す。


「ぜぁあ!!」


 間合いの長い三叉槍の速度を絶妙に変えた時間差のある四連突きを、鞭のように連なった破殺禍仁勾玉が悉く打ち払い、その間にも距離を詰めていたアシュラゴゼンの長刀が左右から挟み込むように振るわれる。

 右の長刀はソルグランドの襟から覗く白い左首筋を、左の長刀はきゅっと絞られた腰を斬り捨てる軌道だ。

 刃を振り抜ければ、三つに斬り分けられたソルグランドの出来上がりとなる。果たして、輪切りにされた体からは日本の神々の如く何かが生まれるのか、興味深くはあるがそれを確かめる機会は訪れなかった。


「模擬戦とはいえ躊躇がないのはいい」


「掴み止めますかっ」


 二振りの長刀は、プラーナを集中させたソルグランドの指によって挟み止められ、万力で固定されたように微塵も動かない。

 ならばと一度は弾かれた三叉の槍を動かし、上下から串刺しにするべく動かすも、それより早く破断の鏡から放たれた光がアシュラゴゼンを直撃した。

 アシュラゴゼンはまずいと察し、挟み止められた長刀を消して離脱しようと試みるも間に合わず、プラーナ砲の直撃を食らった勢いのまま、大きく吹き飛んで行く。


 木々をへし折りながら五十メートルは吹っ飛んだところで、アシュラゴゼンが姿勢を変えて大木に横に着地する。そのまま足場として踏み込んで、吹っ飛んだコースを逆戻りした。

 音よりも速く跳躍するアシュラゴゼンが、再びソルグランドを射程に収めるまでの間に、槍の穂先を向けてそこから黄金の光線を発射した。厚さ三メートルのチタン合金も撃ち抜く光線だ。

 それをするりと避けたソルグランドが破殺禍仁勾玉を円環状に配置し、増幅器としての機能を持たせる。破殺禍仁勾玉には、遠隔操作による打撃以外にもこういう使い方があった。


「正直が過ぎたな」


 そうして山々をいくつも撃ち抜くほどの威力を持ったプラーナの奔流の中に、アシュラゴゼンは飲み込まれていった。四本の三つ又の槍、長刀を交差させ、ありったけのプラーナを防御に回すが、それが無駄の努力だと他ならぬアシュラゴゼン自身がよく理解していた。

 模擬戦の敗北を告げられて、アシュラゴゼンは北海道支部内にある天蓋付きのベッドを思わせる形状のシミュレーターから起き上がる。

 それから両手を思いっきり上に突き出して、大きく伸びをする。相性の悪さというよりは思慮の浅はかさによって、模擬戦は終わってしまったが、ソルグランドの実力のほどはよく知れた。


「あれなら、私達の手助けが必要なかったわけです。手も足も出ないとは、自信がなくなりますね」


 心から納得した声色だったが、日本魔法少女のトップランカーとしての自負が、すこしばかり悔しさを滲ませている。

 ソルグランドに真っ先に模擬戦を申し込んだのは、魔物少女との戦いでジェノルイン達への増援に召集されていたランキング四位ユミハリヅキとランキング五位のアシュラゴゼンだ。

 ランキング九位のヌラリピョンは『そう言うのはいいんで』と他の二人からの誘いを断っている。


 ユミハリヅキとアシュラゴゼンは一対一でソルグランドに模擬戦を申し込み、揃って敗北している。二人の戦いはアーカイブに記録されて国内外を問わず多くの魔法少女達が閲覧し、また妖精達も貴重なソルグランドの情報に何度も見返す事だろう。

 またアシュラゴゼン達以外の日本ランカー達は、それぞれソルグランドとの模擬戦を予定されている。これはソルグランドにその能力の多様性を活かして、日本ランカー対策を用意した仮想魔物少女役を依頼している為だ。


 実際に魔物少女と戦い、圧倒した経験に加えて、思金神を筆頭とした知啓、学問の神らが総出で演算してくれており、魔物少女が想定するだろう魔法少女対策をソルグランドは可能な限り再現している。

 そうしてより強力になるのは間違いない魔物少女に備えて、なによりも子供らを死なせない為に、ソルグランドこと真上大我は心を鬼にして模擬戦に挑んでいた。



 地球の人々と神々が対応に動いている頃、フェアリヘイムでもやはり動きがあった。

 絵本の中のような、あるいはおとぎ話に語られるような風景の続くフェアリヘイムの中心部、それは妖精女王の座します妖精城とその周囲に広がる都市部に相違ない。

 種々様々な樹木に草花がその生を謳歌し、彼ら自身が咲く場所を選ぶことでいくつもの通りが出来上がって、妖精城への道が出来上がっている。


 フェアリヘイム各地に繋がる通りは、多くの妖精達が行き交っている。歩く者、走る者、空を飛ぶ者、あるいは乗り物に乗る者と様々だ。

 その乗り物も牛や馬に相当する生き物以外に箒や絨毯、あるいは新旧様々な車に耕運機、一人乗りの列車、飛行機、船舶と多岐に渡っていて、アミューズメントパークのようだ。


 そしてフェアリヘイムで最も貴い妖精女王の待つ城内の一室に、魔物との戦いと地球人類との折衝を担っている、それぞれの妖精達が集まっていた。

 室内は円柱状の空間で、中央に妖精女王が座してその周囲をぐるりと妖精達が囲うように座る形式となっている。

 その中には、ソルグランドと比較的関わりの深いアムキュとモモットの顔ぶれもあった。

 なにしろ今回の会議の議題が魔物少女の他に、ヤオヨロズから提供された技術についての報告も予定されていたからである。


 フェアリヘイムは地球に魔物が襲来するよりもはるか昔から魔物の襲撃を受けており、独自に発展させたプラーナ技術を利用した兵器と妖精の魔法の如き異能を持って、魔物をこれまで退け続けてきた。

 その中で魔物少女のような前例はなく、地球における魔物の動きはフェアリヘイムにとって、極めて重要度の高いものとなっている。


 地球各国で独自開発されたファンタスマゴリア技術をはじめ、種の存亡が関わっているとはいえ、新たな技術の開発と追究に余念がなく、執念を感じさせる地球人類に対する妖精達の評価は、とっても頼りになる! と能天気なものだ。

 そんな地球が相手だからこそ、魔物側も魔物少女というイレギュラーを送り込んできた可能性が高いのは、なんとも皮肉な結果ではあるが。


 重要度の高い情報が次々と話題に乗り、集まった妖精達を驚かせる中、議題はヤオヨロズから提供された技術となる。

 地球とフェアリヘイムとでは、まず世界に満ちるプラーナの濃度が違う。人間と妖精とでは生物としてあまりにもかけ離れている。

 大前提として人間の運用が求められるヤオヨロズの技術が、どれほどフェアリヘイムにとって利益となるかは不明だが、地球の人々の為にも全力を尽くそうと、種族単位でお人好しな妖精達は心を一つにしていた。

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