第31話 スター&ローズ
アメリカ合衆国において魔法少女は軍属として扱われる。十代半ばから後半あるいは十代に入って間もない子供でも、個人が戦車や戦闘機を上回る戦闘能力を持つ以上、国家の責任において管理されるべきと考えられている。
むろん、本来まだ家族や地域のコミュニティ、ひいては国家による庇護を受けるべき年齢の彼女らを戦場に立たせる以上は、それ相応の待遇をもって迎えてはいるが、大人と子供の双方に不満がないわけではない。
ただ、北米のとある場所に建設されたアメリカ魔法少女達の本拠地で、動画を食い入るように見る魔法少女に、自分の待遇に対する不満の色はなさそうだった。
切れ長の青い瞳にツンと伸びた鼻、少しだけそばかすを散らした彫りの深い顔立ちの少女は、熱に浮かされた様子で手元の立体映像を食い入るように見つめていて、後ろに誰かが立ってもまるで気付けそうにない。
いくつかあるカフェテリアの一つだ。手入れが行き届き、清潔なカフェテリアに他の利用者の姿はなく、魔法少女用の軍服に袖を通した彼女は、他人の目を気にせずに動画を見る事が出来た。
そんな様子だから、彼女のジンジャーエールのグラスの氷が溶けきったころ、別に足音を消したわけでもないのに、近寄ってきた二人の同僚に彼女は気づけなかった。
「今日もまたその動画? いくら見ても内容は変わらないじゃない。よく飽きないわねえ」
同じ軍服に身を包んだ少女に声を掛けられて、ようやく彼女は他者の接近に気が付く。手早く動画の再生を止めて、背後に立つ二人を振り返った。
動画を見ていたのは、アメリカの次世代魔法少女『ネクスト』第一号、スタープレイヤー。
先に声を掛けた黒人の少女は国内ランキング第一位、世界ランキング第三位のアメリカ最強の魔法少女フェイトルーラー。
しなやかな美しさと力強さを兼ね備えた肢体は、それ自体が一種の芸術品のよう。
ゆるいウェーブを描く黒髪をロングのツーブロックにしていて、髪型の自由さは軍属とはいえ、少女達から自由を奪い魔法少女として戦う不自由を強いている事への負い目からだろうか。
そんなフェイトルーラーに対して、スタープレイヤーは物おじせずに口火を切る。彼女なりに動画を見る理由があり、思うところもあるのだ。
「何回見たって飽きないわよ! あたしよりも強いかもしれない魔法少女が、どこの誰とも分からない野良犬だって言うじゃない。あたしはアメリカの全力の後押しがあって、ようやくフェルさんと肩を並べられるくらい強くなったのに、納得がいかないのだもの」
ずるい、とまで口にしないだけの分別がスタープレイヤーにはあった。
フェルと愛称で呼ばれたフェイトルーラーは、気持ちは分かるけどね、と言ってから近くの椅子に腰かけて、ドリンクサーバーから持ってきたコーヒーに口をつける。
代わりに口を開いたのは、もう片方の少女だ。先住民族の血を引く少女で、スタープレイヤーと同じ十代半ばほど。フェイトルーラーだけが十代後半で、魔法少女としても実年齢でも先輩に当たる。
腰に届く長さの髪を何本かの束状に編み込んでいる少女は、魔法少女ロックガーディアン。スタープレイヤーと同じネクストの成功例第二号の魔法少女である。
アメリカ先住民の信仰する精霊サンダーバードのエッセンスを取り込み、ワールドランカークラスの実力を手に入れている。
「というか、この前の緊急会合で私達のような強化フォーム持ちを、ファンタスマゴリアって呼ぶことに決まったんじゃないの?」
「いいじゃない。アメリカ式は『ネクスト』って名前で研究と開発が進められていたんだから!
たまたま他所の国でもほとんど見分けがつかないくらい、同じ技術がほとんど同時期に完成しちゃったってだけで、同じ名前で一括りにまとめられるのは、関わってきた人間としては、ちょっと悔しいでしょ?」
「きっと他所の国の人達も同じように考えて、自分達で考えた名前で新しい魔法少女達を呼んでいるんだろうね。ま、私も気持ちは分かるよ」
ネクストを実装する為にどれだけの人々が、どれだけの努力を積み重ねてきたのか。スタープレイヤーとロックガーディアン自身も、大きく関わってきた当事者であるから、ネクストという名前には大きな思い入れがある。
そして、それは他の国の人々も同じに違いないのだ。だから他国が自国の次世代魔法少女を何と呼ぼうとも文句を言うつもりはないし、文句を言われる筋合いはないとスタープレイヤーは考えている。
「あたしだって他所の次世代魔法少女達が集まっている時なら、空気を読んでファンタスマゴリアって呼ぶし」
少し不貞腐れてブツブツと言うスタープレイヤーに、フェイトルーラーが新たな言葉を告げる。
「ロックもアタシも、そこまでスターが考え無しだとは思っちゃいないさ。ただ覚悟はしときなよ。これはスターもロックも、どっちもね」
ネクストが実装された今も、間違いなくアメリカでナンバーワンの魔法少女が、表情も顔も引き締めて告げるのに、スタープレイヤーとロックガーディアンはそろって居住まいを正し、尊敬する先達の言葉を待つ。
ネクストとなる以前、二人は共に中堅どころの魔法少女であり、アメリカを襲う魔物をことごとく退けてきたフェイトルーラーに、憧憬の眼差しを向けてきた。
そして、フェイトルーラーは、今も昔も変わらぬ彼女達のヒーローなのだ。
「日本の戦いで魔物共のバックに、明確な意図を持ったロクデナシが居るのは確実になった。フェアリヘイムを百年単位で侵略し続けて、更には地球にまで土足で上がり込んできた奴らだ。そいつらがこれからはもっと力を入れて仕掛けてくるってことをさ」
アメリカの怨敵だったブラッディテイルを討伐したとはいえ、新たな魔物達は今も北米と南米両大陸に出没しており、魔法少女達に休息はない。ましてや、これからは魔物との戦争になるのだと、アメリカ最高の魔法少女は理解していた。
*
ファンタスマゴリアと共通の名称が決められながら、自国内では予め決められていた名称で呼んでいるのは、アメリカばかりでなく女神ブリタニアのエッセンスを組み込んだ魔法少女を筆頭に、複数の成功例を生み出したイギリスもまた同じ話だった。
ある古城を買い取り、改装したイギリス魔法少女達の本拠地セカンドキャメロットでも、今回の緊急会合によって齎された情報によって、新たな動きが生じていた。
イギリスの事情もアメリカと大きな違いはなく、長く国内を悩ませていた強力な魔物が討伐されて、国民は大いに安堵している。
もちろん国家の上層部や魔法少女の中には、これから更なる戦闘の激化を予期して、油断も慢心もなく警戒を深めている。
かつて城主の執務室として使われた部屋が、現在では司令室として改装されており、そこでブレイブローズ達を筆頭に今後の展望について話し合いが行われていた。
イギリス魔法少女のリーダー格とブレイブローズの二人だけが居て、やはりと言うべきか他国でも同様の技術が開発されていたことへの驚きと、国内では変わらず強化フォームを聖なる騎士──『パラディン』と呼ぶことなどが話されていた。
魔法少女ブレイブローズは国内魔法少女ランキング第一位と、強化フォームを獲得する以前からイギリス最強を誇った傑物である。
世界ランキングも第四位と、以前からワールドランカーの一人であり、パラディンとなった今では世界最強の称号に相応しいのでは? と自国の関係者達では熱く語られていた。
「二十一世紀になっても、あの国は不思議でいっぱいね」
呆れた口調で皮肉めいた口を開いたのは、司令室のデスクにお尻を乗せたブルネットの少女だ。魔法少女名はビクトリーフラッグ。
国内ランキング第三位ながら、長く魔法少女として戦い続け、人徳の高さとさる貴族の大家に連なる血筋から、自他ともに認めるイギリス魔法少女のリーダーである。
しかし、十代後半となり魔法少女としては力の減衰が始まって、引退の時期を考えてもおかしくない年齢になる。二十歳を超えて魔法少女を続けていられる例は、地球各国を見渡しても片手の指にも満たない。
アメリカでは軍服だったが、イギリスでは学生風の制服が採用されていて、変身してない二人は、その制服姿だ。ビクトリーフラッグはデスクからお尻を放して立ち上がり、応接用の椅子に腰かけているブレイブローズへと近づいて、返事を待つ。
ブレイブローズは変身前後で顔立ちや身長に変化のないタイプで、豪奢な黄金の髪や鮮やかな薔薇にも負けぬ美貌、匂い立つような気品を併せ持った生きたビーナス像の如くだ。
近代的な改装を経たとはいえ、古城の雰囲気に調和する品の良い調度品で飾られた司令室の方が、彼女の煌びやかさに負けている。
「別にソルグランドさが、日本の魔法少女ってわけでねえべ。あくまで協力者っつう立ち位置だあ」
潤いに満ちたブレイブローズの唇からは、訛りの強い言葉が零れ出る。高貴さを感じさせる見た目とは裏腹の言葉遣いに、面食らう者は後を絶たない。
「でも一番の協力関係にあるわけでしょう? 正直に言うとね、ローズ。私はパラディンの実用化で貴女が世界最強の魔法少女になったと思っていたけど、そう簡単には行かないのが残念で仕方ないわ」
「んだあ。この魔物少女のフォベドン? ならおらあも勝てると思うけども、ソルグランドさあは難しいでねえ。おらあにあん人と戦う理由なんて、なーんもありゃしねえけんどな」
「フォベドンではなくてフォビドゥンよ。フォビドゥン。……女神ブリタニアの力を得た貴女でも、ソルグランド相手は厳しいと思うのね」
女神ブリタニアの力を得たブレイブローズは、今となってはイギリス魔法少女の象徴そのものであり、国民と国家の希望にも等しい。彼女の活躍は未来を照らし出す希望の光となり、彼女の敗北は希望を打ち砕く暗黒となるほどに存在は大きい。
そのブレイブローズが勝つのは難しい、と口にするのは、他所には漏れてはならない一大情報だ。
「ヤオヨロズ、日本古来の言葉であるそうだけれど、それも日本関連と思わせる欺瞞情報なのか、その裏付けも取れていないし、安易に味方と決めつけられないのも困りもの。英国自慢の諜報組織も、流石にこの情勢では積極的には動けないし」
「フラッグさ。映画とかでよく見っけども、ほんとにイギリスにゃあ、ああいうエージェントっているのけ? スーツでビシッと決めで、秘密道具でダダダダって撃ち合っで、ドカンとやるよーなの」
「映画は映画よ。今時、人間同士で殺し合っている余裕なんてないしね」
魔法少女の数が足りなくて、かつて植民地化した地域の独立を認めて、自国でない以上、魔物の襲撃から守る義務はない、と理屈をこねて蜥蜴の尻尾切りを繰り返した非情な前例はあるが、魔物の脅威があまりに大きすぎて国家間の戦争は絶えて等しい。
しかしながら、ビクトリーフラッグは純真なブレイブローズには言わなかったが、水面下で工作活動のやり合いの結果、衝突が発生して工作員と警察組織の殺し合いというのは、今も発生しているけれども。
ひどい例としては国家が破綻して、逃げまどう難民達を、口減らし、厄介払いの他、魔物を誘導する囮とするという利用方法もあるのだが、なおさらブレイブローズには聞かせられない。
「ところでローズ」
「あに?」
「口調、外では気を付けなさいね。貴女の個性だから出来るだけ尊重する。でも、残念なことに、事実として、貴女の訛りの癖が強くて聞き取れない人が多いから」
ビクトリーフラッグが少しばかり申し訳なさそうに忠告してくれるのに対して、大田舎者のブレイブローズはしゅんと雨に濡れた子犬みたいになった。
「あい。気を付けます……」
見た目と口調の派手なギャップは、ブレイブローズの可愛い所でもあり、同時にコミュニケーション上での問題でもあった。
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