第30話 神々の行い
ソルグランドこと真上大我は時間に余裕のある時には、真神身神社周囲の探索に時間を費やすようになっていた。
以前から境内で寝泊まりするのはまだしも、調理をするのはどうかと考えており、調理場や浴場を境内の外に建てるのに、ちょうどよい場所はないかと見て回っている。
人の手のまるで入っていない山林には、相変わらず虫や鳥の鳴き声一つなく、気配すらもない為に、時が止まっているような静寂が広がっていた。
それもある程度進んだところで霧に包まれて、進むことが叶わなくなる。
道が塞がれているのではない。まだソルグランドへの信仰が足りていない為、霧から先の天地が創られていないのだ。
「ざっと社を中心に半径二キロメートル弱ってところか。どこまで広がるものなのか。どこまでも広がってゆくものなのか。神様のなさることは規模と発想が違うやね」
大地を削り、運び、地形を変えるのはとっくに人類も達成し、大地を離れて空を飛び、空を超え、宇宙に達して月に足跡を刻んだが、大地そのものを、空そのものを創る術はまだ人類の手の中にはない。
そうしてなんとなく気に入った木の枝を片手に振り振り、大我は境内へと戻って、テーブルの上に神妙な様子で控えている夜羽音に気付く。それなりの密度の付き合いを続けてきた成果もあって、鴉の心情の変化が分かるようになってきた。
「なにやら考え込んでおられるご様子ですが、いかがなされました?」
大我が獣耳をハタハタとゆっくり動かしながら問いかけると、夜羽音は右の翼を嘴の前に持ってきて、少しの間、考え込む素振りを見せた。人間だったら、手で顎をさすっている仕草になるだろうか。
「おや、冒険はおしまいですか、大我さん。お疲れ様です」
「ははは、静かな冒険でしたよ。それで俺には話しにくい内容でしたか?」
「いえ、そのようなことは。以前、お話した日本以外の神々の動向について、彼らの行動が掴めまして。なんと申しましょうか、そういう手もあったな、と感心しておりました」
そうまで言われると大我としても日本以外の神々がどのような手段を取ったのか、一層、興味をそそられるというもの。
実際に各国に伝わる神々が実在するとなると、世界の始まりや人類の創造などは一体どうなっているのか? という疑問も出てくるが、聞くのも怖いし、答えを知るのも怖いので、大我はこの手の質問に関しては、お口にチャックをし続けている。
「もったいぶらずに教えてください。よその国の神様方はいったい、どんな手段をお取りになられたのですか?」
大我がそうねだると、夜羽音はぴょんと跳ねて大我と正面から向き直り、嘴を動かし始める。どうやら大我に秘密にするような話ではないらしい。
「私達の場合は魔法少女の技術を応用して、新たな女神を創造しましたが、外つ国の神々は人々に働きかけることで、新たな力の創出を図られたのです。
具体的に言うなら、プラーナ技術や魔法少女技術に関する者達は、この数か月の間、偶然の閃きや不思議なくらいに心身に活力がみなぎり、頭も目も冴えてしかたなかったでしょう」
「直接語り掛けるとか、目に見える形で奇跡を起こすのではなくて、関係者達の調子を秘かに整え続けて、生涯に一度あるかどうかの閃きを連発させてきた。そのような感じでしょうか?」
大我の頭の中では、頭の上に豆電球を点灯させる技術者達の姿が思い描かれている。古い閃きのイメージだ。夜羽音は大我の例えを首肯し、話を再開する。
「ええ、目には見えない祝福や加護というわけですね。そうして生み出された閃きの中には、神々の伝承や逸話を組み込むことで更に力を貸しやすく誘導されたものが含まれています。
魔法少女の質を高め、その戦闘能力をより高みへと導く技術を各国が一斉に完成させたのも、神話体系間である程度、歩調を合わせていたからです。そして、人々は手に入れた新たな力をファンタスマゴリアと名付けたようですね」
「ファンタスマゴリア? なんだったかな。たしか、影絵のスライドショーのことだったかな?」
「英語で走馬灯のように次々と移り変わる幻影か、あるいはフランスで発明された幽霊劇などを指す言葉ですよ。ルイス・キャロルの詩の他にも楽曲などの題名に用いられることも、ままありますね」
「おや、海外の事にもお詳しいので?」
大我はなんとなく夜羽音は国外の事情に疎いイメージを勝手に抱いていたこともあって、ついつい正直な反応を返してしまう。礼を失した、と思った時にはもう遅い。
「ふふ、時間だけはたっぷりとありますからね。海の向こうに翼を伸ばすこともありますとも。
お互いに異なる神話に属するものとして争い、競い合っていた時期もございますが、今や、神の息吹は遠のいた時代。人間の時代に我々がでしゃばる機会は無くなりましたし、暇を持て余しておりましたから。
さて、話を戻しますが、神々のひそやかな後押しを受けたとはいえ、技術そのものは人間が独自に開発したものです。
今後は大我さんが、ファンタスマゴリアを獲得した次世代魔法少女と相まみえる機会も増えるでしょう」
「量ではなく質を重視した魔法少女ですか。まあ、副作用がないのなら、それだけ戦死するリスクが減るんです。いくらでも歓迎しますが、やっぱり副作用が気がかりですね。
あるいは調子に乗って技術の開発元の国家が次世代魔法少女を粗製乱造した結果、本来なら発生しない副作用で苦しむ子が出始めた、なんてのはまっぴらごめんです」
大我は正直に言って、国家にいいように使い潰される魔法少女なんてものを目の当りにしたら、理性が吹っ飛ぶ、いや理性が感情と肩を組んで大暴れを始める自信があった。
夜羽音はさもありなん、分かります、とばかりに首を縦に動かしている。人間とは異なる神という別存在とあって、価値観や視座の相違を垣間見せる夜羽音だが、基本的には人情派だと、大我は感じている。
「我々もその点は気がかりではあるのです。特に実力の高い魔法少女ほど、戦いに関する覚悟を固めている傾向にあります。代償が大きくとも、より多くの命を救えるのなら、世界を平和に近づけるのなら、躊躇しない子が多い。
平和の礎を名目に、人柱となる子が増えては、助力した神々も報われないでしょう。まあ、その意志の強さや自己犠牲の精神を尊び、褒め称える神もおりましょうが……」
「それでも、犠牲は少ない方が良い。ゼロなら最良最善。犠牲なしを目指して、実現しないといけませんわな」
「ええ。お互いに全知全能ならざる非力な身ではありますが、全力を尽くしてまいりましょう。つまるところ、コレに行き着くわけですね」
「ははは、俺達が手を抜けば、その分、燦をはじめとした魔法少女達が危険に晒されますし、ひいては国や人類レベルの危機に繋がってしまいますからね。無茶や無理だと言われても、ついやってしまいますね。ところで」
「はい、なんでしょう」
居住まいを正して、大我は気になっていたことを正直に尋ねた。神を相手につまらない言葉遊びや隠し事は無し、と決めている。夜羽音に対する個人的な信頼もあった。
「我ら日本の神々は俺以外には、どう対応なさるのですか? こう、日本神話だけ言っては何ですが、出遅れた感がありますが」
「はははは、正直なお方だ。他の神話体系の方からは、人の子らを助ける為に、新しく女神を創造した我々を引いた目で見られてしまいましたよ。いくら人を助ける為とはいえ、そこまでするのかとね。
一方で、よそ様のように複数の人の子らに閃きを齎す形の助力の方が、結果的にはより多くの戦う力を与えられたと、私達もその手があったかと目から鱗が落ちる思いでした。
ともあれ我々も以前から、人の子らへの助力の術を色々と模索していたのは、以前お話したとおりです。そこで方針が固まりまして、人間ではなく妖精達に技術提供をすることと相成りました」
「ほほう、妖精達に、となると、まあ、あれですか、人間よりは信頼が置けるなあと?」
そう判断されても仕方ねえわな、と大我は文句の一つも反論の一文字も出てこない。あの妖精達が種族単位でお人よしであるのは、彼らとの六十年近い付き合いの中で、人類全体がよく知っている。
「そこは詳細を語らずに於きましょう。さて現在、大我さんの宿っている女神は、我々が妖精達の魔法少女技術を参考に、分析と研究の果てに創造したものです。
さんざん技術に手を入れたので、かけ離れた箇所もありますが、基礎は共通していますから、妖精達もすぐに応用し直せるでしょう。
そもそも魔法少女とは変身前の少女達の肉体情報を素に、プラーナで構築された戦闘用の身体です。一方で魔法少女ソルグランドは、大我さんの肉体とは関係なしに創られています。
素となる肉体情報と精神性を無しに、戦闘体を生み出す技術。そしてそれを応用した、対魔物に用途を限定しプラーナ兵器の開発の協力が主な内容です。他には、他国と同じように日本版ファンタスマゴリアも実装予定です」
「ふむ。……用途を魔物に限定したのは、妖精達の開発したプラーナ兵器の解析を人類が行っても、同類相手に殺傷能力を発揮しないようにという配慮ですね?」
「はい。とはいえ人類の知恵と執念の凄まじさは何千年と見て参りましたので、時間の問題とも思いますが、なにもしないよりはと」
「この身体の開発技術の応用となると、ゆくゆくは老若男女を問わずに意識を移して戦える量産型のソルグランドを開発するところまで、絵図を書いておられると見ました。ふーむ」
大我の脳裏には、自分と同じ獣耳と尻尾を生やした、超をいくらつけてもいい巫女装束の美女がずらりと並ぶ光景が浮かんでいた。仮の身体とは言え、同じ顔がいくつも並ぶ光景は、精神的に堪えそうだ。
「パワードスーツとかパワーローダーとか、そういう扱いになるんですかね? 量産型のソルグランドってのは」
「意識を別の肉体に移すと考えると、やや異なるかと。大我さんの挙げられた例は自分の肉体で扱う代物ですからね。近未来を扱った物語に散見される、意識を電脳化し、人工的に用意した肉体を操作するという概念に近いかと。
性能面を考えれば、我々が総力を結集したあなたには遠く及ばないにせよ、操作を習熟した者が扱えば、一定以上の性能を発揮する量産品としての完成を目指すでしょう。
魔物相手に勝てなければ話になりませんし、少なくとも三級、欲を言えば準二級を相手に安定して勝てるだけの性能は望まれると思いますよ」
「そんな代物が本当に完成したなら、子供に命がけの戦いを押し付けずに済みますね」
本当にそうなったら、どれだけの魔法少女達が救われるだろう。彼女達に人類存亡の重荷を背負わせる罪悪感に耐えている者達が、どれだけ救われることか。
けれど、ああ、しかし──
「使い方を誤って、救われた以上の命が踏み躙られる未来を、どうしても完全には否定できないのが世知辛い……」
人類という種族への負の信頼から、重苦しい溜息を零す大我を慰める言葉を、夜羽音は持ち合わせていなかった。
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