第29話 国際魔法管理局
魔物少女の出現も原因を紐解いてゆけばソルグランドの存在に行き着く、と言っても過言ではないかもしれない。
それほどまでに八百万の神々の分霊と権能を結集させ、人間の魂を封入して誕生した最新の女神ソルグランドは、信奉を集める程の圧倒的戦闘能力を発揮したのだから。
魔物、人類、妖精、魔法少女によって成り立っていた世界の水面に、ソルグランドという小石どころか隕石が投げ込まれたことで特大の波紋が生じ、それぞれの当事者たちの知らぬところで奇しくもほぼ同時に新たな行動を促していたと言えよう。
魔法少女に神の手から成るソルグランドが名を連ね、魔物は魔物少女を作り出し、そして人類もまた彼ら自身の努力と研鑽により、新たな存在を生み出していた。
アメリカ合衆国。
魔物襲来以前も、以後も、変わらず人類最大最強の国家と言っていいだろう。
しかしながら、強力な通常兵器の数々が魔物を相手にする限りにおいて、効果が極めて薄く有効打足り得ない事実から、現状、北米大陸の安全を維持するだけで精一杯であった。
所属する魔法少女達の数は多く、質も悪いものではなかったが、南米の諸国家が壊滅に近い被害を受けて、国家の体裁をほとんど維持できておらず、国境へと集まる避難民達と人々に惹かれて姿を見せる魔物達に手を焼いている。
それでも、不屈の精神でかつての栄光ある時代を取り戻そうと奮起するアメリカの人々は、妖精との技術協力を深め、かの国独自の新たな力を魔法少女達へ与えることに成功した。
北米大陸内部に出現する魔物と南米大陸から進出してくる魔物との戦いに、日夜、奔走する魔法少女達の中でも特に選び抜かれた精鋭達と陸軍を率いて、彼女はとある大型の準特級魔物の住処と化したアメリカ西海岸のさる地域で激闘を演じていた。
全高百メートルを超える巨大な魔物は鮫を思わせる頭部に燃えるような五つの目を持ち、手足は細長く巨体は赤い表皮に覆われ、背中には首筋から尾てい骨の位置まで、等間隔で六本の鞭のような尻尾が生えていた。
嘴の中には小さな牙が何列も並び、体内で発した超音波を細い光線状に放射して、高層ビル群も戦闘機も戦車も両断してきた。
逆関節の足は瞬間的に超音速の突進を可能とし、背から生える尻尾は最大で九百メートルまで伸長し、縦横無尽の動きで近づく者を打ち据える。
艶やかな表皮はミサイルと砲弾の雨にも無傷で耐えるのは当然として、これまで数えきれない精鋭の魔法少女達が戦いを挑み、彼女らの振るう魔法のことごとくを弾き返してきた実績を持つ。
巨体からは想像もつかない俊敏性と極めて高い知覚能力を併せ持つ為、懐に飛び込むのも至難の業で、飛び込んだところで頑健な肉体を相手に攻撃はほぼ通じないと、これまで手詰まりだった相手である。
ブラッディテイルと名付けられた忌まわしいアメリカの敵が、今、一人の魔法少女によって討伐されようとしていた。
アメリカの国旗を思わせるガウンとフリジア帽、更に星をモチーフにしたアクセサリーと白いローブ、黄金に燃える松明と足元の鎖の千切れた足かせが特徴的な魔法少女こそが、アメリカの切り札であった。
従来の魔法少女は素質を有する少女の感性によって、大きくその姿と能力が左右される。
これまで少女に限られていた魔法少女の狭き門を広げる為、世界各国はフェアリヘイム共々、研究を続けてきたが彼女のコンセプトは違う。
量よりも質を優先し、魔法少女に神話や伝承のエッセンスを付与することで、従来のプラーナ出力や変換効率を大幅に上昇させ、新たなステージへと昇華させる技術によって齎された、いわゆる強化フォーム。
その強化フォームをアメリカで初めて獲得したのが、この少女であった。
アメリカの魔法少女
自由の女神像やローマの女神リベルタスの系譜にも連なるが、女神とは言うものの前述したとおり国家の擬人化と表現する方が正確だろう。
そして、スタープレイヤーがアメリカ式強化フォームの成功例第一号であり、同時にアメリカそのものを背負って戦う大役を担っていることを意味する。
アメリカに在籍するワールドランカーを含む魔法少女達が固唾を飲んで見守る中、スタープレイヤーはフリンジ帽から零れる髪を風になびかせて、骸となったブラッディテイルを冷たく厳しい瞳で見下ろしていた。
空中や地上から出現した無数の鎖によって、背中の尻尾も口も雁字搦めにされ、更に黄金の松明の炎によってその巨体をいくつものパーツに焼き切られた骸は、徐々にプラーナの粒子へと散りつつあった。
強化フォームへの最も高い適性を有していたとはいえ、元々は中堅以下の実力しかなかった魔法少女が単独で準特級の魔物を撃破したのは、前代未聞の偉業と褒め称えてよいだろう。
強化フォームもまた適性が求められるものの、人類の手によって技術である以上は今後改良を重ね、スタープレイヤーと同様により大きな力を得た魔法少女達を確保し、まずは北米の安全と南米の鎮圧。
そして強化フォームを持つ次世代魔法少女達によって、世界を魔物の恐怖から解放し、アメリカこそが地球人類の平和と未来を守護する盟主としての地位を確固なものとするのが、自分達に課せられた天命であるとかの国の人々は本気で信じていた。
しかしながら、彼らの思惑は思わぬ形で頓挫し、世界が思い通りに行かないことを改めて思い知らされる事となる。
理由は二つ。
魔法少女の質を高める強化フォーム技術を開発した国が、アメリカ以外にも複数存在していたから。
一つはイギリス──グレートブリテン及び北アイルランド連合王国。
アメリカが国家を擬人化した存在である女神コロンビアのエッセンスを組み込んだように、イギリスもまた国家を擬人化したる女神ブリタニアのエッセンスを魔法少女に組み込み、次世代魔法少女を生み出すことに成功していたのだ。
女神ブリタニアはポセイドンの三つ又の槍、アテナの兜、ユニオンフラッグの盾を持つとされる。
これらのエッセンスを持ちつつ、赤い鎧と白と青のドレスを組み合わせたコスチュームに黄金の髪を赤い薔薇のアクセサリーで飾る魔法少女ブレイブローズは、アメリカのスタープレイヤー同様、自国を悩ませる高位の魔物を討伐して、その実力を大きく知らしめていた。
またアメリカと比してはるかに古くから存在するイギリスにおいては、女神ブリタニア以外にも多くの伝承が用いられ、円卓の騎士や赤枝の騎士団、妖精達のエッセンスを組み込まれた次世代魔法少女を既に複数確保していた。
イギリス以外にも、各国で神話やおとぎ話などのエッセンスを組み込まれた次世代魔法少女達がほぼ同時期に出現して、世界各地で魔物を相手に華々しい戦果を挙げている。
かくして自国のみが有する強化フォーム技術によって、国際的な権威を独占しようという目論見はもろくも崩れ去ったのである。
ただし、それはイギリスをはじめ強化フォーム技術を開発した各国の人々も同じ話だったのだから、皮肉なものだ。
魔物の脅威により空路と海路の安全性が著しく低下したここ半世紀、人々はフェアリヘイムを介することで人員、物資そのほか諸々の安全かつ迅速な移動を可能としている。
世界各国のゲートをデルランドに接続することで、地球上を移動するのに比べて、はるかに移動距離を短く出来るのは、極めて大きな利点である。
先進的なプラーナ技術のみならず、魔法少女技術の開発以外にも、地球人類はフェアリヘイムの妖精達に大きく依存しつつあるのも、潜在的な問題だったが人類単位での生存の為には仕方がない、と今は目を瞑られている。
ともあれ今も健在の各国から集まった魔法少女関係者達は、フェアリヘイムの都市デルランドにある迎賓館に集い、緊急会合を開いていた。階段状のホール型の会議室は重々しい空気に満ちている。
元々は強化フォームの開発に成功した各国が、自分達の成果を披露して今後の魔物対策のイニシアチブを握る予定だったのだが、ほぼ同時に複数の国家で同様の技術が開発された事、そしてもう一つの大きな理由である魔物少女の出現によって、各国の想定は大きく外れてしまった。
魔物が百体以上ほとんど同時に出現して、一国の全土を計画的に襲撃するだけでも前代未聞の大事件なのに、それに合わせて気象を制御しながら対魔法少女を想定した魔法少女型魔物の出現と更なる異常事態が連続して発生した為である。
驚天動地の事態に強化フォーム技術開発の自慢も忘れて、各国の出席者達は顔を青くする者や逆に赤く染める者、落ち着かない様子で手元の資料を見る者と反応は様々だ。
日本では特災省が魔法少女の管理を担当しているが、世界各国の該当機関が所属する国際機関としては、シンプルに国際魔法管理局と分かりやすい名前が付けられている。
国際魔法管理局の緊急会合で知らされた情報に、各国の担当者が内心の動揺を押し隠せずにいられぬ中、音頭を取ったのは会議の議長を務めるフェアリヘイムの代表者ジジバだ。
フェアリヘイムに出現する魔物を相手に戦い続けてきた歴戦の軍人であり、現在は一線こそ退いたものの、今も妖精界隈に強い影響力を有する大物である。身長は六十センチほどで、白い髪と髭と眉とに埋もれていて長い髪の毛の塊にしか見えない。
「皆、今回の事態がどれだけ緊急性の高いものであったか、理解できたものと思うでな。話を進めさせてもらうでな? 詳細はやはり実際に戦った日本から語って欲しいでな」
髪の毛に埋もれているジジバの目配せを気配で察し、日本の出席者である生塩旗門が着席したまま、手元のタッチパネルを操作して出席者達に新たな情報を送り、会議室の中央にあるホロスクリーンにも投影される。
「失礼します。日本の生塩旗門です。既に概要は皆さんにご確認いただいておりますが、日本国所属の魔法少女ジェノルイン、ワンダーアイズ、ザンアキュートが太平洋上に魔物が発生させた台風へと接近し、出現した海洋生物型の魔物群と交戦しました」
画面が切り替わり醜悪な魔物達の姿が次々と映し出される。更に止めとばかりに醜鯨王の姿が映し出され、その名の通りの姿に見ている者達が大なり小なり不快感を露にする。
醜鯨王までは不快感だけで済んでいた。確かに強力な魔物で厄介な状況だが、それでも自国の魔法少女達でも倒せる相手だからだ。しかし……
「醜鯨王を撃破した後、その体内から件の魔物が出現しました。便宜上、日本では魔物少女と呼称しています」
姿を露にした魔物少女が明らかにジェノルイン達を想定した能力を駆使し、世界基準で見ても上位に位置するザンアキュート達を追い詰める姿に、出席者達の表情は一様に厳しく険しいものになる。
魔物少女の基本スペックはワールドランカークラスであり、その上、魔法少女に比べて多種多様な能力を持ち、更には相手に合わせた対抗手段までも備えるとなれば、これはもはや魔法少女の天敵に他ならない。
「これでは、まさに魔法少女殺しの魔物だ」
誰が呟いたのか、まさに正鵠を射る魔物少女に対する評価だった。
等級に換算すれば最低でも準特級、あるいは特級に割り当ててしかるべき脅威である。特級、すなわち人類滅亡の危機を齎すレベルを意味する。
だからこそ、魔物少女に対抗策を講じられてなお、圧倒してのけたソルグランドの異常性が際立ち、各国で開発された強化フォームの性能が霞むほどであった。
画面の中の動画は日本列島の防衛から、ソルブレイズらの救出に目的を変更し、駆けつけたソルグランドと魔物少女の戦闘へと変わる。
美醜感覚を超越する神の造りたもうたソルグランドの美貌と本物の神威もさることながら、やはり人型の戦略兵器と言いたくなるようなパフォーマンスを披露し、魔物少女に泣きべそをかかせる実力は、ともすれば世界ランキング第一位の彼女すら超えるのではないか?
そう人々に思わせるだけの実力を、ソルグランドは大いに発揮していた。そんな中で発言をしたのはアメリカの担当者だった。恰幅の良い壮年の黒人男性だ。髪の毛に白いものが混じってきていはいるが、元アメフト選手として鍛えた肉体はまだまだ衰えていない。
「以前からこのソルグランドという魔法少女について、連絡は受けていたが、彼女がいまだに正式に日本政府に所属していない事、彼女の背後に居るヤオヨロズという組織の詳細が不明であるのは、変わりはないのかね?」
相変わらずソルグランドがフリーであるという再確認を、わざわざ耳目のある場所で行うのは、せめてもの公平性を期そうという良心の働きかけだったろうか。当然、アメリカに引き抜くつもりであるのは、言うまでもない。
「はい。依然としてソルグランドさんは所属先を持たない魔法少女であり、ヤオヨロズとは我々、日本政府とフェアリヘイムのみが協力関係を築けているのが現状です」
しっかりソルグランドと協力関係を築けているのは、ウチと妖精さん達だけですよと釘を刺す旗門はしれっとした顔だ。日本が滅亡の憂き目を見ず、被害も軽微であったのは地球人類にとって大きな朗報だが、それだけではすまないのが国家の付き合いというもの。
同時に独自技術による強化フォームの開発に成功していない日本政府にとって、ソルグランドとの繋がりはそれに代わる手札でもあった。切り方を間違えればソルグランドに愛想を尽かされるとあれば、取り扱いは慎重にならざるを得ないけれど。
「この映像を見る限り彼女の実力は間違いなくワールドランカークラス。フェアリヘイムの妖精方も存じ上げないとなれば、これは至急、彼女と接触を重ねより濃密な協力関係を構築するのが肝要だな。
ぜひとも我々、地球人類の未来の為にも彼女とお近づきになりたいものだ。特に彼女を生み出したヤオヨロズという組織については、我々の開発した新技術について、ぜひ意見を交換したいものだ」
アメリカの発言に乗ろうとする者、日本政府やフェアリヘイム側の反応を伺う者、魔物少女の脅威の方こそ重要ではと考える者と出席者の心中は、様々に分かれる。
地球上では分断されつつも、フェアリヘイムを介すればかつてに近い形で交流できることで、地球国家間に派閥を形成して一致団結を阻む要素となっているのは、数少ないが重大な弊害に違いない。
「ええ。地球人類の未来の為には必要なことでしょう。こちらから先方に問い合わせておきます」
玉虫色の返事をしながら、旗門は次の手札をいつ切るかと思案していた。魔物少女の出現と前後して、コクウを通してフェアリヘイムを相手に魔法少女に関する技術提供の打診があり、それに日本政府も一枚噛んでいる、というハイリスクハイリターンの手札を。
独力での強化フォーム開発に至っていない日本政府にとって、ソルグランドの存在とヤオヨロズからの技術提供は、非常に強力な手札である。決して、切るタイミングを間違ってはならなかった。
旗門は自分の両肩に乗せられた重荷に、骨の折れる思いだった。
この後も数時間に渡り、開かれた緊急会合で決定したのは、以下のとおりである。
一つ、魔物少女の個体名称をフォビドゥンとする。
二つ、各国の開発した強化フォームを共通名称としてファンタスマゴリアとする。
三つ、フェアリヘイム直属の国境を越えた魔法少女による独立遊撃部隊の創設を検討。
他にも大小のやり取りがあったが、ソルグランドに大きく関わるものとすれば、この三つであろう。
なぜ、示し合わせたかのように各国で強化フォームの開発に成功する中、日本では成功に至らなかったのか? それを各国の関係者達が知らぬ中、ソルグランドが夜羽音から知らされるのは、この数日後のことである。
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