第28話 真上と真神身

「見た目も実力も厄介な相手だったが、とりあえず撃退は出来たぜ。四人とも調子はどうだ?」


 魔物少女の逃亡を確認したソルグランドは天覇魔鬼力をはじめとした神器を消し、夜羽音の簡易神域に保護されている四人の下へと舞い降りる。

 ただそれだけで、天女の降臨──それもとびきり美しく、尋常ならざる強さの──を想起させるソルグランドにソルブレイズ達の視線が吸い寄せられる。

 夜羽音をはじめ、ワンダーアイズ以外の魔法少女達は安堵の色を瞳に浮かべていた。


 ワンダーアイズは酷使した目と精神を休ませる為に、固形化された海面の上で横になり、閉じた瞼の上に手を重ねて休んでいる。

 消耗の激しさと精神の疲弊を見て取り、ソルグランドは安静にしておくのが一番だ、と心の中で一言。

 ザンアキュートも全身全霊を込めた一振りの代償に、精魂使い果たした様子で海面に突き立てた大太刀に縋りついて失神していた。


「あははは、ちょっと死屍累々って言葉が頭をよぎりますけれど、全員、無事ですよ。変身を解除した後の後遺症もないでしょうし。でも、色々あり過ぎてクタクタです。身も心も……」


 可愛い孫娘が心底から疲れ切った様子で告白するのに、ソルグランドは相好を崩して夜羽音の隣に降り立つ。

 夜羽音はふわりと浮かび上がって、ソルグランドの左肩に飛び乗る。そしてかつてない死闘を戦い抜いた少女達へ、慈しむ瞳で見つめながら、嘴を開く。


「戦いが終わったとはいえ、長く居るのに適した場所ではありません。ひとまずは本土へ帰還いたしましょう。皆さんはそのまま楽な姿勢で休んでいてください。私がこの結界ごと皆さんを運びます。ソルグランドさんもどうぞ楽に」


「いやいや、俺はまだまだ元気いっぱいさ。あの女の子のおかわりが来ても、ボコボコにして追い返してやるとも。念の為、道中の護衛はしないとだしね」


 先ほどの戦闘でソルグランドが消耗したプラーナは、並みの魔法少女百人分でも足りない上、ここに来るまでの間に日本各地を転戦した百を超える魔物を撃破している。

 それでこの消耗の無さときた。およそ魔法少女の常識を超えた存在であるのを、今回の日本亡国の危機を救ったことで、また一つ証明していたのを、本人はまだ気づいていない。


「ご面倒をおかけします。では皆さん、本土までゆるりと参りましょう。あちらからも援軍に来る予定だった魔法少女達が、念のために迎えに来てくれていますから、途中で合流しましょうか」


 そうして夜羽音が構築した簡易神域は鳥居も含めて、重力を感じさせない動きで浮かび上がる。足場が不可視では不安だろうから、と気を利かせた夜羽音により、いつの間にか直径八メートルほどの足場は板張りの床に変わっている。

 触感も確かなものであり、これなら空中で落下する不安感を味わわずに済む。

 ザンアキュートとワンダーアイズは先の通りだが、ソルブレイズとジェノルインはジェノルインの杖にすがるように座り込み、お互いの体で倒れないように支え合っている。

 座り直す気力と体力もないのか、そのまま眠ってしまいそうな様子だ。この場合は失神の方が正確かもしれない。


 魔物が戦略的な行動を取り、魔法少女を模した魔物少女の出現と、フェアリヘイム、特災省、日本国、地球各国に凄まじい衝撃を齎す一連の事件は、少なくとも戦場に立っていた当事者達にとっては、ひとまずの終わりを迎えた。

 今回の事件が一つの契機となるのは、どの陣営にとっても明らかであった。地球人類にも、妖精にも、魔物にも、そして八百万の神々にとっても。


 迎えに来た三名の魔法少女達と共に日本本土に到着したソルグランドと夜羽音は、予め打ち合わせておいた合流地点で特災省の人々と落ち合って、失神しているのか寝ているのか分からないソルブレイズ、ワンダーアイズ、ザンアキュートを引き渡す。

 今回の魔物の襲撃を負傷者こそ出したものの、死者を出さずに収拾できたのは、ひとえにソルグランドという超ド級戦力の献身あればこそ。

 それを理解している特災省のスタッフや妖精達から、しきりに感謝の言葉を述べられる中、ソルグランドと夜羽音は今回の異常事態についてはまた後日、情報共有しようと伝え、本拠地となっている霧の中の無我身神社へと、人目を忍んで帰還するのだった。


 四方八方を霧に包まれ、境内には手水場以外にもソロキャンプ用のテントや組み立て式のテーブルセットが並ぶ神社に戻ってきたソルグランド──大我は、まずは戦闘形態を解除し、思い切り伸びをした。


「んん~~~~いやあ、帰ってきたと思うくらいには、ここにも馴染んだもんですねえ」


 首を左右に振り、肩も回して体をほぐしながら歩き、テーブルに置いてある未開封のミネラルウォーターのペットボトルを手に取って、一口飲む。

 何気ない動作だが、それが戦闘によって高ぶった精神を鎮めるのに、少なくとも大我にとっては意外と有効なのだ。一息ついた大我はそれから左の袂から、小さな飴玉のようなものを取り出して、テーブルの上に置く。透明な球体の中に紫色の液体のようなものがある。


「あの魔物のプラーナです。ガブリとやった時に、口の中で保存しておきました。八塩祈之酒で包んで、建御名方神の御神渡りの応用で凍らせたものです」


「抜け目のない方だ」


「他にもこのプラーナ、いや、もう血にしか見えないんで血って言いますが、他の肉片だとかはどんな悪影響が出るか分からなかったんで、破殺禍仁勾玉を海中に潜らせている間に処分しておきました。

 俺達の知らないところで増殖して、ある日、巨大怪獣になって復讐をしにやって来る、なんていう事態にはならないでしょう」


「我々の方でも戦闘が行われたあの海域は、入念に調査をしておきます。貴方の感覚で問題がないのなら、まず大丈夫と思いますが、念には念を入れるべきでしょうね。

 しかし、あの魔法少女型の魔物、さしずめ魔物少女ですが我々の想定といささか異なる敵が出てきたものですね」


 テーブルの上に飛び乗った夜羽音は、凍った八塩祈之酒に閉じ込められた魔物少女のプラーナを見つめながら、嘆息するように呟いた。

 両面両儀童子を上回る強敵の出現は予想していたが、あそこまでこちらに寄せた魔物を出してきたのは、彼の想定外の事態だった。

 既に謎の妖精コクウの擬態を解き、本来の八咫烏の姿に戻った夜羽音が深刻な素振りを見せるのに対し、大我はむしろ落ち着きのある態度を取っている。よっこらしょ、と組み立て椅子に腰かけて、茶目っ気たっぷりに肩をすくめる。


「そうですか? むしろ定番でしょう。敵がこちらと同じ舞台に立って、戦ってくるなんてのは、古今東西、漫画にアニメに映画にと当たり前に用いられている流れです。

 そうでなくても、敵に勝つために同種のより優れた武器を用意するのは、戦争の常套手段って奴です。

 これまでは魔物っていう天災めいたものが相手でしたが、今回の事で明確な敵と悪意が存在しているのが分かりました。今後は相手のいる戦争に変わったと個人的には考えておりますよ」


「ふむ。ふむふむ。私は戦闘と戦争に関しては門外漢ですが、なるほど、大我さんの言われることはごもっともと感じます。魔物の背後に存在する未だ謎の存在を相手の戦争ですか。かつてこの国に仏の教えが渡来してきた時を思い出しますね」


 大我の主観としてはとっくの昔から仏教は日本に根付き、神道共々、生活習慣の一部と化しているから、なんともコメントしづらい夜羽音の発言であった。

 日本の神々相手にも、御仏相手にも唾を吐くような行為は罰当たりな、と感じられることであるし。


「人間相手の戦争とは勝手が違うでしょうが、悲しいかな、人類は戦争には慣れていますからね。案外、災害としての魔物との戦いよりもやりやすくなるかもしれません」


「実際にそうなったとしても、素直に喜べないのが悲しいですね。慣れるほど戦争を種族単位で経験している、というのは。

 同族相手にするよりは異種相手の戦争の方が、気は楽でありますが、種の存続を賭けた戦いとなれば『どこまでも戦う』という選択肢になってしまいそうです」


「同じ価値観を共有できる人間相手なら、手加減なり妥協なりが出来ても、姿かたちや価値観のまるっきり異なる相手だったら、とことん戦う道をひた走ることになってしまいそうですね……」


 お互いを絶滅させるまで続く戦争と考えると、ぞっとしないものだ。背筋が寒くなるのを感じながら、大我はもう一度、ペットボトルを傾けて喉を潤す。

 そうして、ふと、これまで荒涼としていた霧中の無我身神社に違和感を覚える。なんというか、うら寂しい雰囲気がそこかしこにわだかまり、誰からも忘れられた廃神社といったおもむきだったのが、今はなんだか綺麗になっているような?


「話は変わりますが、神社の修繕を手配されていたのですか?」


「ああ、それはですね。この神社と境内、それに周囲の天地は、元々、大我さんの宿っている女神の為の神域として用意したものなのです」


「この間借りしている女神さまの。なるほど~流石は神様だ。土地そのものを創られるとは」


「国産みをなされた方々もおりますし、これくらいはちょちょいと出来ますよ。当初、この神社が寂れていたのは、まだなんの信仰も得てはいなかったからです」


「信仰。……神様らしく信心を集めて信仰を深めれば、この神社が豪奢になって霧も晴れて探索できる範囲が広がるとか、そういう仕様で?」


「ご名答。信仰が集まれば神の権威は高まる。単純明快でしょう。これまでの大我さんの活躍と今回の大活躍で、魔法少女の皆さんと特災省の者達からの信心が募った結果が、今のこの神社ですよ。信心以外にも信頼や友愛も大きく含まれていますね」


 大我は椅子から立ち上がり、社を振り返ってまじまじと見つめ、更に周囲の霧深き山々を見回す。石段の下った先は相変わらず霧に包まれて、白い世界に飲まれているが、周囲の木々は以前よりも視界が開けて、見える範囲が明らかに広がっている。


「ふーむ。材木を切り倒して日曜大工をする時間の余裕はないでしょうが、山の中を気晴らしに散策するくらいは出来るようになった様子ですな。

 となるとこの神社にもきちんと名前を付けた方が良いのでしょう。名前を持てば存在がより確固たるものになるでしょうから。ああ、それとも名前は既にお決まりで?」


「いいえ、ですが、大我さんと共に行動しているうちに一つ思い浮かんだものがあります。既に高天原の皆さんと相談した上で了承は得ております」


「ほほう、高天原のいと貴き方々の許しを得ておられると。こりゃあ、下手に意見できませんな」


「ははは、大我さんには大変な苦労を掛けてしまっていますから、滅多なことでは目くじらも立ちませんよ。さて、私の方で思いついた名前ですが、大我さんの名字の読みを拝借して、真の神の身体で真神身まがみ神社としようかと」


「それは……光栄ではありますが、真神身神社とは、いやはや。お身体に居候しているばかりじゃなくて、名前まで押し付けてしまうようで、この女神様に後で罰を下されそうですわな。

 まあ、俺が死んだ後でしょうが、あの世に行ってからの神罰というのも恐ろしいと言えば恐ろしい」


「発案者は私で賛同者は高天原の皆々様です。間違っても大我さんに累は及びませんし、及ばせはしませんとも。それではここは真神身神社でよろしいですかな?」


「ええ。いささかくすぐったくはありますが、最新の女神様のお住まいに俺の名字と同じ読みが付けられるのなら、この上ない栄誉ですから」


 そうしてこの霧に包まれた神社は真神身神社の名前を得たのだが、ふと、大我はこの身体の本来の持ち主である女神はいったいどのような性格なのだろうかと、興味を抱く。

 役目を果たせば今度こそ黄泉に旅立つ自分には、きっと知りようのないことだと、諦めながら。

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