第34話 祖父と孫娘と鴉

 魔物側の大きな動きを知らない大我は、その日、特災省九州支部に足を運び、孫娘の燦と昼食を共にしていた。

 フォビドゥンの襲撃以来、魔物の出現頻度は目に見えて減っており、その間に先の戦いで被害を受けた各都市の復興と、魔法少女達の休息が進められている。

 大我が仮想魔物少女としてアグレッサーを務められたのも、魔物が息を潜めたお陰で、日本ランカー達の自由時間が確保されていたからである。


 そしてついに、可愛い可愛い孫娘の燦ことソルブレイズとも魔物少女代わりの模擬戦を済ませ、報酬というわけではないが、九州支部の食堂でごぼう天と肉たっぷりの特盛うどんをご馳走になっている。

 大我には先日の魔物少女との戦いで、報酬として大金が口座に振り込まれているから、ご馳走になるわけには、と一度は断ったのだが、燦が私の気持ちですから! と押してきたので、大我はあっさりと折れた。

 年下の少女というだけでなく、孫娘という効果抜群のフィルターが掛かっている以上、大我が燦に押し負けるのは自明の理とさえ言えた。


 大我は真神身神社での自炊は相変わらず続けているが、真っ当な手段で通貨を確保できるようになったお陰で、時折、外食をするようになっている。実に文明的である。

 自分が文明に触れているという実感だけでなく、誰かの作った料理というのは、五臓六腑に染み渡る温かさがあった。


 膨大な生命力を消費して、命懸けの戦いをする魔法少女達の為に、各支部の食堂をはじめ、潤沢な予算と有能な人材が確保されて、提供される食事は一流店もかくや。

 更には孫娘と二人で外食している気分になれるとあって、大我の祖父心は大いに満たされるという、オマケつきである。

 また、当然ながらパートナー妖精コクウの振りをしている夜羽音も同行しているのだが、聡明かつ空気の読める八咫烏である彼は、少し離れた席で自分達の巻き込んだ老人の邪魔にならないよう沈黙している。


「魔物少女相手だと、一人じゃとても勝てませんね」


 先に親子丼を食べ終えた燦が、しみじみと呟く。ごぼう天うどんを食べ終えた大我も、緑茶を啜りながら、どうした、と視線を寄こす。それだけで燦は話の続きを促されたのを理解して、ぽつぽつと喋り出す。


「ソルグランドさんが私を含めて、日本ランカーの全員と模擬戦をしてくれたじゃないですか。魔物少女の真似をして、それで私を含めて相手をしてもらった全員、負けっぱなしなんですもん」


 そう、この時点で日本ランカーは第一位を除いて、全員が大我に相手をしてもらい、全敗を喫している。

 直接、魔物少女と戦ったジェノルイン、ワンダーアイズ、ザンアキュート、ソルブレイズはあれほど強かった魔物少女さえ一蹴したソルグランドなのだから、当然だと受け止めてはいたが、それでもなお衝撃はあった。

 ソルグランドがこの上なく頼りになる証明だったが、同時に魔物少女もソルグランドほどではないにせよ、恐るべき強敵であることも意味しているのだから、困りものである。


「俺は魔法少女を助ける魔法少女だからな。それに日本でもよその国みたいにファンタスマゴリアの実装に向けて、まい進中なんだろう? 強化フォームが完成すれば、魔物少女相手でも互角以上に戦えるようになるって。そう希望を持っておこうぜ」


「強化フォームかぁ。これも魔法少女と同じで適性次第なんでしょうね。でも結構悩ましくないですか? 強い人がもっと強くなる方が良いのか、ええっと、ちょっとランクの低い人が強くなる方がいいのか」


「なるほどねえ。フォビドゥンって名づけられた奴相手なら、ランカーが強化フォームを手に入れて、もっと強くなる方が良いが、日常的に魔物を相手にする観点からすれば、ちょっと頼りない面子がパワーアップして、魔法少女の層が厚くなる方がいいもんな。

 贅沢を言えば誰でも強化フォームを獲得できて、魔法少女全員のパワーアップに繋がる方が、ありがたいが、世の中、そう上手くゆくようには出来てないさ。魔物なんてものが良い証拠だな」


「叶わない夢を見るようなものかなあ? 強化フォームは私達にとって新しい希望になりましたけど、希望の光が見えたらもっと新しい光が見たいって思うようになるのは、欲張りさんですねえ」


 唇を尖らせて溜息を零す燦を、大我はこの上ない慈愛に満ちた眼差しで見ていた。

 孫娘可愛さで目を曇らせている大我ではあるが、ソルグランドとして戦闘を経験したことで、魔法少女としての燦の言い分はよく理解できる。

 大我としては魔物少女とあと何度戦ったとしても、あの時のままであるのなら負けない確信があるが、日本ランカークラスでさえ複数で挑んでようやく勝機が見える強敵なのだ。


 質の魔物少女と数の魔物、いや、魔物とて等級の高い個体となればランカーでも危うい。実際、ザンアキュートはプラーナの消費ペースを誤って、鎧王鬼と鎧将鬼の群れを相手に不覚を取りかけている。

 強化フォームは大きな力ではあるが、やはりその適性を求められる扱いにくさが、両手をあげて喜ぶに喜べない欠点となっていた。

 二人の会話に耳を傾けていた夜羽音が、ここで口を挟んで……嘴を挟んで? も構わないとタイミングを見計らって、話しかける。


「その点についてはヤオヨロズ、フェアリヘイム、日本国内でも様々な意見が出ておりますが、他国のファンタスマゴリアも鑑みますに、私達は汎用性と扱いやすさに舵を切ってみようかと」


「ほほう、扱いやすさと。そらまあ、量産型のソルグランドを用意しようかってくらいなんだから、突き詰めるものは汎用性とか普遍性になるか」


 量産型の下りで燦の顔がわずかに曇ったが、幸か不幸か大我の視界の外だった為、彼は孫娘の感情の変化に気付けなかった。

 なおこの話を聞いたザンアキュートは、不敬な、と怒る反面、ソルグランドがずらりと並ぶ光景を妄想して恍惚とし全身を真っ赤にする、という器用な真似をしていたが、それは大我が知らなくてもよい事である。

 鼻血を噴かなかっただけ上出来なザンアキュートの惨状を知らないソルグランドは、コクウに話の続きを促す。


「それだと、具体的にはどうなるので?」


 夜羽音はぴょんぴょんと器用に跳ねて、二人の目の前に飛び移る。空になった食器を挟んで向かい合い、二人の顔を見上げる。

 ソルグランドはコストを度外視し、性能を盛りに盛ったハイエンドであるが、武器など外的要因によって、能力を向上させることはできる。夜羽音にしても渡りに船の話だったのだ。


「強化フォームは魔法少女を大幅に強化しますが、それが適性を求められる大きな理由となっています。そこで発想を変えてみました。誰でも扱いやすく、部分的な強化にとどめて見てはどうかと。

 現在、魔法少女となっている皆さんに使えるように調整した、魔法少女用の武器や防具の開発を進めています。元々、武器を持っている魔法少女ならその武器を強化するか、持ち替えられる予備の武器、あるいは苦手な間合いや状況を補える装備が目指すところです」


 大我は、かつて子供や孫娘の小さいころに強請られたおもちゃを思い出していた。


「アレか、つまりはパワーアップアイテムのようなものを目指していると」


 特撮に限らず、定番中の定番である。ああ、と燦の口からも納得の言葉が出る。彼女も昔を思い出したのか、ヤオヨロズの目指す物を簡単にイメージできたらしい。


「手本や参考にする資料は数えきれないほどありましたから。その中から実用性があり、有用なものを選別するのに時間が掛かりました。

 魔法少女用の強化武装については、妖精達のプラーナ技術もあって、開発は順調です。通常兵器に魔物に対する有効性を持たせる方が難しい」


「魔法少女でなくても戦える武器が出来たんなら、そりゃ、世界中で鬱屈としている兵隊さん達が腕を鳴らすだろうな。女の子ばかりに戦わせなきゃならん現状に嘆いている軍人は、山ほどいるはずだから」


「とりあえずは、その前に今、戦ってくれている魔法少女達を活かす方向で話を進めています。日本版ファンタスマゴリアと強化武装は近い時期に実装となるでしょう。ひょっとしたら、ソルブレイズさん、貴女が最初の一人に選ばれるかもしれませんね」


「私ですか?」


「ええ。ひょっとしたらかなり格の高い神々との相性が良いかもしれませんよ。はっはっははっは」


 なんとも胡散臭い笑い方をする夜羽音を、燦は疑わしげな眼で見ていたが、色々と知ってしまっている大我は割と洒落にならんことを言われているぞ、これ、と呆れるのだった。

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