第22話 ナメられている

 夜羽音もといコクウからの報せにより発覚した、魔物が発生させた異常な台風の接近は日本全土に緊張を走らせた。

 日本政府が正式に緊急事態警報を発し、上陸予想地点となる近畿から四国の太平洋沿いの住人に関しては、シェルターへの避難が進められている。


 同時に魔法少女達の多くは、日本各地に発生している魔物への対処に追われ、魔物の台風に対応できる魔法少女の数は少なかった。こちらはこちらで放置すれば都市を破壊し、数千、数万人単位の死傷者を短時間に発生させる脅威であり、無視できるはずもない。

 その中でソルグランドは夜羽音と共に獅子奮迅の戦いぶりを見せていたが、彼女を日本列島に拘束させる為であるかのように、生命力や防御能力に特化した魔物が出現しており、さしもの彼女も普段よりも魔物の撃破に時間を取られていた。


 太平洋上を進む台風は風速六十メートルを超え、殺人的な勢いで海面と大気をかき乱し、この台風だけでも日本列島に上陸すれば国家規模の災害を齎す可能性を見込まれている。

 この台風とおそらく中心部に居ると推測される魔物を相手に、動員された魔法少女はわずか四名。百名を超える魔法少女の内、最悪の場合、特級の魔物が居ることを想定し、実力を考慮してすぐに動員できたのが四名であった。

 交戦予定時刻から三十分が経過すれば、更にランカーを投入できる見込みとなってはいるが、情報不足から見通しは暗雲の中に飲み込まれて、明るい未来は見えていない。


 太平洋上にて、空は無数の龍が荒れ狂っているかのように灰色の雲が渦を巻き、海面は暗く濁ってどんなに大きな船舶も飲み込まれるしかない波が、四方八方から押し寄せるように発生している。

 こんな海に漕ぎ出す者は運命の全てを神に委ねるしかないだろう。今の人類ではとても生存できそうにない狂乱の海に、なにかの間違いのように四人の魔法少女達の姿があった。


 百九十センチ近い長身に、赤い半袖の水干に黒いショートパンツ、赤い鼻緒の黒い高下駄、更には右耳と下唇をつなぐ銀色のチェーンピアスとインパクトの強い見た目をしているのは、JMGランキング六位ワンダーアイズ。


「うぜえ風と雨だな。雷はねえ。プラーナの反応もねえ。どう見るよ?」


 ワンダーアイズが言葉と金色の視線を向けたのは、ラプンツェルを思わせる黄金の三つ編みと、淡い水色と白色のドレスの上から、桜や牡丹の柄の打掛を羽織る大人びた魔法少女。

 JMGランキング第二位ジェノルイン。彼女の傷一つ、汚れ一つない手には不釣り合いなほどに武骨で巨大な杖が握られている。金色に輝く二メートル近い杖で、先端は王冠を思わせるデザインとなっている。


「台風が一種のジャマー、結界として機能して魔物のプラーナ反応を隠しているか、魔物自体がプラーナを隠す能力を持っているかのどちらかでしょう」


 秘密のお茶会で見せた聖母のような慈愛深い雰囲気はなく、歴戦と呼んでもまだ足りないほど戦い慣れた戦士の横顔になっている。

 ワンダーアイズとジェノルインの会話に耳を傾けながら、他の二人も目の前の天と海をつなぐ偽りの台風に視線を注いでいる。

 残る二人はJMGランキング第七位ザンアキュート、JMGランキング第十位ソルブレイズ。奇しくも秘密のお茶会の参加者四名が、この場に集っていた。


 荒れ狂う海面からざっと十メートルほどの位置で浮いている四名は、魔法少女の肉体が自動で展開する防御フィールドが雨風程度なら防いでくれるお陰で、全員、濡れ鼠にならずに済んでいる。

 小さく見ても日本滅亡レベル、大きく見れば人類世界滅亡レベルの危機を前にして、さしものザンアキュートも緊張を隠せず、魔法少女歴の浅いソルブレイズなどは意気込み過ぎて、余計な力が全身に入っている。


「あの台風の中にどれだけ魔物が居るのかな」


 ソルブレイズは無意識の内に左手首に巻いた組み紐にそっと触れる。お守り代わりのその組み紐に、救いを求めたのか。あるいは組み紐を通じてソルグランドに助けを求めていたのか……

 ザンアキュートも同じように首に巻いた組み紐に触れようとして、伸ばした右手を止める。魔法少女として先輩であり、実力的にも上である自分までも、誰かに救いを求めてはならないという意地であった。


「どれだけ居たとしても、私達で倒す以外に道はないわ。それよりも強い個体が多数いるよりも、極めて強力な一体が居る方が厄介かもね」


「例えば百体の一級よりも、一体の特級の方が危険だってザンアキュートさんは考えているんですか?」


「貴女もそうでしょう? 私も貴女も一級になら勝てる。でも特級には勝てないのだもの」


 この時、ザンアキュートは言及しなかったが、視界に入った存在全てに同時に斬撃を刻めるザンアキュート、圧倒的火力で至近距離から遠距離まで全て対応できるソルブレイズ、更に他の二人も多数を相手取るのに向いた固有魔法の持ち主だ。

 そんな面子が揃っている以上、倒せる一級を多数相手取る方が戦いやすく、危険性が低いのは道理であった。


 防御フィールドがなければ風に巻かれ、波に飲まれてそのまま絶命してしまう危険地帯の中で、四人は勇気をもって内心の恐怖を抑え込み、開戦の火蓋をそろそろ切って落とそうかと目配せをしあう。

 台風の勢いは一向に弱まる気配なく、風の強さも移動速度もいや増すばかり。

 ろくな準備をする暇もなく滅亡の危機に追い込まれた日本政府と国民ばかりでなく、世界もまた、強力な魔法少女を多数抱え、正常に政府が機能している貴重な国家の行く末に対し、注目していた。

 四人共に許容量ギリギリまでプラーナを練り上げたのを察し、ワンダーアイズが口を開く。意外と面倒見がいい、と知人達は口を揃えて言う。


「全員、戦闘態勢は整って、腹も括ったよな? どんな魔物だか知らねえが、パスポートもなしに不法入国しようってんだ。こっちから先制パンチをぶち込んでも、文句は言えねえわな。まずはあの目障りな台風を消しちまおうぜ、ジェノルイン」


「貴女の目でも出来るでしょうに。でも、ええ、そうね。いい加減、この雨も風も鬱陶しくなってきたところですもの」


 既にいつもの優しげなジェノルインはそこに居なかった。

 時折、他の魔法少女からお姉ちゃん、更にはママ、と呼ばれてしまう包容力は跡形もなく消え去り、今そこにあるのは人類の天敵である魔物を滅殺するという堅固なる意志。

 黄金の杖の先端を台風へと向ける、巨大すぎて距離感を掴みにくいが、四人がそれぞれ話をしている間にも台風は接近しており、日本本土の天候と太平洋側の沿岸にも影響を与える距離に達している。

 ジェノルインの体から発せられるプラーナ量に、ソルブレイズは驚きを隠せずに目を見張る。少なく見積もっても自分の四倍以上のプラーナを、ジェノルインが保有しているのを感知したからだ。


「っ、すごいプラーナ量! これが日本で二番目に強い魔法少女!」


 驚嘆するソルブレイズの初々しい様子を見て、ワンダーアイズは口元を緩める。実戦の場でのジェノルインを初めて目の当たりにした時、ほとんどの魔法少女はソルブレイズのような反応をする。

 馬鹿げたプラーナ量だけでなく、それを制御する技術の精密さもジェノルインの強みだが、他人の長所をべらべらと語る場面ではなかったし、それくらいなら公式のプロフィールに掲載されている。


「ソルブレイズ、台風の内側からの狙撃とか、海中からの攻撃への警戒を緩めんなよ」


 派手な攻撃をぶちかますべく準備に入ったジェノルインも、肉体を中心に不可視のプラーナの防御フィールドを多重展開しており、この守りを抜くのは仮に相手が準特級の魔物でもそう容易ではないレベルだ。

 不意打ち対策は防御するか、避けるか、事前に察知するか、と対処法は魔法少女それぞれだ。ワンダーアイズはソルブレイズの場合、圧倒的な熱量を利用した防御フィールドだろうと予測している。


「あ、は、はい!」


 むろんソルブレイズも魔法少女として逸材レベルの適性を持ち、素の耐久性は高く、簡単にダメージを負うような脆弱さはないが、今回は相手が相手だ。

 台風を起こすような怪物を相手に、防御を疎かにすれば簡単に大ダメージを叩き込まれるだろう。

 一方でザンアキュートは既に大太刀を抜いていて、台風の中心部から、あるいは曇天から荒れる海から攻撃が殺到してもそれを斬り捨てる態勢を取っている。この時点での警戒態勢そのものに経験値の差が表れていた。


「それとジェノルインだが、実力をよく知っている奴らからは、こう呼ばれてんだよ。ジェノサイドルインってな。ジェノサイドは虐殺、ルインは滅亡とか堕落って意味でよ。本人はしっくり来ていないみたいだが、知り合いからすればピッタリなんよな」


 あんまりに物騒なジェノルインへの評価にソルブレイズが何も言えずにいる間に、ジェノルインは台風へ加える第一撃の用意を終えた。


「私の目に命は映らない。私の指先は命に触れない。私の耳に死の足音は聞こえない。私の心臓に死の指先は届かない。私の世界に命も死もいらない。『滅亡世壊さようならせかい』」


 ジェノルインの感性によって紡がれた詠唱が終わるのと同時に、曇天の更に上空、荒れる海の底に黄金の輝きが広がってゆく。

 直径一キロメートルを超える黄金の円が天空の彼方と暗い海の底に描かれて、高さ二十キロメートルを超える光り輝く黄金の円柱が出来上がる。

 小型とはいえ台風と比べればあまりにか細い針のようなものだが、ジェノルインの狙いは台風の目の更に中心部に居るだろう魔物だ。台風の規模と比べれば『針』程度の大きさで十分と彼女は判断していた。

 そして黄金の円柱の両端から中心部へと向けてキラキラと輝く星粒が発射され、ちょうど中間地点で二つの星粒が激突し、周囲を黄金に染め上げる光の爆発が生じて、台風の全てを吹き飛ばす黄金の光と新たな爆風が荒れ狂う。


「きゃあっ」


 ソルブレイズは咄嗟に両腕を交差して顔と体をかばい、ザンアキュートは大太刀に手を掛けた姿勢のまま、薄目になって暴力的な光の向こう側を睨み続ける。


「っ!」


「ははは、相変わらず派手でやんの。それにしたって眩しすぎだぁ。『俺の目には黄金の光は見えない』」


 ワンダーアイズがプラーナを込めて言霊を呟くのと同時に、爆風はそのままに三人に届く黄金光おうごんこうが消え去り、瞳を焼く暴力的な輝きがピタリと消え去る。


「あれ、ここら辺にだけ光が届いていない? それとも、消えた?」


 風だけは勢いそのままなのに、光だけが消えている状況にソルブレイズが不思議そうにするものだから、ザンアキュートは親切心から解説してあげた。仮にも同じ太陽派のメンバーであることだし。


「ワンダーアイズさんの魔法よ。魔法少女名の通り、視覚を利用した魔法を使うの。あの人は存在しないものを『見る』ことで現実に出来るし、存在するものを『見えない』、つまり存在しないものとして消し去ることもできる」


「ほ、ほとんど反則ですね、その魔法」


 視界に入った魔物全てに斬撃を加えるザンアキュートよりもはるかに自由度が大きく、万能そうに思えるワンダーアイズの魔法だが、当の本人がソルブレイズの過大評価を否定した。


「んな都合のいいもんじゃねえよ。俺のランキングから分かるだろ? プラーナが多い相手ほど魔法が効きづらいし、今でこそ二級までなら大抵は消せるようになったが、それ以上となると話は変わってくる。

 そんで、今回の相手はまず一級以上だ。事前の打ち合わせ通り俺はフォローに回るから、お前ら二人にメインアタッカーを任せるぞ。……ち、ジャミングは相変わらずか。支部との連絡が繋がらねえ」


 通常、魔物との戦いでは支部や妖精からのオペレートによる支援を受けられるが、今回は台風が魔物のプラーナ反応を隠すだけでなく、通信阻害も起こしており、ソルブレイズ達は現場判断のみでの戦いを強いられていた。

 一仕事を終えたジェノルインは杖を持ち直し、ふう、と満足そうに一息零した。ストレスを発散してスッキリした、と状況が違ったらそう思える雰囲気である。


「さてまずは第一段階が終了ですね。残念ながら今回の事態を引き起こした魔物は倒せませんでしたが、あちらに有利な天候は変えられましたから、よしとしましょう」


 『滅亡世壊』によって魔物を倒せないまでも、多少のダメージを与えられたのか、異常な台風は消え去って、空を覆いつくしていた灰色の雲海にはぽっかりと穴が開き、荒れ狂っていた海も『滅亡世壊』の余波が収まれば、元の平穏を取り戻すだろう。


「あちらとしては予定が狂ったのでしょうけれど、このまま私達のペースに持ち込んで戦いましょうか」


 杖を両手で持ち直したジェノルインは、自分の背後に百を超える光の環を作り出す。彼女の瞳の先には、これまで台風によって隠れていた無数の魔物達の姿が映っていた。

 これまで隠れていた魔物のプラーナがはっきりと感じ取れるようになったが、それよりも早く魔物の姿が視界に飛び込んでくる方が早い。


「鮫に鯨、烏賊、海老、蟹、ウニにホタテって、海産物祭りかな?」


 消し飛ばされた台風の中から姿を見せたのは、どれも自動車並みに巨大化し、棘を生やしたり、無数に目を生やしたりと異形化した海洋生物のような魔物だ。どれも当たり前のように空を飛び、特に大きな鮫ともなると大型バス並みに大きい。

 どれもこれも、食欲を誘うどころか毒々しい色合いと外見から逆に失くす海洋生物型の魔物を相手に、初手を取ったのはジェノルインではなくザンアキュートだった。

 既に大太刀を大上段に構えており、“相手に何もさせる前に斬り捨てる”──ザンアキュートの思考はコレ一つだった。


「我が一刀を持って千魔を斬り捨てん。『千刃魔殺せんじんまっさつ!」


 同時に斬る対象を最大千体までに限定し、斬撃の威力を強化した固有魔法『千里刃』の応用である。超音速の一刀が振り抜かれるのと同時、ザンアキュートが選別した一千体の魔物が縦一文字に斬られる、が……


「大きい個体はそれなりに残ったか。いつかこの弱点を克服しないと」


 はあ、とザンアキュートは『千里刃』の弱点を再認識して溜息を零し、次の斬撃に備えて大太刀を横に倒すと切っ先を後ろに流す。

 視界に収めた全ての敵を斬る『千里刃』も、斬撃の範囲は大太刀の刃の長さまでという制限があった。たとえば熊やライオン、象並みの大きさまでの魔物ならそれで十分だが、今回出現した大型相手となると、単純に刃の長さが足りない。


 『千刃魔殺』で斬れたのは千体の内、二百体ほどか。残りは斬撃によるダメージこそあれ、まだまだ消滅する気配はなく、たった四人の魔法少女達へどんどんと近づいてきている。

 ジェノルイン、ザンアキュートは固有魔法の威力を見事に発揮して、魔物を相手に大きな成果を上げた。次は、とソルブレイズが意気込むのは当然の流れだろう。


「よし、次は私がやってみせます!」


 魔法少女名に相応しく、太陽を思わせる激しい炎を纏って、ソルブレイズは迫りくる海洋生物型の魔物へ突撃を敢行する。その背中を見送りながら、ワンダーアイズはジェノルインと念の為、認識のすり合わせを求めた。


「ガッツがあるのはいいねえ。ジェノルイン、どう考えてもあの鰓呼吸共は雑魚だよな?」


「ええ。少しでも私達のプラーナを削ろうという意図なのかもしれません。前例の無いイレギュラーな事態ですが、知性がありかつ一級以上、いえ準特級以上の魔物が居ると覚悟しておきましょう」


「増援が来るまで持ちこたえるのと、情報収集を念頭に置いて戦うのが妥当なんだろうが……他のこたぁ、この戦いを乗り切ってからにすっか」


「他の事に神経を割いていては、生きて帰れる戦いではないでしょうからね」


「あ~あ~、ランカー全員で戦いたかったぜ。そういやアンタは例のソルグランドには期待してんのかぁ?」


 特災省九州支部での会合以来、ソルグランドとの協力関係が魔法少女内では公にされており、ワンダーアイズは魔法少女の味方が増えていいこったと思っている。ヤオヨロズに関してはそれなりに警戒しているが。


「そうですね、期待していないと言えば嘘になります。なにしろ彼女がこの戦いに間に合わないように仕向けているような動きを魔物達はしていますからね」


 明らかに魔物側が統率され、戦略レベルで指揮をしている者がいる動きに、ジェノルインは鉛のように重たい溜息を零す。

 ソルグランドに対し、魔物側がどれほど脅威と捉えているのか、と同時に自分達魔法少女がナメられていると腹の底から怒りが湧いていたからである。


「一切合切もうおしまい。光の中で惨めに消えてしまえ。『惨劇爆撃光撃影も残さずにさようなら』」


 ジェノルインの背後に輝く百八に及ぶ光の輪の中から、膨大なプラーナを圧縮した黄金の砲弾が一斉に発射され、『千里刃』の斬撃と共にソルブレイズに群がろうとする海洋生物型の魔物達を消し去る。

 ザンアキュートとジェノルインという多数を相手取るに向いた魔法少女達により、瞬く間に魔物達が討ち取られ、数を減らしてゆく姿を台風の目の中心部に居る魔物少女は感情の籠らない瞳で観察し続けていた。

 魔法少女達の戦いを学習し、自らの糧とするべく。魔法少女達が魔物少女という新たな脅威を知るまで、あと少し……

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