第21話 災いが来る
「たはは、今回は駄目でした。ソルグランドさんからの信頼は、まだ足りていないみたい」
このように、がっくりとした調子で、話しているのは真上燦ことソルブレイズだ。ザンアキュートによって半ばなし崩し的に誘われてしまった『太陽派』……魔法少女ソルグランドを崇拝ないしは憧憬している魔法少女達の集会での発言である。
市街地に出現した強力な魔物と不意の遭遇戦を行い、そこをソルグランドに助けられた顛末について、集会の参加者達に簡潔に説明したところだ。
魔物を倒すこと自体は問題なかったのだが、水晶の肉体を構成する破片一つでも取り逃せば、時間をかけて復活する厄介なタイプだったのが問題だった。
止めの一撃を放つ瞬間に、魔物が無数の破片を放出するのが見えて、一瞬にも満たない迷いが出来てしまったところを、例によっていつの間にか姿を現していたソルグランドの助力で助けられた、というわけだ。
魔物を倒してすぐに去ろうとする気配を見せたソルグランドに対して、かねてからの宣言もあって咄嗟に本当の名前を尋ねたのだが、梨の礫だったという内容になる。
最近のソルグランドは魔法少女を助けに入ったら、そのまま会話に応じるか食事に付き合うなど、対応を変えてきているから、ソルブレイズ相手の塩対応は珍しい。
孫娘相手だとボロを出す確率が高いから、とソルグランド側が意識しているからなのだが、それを知らないソルブレイズからするとこれは強敵だ、となる。
ソルブレイズからの報告を受けた魔法少女達は、果敢な挑戦に挑む新人に賞賛の眼差しを向けるなり、無茶な真似をと呆れるなりと様々だ。
ソルグランドが日本全国津々浦々、北は北海道、南は沖縄まであちらこちらで活躍してきた為、太陽派に所属する魔法少女達の活動地域もまたバラバラである。
よって一か所に集まって集会を開くのは難しく、基本的には通信画面越しだ。今回はフェアリヘイムの都市デルランドで一部屋レンタルし、そこに通信端末を持ち込んでいる。
ソルブレイズの失敗談に耳を傾けていたのは、立体映像として投影されている魔法少女達で、実際にレンタルルームにいるのはソルブレイズとザンアキュートの二人である。
事前に盗聴・盗撮防止のチェックを済ませた部屋には、備え付けのテーブルとソファのセットがいくつかあり、二人は部屋の中央でソファに並んで座っている。
「あの方の事情をまだまだ私達も知らないのだもの。そう簡単に事が運ぶ方がおかしいのよ。だから今回の失敗を気にする必要はないと思うわ。ソルブレイズさん」
二十人は余裕をもって収容できる部屋の中で、ソルブレイズの隣に腰掛けたザンアキュートは他意のない励ましの言葉を掛ける。
テーブルの上に置いたノートバソコン風の通信端末を経由して、室内に投影されている魔法少女達からも、ソルブレイズを責める言葉はない。
「はい。これくらいで落ち込んでなんかいられませんからね。これからは戦っている時以外でも、ソルグランドさんと会える機会が増えるはずですから。ちょっとやそっとじゃくじけませんよ!」
「ええ、それくらい元気のある方が貴女らしいわね。こほん、さて、皆も新しく太陽派に入ってくれたソルブレイズさんともそれなりに馴染めたと思う。
そして新しい仲間が増えたこのタイミングをあの方が知ったからなのか、そうでないのかは分からないけれど、皆のところにもコレが届いているかしら」
冷静を装ってはいるが、どうにも興奮しているのを抑えきれない様子で、ザンアキュートは恭しくテーブルの上のケースの蓋を開け、大切に、大切に仕舞われている組み紐を通信画面の同志達に見えるように持つ。
「ソルグランド様からの『お守り』よ。これまであの方が助けてきた魔法少女達、そしてこれから助ける魔法少女達の安全を祈ってというお心遣いよ。ふふふ、うふふふふふふ」
ザンアキュートが熟した林檎のように顔を赤くして、ねっとりとした笑い声を零し始めると同じように共鳴し、通信画面越しに笑い声をあげる魔法少女達の姿に、傍らで見ているソルブレイズは端的に言ってドン引きしていた。
ソルグランドを相手に泣きじゃくり、弱弱しく縋りついていた時の姿を見て、本当に苦しくてつらかったのだと心底から共感し、同情していたというのに、こんな姿を見せられては……
(えーと、半分以上の人がザンアキュートさんみたいな感じで、そうじゃないのは)
うわぁ、という顔になっているのはソルブレイズ以外にスカイガンナー、クリプティッドエヌ、アワバリィプールら若干名。ダンシングスノーも澄ました顔をしているつもりで、手に持った煌びやかな組み紐にうっとりとした眼差しを向けている。
同じ太陽派とはいえ、ソルグランドへの縁と感謝の気持ちで参加したスカイガンナーら引いている面々からすれば、早まったと思うには十分すぎた。
せめてもの救いは太陽派内において、ナンバー2の実力者であるJMGランキング十位のソルブレイズも、引いている側であることだろう。
派閥内で最も経験の少ない新人を頼みにしなければならないのは情けない限りだが、いかんせん、派閥トップのザンアキュートに実力で食い下がれるのはソルブレイズしかいないのだから。
組み紐の贈り主であるソルグランドこと真上大我おじいちゃんは、そんなことになっているとは露とも知らず、皆が喜んでくれてよかったなあ、とほっこり笑顔を浮かべているのだった。
*
日本国内の魔法少女達の動きはソルグランドになびく者達が増えすぎる事への、潜在的な危惧を憂う声こそあれ、そこまでまだ大きな問題に発展していない。
その一方で日本政府とフェアリヘイム側は、準特級の魔物を単独討伐できる超級戦力の出現とヤオヨロズという名称と特異な技術を保有している以外は謎の組織の出現とあって、日本国内ばかりではなく、日本国外からの接触も増えていて、その対処に追われつつあった。
それぞれの等級の魔物達の戦力には差があり、同じ等級だからといって同等の脅威とは限らない。だとしても準特級の魔物は一国のトップランカーでも容易に勝てる相手ではない。
特級となれば人類存亡の危機に相当する脅威である。ワールドランカーをかき集めて対抗しなければならず、環境や条件次第で特級に相当する準特級ともなれば、最悪でもワールドランカー一名以上、国家クラスのトップランカー複数名で当たるべきだ。
その準特級を事前の情報がほとんどない状態で交戦し、ダメージらしいダメージを負わずに倒したとなれば、ソルグランドはもはやワールドランカー、それも五本の指に入ってもおかしくない超級の実力者なのである。
それが人類国家に所属していないどころか、全ての魔法少女を把握しているはずのフェアリヘイムですら未知の魔法少女、それがソルグランド。
比喩では無しにソルグランドの存在は人類の存亡に大きく関わるレベルであると、両面両儀童子討伐によって、世界中に知らしめたのだ。
当然、世界各国の耳目が集中し、特に政府機能が崩壊し、破滅した国家の難民達が多く集まる欧州やアフリカ、アメリカでは近年、魔物の出現頻度の増加と強力化をかねてより懸念していたことも相まって、ヤオヨロズの技術力を用いてソルグランド級戦力の量産を強く望んでいる。
仮に女神の肉体を用意できないとしても、水準レベルの魔法少女の戦闘ボディを製造できるようになり、そこに老若男女を問わず意識を映すことで、二度と元の肉体に戻れないのと引き換えに魔法少女を量産できる技術が出来たなら。
ヤオヨロズから提供された技術を下地に、各国が人工魔法少女量産技術を確立させたなら、歯がゆい思いをしている各国の軍人達を筆頭に、魔物に強い憎悪を抱く人々や老い先短い老人達が次の世代の為にと人体実験に志願する見込みが高い。
例えばそれが十人中、二人か三人しか成功しないような実験だとしても。
またあるいは九十九人を犠牲にして一人の強力な魔法少女を生み出すような、生贄めいた製造方法だったとしても。
こんな世界ならば、それでもいいと声を上げる者は少なくない。それほどまでに、魔物に多くの人々が殺され、生活を壊され、魔法少女達に重荷を背負わせ続けてしまった世界だから。
正直なところ、八百万の神々の間でもより安定化した技術の、人類ないしはフェアリヘイムへの提供については、今も議論が交わされていて、部分的な供与については前向きな方向で話が進んでいる。
ただこの話をしても大我に更に重荷を背負わせるだけではないか、と夜羽音から話をされていない状態だ。
魔物側に大きな変化が発生し、人類滅亡のカウントダウンが始まったとなれば、流石に神々も座視はしておられず、本当に最後の最後、切ってはならない切り札も用意されていた。
黄泉の国に落ちた死者達から募集して、量産型女神の肉体に魂を宿して量産型ソルグランドを現世に送り込むという、とにかく人類の滅亡を防ぐことのみを考え、その後は考慮の外に置いたプランである。
現世が神代に回帰し、人類の独り立ちの時間が遠のくも止む無し、割り切った最終手段だ。
それほどまでに魔物に対する脅威度を、日本の神々は高く見積もっている。
そして八百万の神々の警戒と危惧の念が正しいのを証明するような現状が、この時、すでに発生していた。
太平洋で発生した台風が高速で日本列島に接近しつつあった。従来の台風の発生メカニズムを無視して発生した台風は小規模ながら、日本列島への最短距離をまっすぐに向かっている。
前例にない台風だったが、それでも日本政府は異常とはいえあくまでも自然現象の内と捉えていた。
それに警戒の連絡を入れたのは、夜羽音である。
以前、大我に話していた通り、日本国内に限れば最速・最高精度の情報網を持つ彼から、接近中の台風が極めて強力な魔物が発生させたものであり、トップランカークラスの魔法少女でなければ相手にならないと、背筋に氷水を流し込まれるような報告が入ったのだ。
そして同時に日本各地に等級こそ低いものの魔物が多数出現しており、ソルグランドはその対処に日本中を飛び回っていることも。
それはまるで魔物がソルグランドを最大の脅威と認識して、囮を日本中に放っているかのような動きだった。
もし魔物側に知性を持った統率者が居るとしたなら。魔物側に指揮系統が構築されたとしたなら。
人類と魔物の戦いは異なるステージへと移ることを意味する。
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