第23話 死闘四闘
魔法少女ザンアキュート。固有魔法『
効果は視界に入った魔物を対象に同時に斬撃を加えるというもの。ザンアキュートは鍛錬と解釈により、いくつかの派生を編み出している。
「一振りにて百鬼を攻め破る 『
捕捉する敵の数を最大で百体に制限し、斬撃を留めた応用魔法の一つだ。ザンアキュートの横一文字の斬撃は魔物達のぬめぬめとした粘液や堅牢な甲殻、魚鱗に包まれた体を斬り裂き、着実にダメージを加える。
動きの鈍るそれらに向けて、人型の太陽が超音速で突っ込む。摂氏十万度超の高熱に焙られて、身を捩る魔物達に容赦のない打撃を叩き込むのはソルブレイズだ。
魔法少女ソルブレイズ。固有魔法『
真上燦が魔法少女として戦う最大の原動力である憎しみを極めて高い効率でプラーナへと変換し、更にそのプラーナを膨大な熱量へと変換するもの。
発生させた炎や熱の影響を受ける対象を選別することができ、例え敵味方の入り混じる乱戦でも敵のみを燃やし、ダメージを与える事が叶う利便性を持つ。
「焼き散らせ! 『
燃える人型の太陽となって突撃するソルブレイズの周囲から、数十を超す真っ赤な火炎弾が乱れ舞い、必死に避けようとする魔物達の頭や腹に食らいついて、瞬時に消し炭に変えた。
クラゲ型の魔物が十メートルを超す巨体の半分を焼かれながら、無数の触腕の先端をソルブレイズへと向けた。触腕の先端が十字に割れると、その中からレンズ状の器官が露出して、ずるりと粘液に塗れながら伸びる。
その粘液で濡れるレンズから青いレーザーが、一斉にソルブレイズへと狙いを定めて殺到する。
「やああああ!」
現代の主力戦車の正面装甲を易々と貫くレーザーが、ソルブレイズに触れる前、その身にまとう血のように赤い炎に触れて『燃やされる』。
物理法則に喧嘩を売っているような光景も、これまでの常識を覆すエネルギーたるプラーナの化身とも言える魔法少女ならば、不可能ではない。
クラゲ型の魔物はソルブレイズの拳に焼き抜かれるまで、レーザーを撃ち続けた。少しでもソルブレイズを消耗させるように、あるいは彼女の戦闘データを誰かに観測させるように。
クラゲ型の魔物を仕留めたソルブレイズは、どこを見ても視界に入ってくる魔物達の中から、次の狙いを刹那の速さで定める。
巨大な亀の胴体から手足と頭の代わりに鮫の頭を五つ生やした、奇妙で不気味なキメラだ。甲羅は深い緑色に染まっているが、鮫の頭部は青白く、黒い瞳は生物とは思えない無機質さだ。
拳に更に炎を纏わせるソルブレイズに向けて、その足元の海面を割り、直径二メートルを超す海蛇の大群が襲い掛かる。
全身にいくつもの目玉を生やし、ぱっくりと開いた口には大きな牙がずらずらと並んでいる。全身を濡らす粘液は高い断熱性を持ち、ソルブレイズの操る超熱量によって蒸発しながらも、本体へのダメージを見事に防いでいる。
「そうは問屋が卸さねえよ。『お前達を絡めとる蜘蛛の糸が見える』」
先ほどの言葉通り、ソルブレイズをフォローしたのはワンダーアイズ。彼女の幻視した蜘蛛の糸がなにもない空間から出現し、海蛇の大群を見事に絡めとり拘束する。
そうして動きを止められた海蛇をソルブレイズの放った大火炎が跡形もなく焼き尽くし、蜘蛛の糸もまたまるで最初から存在しなかったかのように消える。
魔法少女ワンダーアイズ。固有魔法『
魔法少女名と同じ固有魔法は、先述の通り彼女が存在しないものをあたかも存在するように見る事で、具現化するというもの。その逆に存在するモノを見えないモノとすることで、存在を抹消することもできる。
実際に存在するモノへの干渉には多大なプラーナを必要とする為、存在しないものを幻視する方がプラーナの消費を抑えられる特徴を有する。
そして四名の魔法少女の中でもっとも多くの魔物を討っているのは、ジェノルインである。
魔法少女ジェノルイン。固有魔法『
百名以上いる日本魔法少女達の中でも尖った感性の持ち主であるジェノルインは、本人的にもイマイチ納得のいっていない名前の固有魔法を、しかし戦場では思う存分に振るい、破壊衝動を存分に満たす。
怯まずに魔物の群れに飛び込むザンアキュートとソルブレイズ、二人を援護するワンダーアイズを更に後方から確認しつつ、自分にも向かってくる魔物に単独とは信じがたい火力を叩きつけている。
「暗き天を焼き 黒けき海を干せ 『
高空で渦を巻くマンタ型と海を黒く染める魔物の影の中に、無数の輝きが生じる。それはジェノルインが作り出したプラーナの爆弾だ。
ジェノルインから発射されたのではなく、突如として出現したそれらを魔物達が回避するよりも、起爆する方がわずかに早かった。
一つ一つの輝き全方位に十メートルほどの爆発を発し、分厚い甲殻や鱗に包まれていた者達も立て続けに襲い来る爆発と衝撃に耐えきれず、無残な姿を晒してから消滅してゆく。
およそここまでの戦いぶりで言えば、増援の必要を感じられないほど一方的な掃討戦となっているが、戦っている四人もジャミングにより状況を確認できずにいる支部の面々も、このまま戦いが終わるわけがないと、確信していた。
*
日本の誇るトップクラスの魔法少女四名が海洋生物型の魔物の群れと戦っている頃、ソルグランドは日本各地に出現している魔物を相手に獅子奮迅の活躍をしていた。
これまでなら瞬時に抹殺できた魔物達が耐久や防御、あるいは逃走能力に特化した仕様で出現していることに、ソルグランドと夜羽音は早々に気付いていた。
これが明確な意図によって魔物の方向性が定められ、時間稼ぎの為に魔物を集中的にではなく、広範囲に出現させているのにも気づいている。
(さて問題は大我さんの足止めをする目的です。時間を稼いでいる間に日本国に致命的な傷を負わせる、あるいは主要な魔法少女達を討つのが目的か? またあるいは時間さえ稼げば、大我さんを倒す目途が立つ、か……)
ソルグランドに同行し、時に魔法少女を助け、時に周辺の建物や地形への余波を防ぎ、時に自ら魔物を討ちながら、夜羽音は思考を巡らせて、日本全土に存在する八百万の神々と情報共有と議論を交わしている。
現在、ソルブレイズらが交戦している太平洋上は国際的には日本の領海だが、それがイコール日本の神々の勢力圏というわけではないのが、惜しまれる。特に海と空は各国の神々との間で縄張り決めが揉めに揉めた歴史が続いている。
「塵芥と消えろ! 『破断の鏡』!」
いわゆる三種の神器をモチーフとした名前を与えられたソルグランドの魔法は、首飾りの先に繋がる小さな鏡から無数の光線を発し、小指の先ほどの人面蠅の魔物の群れをことごとく撃ち落す。
この人面蠅は本物の蠅よりやや大きい程度の魔物だが、それぞれが音速の五倍近い速度で飛行し、体当たりを敢行して着弾と同時に自ら爆ぜる特攻兵器だ。その威力もミサイル並みである。
それが一千にも届くような数で出現していれば、並大抵の魔法少女では対応しきれずに瞬く間に爆殺されてしまう。
『破断の鏡』による光線で跡形もなく消し飛ばされる人面蠅達の一部が、軌道をソルグランドからぐるりと方向を変えて、逃走を図るコースへと変える。
ソルグランドにダメージを与えられなくても、都市部でその自爆機能を発揮すれば大きな損害を与えられる。となればソルグランドはソレを見逃すわけにもゆかず、後を追わざるを得なくなる。
ソルグランドが苛立たし気に眉根を寄せて、山犬のように険しく目を細める。まとめて消し飛ばしてやろうか、と彼の苛立ちを乗せて女神の肉体から迸るプラーナは業火のように荒れていた。
「『マキマキ渦潮』!」
「おや?」
逃げる人面蠅をまとめて消し飛ばそうとしていたソルグランドの機先を制したのは、なんとなく気の抜ける魔法を発動した魔法少女アワバリィプール。かつてひもじい食生活を送っていたソルグランドに、ラーメンを奢ってくれた大恩人である。
人面蠅の逃走経路の先に居たアワバリィプールは、突き出した両手から魔法名そのままの渦潮を発生させて、人面蠅達をまとめて飲み込んだのだ。
人面蠅達は渦潮の圧力に負けて次々と爆発を起こし、渦潮を内側から吹き飛ばすのと引き換えに全滅する。本物の蠅より少しマシ程度の耐久力しかない人面蠅にとっては、十分な破壊力なのだった。
「や、やった~~! なんだか勝手に爆発したけど、なんとかなってよかった~~!」
ランキング九十七位のアワバリィプールにとって、人面蠅を倒せたのは予想外だったらしく、ソルグランドに見られているとは知らず、みっともないくらいに安堵していた。
一応、ランキング百位以内になれば実戦に投入できるレベルに達したとみなされるのだが、アワバリィプールは元々戦いに向いていない性格をしているのもあって、魔法少女としての自分にまるで自信のないタイプであるらしい。
「アワバリィプールちゃんか。久しぶりだな。お陰であの気持ちの悪い蠅を逃がさずに済んだぜ。ありがとう」
正直に言えばアワバリィプールの手助けが無くても、ソルグランド自身で処理できたが、それは言わぬが華というもの。アワバリィプールが処理してくれたおかげで、プラーナの消費を抑えられたのも紛れもない事実である。
「あああわわあわ、ソルグランドさん! あっちこっちで大活躍しているって、もういろんなところから聞いています~~。それなのにあたし、ラーメンぐらいしか奢らなくって、ランキング下位の分際で本当にすみませんでした~~」
空中で器用に土下座しそうな勢いのアワバリィプールに、ソルグランドは困ったように笑いながら近づく。
「そんなに畏まらないでくれよ。俺は他の魔法少女よりけっこう強いって自覚はあるが、強けりゃ偉いわけでもないだろ? おまけに得体のしれない非正規の魔法少女なんだから。それによ、君の奢ってくれたラーメンはとても美味しかった。
なによりもアレをきっかけに他の魔法少女達が、俺と関わろうと行動してくれるようになったからな。君は俺にとっては特別な恩人さ」
「ひえええ、畏れ多いですぅ! 神様仏様ソルグランド大明神様~~!!」
(ソルグランド大明神と言われると、微妙に洒落になっていないよなあ)
アワバリィプールは土下座こそしなかったが、今度は両手を合わせて拝みだす始末だった。一応、肉体は正真正銘、最新の日本系女神であるから何かしらの影響がお互いにもあるかもしれない。
今回の騒動が終わったなら、もし魔法少女ソルグランドが崇められたらどうなるのか、夜羽音に尋ねよう、とソルグランドの中身こと大我は決めた。ちょうどそこに夜羽音が優雅に空を飛びながらやってくる。
彼の索敵範囲に新たな魔物の出現がないのは、確認済みだ。
「ソルグランドさん」
「ああ、次ですね、コクウさん。それじゃあアワバリィプールちゃん、またこんど……」
「いえ、ソルグランドさん。次の魔物の出現場所に向かうよりも、太平洋で戦っているソルブレイズさん達の下に向かいましょう。いささか、よくない事態に陥っています」
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