第16話 我らヤオヨロズ
魔法少女ソルグランドの活躍に比例して、素性不明の彼女の謎への関心の度合いはあらゆる人々、組織の中で深まっていた。活動を開始からしばらくして、カラス型のパートナー妖精も姿を見せるようになり、その関心の度合いは増すばかり。
そんな中、ソルグランド本人とパートナー妖精が自ら特災省の支部を訪れて、ある程度の情報開示を自ら行うのだから、旗門やモモットの緊張の度合いはかなりのものであった。
「まずソルブレイズさんを通してあなた方にも伝わっているでしょうが、ソルグランドさんは今の姿が基本となります。ソルブレイズさん然り通常の魔法少女のように変身を解除することは叶いません」
送迎車の中で交わされた会話からすでに伝わっていたが、改めてこうして言葉にされると陰鬱な可能性を掻き立てられるもので、旗門の眉間にはかすかにだが皺が刻まれている。
ただし口にして尋ねたのはモモットだ。魔法少女システムの開発には、フェアリヘイムの存在ありきだから、彼の方が関心は深いのだろう。
「それはいったいどういう理由なんですモ? 通常、魔法少女達は本来の姿と戦闘用のボディを変身によって切り替えて、安全を確保しているモ。それがないなんて、ソルグランドちゃんには元から本体がないってことなのかモ?」
フェアリヘイムの開発した魔法少女という戦闘システムは、変身と同時に『魔法少女としての姿』=『戦闘用ボディ』へ意識を転送し、本来の肉体は異空間や変身アイテムに保存されるシステムだ。
魔法少女の変身の仕方は複数のパターンが存在する。掛け声一つで魔法少女になるもの、コンパクトや宝石、アクセサリーなどの道具を使って変身のスイッチとするもの、特定のポーズやモーションの後に変身する者と様々。
これは魔法少女の素質として、思春期の多感な少女達が最も高い適性を備え、変身後の姿や名前、発現する固有魔法が本人のセンスに大きく依存するのと同じである。
魔法少女はプラーナを用いた個人兵装としては最強の兵器でありながら、同時にその性能すらも魔法少女にならなければ分からず、あまりに個人に依存する不安定さを抱える欠陥兵器だった。
その欠陥兵器なりにあどけない少女達の生命を保護する重大なセキュリティすらない、というのならば、モモットが無視できるわけもない。
「最初から無かったわけではありません。今は戻れない事情がある、と言うべきでしょうか。また、戻れるかどうかも現時点では分からないと正直にお伝えするべきですね」
話題のソルグランドもとい大我はと言えば、まあ、もう死んでるし、そりゃ元には戻れんわな、と動揺の一欠けらもなく夜羽音の説明に耳を傾けている。
死出の旅路に赴くのなら生まれ持った自分の体で、と思わなくはないが、とっくに火葬も終わって骨壺の中だろうからそれも叶うまい。
一度、自分が納められている墓を見てこようか? いや、なんか悪趣味だな、とそんなことを考えている始末。
「そんな無責任な言い方ってないモ!」
「モモットさん、お気持ちは分かりますが、抑えてください。ではコクウさん、ソルグランドさんは最初から魔法少女となるべく作られた命ではない、とそう認識してよろしいでしょうか?」
「クローンや遺伝子操作技術による、人工魔法少女の線を疑っておられるのですね。きっと世界のどこかで昔から研究されている分野でしょうから、お疑いになるのも当然」
憤るモモットをなだめる旗門もあまり愉快な気持ちでないのは、険を滲ませる雰囲気ですぐに分かる。旗門の質問は少し難しいところである。
ソルグランドの中身である真上大我は自然発生したれっきとした日本国民であるが、その器たるソルグランドの肉体は最初からそうあれかし、と八百万の神々が用意した代物だ。
最初から魔法少女を助け、魔物を討伐する存在とするべくソルグランドの肉体を製造したのは、偽りのない事実である。はてさて、夜羽音はどう答えるものか。
「魔物を最も効率よく討滅できる存在を目指したのは事実です。我々にとっても多くの実験的要素を含む試みであり、成功するかどうか不安なところもありました。
現状、ソルグランドさんは我々の期待を超える働きをしてくれています。多くの魔法少女達を助け、強力な魔物達が大きな被害を齎す前に討滅してくださっていますからね」
実際、ソルグランド運用に関する試みは激論に次ぐ激論の果てに辿り着いたもので、今でこそ準特級の両面両儀童子を相手にしても圧倒するという成果を上げられているのに、夜羽音を始めとした神々は安堵しているが、大我の魂を宿して活動を始めさせたばかりの頃は、相当数の神々が不安なり罪悪感なりでハラハラとしていたものである。
男と女、陰と陽、人と神、生と死……いくつもの相反する要素を一つにまとめ、極めて強力なプラーナの獲得と身体能力、八百万の権能を損なうことなく使用可能と万々歳の出来上がりになったのは、神々でさえ運がよかった一面もある、と言わざるを得ない。
「ではソルグランドさんという成功例が存在する以上、今後も同じような魔法少女を誕生させるおつもりでしょうか? あなた方はフェアリヘイム側にも存在しない独自の技術を持ち、今になってもその背後関係を洗い出せない秘匿性の高い組織のようだ。
誤解を恐れずに言えば、我々日本政府もフェアリヘイムも、ソルグランドさんの献身には大いに感謝しておりますが、それを踏まえてなお、あなた方には疑惑を抱かざるを得ない。
またあなた方がもし非合法な手段で少女達を犠牲にして、新たなソルグランドさんを生み出そうと試みておられるのなら、我々は全力でそれを止めなければなりません」
まだ詳細も不明な組織(推定だが)を相手に、なんとも馬鹿正直な対応だが、どんなに些細な情報だろうと欲しい状況では、小細工を弄する余裕もない。
率直すぎると侮られれば、儲けものだ、ついでに口を滑らせてくれるなら助かる、と旗門の内心はそんなところだろうか。
「ご安心を、と言っても気休めにもなりはしないでしょうが、第二のソルグランドさんは当面、それこそ最低でも十年単位で誕生することはありません。
我々にもそれほど余裕があるわけではありませんし、ソルグランドさんを生み出したのも、我々としては不本意な行為なのです」
これは八百万の神々が、世界は既に人間の時代を迎えていると認め、かつてのような干渉を控えていたにも関わらず、ソルグランドの肉体を作り出し、大我の魂を宿して魔法少女救済の力としたのは、まったくもって不本意だと言っているわけだ。
栄えるにせよ、滅びるにせよ、それが人間達自らの行いの結果であるのなら、それを享受するはずだったのだが、出自の怪しい魔物の発生による人類絶滅の危機を迎えて、不干渉の不文律を破ることとなったのだ。
大我はそういった神々の心情と事情を聞かされているので、この場で特に不平不満の色を見せなかったが、裏の事情を知らぬ旗門達からすると、夜羽音達がソルグランドに不満を抱いているように聞こえる。
「ああ、誤解なさいませんように。ソルグランドさんについては、これまでもそしてこれからも全面的に支援します。これは我々の総意です。
なによりソルグランドさんは、我々の期待を超えて活躍してくださっているのですから、我々もそれに報いなければ恥というもの。
加えて申し上げておきましょう。我々がソルグランドさん以外に魔法少女を所属させることはありません。また既に日本政府をはじめ、諸国家に所属している魔法少女を引き抜く真似も致しません。この場をお借りして、明言いたします」
ソルグランドの肉体は八百万の神々の分霊の集合体であり、インド神話の女神ドゥルガーの如き神のスケールでの決戦兵器なのだ。そんなホイホイ作れるようなものではないし、これ以上の現世への干渉は神々の間でも議論が分かれるところ。
そういった事情により、夜羽音ははっきりと第二のソルグランドは誕生しないと告げたわけである。
「少なくともあなたご自身は、そう考えていると信じたいところですね、コクウさん」
「はっはっは、証拠も何もない口だけの話ですからね。そちらの立場を考えれば信じます、とは言えませんね。これまでの行動と実績が信用につながるのですが、ソルグランドさんはともかく私は実績がありませんから、これは信用されなくても仕方がない」
特に立腹する様子のない夜羽音だが、隣で聞いているソルグランドは内心ハラハラとしながら、様子を見守っている。
コクウと名乗り姿を変えている為に妖精と誤認されているが、夜羽音は紛れもなく日本の神たる八咫烏なのだから、知らないからといって下手な真似をして神罰が下るようなことになったらと心配で仕方がないのだ。
「モモ達は、ソルグランドちゃんに感謝しているのは本当だモ。だからソルグランドちゃんをコクウ達が本気でサポートするのなら、モモ達も出来る限りの協力はしたいモ」
「ええ、私達も同じく考えております。だからこそこうして足を運んで、直接対話する機会を選んだのです。お話できないこともありますが、他にご質問は?」
「それじゃあ、ソルグランドちゃんの本当の名前は? あの子が魔法少女になっているのを、家族の人達は知っているモ? 戸籍があるのならもっと細かいサポートを、日本の人達からしてもらえるモ」
「それには関してはお答えできません。ソルグランドさんの希望です。また活動についても、ご家族に内密にとお約束しております」
「ああ、それは本当です。私の方からコクウに頼んでいます。一般的な魔法少女とは異なる形での魔法少女化ですし、こうなった事情を伝えるべきではないと私が判断しました」
役目を全うすればそのまま黄泉比良坂へ戻る身だ。今更、燦を始めとした家族達に真上大我は魔法少女として仮初の生を得たと伝えて、なんになる? いずれまた必ず別れると分かっているのに、二度目の別離を経験させる必要はないだろう。
「魔法少女ソルグランドはその使命を果たした後に、なにも残しません。魔法少女を卒業して普通の少女に戻ることもありません。
何も残らないのなら、家族に伝えて悲しみを深めるような真似をする必要はないでしょう。誰に知られることもなくソルグランドだった人間はこの世から去るのです」
ソルグランドの正体は未成年の少女などではなく、真上大我という老人なのだから、それはそうである。ただ大我はもう少し言葉を選ぶべきだった。
「だからこそ私はこの身体と共に与えられた命、そして使命を全うすることに全力を尽くします。その後を考える必要がありませんから」
大我としては至極当たり前の話をしているつもりなのだが、いかんせん、前提となる情報共有がなされていない状態で、この発言である。夜羽音以外の面々を勘違いさせるには、あまりに十分すぎた。
「ソルグランドさん、それって、その、魔物との戦いが全てってこと? もし、戦いが終わったとして、その後の事を考えてないって、あの、やりたい事とかが見つからないとか、そういう意味だよね?」
顔を強張らせている燦の様子に、大我は変なことを言ったか? と内心で首を傾げながら答えた。
「まあ、やりたい事がないかと言われると、嘘になるけど」
例えば目の前の孫娘の花嫁姿を見るとか、魔物のいなくなった平和な地球で世界一周旅行をしてみたいだとか。
だが一度は失った命をこのような形で拾った以上は、なにより魔法少女の救済と魔物討伐に全力を向けるべきだろう。
どうせ拾った命なのだ。
子供達に魔物を任せるしかなかった後ろめたさを晴らし、罪滅ぼしと言うわけではないが、今もかつての大我のように子供達に命運を委ねる情けなさを味わっている他の大人達の分も戦ってやろう、というのが大我の軸だ。
「だったら、そんな魔物さえ倒せればそれでいいみたいな言い方はしないで。ソルグランドさんに助けられた私じゃ、説得力はないかもしれないけど、日本の魔法少女だって結構やるんだから! ソルグランドさんだけに戦わせたりなんかしないよ!」
(あれか、俺が捨て鉢になっているというか、魔物さえ倒せれば死んでもいいって考えてるなんて感じに、勘違いされているな? 言い方、間違えたな……)
あちゃあ、と自分の発言を後悔している大我だが、人間の手では再現のしようもない神聖なまでの美貌は、あまりに美しすぎて人間味に欠ける表情のまま。
その表情が、佇まいが、魔法少女ソルグランドは世界が魔物の脅威から救われた暁には消え去ってしまうのだと、燦にはそう思えて仕方がなかったのだ。
「ああ、いや、流石に俺……私も自分だけで魔物を全部やっつけられるとは思っていないさ。頼りにしているって。ただ話せない秘密が多いのは許してくれ。
生塩さんも、モモット君も、私は無理やり戦わされているわけじゃない。この境遇については私も納得している。“やらされている”わけではないのを、理解してほしい」
「……あなたの日本国民としての名前も経歴も、秘密の内ですか?」
「そこを秘密にしていると信用度がガタ落ちするのは分かりますが、今は明かす気にはなれません。私の一存で秘密にしているだけなので、この点についてはコクウを責めないでいただきたい」
「貴方の素性が分かれば、先ほどのカードとは違って、口座に直接、報酬を振り込むなり出来るようになるのですが……。分かりました。せっかくご足労いただいたのに、あなた方の不興を買うような真似は控えなければなりませんね。
では、コクウさん。貴方の属する組織との交渉の窓口は、今後貴方が担われると考えてよろしいですか?」
「ええ。表に出るのは今のところ、私だけです。ソルグランドさんの使命が完遂された暁には共に活動を停止する予定ですから」
「質問をする度に新たな疑問が増えているのは、私の気のせいでしょうか? では、せめてあなた方の組織名を教えていただくことはできませんか? 詳細不明の謎の勢力では通りが悪いのです」
「ああ、なるほど。ふむ、では我々の事はこうお呼びください。『ヤオヨロズ』と」
そのまんまじゃないですかあ、と大我が内心でツッコミを入れたが、それを聞く者はこの場にはいなかった。
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