第15話 イリーガルなイレギュラー

 特災省の支部へ顔を出すのを認めた大我ことソルグランドと夜羽音は、迎えの車にソルブレイズ共々同乗して、向かう手はずとなった。

 一般市民の侵入を防ぎ、魔物を閉じ込める役目も兼ね備える妖精の結界が解除され、近辺に医療チーム共々控えていた送迎車が、天交抜矛によって元通りになった道路を通り、橋の上で待つ二人と一羽を迎えに来る。


 目の前で停まったリムジンに乗り込み、座り心地の良いシートに身を預ける大我の肩から膝へ、夜羽音が移動する。ソルブレイズもシートに座ると変身を解除して、大我にとって見慣れた孫娘の姿に戻った。

 通常、魔法少女の変身は衣装の他、髪型や髪色、瞳の色に大きな変化が生じても、顔立ちや体つきそのものの変化は小さい。


 そうなると変身前の素性が簡単に発覚しそうなものだが、フェアリヘイムの技術によって変身後の魔法少女達には認識を阻害する魔法が施されており、素性発覚に対する対策が取られている。

 認識を阻害する魔法によって、例え家族や親しい友人が間近で顔を合わせ、声を聞いたとしても、彼らの知る人々とは結び付かず、知らない誰かだと誤認するわけだ。

 これはカメラなどの機器を通した場合でも有効で、魔法少女の活躍がテレビやネットで報じられても彼女らのプライバシーは守られている。


「ふう」


 変身を解除してからシートに腰掛けて、ようやく肩の力を抜く燦の姿に大我もほっと安堵の吐息を一つ。孫娘が怪我をしなくてよかった、これに尽きる。


「あれ、ソルグランドさんは変身を解かないんですか?」


「お、おう。俺の場合は解除したくても出来ないというか、あまり意味がないというか……。とりあえずはこの姿が平常運転だと思っておいてくれればいいよ」


 一応、戦闘モードは解除しており、背中に浮かび上がる光輪は消え、現在は巫女風の装束の上に千早を重ねただけの姿だが、山犬の耳と尻尾はそのままであるし、変身を解除していると思われないのも当然だ。

 実のところ、そもそも大我に与えられた女神の肉体は、この状態が基本である為に変身を解除するもなにもない。

 とはいえ、今のこの肉体は死んだ自分の為に八百万の神々が与えてくれた女神の肉体だ、などと馬鹿正直に言える筈もない。その為、大我は誤魔化し混じりに答える他なかったのだが、言われた方がどう受け止めるかまでは理解が及んでいなかった。


「……そう、なんですか。解除したくても、出来ない……」


 想像力がひときわ豊かで感受性も瑞々しい時期の燦の頭の中では、大我の発言から様々な可能性が考えられて、次々と考えうる可能性の枝葉が広がってゆき、的外れなものから割と間違いでもない想像が生まれては消えて行く。


(いろんな噂が流れていたけれど、やっぱり後ろ暗い組織で非合法に生み出された魔法少女なのかな? 本来の妖精との契約を交わしていないから、二度と元の姿に戻れなくなっていて……)


 そこまで考えて、燦は背筋がゾッとした。魔法少女としての自分の姿は誇らしいものではあるが、あれはあくまで『魔法少女ソルブレイズ』の姿であって、『真上燦』の姿ではない。

 魔法少女として戦う為の仮初の姿なのだ。

 間違っても残りの人生全てをあの姿で過ごすわけではないし、そんな覚悟は固めていない。燦だけでなく世界中の魔法少女だって、元の姿を捨てる覚悟をしている少女は居ないはずだ。


「…………んむ」


 深刻な表情で黙り込む孫娘に大我は内心ハラハラとしていたが、まさか先ほどの自分の発言が原因だとは思い至らず、視線をさ迷わせるきり。

 その膝の上の夜羽音はおそらく燦の間違った思い込みを察していただろうが、嘴を閉ざしたままだ。

 後ろ暗い組織どころか、れっきとした八百万の神々がソルグランドの後ろ盾なのだが、非合法と言われると、まあ、その通りであるし、日本政府非公認魔法少女であるのも否定できない。

 それに夜羽音は自分が燦からすれば怪しいところ満載の妖精だ、というのを理解しているので、ここで下手に口を開いても、疑いをもたれていては信憑性など欠片もないだろう。


(大我さんと私の立場の説明については、あちらの役人達との会合まで待ち、ですね)


 二人と一羽を乗せたリムジンが特災省九州支部に到着したのは、それから三十分後の事である。

 公表されているデータの通りならば地上十七階、地下五階建てのビルが、特災省九州支部に間違いなかった。

 地下の駐車場に停められたリムジンから降りた大我達は、待っていた職員に迎えられて、そのまま会議室の一つへと案内される。

 いかにもドラマや映画の中で描写されるような会議室の中で待っていたのは、生塩旗門とモモットの一人と一体。

 これまで特災省との接触を渋っていたソルグランドを警戒させないために、必要最低限の人員に絞ったようだ。


「生塩さん、モモット、ただいま戻りました。こちらがソルグランドさんとパートナー妖精のコクウさんです」


「お招きに与り、参上しました。私がソルグランドです」


「パートナー妖精のコクウと申します。以後、どうぞお見知りおきを」


 燦の紹介に合わせて軽く頭を下げる大我と会釈するコクウに対し、席を立って待っていた旗門はそのまま深々と腰を折って頭を下げる。見本としたいくらいに綺麗な謝罪の姿勢だった。


「初めまして、ソルグランドさん、コクウさん。私は特災省九州支部支部長、生塩旗門と申します。この度は私共の勝手なお願いでご足労いただき、誠にありがとうございます。貴重な時間をいただき、感謝に堪えません。

 ソルブレイズさんも想定を超えた強敵を相手に、よくぞ無事に戻ってきてくださいました。バイタルに問題はないと伺っておりますが、先に医務室に行かれますか?」


「いいえ、私は大丈夫です。このまま一緒にソルグランドさんとお話をさせていただいてもいいですか?」


「ええ、それはもちろん構いません。ではお三方、どうぞおかけください」


 旗門が燦の体調を気遣ったのと夜羽音を含めて着席を勧めてきたことで、まず大我の好感度は少し上がった。

 パートナー妖精の存在が魔法少女にとってどれだけ重要か、それをよく理解した上での態度だ。

 もっとも大我と夜羽音の関係は魔法少女とパートナー妖精のソレとは異なるものではあったけれども。


 着席してすぐに室外からやってきた若い職員が差し出してくれた緑茶を啜ると、飲んだ覚えのない芳香が大我の鼻腔をくすぐる。最高級の玉露だろうか。燦はと目を向けると、こちらはクラフトコーラを飲んでいた。

 独特の緊張感を孕む会議室の空気に気付きながら、口を開いたのはソルグランドだった。 

 自分が彼らからすれば正体不明かつ信用を置ききれない不審人物である、という大前提を忘れないようにと、頭の中で重ねて念じた上での発言だ。


「まず、これまであなた方に断りもなく勝手に魔物と闘い続けてきたことを、お詫び申し上げます。魔法少女達とあなた方には魔物と戦う為の作戦も予定もあったでしょうに、それを私の行動で大きく乱してしまった。申し訳ありません」


 こちらも旗門に負けず劣らずの綺麗な頭の下げ方をして謝罪する大我の行動は、旗門やモモット達の予想を裏切るものだった。

 これまで集められた情報から推測される魔法少女ソルグランドのパーソナリティーは、平均的な魔法少女よりも一回りも二回りも年長者の成熟したもので、父性的な面を強く見せるというものだ。

 一方で生活環境はあまり恵まれていないらしく、助けた魔法少女に食事を奢られた際には、素直に喜ぶ姿を見せていたので、年相応の面もあると判断されていた。大我がソレを聞かされたら、頭を抱えただろう。

 魔法少女達を戦わせていることへの憤りや不信感、もっとバックアップのやりようがあるのではないか、と開口一番に詰められる可能性を考慮していたのだが……


「……どうか頭をお上げください、ソルグランドさん。その点について、我々特災省もフェアリヘイムも、そしてなにより魔法少女の方々も貴方に含むところはありませんし、恨んでいる方は一人もおりません」


「そそそそ、そうですよ、ソルグランドさん!? わたわた、私も含めてですね、ソルグランドさんに助けてもらった魔法少女はみんな、ほんっと~~~うに危ないところを助けてもらってきたんですから、それで、こう、なんだろうな? 横取りされたとかそういう風に考える子なんていませんから!」


 むしろ感謝が崇拝と信仰に昇華されてしまって、誰もあずかり知らないところで少しずつその勢力を大きくしているのだが、この場で話題に乗ることはなかった。


「そう言ってくれるとこっちの肩の荷も下りるが、ほら、魔法少女ってのは魔物を討伐すれば、それだけ報酬が出るわけだし、それを横取りしたのは事実だ。接敵する前に倒したこともそれなりにあったし、得られる筈だった報酬が手に入らないのは腹が立つだろう?」


 魔法少女は一応、特災省に所属する公務員扱いとなる。未成年の少女を魔物との命懸けの戦いに投入するとあって、基本給はなかなかの金額となる。

 それに加えてより等級の高い魔物であるほど討伐成功時の報酬は高くなり、一般的な十代の少女からは考えられない生活を送るのも可能だ。

 戦闘の恐怖とリスクに対し、金額が見合っているかどうかは本人達次第にせよ、上手く戦って高笑いしながら魔法少女生活を満喫している者も少数だが存在している。


「それはそうですけど、基本給が出ていますし命には代えられませんよ。手足が欠損しても魔法で治せますけど、痛いものは痛いし、怖いものは怖いんです。

 魔法少女講習できっちり学んだ上で実戦に出ますけれど、だからって手足を失ったり、お腹を抉られても構わないってわけじゃないんですよ?」


「それもそうか……そうかもな。しかし、恨みを買っていないとしても、こちらがそちらの予定にない勝手な行動を取ったのには変わりない。その上で身勝手な話ではあるが、私は今後も魔物を討伐し、魔法少女を助ける活動を継続したい」


 とりあえず燦の必死な様子に魔法少女達から恨みを買ってないのは確からしい、と大我は納得して旗門へ視線を転じて要望を出した。

 八百万の神々からほぼ一方的に託された使命とはいえ、魔法少女の助けとなるのは大我としても望むところだ。こればかりは日本政府側に否定されても、簡単には譲れない一線である。


「ソルグランドさんの実力はこれまでの戦いでよく存じております。貴方の協力を得られるのならば、これほど心強いものはありません。貴方が存じておられるかはわかりませんが、貴方の実力はWMGランキングでもトップランカー入りは確実です」


「そこまで評価してもらえるとは、ありがたい話です。客観的に今の自分がどの程度の実力があるか、分からなかったのでどうやらかなり強いようで安心しました。

 他の魔法少女を助けようというのに、並大抵の強さでしかないのなら分を弁えろという話になりますからね。一応はこれまでの戦いから自分がそれなりに強いという、自信はあったのですが」


 WMG=World Magical Girlの略であり、世界中の魔法少女と比較しても魔法少女ソルグランドが、屈指の実力者であると教えられて、大我はほっと安堵し、今の肉体を用意した側の夜羽音も秘かに安堵したりする。

 日本国内であれば全てを把握できるといっても過言ではない八百万の神々ではあるが、国外となると話が変わってくる。世界基準で見たソルグランドの評価は、夜羽音としても知っておきたい情報だった。


「積もる話は多々ありますが、ソルグランドさん、その前にお渡ししなければならないものがあります。これまでのあなたによって救われた魔法少女達と日本国民のせめてもの感謝の気持ちです。どうか、受け取ってください」


 旗門が机の上に小さなアタッシェケースを取り出し、中を開いて見せる。入っていたのは一枚のカードだ。クレジットカードの類だろうか?


「こちらはこれまでの魔物討伐の報酬として、正規の魔法少女が受け取るMPと同額の日本円を登録したプリペイドカードです。

 勝手な推測ですがソルグランドさんはMPを利用できない環境にあるのでは、と考えてこちらに致しました。現金でもよかったのですが嵩張りますので、このような形に。他にもあるのですが、まずはこちらをどうぞ」


 MPの利用は基本的にフェアリヘイムで行われる。妖精との正規契約を交わしていない大我にフェアリヘイムに渡る術はなく、また渡ったとしても不審人物認定されて警戒されるのは目に見えている。

 現金だったらあまりにこう、生々しくて受け取りがたい印象を受けたろうが、プリペイドカードとなると、いくらか心理的な抵抗も薄まる。

 それに謝礼を受け取る前提で支部を訪れたのだ。今更、受け取れないと断るのも礼を失しよう。


「ソルグランドさん、少しだけですが眉間に皺が寄っておりますよ。受け取りなさい。民草の選んだまつりごとを司る者達からの申し出なのです。あなたがそうされるのに相応しい働きを積み重ねてきたのは、私も存じておりますよ」


 夜羽音の指摘通り、一筋のかすり傷でもつけば誰もが嘆くようなソルグランドの美貌には皺が寄っており、この期に及んで彼が謝礼を受け取るのに踏ん切りがついていないのが、わずかに表に出ている。

 大我は自分の中のモヤモヤを小さな吐息に変えて吐き出し、意識を切り替える。ここまで来てグダグダと話を伸ばすのは、誰にとっても得にはならないだろう。いくら肉体年齢が若かろうとも、そこまで考えが及ぶくらいには大人だった。


「生塩さん、謝礼に関してはありがたく頂戴します。お察しの通り私は普通の魔法少女とは勝手が違うもので、MPを利用できない環境にあるものですから、こういった形で謝礼を用意していただく方が、都合がいい」


 その大我の発言は旗門やモモット達の疑惑を確定するものだった。やはり、ソルグランドはフェアリヘイムとは異なる組織によって作り出された、非合法かつ異端の魔法少女であると。

 旗門とモモットの視線がわずかに険を帯びて、しれっと涼しい顔を維持している夜羽音へと向けられるのは当然の流れであった。


「色々と私に聞きたいことがあるご様子。全てとは申しませんが、元よりこちら側の事情をお伝えするつもりでした。どこまで信じていただけるかは分かりませんが、それではお話ししましょう」


 夜羽音はまるで臆した素振りもなく、偽りの妖精姿のまま神と崇められるに相応しい厳かな雰囲気を纏い、嘴を開くのだった。

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