第14話 お招きに与る祖父

「これでざっと元通りだろう。一目見れば完璧に記憶できる脳みそに感謝だな」


 天交抜矛による国産みの再現には、再生するべき大地を記憶している必要がある。まったく見知らぬ土地の再生となると、途端に難度が跳ね上がるわけだ。

 とはいえ八百万の神々の送り出した決戦兵器であるソルグランドは、望めばその土地土地の神々から情報提供が行われる為、別に知らなくても問題はないのだが、ソルグランドはまだ夜羽音から聞いてはいなかった。


(勢いで準特級とか言ったが、実際、それくらい強かったんじゃないか。この間、離島で戦った神を食った奴の方が、単純なプラーナ量なら多かったが、使い方ならこっちのが圧倒的に巧かった。本当に魔物は自然発生しているのか?)


 魔物に対する認識に疑いを覚えながらソルグランドは、いや、大我は少しばかり目を逸らしていた現実に向き合う覚悟をどうにか固めるのに成功した。具体的に言うといよいよ孫娘の燦ことソルブレイズと言葉を交わす、という覚悟である。

 大我が天交抜矛を消して地面に降り立つ間に、ソルブレイズも夜羽音を伴って、戸惑い混じりの顔で大我を目指して小走りに近寄ってきている。


(夜羽音さん、ここで黙って立ち去るわけにはいきませんかねえ? なんとか燦に傷を負わせずに魔物を倒せたわけですし、俺の魔法少女を助けるって役目も果たしましたしぃ)


 表情こそ女神と呼ばれてもなんの違和感もない威厳と美貌を維持していたが、その内心では思わず夜羽音に助けを求めるくらいには慌てていた。


(なにをおっしゃいますやら。そろそろ政を司る者達や異郷の者達との接触も必要である、そう申し上げたではありませんか。お孫さんを相手に変な緊張をしておられますが、もっと肩の力を抜いてお話すればよいと思いますよ)


(いや、まあ、そうかもしれませんがねえ。まさか性別を変えて、若返って、ちょいと事情の異なる魔法少女をやっているなんて告げる勇気はまだちょっと……)


(でしたら墓穴を掘らない程度に気を付けながら、お話をなさい。私も出来る限りお助けしますよ)


 優しいのか優しくないのか微妙なラインの夜羽音に、大我は心の中で大きな溜息を零してから、腹を括って孫娘と向き合う。この会話も映像も支部の管制室に筒抜けである、と意識すれば少しは演技に対する注意力も増すだろう。


「ソルグランドさん! 助けてもらって本当にありがとうございます! お陰で何とかなりました! 私、ご存じだったら嬉しいんですけど、ソルブレイズって言います。四季彩市を中心に活動している魔法少女です」


「おう、もちろん日本のランキング十位の有望な新人なんだ。もちろん知っているさ。今回ばっかりは相手が悪かったみたいだが、一級以下の魔物なら俺が手助けする必要はなかったろうな」


 燦の事は一度だけ倒壊した家の様子を見に行った時に、隠れて見ていたとはいえ、改めてこうしてまじまじと見る機会に恵まれてみると、助けが間に合った事もあり、大我の胸の奥に温かな感情が生まれる。

 魔法少女姿とあって、大我の生まれた時から知っている姿とはまるで違うが、それでも面影は残っており、魔法少女として今日まで命懸けで戦ってきたのだと思うと、目頭まで熱くなってくる。


「でも、今回の魔物相手だと勝てるか分かりませんでした。魔法少女は負けちゃいけないんです。魔法少女が負けちゃったら、たくさんの人が死んでしまうから。魔物に殺されてしまうから!」


 しかし、熱くなっていた目頭はすぐに冷えた。ソルブレイズの血を吐くような言葉は、目の前で祖父を失ったと思っている罪悪感と無力感、怒りに満ち満ちていた。

 強迫観念すら抱いている様子のソルブレイズを前にして、大我の情緒は氷水を浴びせられたように引き締まる。


(あああああ、ごめん、ごめんなあ、燦。おじいちゃんがお前の目の前であんな事になったばっかりに、お前にとんでもない重荷を背負わせちまった。すまねえ、すまねえ!)


 かといって自分がその真上大我だと告げるのも憚られる。信じてもらえたとして、それは大我が死んだ事実を改めて突き付けなければならない。

 それにソルグランドとしての役目を果たせば、今度こそ死出の旅路に赴くのだから、二度目の祖父の死を燦に経験させるのは忍びない、と大我は考えていた。

 少なくとも後先考えずに、大我が自分の罪悪感を誤魔化す為に、衝動的に告白してもろくな結果にならないだろう。


「……そうだな。魔物なんてのがいなければ、世界中の人達がどれだけ悲しまずに済んだか分かったもんじゃねえやな。日本限定とはいえそれなりに魔物を討伐してきたが、一向に終わりが見えないのはなかなかキツイってのが、正直な感想だな」


 終わりの見えない戦いに身を投じている、という点において、一度は死んだ、という実感と圧倒的な実力でほぼ一方的に勝てているソルグランドはまだマシだ。

 まだ二十歳にもならない女子に命がけの戦いを委ねるしかない、という後ろめたさは世界中の大人達が抱いている。大我でなくともその後ろめたさを晴らす意味も含め、拾った命で戦う事に前向きでいられるだろうから。


 一方で魔法少女にとって、適性のある数年の間とはいえ、未知の死と向き合いながら戦い続ける日々は言葉に出来ない重圧と恐怖に襲われている。

 ようやく後ろめたさや罪悪感を晴らせると思いながら戦える大我と、勇気を奮って恐怖を抑えながら戦う正規の魔法少女達ならば、前者の方がまだマシという話だ。

 どちらにせよ台風や地震、津波といった天災のように根本的な解決のできない魔物と言う災害は、新時代の天災という表現はあながち間違いではないだろう。


「あ、暗い話をしちゃってすいません。でも、話には聞いていましたけど、すごいですね、ソルグランドさん! あんなに強い魔物を一人でやっつけちゃうんですもん。私とは比べ物にならないなあ」


「いいさ、いいって話よ。自慢するわけじゃないが、客観的に見て俺は魔法少女の中でもかなり強い方さ。

 それでも世界中どころか日本の魔物をいっぺんに倒せるわけじゃない。ましてや魔物の出現を防げるわけでもないんだ。ソルブレイズを含めて他の魔法少女達がいなくっちゃ、日本の平和は守れないさ」


「……そう言ってもらえるなら、私の戦っている意味もある、かな。うん」


 どこか暗い影を負って呟くソルブレイズに、大我は言い知れぬ不安を覚えたが、誤魔化すように微笑を浮かべる孫娘になんと声を掛ければよいか、すぐには答えを出せなかった。

 祖父を守り切れなかった復讐心と後悔が、魔法少女として戦う大きな原動力となっているソルブレイズにとって、大我の言葉はあまりに眩しすぎてまっすぐに受け止められるものではなかったのだと、どうして察せられよう。

 また察せられたとしても、孫娘を苦しめているのが自分のせいなのだと理解して、大我も苦しむだけであった。そうなっていたら、耐え切れずに自分の為、孫娘の為にと大我は自分の正体を暴露したことだろう。


(あれえ? なんか暗くねえ? 俺が知らないだけでこれまで魔物相手にとんでもなく苦労していただろうし、深く考えずに綺麗事を言っちまったから、地雷を踏んじまったか!? どうする、どうする、俺!)


 顔だけは相変わらず女神そのものの荘厳さを維持しながら、心の中では焦りに焦る大我を救ったのは、管制室から通信を繋げたモモットと支部のメンバーだった。


『お話し中、ごめんだモ。モモはソルブレイズのパートナー妖精のモモットだモ。ソルグランド、初めましてだモ。ソルブレイズを助けてくれて、本当にありがとう! 他の魔法少女達の応援が間に合うか怪しかったから、君が助けてくれて本当に、本当に良かった』


 会話する二人の間に桜色の毛並みに、つぶらな黒い瞳、猫のような口、黒い点のような鼻を持った、二頭身のぬいぐるみめいたモモットの姿が映し出される。フェアリヘイムの妖精はおおむね、こういった可愛らしい姿をしている。

 もとからそうなのか、そういった姿の妖精を選んで地球に送り込まれているのかは謎である。とはいえ夜羽音ら日本神話の神々曰く、彼らが真摯で誠実なのは事実だそうで、手酷い裏切りを警戒する必要性はないはすだ。たぶん。


「お、おお、いや、礼を言われるようなことじゃない。日々、命懸けで戦ってくれている魔法少女がピンチなんだ。だったら助けない理由はない。俺はそのつもりでこれまで戦ってきたぜ。俺じゃなくても、俺みたいな力を得られたら誰だってそうする」


『君がそう言ってくれて嬉しいモ! 君がこれまで日本中の魔法少女達を助けてくれたことは、モモ達もちゃんと知っているモ。だから君になにもお礼が出来ていないのを、日本の皆さんもモモ達妖精も、申し訳なく思っているモ』


 しゅん、としょぼくれるモモットの姿は老若男女を問わず、思わず心配になって声を掛けたくなる可愛らしさに溢れていた。特に狙ったわけでもなく、自然とこうなるのなら、フェアリヘイムの妖精は親愛の情を持たれやすくなるよう、進化してきたのかもしれない。

 モモットの言葉を聞いて、自己嫌悪に陥っていたソルブレイズがはっと顔を上げる。日本中の魔法少女の間で話題になっていた、魔法少女ソルグランドに対する『お礼』案件だ。


「そ、そうなんですよ、ソルグランドさん! これまでたくさんの魔法少女が私みたいに助けてもらって、食事を奢ったりとかしてきたんですけど、それでも全然足りていないって話があってですね!」


「はあ? 別にお礼が欲しくって助けているわけじゃないぞ。俺が助けたいから助けているんだし、むしろ俺の方がこれまでのお礼のつもりで戦っているぜ。

 それに魔法少女は中学生か高校生だろ? 食事を奢ってくれるだけでも十分すぎる。それ以上を望むつもりはなかったし、考えたこともなかったけどな」


 いつのまにか大我の左肩に移動していた夜羽音が黙っているのもあって、大我は偽りなく自分の心情を口にしてゆく。それを聞く燦やモモット、管制室の面々は、大我──ソルグランドの無欲さに感心半分、驚き半分だ。


「ソルグランドさんがそれで満足しているのなら、後は私達の自己満足かもしれないんですけど、ソルグランドさんが特災省に所属している魔法少女だったら、受け取っているはずの報酬をお渡ししようって、政府の人達とも話し合ったんです」


『そうだモ! 君はこれまで等級の高い魔物を相手にたくさん戦ってきたし、市街地に魔物が到着する前に倒して、未然に被害を防いできてくれたモ。

 それはとっても凄い戦果だから、ちゃんと報いがあるべきだって、日本の人達も妖精達も考えたモ。今は咄嗟の事だからこの場には用意できていないけれど、君にはいつかきちんとこれまでのお礼を渡したいって思っていたんだモ』


「別に良いんだけどなぁ」


 と心の底から良いのに、と本音を隠さずに口にする大我に左肩の夜羽音が嘴を挟む。神の一柱にして遣いでもあるこの八咫烏は、大我と意見を別にするようだ。


「良いではありませんか、ソルグランドさん。感謝の気持ちを受け取るのも礼儀の内ですよ。それに今でも生活は成り立っていますが、文明的な生活と言うには、いささか足りないものが多いのが正直なところです。

 彼らが貴方に相応しい報いを、と願い、用意してくださるのならば、こちらにとっても渡りに船。あちらにもこちらにも益のある提案です。それに特災省の方々と魔法少女達と、今後の為にも縁を深めるべきだと、以前から話をしていましたでしょう?」


「夜羽、いや、コクウさん。……ん~、まあ、そう言われるとまさにその通りか。いつまでも俺とコクウさんで日本中を駆けずり回るわけにも行かないってのは、前から分かっていたし……」


 大我は夜羽音からの提案に心揺さぶられて、燦を前にしてボロを出してしまわないかと言う不安が大きくあったが、燦とモモットからの誘いに応じることにする。


「分かったよ。それじゃあ、これから俺がそちらにお邪魔するってことでいいかい?」


 果たしてこの判断が凶と出るか、吉と出るか。大我としては自分がなにか失言したとしても、夜羽音がフォローしてくれるのを切に願っていた。まさしく神頼みである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る