第17話 出会いは突然に
「ヤオヨロズですか。……ソルグランドさんの名前が判明していなかったころ、我々はソルグランドさんを神道モチーフの魔法少女と推測し、勝手ながらヒノカミヒメと呼んでいました。
そのソルグランドさんと関係のある組織名がヤオヨロズとは、あながち我々の推測も間違いではなかったのかもしれませんね」
ヤオヨロズ即ち八百万だ。『古事記』にも記されていた非常に多くの数を表す比喩であり、全てのものに神が宿っているという日本古来の宗教観にも通じている。
八百万の神々という、日本で耳にする表現からも分かるだろう。
ソルグランドからすると夜羽音が馬鹿正直に自分達の背後関係を暴露したようなものだが、旗門やモモットからすれば日本政府に対する皮肉や揶揄と解釈してもおかしくない。
「そういえば魔法少女名に同じ『ソル』が入っているし、炎とか熱を使って戦うから、私とソルグランドさんになにか関係があるんじゃないかって、話が出たこともありましたっけね」
そう口にしたのは燦だった。
ソルグランドの名前も、ソルブレイズのグランドファーザーだからソルグランドと大我が反射的に口にしたものなので、ますます日本政府と魔法少女側の推測がそう外れていなかったのが真相だったりする。
魔法少女の命名法則としては一般的には、スカウトを受けて実際に魔法少女へと変身した後、実際の姿やコスチューム、固有魔法などから本人が名づけるケースと、初変身時に脳裏に魔法少女名が浮かび上がるケースの二つに大別される。
稀に以前から自分で魔法少女名を考えていて、本人の意向により固有魔法や変身後の姿を無視して名づけるケースもあるが、こちらは少数派だ。
(ソルグランドって、咄嗟に口にしたようなもんだったが、そういう疑いを持たれていたとは、知らないところで燦に迷惑をかけていたか……)
これが、どうにも表情筋の動きが鈍い女神の肉体でなかったら、大我は心情を抑えきれずに顔をしかめていただろう。
今更どうしようもないとはいえ、知らないところで他にも失態を重ねている可能性があり、よりによって孫娘に迷惑をかけていたとは、まさに臍を噛む思いである。
「でもソルグランドさんの魔法のバリエーションがあまりに多いからって、固有魔法繋がりで私との関係性は見出せなかったんですよね。
一つか二つの固有魔法とその応用までが魔法少女の当たり前なのに、光に風に火に水に土に、出来ないことがあるのかってくらいの万能さで、魔法少女の当たり前を超えているんだもの」
「まあ、そこらへんが普通の魔法少女ではないっていう疑惑をそちらに抱かせた理由なんだろう。そうなんでしょう、生塩さん、モモット君」
大我の視線を受けて旗門とモモットは小さく頷き返した。全ての魔法少女を登録しているフェアリヘイムに記録がなく、従来の魔法少女の枠に収まらないイレギュラーとなれば、非合法な技術、後ろ暗い組織の存在を疑って然りだ。
旗門達が魔法少女ソルグランドに対して非常に好意的な一方、ソルグランドを生み出した側の夜羽音にやや辛辣気味なのも、そういった背景が存在している。
一方で夜羽音の真の背後関係は正真正銘、日本古来の神々であるから、それを知っている大我は今の日本政府と友好国であるフェアリヘイムに下手神罰が下りやしないかと、心配でならない。
真実を言うに言えず、板挟みになって胃がキリキリする、神経がチリチリする、という気の毒な状態に追い込まれているわけだ。
魔法少女側との今後の円滑な協力関係を築く為にも、回り回って自分のストレス緩和の為にも、大我は口を開いた。
「話せない事が多すぎて、信用しきれないのは重々承知しています。正直、私だってそちらの立場に立てばコクウに対して半信半疑になっているでしょう。
しかし、現実として私が立っているのはこちら側です。ですから、私が何度でも言葉にしてお伝えします」
大我はまだ理解していないが、女神の声帯を通して発せられる言葉には、非常に強力なカリスマ性が宿っており、人間に対しては絶大な効果を及ぼす。特に日本国民が相手となれば、その効果たるや絶大である。
洗脳ではない。一応、洗脳ではないのだ。ただ、こう、心を打つだけなのだ。
「コクウとヤオヨロズに日本だけでなく世界各国、そしてフェアリヘイムへの敵意はありません。私も納得している理由によって、表立って行動できず、情報を伝えられないのです。
全ては生命と青春という掛け替えのない時間を犠牲にして、魔物と戦っている魔法少女達の為に。彼女達に命運を委ね、重荷を担わせるしかない非力さを嘆く大人達の為に。
なにより魔物という脅威の存在しない世界をこの手に掴む為に、ヤオヨロズは行動しています。そうでなければ私は彼らの行いを是として、今日まで戦い続けはしません」
これは不遜、不敬と非難されても大我の譲れない一線だった。
古来より日本国に根差す八百万の神々といえども、孫娘の燦を含めて今を生きる人々を蔑ろにする目的で、自分をソルグランドにしたのならば従う謂れはない。
たとえ己に七度、魂魄が生まれ変わろうと消えない呪いを受けるとも譲れない、真上大我という人間の意地であった。
幸い、夜羽音と接する限りにおいて、それは杞憂である可能性が高いけれども。
ふふふ、と嬉しそうな声を出したのは夜羽音だった。こういう気骨のある人間でなければ、シロスケの懇願だけで新たな女神の核として選びはしなかったろう。
人間の自立を是とする神々からすれば、ただ神であるからと盲目的になにも考えずに従う人間より、理不尽とあれば抗う意志のある人間をこそ求めるのは当然の話だ。
「そういうわけでして、我々ヤオヨロズは常にソルグランドさんに信頼に足る存在であるか、常に問いかけられているわけです。我々にもそれなりの意地と矜持がありますれば、天地神明に誓って非道な真似は致しません。
あなた方との協調姿勢は、本当に我々にとっても望んでいることなのです。お伝え出来ない情報ばかりで心苦しい限りですが、もう少し情報開示いたします。
あなた方がこれまでソルグランドさんの位置を把握できなかったのは、我々が日本国内に用意した亜空間を本拠地としているからです」
夜羽音が開示した情報に、大我が美麗の言葉以上に美しい眉を動かした。おや? といったところか。さらに夜羽音の情報開示は続く。
本来、信仰を受ける側の存在である夜羽音からすると、疑いを抱かれるというのは意外とストレスの溜まるものなのかもしれない。
「ソルグランドさんの神出鬼没の理由は、あるものを触媒として日本国内に限られますが、彼女が瞬間移動できるように我々が用意をしていたからです。
そうでなくとも彼女の移動速度は音速を軽く超えますし、現代の最も足の速い戦闘機に勝りますよ。
そして今後、より円滑に協力関係を構築するのならば、ソルグランドさんの移動速度を踏まえても、我々とあなた方の間に迅速な連絡手段の確立が必要でしょう。
我々を招いた時点で既に用意は済んでおられると思いますが、いかがでしょうか?」
ソルグランドに関する新たな情報が出てくる度に、新たな質問が増えるのに頭を悩ませながら、旗門は机の向こう側から小さなケースを取り出して蓋を開き、中身がソルグランドに見えるように差し出す。
「魔法少女に提供されているマジフォンという携帯端末です。分かりやすい名前でしょう? フェアリヘイムの管理している通信システムを利用し、各種SNSをはじめ、マジポイントの管理から専用サイトでの商品の購入など、機能は多岐に渡ります。
また魔法少女同士の交流、情報交換の他、我々からの魔物出現の報せや世界各国で出現した魔物の情報なども閲覧できますので、ご活用ください。
通常のインターネットなどにもアクセスできますが、フェアリヘイム側の検閲が入りますので、極端な例を挙げれば魔法少女の正体の暴露などは行えません。
そうでなくともネットリテラシーに関しては、十分に気を付けてください。基本的な通信費は発生しませんが、夜遅くまで利用して寝不足になる魔法少女もいます。利用時間にも注意を」
生前の大我はあまりSNSやネット利用に明るい方ではなかったが、身内や友人達との連絡用として、また天気予報やニュースアプリ、シンプルなゲームアプリを利用していた経験はある。
曲がりなりにもこれから協力しようという相手に差し出す品なのだから、盗聴や盗撮機能を忍ばせるような、信用を損なう真似はしていないだろう。
位置情報についても、あの霧に包まれた神社は通常空間とは異なる位相に存在しており、どんなに高性能な衛星であっても位置を把握できるものではない。
神社の外に出て無我身市の廃墟で使える資材や食材探しをしている時はまずいが、それなら神社に置いてくればいい。魔法少女がピンチに陥れば、これまで通り鏡で知らせればいいのだから、携帯していなくても問題はない筈だ。
「ふむ、予想通り、ご用意くださっていましたか。話が早くて助かります。ソルグランドさん、ここはご厚意に甘えて使わせていただきましょう」
現世に関する情報収集に関しては日本中の土地神や精霊、妖怪によって、二十四時間昼夜を問わずに行われており、日本国内に限ればソルグランド以上に情報を把握している魔法少女は居ない。
一方でフェアリヘイム側の情報と魔法少女間の交流となると、どうしても情報収集に難があるので、今回のマジフォン提供は渡りに船である。
「コクウがそう言うなら。遠慮はしないでおこう。生塩さん、ありがたく使わせてもらいます」
そうして特災省がソルグランドにと用意しておいた報酬などを受け取り、今後の魔法少女との共闘による報酬額の決定など休憩を挟みつつ、数時間に渡る話し合いを終えて、退出の頃合いとなった。
万が一の可能性として、有力な魔法少女達による拘束を試みられるのでは? と大我と夜羽音は考えていたが、どうやらその可能性はなさそうだ。
話し合っている間に、九州支部に所属している有力な魔法少女を
仮にソルグランドと事を構えるとなったら、日本のトップランカー達を集めなければならず、対魔物戦線に大きな穴が開くのは明白なのだから。
「今日は実りの多い時間となりました。ようやくあなたへの感謝をほんの一部ですが、お渡しできましたから。
あなたに助けられた魔法少女達は、まだまだこの程度では納得が行かないでしょうから、もしお礼をしたいと言われたなら可能な限りで十分ですので、答えてあげてください」
会議室を出るべく立ち上がったソルグランドに旗門は、嘘のない感謝の言葉を伝え、モモットも空中にふわりと浮かび上がって夜羽音へと声を掛ける。
「う~ん、出来れば君がどこの生まれの妖精なのかとか、フェアリヘイム以外のどこかから来た子なのかとか、聞きたいことはたくさんあるけど、今日はこれ以上は聞かないでおくモ。
それと僕達フェアリヘイムではいつでも君達を歓迎するモ。なにか困ったことがあったら、いつでも頼って欲しいモ!」
他意など欠片もない純粋な善意の言葉を、にっこりとマスコットめいた顔に浮かべて告げるモモットに、同じくマスコットらしく姿を変えている夜羽音も朗らかな笑みを浮かべて返した。
フェアリヘイムの妖精達の多くが善意の化身のような存在であるのを、この半世紀以上、秘かに見守っていた夜羽音は知っていた。
夜羽音に向けた疑惑の言葉も、不審の視線も、全ては魔法少女達を想うからこそ出てきた言葉なのだと、夜羽音は誤解なく理解している。
「温かなお言葉、ありがとうございます。私もすべてをお伝え出来ない点については、歯がゆい思いですが、私とヤオヨロズに対しては警戒し続けていただいて構いません。
ただ、ソルグランドさんは信じてください。あの方は魔法少女を助けるという善意によって、戦っているのですから」
もっと言うと魔法少女として危険な戦いに挑む燦と変わってやりたい、という死に際の思いが原動力になっているのだが、これはソルグランドの正体に繋がる為、どうしても伝えられない情報だ。
(人の自立を脅かさない為とはいえ、伝えられない情報がなんとも多い。どうしても核心の部分を伝えられないのがもどかしいですね)
「分かったモ。今日、話してみて、ソルグランドちゃんが本当にいい子だって、よく分かったモ! でも、時々、魔法少女の子達にいる不自然なくらいに大人びた子みたいだったのが、ちょっと気に掛かるモけど」
「それは、魔法少女となる以前からのものですので、彼女の個性とご理解ください」
実際は中身が七十歳近い老人だからである。肉体が十代後半である為か、若干、精神性が若返ってはいるものの、間違っても十代や二十代の成熟さでないのは確かだ。
こうして互いの心にいくばくかのモヤモヤとしたものを残しながら、魔法少女ソルグランドと特災省の初めての話し合いは終わりを迎え、大我は燦に見送られる形で支部を後にすることとなった。
大我はエレベーターを待つ間、左手にアタッシェケースを下げ、右手にマジフォンを持った状態で燦と向かい合っていた。連絡先の交換をしているようだった。
「これで、燦、いや、ソルブレイズの連絡先は登録できたな。魔法少女用の端末だから、当然、登録されるのは魔法少女名ってわけか」
「うん。同じ魔法少女が相手でも本名を教えたくないって子も居るし、もし紛失したりした時に名前とか住所とか、身バレしないようにね?」
「そういや魔法少女の過激なファンってのも居るんだっけな。そういう連中が自宅に殺到して来たら、堪ったもんじゃないよな。君も気をつけろよ?」
この忠告にはひときわ熱が籠っていたが、なにしろ中学生の孫娘である。魔物相手だけでも心身を削っているのに、そこに加えて人間の過激なファンやストーカーが来たら、どれだけのストレスになるものか。
この時ばかりはソルグランドとしての神懸った美貌も無表情が崩れて、眉尻が下がって燦を案じる表情が少しばかり浮上してくる。
「あはは、ありがとうございます。支部の人からきっちり講習を受けていますから、正体がバレないように気を使っていますよ。支部を出る時も内緒のルートを使うか、車で送迎して貰えるんです」
「それならよかった。教えられない事ばかりで悪かったが、これからは事前に共闘の打ち合わせをする機会も増えるだろうし、これからよろしく頼むよ」
「はい、よろしくです。あのお、それで図々しいかもしれないんですけど、一つお願いが……」
「おう、なんだい」
気分はすっかりかわいい孫娘のおねだりを聞く祖父の大我である。実際そうなのだが、今の彼はあくまで謎多き魔法少女ソルグランドであるから、気のゆるみからボロが出ないよう気を引き締めなければいけないのだが、大丈夫かな?
「もしよかったらなんですけど、本当の名前を教えてもらえませんか? 内緒にしているのは分かっているつもりなんですけど、これから一緒に戦うんだし、元の体に戻れないっていうんなら、せめてあなたの本当の名前だけでも知っておきたいんです!」
それは戦いが終わったとしても、魔法少女として勇敢に戦ったことを誰にも知られぬまま消えるかもしれないソルグランドに対して、なにかをしてあげたい、せめてその勇気を、存在を憶えていてあげたいという気持ちが口を吐いて出たものだ。
「ああ~う~ん。そうか、名前かあ」
ある意味、一番教えられない情報をねだられてしまったの口からは、曖昧な言葉がもにょもにょと零れるばかり。
「じゃあ、フルネームじゃなくて、下の名前だけでもどうかな?」
ずいっと前のめりになって更におねだりをしてくる燦に対し、大我は断腸の思いでノーを突き付けなければならなかった。彼はとても頑張った。それはもう、とっても。
「いやぁ~~~~~~~悪いな。気持ちだけ受け取っておくよ。これは、まあ、俺の中の踏ん切りの問題って面もあって、誰かに教えるつもりはないんだよ」
「……そうですか、そっか。うん、じゃあ、今は諦める」
「今は?」
「はい。いつか、本当の名前を教えてもいいってくらい、信じてもらえるようにこれからも頑張る! だから、絶対に魔物なんかに負けないでね?
ソルグランドさんよりも弱い私が何を言っているんだって思われても仕方ないけど、魔物相手になにがあるか分からないから、だから、どうか気を付けて」
「ああ、もちろんだとも。君も気を付けてな。今回みたいに強い魔物がまた出てこないとは限らないんだから」
「うん。ソルグランドさんの本当の名前を教えてもらうまでは、絶対にどんな魔物が相手でも負けないよ!」
教えたくても教えられないんだって、とは言えず、大我は孫娘の可愛いワガママに困りながら、微笑んだ。
新たな目標に向けて決意を固める燦と大我が見つめ合う中、エレベーターの到着を伝える音が鳴り、開いたそこから急いできたのか、肩で息をしている
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