第12話 ヒートアップ

「あの人がソルグランド……」


 目の前の魔法少女が祖父の大我とは知らず、ソルブレイズは目を細めた。怒りに触発されたソルグランドの纏うプラーナがあまりに強すぎて、目が潰れてしまいそうな錯覚を覚えたからだ。

 ソルブレイズをオペレートしていた管制室側も、ほとんど前兆なしに結界内部に出現したソルグランドに驚きを禁じ得なかったが、彼女の介入によってソルブレイズが助かったのは間違いない。


 なによりこれまで数多くの魔法少女を助けてきた実績が、ソルグランドを味方だと管制室の人々に思わせていた。

 そんな管制室の中で唯一、モモットだけはフェアリヘイムと現代日本の技術の粋を凝らした探知網を潜り抜けるソルグランドに対し、小さくはない警戒心を抱いていた。

 だが、ソルグランドのかつてない敵意と怒りの感情が両面両儀童子へ向けられているのは間違いなく、また正体不明だが頼もしい味方が来たと安堵している管制室の空気を換える必要もないと、内心は吐露せず秘めたままにする。


「ソルブレイズ、そのまま消耗したプラーナの回復に努めるか、結界の外に出て戦いが終わるのを待ってな。酷な話だが、戦いに横やりを入れられると気を遣わないといけなくなる。ありゃあ、俺がこれまで戦ってきた魔物の中でも、ちょいと別格みたいなんでな」


 ランキング十位のソルブレイズに、こうまではっきり邪魔だと言える魔法少女は日本に留まらず世界的に見ても、そうはいない。だがソルグランドは迷いなく告げて、実の孫娘を振り返りもしない。

 これは下手に視界に入れると家族の情がモリモリと湧いてしまい、戦意が緩んでしまいそうだからだったが、そうと知らないソルブレイズは言い返そうとしてすぐに口を噤む。

 つい先刻、死の寸前まで追い詰められたが、大きなダメージはなく魔法少女化が解除されるほどのプラーナの消耗もないが、ギリギリの攻防の連続で神経が参ってしまい、集中力が大きく削がれている。


(判断を間違えたら致命傷を負いかねない敵相手に、今の状態の私だと厳しいか……)


 なにより助けが来た、助けられたと認識した為に、張り詰めていた緊張感が弛緩してしまって、これまで気付けずにいた、乱れている呼吸や大きな心臓の音に、気付かされてしまった。

 ごっそりと消耗したプラーナの回復だけでなく、集中力を取り戻し、呼吸を整える為にもソルグランドの指示に従うのが正しいと、理解するだけの冷静さがソルブレイズには残されていた。


「分かりました。この場で消耗の回復に務めます」


 それに、とソルブレイズ、いや、燦は自分の心の中でだけそっと付け足す。


(なんだかソルグランドさんの言う事は素直に聞けるというか、あんまり反発する気になれない? なんでだろ)


 自分でも不思議な気持ちを抱きながら、ソルブレイズは大きく後方へとジャンプして、二人から大きく距離を取る。結界内外の境界線ギリギリの位置に降り立ち、深呼吸をしてソルグランドとにらみ合う両面両儀童子を見つめる。

 管制室も貴重なソルグランドの戦闘と、彼女自身が準特級と言及した両面両儀童子のデータ収集、ソルブレイズのサポートを大急ぎ再開させる。


(よしよし、燦は素直に言う事を聞いてくれたか。しかし、妙ちきりんな気分だ。頭ん中は怒りで今も燃えてんのに、思考は凪の海みてえに綺麗に澄み渡っている。

 人間としての俺は怒り狂っているが、魔法少女としての俺がそれを抑え込んで、無策で突っ込むのを防いでいるってとこか)


 今、大我の宿っている肉体は日本の八百万の神々のほとんどが関わっており、当然、名高き戦神から無名だが歴戦の神に至るまで数多の戦闘経験と技術が付与されており、大我が女神の肉体に馴染むにつれて順次解放されている。

 これまでの戦闘により、大我も女神の肉体の扱いに少しずつ慣れてきて、神々から与えられた技術を使えるようになっていた。今も孫娘が危うい場面に立ち会っても、後先を考えない暴力を振るっていないのも、その証拠の一つだ。


「まあ、だからといってその二つの面をボコボコにして、地面の味を嫌って程、教えてやりてえって気持ちはこれっぽちも揺らがねえけどよ、なあ?」


 人間の手で再現できるのかどうか、それすら疑わしい神の手から成る美貌が凶悪に笑めば、その効果たるや凄まじいものがある。飢えた人食い鮫の口の中に頭を突っ込むのと、恐怖の度合いはどちらがマシか。

 知性がない筈の魔物である両面両儀童子も、恐怖を感じる機能はあったのか、これまで新たな脅威を前にプラーナの回復に務めていた状態から一転し、攻勢に打って出る。


 男面と女面の四本の腕にプラーナが集中し、直後にソルグランドを灼熱と凍結が同時に襲う。

 ソルグランドを中心とした周囲百メートルを摂氏三百万度の炎が覆いつくし、五秒ほど竜巻のように渦巻いてからマイナス二百度近い冷気が生じて、竜巻の形を留めたまま見る間に凍り付いてゆく。

 紅蓮に渦巻いていた炎の竜巻が、形をそのままに白い氷に閉ざされ、陽光を浴びて燦然と輝く様子は、この場面だけを切り抜けば奇跡のような光景だが、これは人類へ向けて振るわれる暴力であり、破壊行為。

 魔物とは一体の例外もなく人類に災いを成す、根絶しなければならない天敵なのだから。


『まだあれだけの攻撃が撃てるモ? じっとしていたのは、プラーナを回復させる為だったモか!』


 管制室で驚くモモットの声を聞きながら、ソルブレイズは飛び出しそうになる自分を必死に抑えつけた。


(慌てちゃダメ。ちゃんとプラーナを感じ取れば……ほら、ソルグランドさんのプラーナはまだ、というか、え? すごい!?)


 高さ百メートルを超える凍れる竜巻に罅の走る音が響き渡り、竜巻の中心部に閉じ込められていたソルグランドの瞳が一瞬輝き、麗しい肢体から迸ったプラーナが内側から凍った竜巻を粉砕してのける。


「コンロにするには火力が強すぎ。冷凍庫代わりにするには冷気が強すぎ。家電代わりにもなりゃしねえな」


 頬に氷の解けた雫を一粒だけ残し、ソルグランドは右手を両面両儀童子へと向けて、クイクイっと掌を動かす。『かかってこい』というジェスチャーを両面両儀童子が理解したのかは不明だが、攻撃再開のきっかけになったのは疑いようがない。

 ソルグランドが無意識に纏っているプラーナによる絶対防御圏と女神の肉体を破壊するには、あの程度の攻撃では不可能と両面両儀童子は判断したようだ。

 浮遊状態を維持したまま両面両儀童子は滑るようにソルグランドとの距離を詰め、炎と氷の刃で作られた巨大な鋏でソルグランドの体を両断せんと迫る!


風土埜海食万フツノミタマ


 言葉と共にソルグランドの右手に握られた両刃の古風な直剣は、建御雷神が葦原中国を平定した際に用いたとされる霊剣『布都御魂』をモチーフとしたものだ。毒気に侵されていた神武天皇の軍勢を浄化し、活力を与えたという逸話も存在する。

 ソルグランドもとい大我が名前をそのまま使うのは畏れ多いから、と当て字を用いて武具を創造する行為に対して、夜羽音はそこまで遠慮しなくていいのにと思っているが、当て字のセンスに関しては口を噤んでいる。


 そして何より大事なのはその性能だ。天目一箇神あめのまひとつのかみをはじめ金屋子神かなやこかみを含む鍛冶の神々の権能を併せ持つが故に、ソルグランドの生み出す武具・道具はその全てが人智を超越した代物である。

 大我自身は魔法少女とはそういうものだ、と漠然と認識して権能を行使しているだけだが、実際は神の息吹が遠く離れたこの時代に生み出された最新の神器。

 やわか魔物の生み出した鋏如きに後れを取る道理があろうか。


「生き別れの悲恋になんねえように、まとめて始末してやる!!」


 ソルグランドがいつも以上に凶暴に吠え、風土埜海食万を一閃して炎と氷の大鋏を弾き飛ばした直後、両手を上げた無防備な体勢となった両面両儀童子の体を猛烈な突風が襲い、嵐の中の木の葉のように上空へと舞い上げる。

 風土埜海食万の『風』の権能、その発露であった。見る間に天高く攫われてゆく両面両儀童子をいつの間にか背後にそびえていた岩壁が受け止めて、男面側が深々とめり込んだ。

 当然、この岩壁も風土埜海食万の『土』と『埜』の権能でたったいま作り出したものだ。

 そうして作り出された岩壁は、意志ある生き物のように両面両儀童子の体を取り込んでゆき、どんどん拘束されているのに気付いた両面両儀童子はがむしゃらに四肢を動かして脱出を図る。


「させるかよ、ノロマ」


 ソルグランドはまるで指揮棒のように切っ先を突き付けている風土埜海食万を振るい、両面両儀童子を閉じ込めている厚さ三メートル、長さ十メートル近い岩壁が勢いよく落下して、眼下に広がっていた川に激突する。

 巨大な水柱を上げて岩壁が砕け散り、岩塊と川の水に紛れて両面両儀童子の体が解放されるが、よほどの衝撃だったらしく両面両儀童子は男女どちらの顔も苦悶の表情を浮かべていて、即座に行動に移れる様子ではない。

 無防備な両面両儀童子を風土埜海食万によって生み出された大量の水が襲う。離れたソルブレイズの鼻をくすぐる独特の臭いが、水の正体を教える。


「これは潮の臭い? 海水なの?」


 風土埜海食万の『海』の権能。プラーナに依らず神の権能によって生み出した海水が、両面両儀童子を襲う水の正体だった。

 風土埜海食万によって作り出された海水は、もちろん自然に存在する海水とは性質が異なり、両面両儀童子が脱出の為に放った炎と冷気を受けても蒸発も凍結もせず、巨大な水球となって魔物を閉じ込める即席の牢獄となる。


 そして両面両儀童子の体についた細かな傷から急速にプラーナが海水へと漏れ出しはじめ、その漏れたプラーナを吸収して海水の量が増えて拘束と圧力を高める。

 偽りの霊剣『風土埜海食万』の『食』と『万』。敵対者のプラーナを食らい、己の糧とする『食』と、よろずのものを対象とする『万』。


 風と土と海の権能にて万の敵を害して食らう。ソレがソルグランドの創り出した風土埜海食万という凶悪極まりない剣であった。

 見る間に消耗してゆく両面両儀童子だったが、このまま黙ってやられるようなら準特級などとソルグランドが評価することもなかっただろう。これまでの一級以下の魔物同様、ほぼ一撃で決着となるのだから。


「RYUGHAUAWAAAAAWWLA!!!」


「何言っているかわかんねえよ、馬鹿野郎」


 もはやなりふり構っていられなくなったか、両面両儀童子が海水の牢獄の中で叫びをあげると四方へと紫色の光が広がった。ソルグランドの愛する孫娘ソルブレイズを追い詰めた、あの消滅の光だ。

 『食』の権能によって威力の大部分を削がれたとはいえ、消滅の光はその目的を達成して、両面両儀童子は牢獄からの脱出に成功し、体のそこかしこを虫食いのように穴だらけにした姿でソルグランドの前へと降り立つ。

 麗しかった両面両儀童子の二つの顔は、どちらも鬼もかくやの凶暴な表情を浮かべている。裂けたように吊り上がった口からは鋭い牙が覗いてガチガチと音を立て、傷口は燃えるようにプラーナを放出している。


「らしい面構えになってきたな。それが本性か? 魔物には知性も感情もないらしいが、人間らしい真似を随分とする。お前をこの世から消滅させるのに変わりはねえがな」

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