第11話 魔法少女ソルブレイズ
魔法少女の素質を認められた少女に対して妖精がスカウトを行う場合、事前に特災省に連絡が行き、妖精共々、対象の少女に保護者同伴の上でスカウトを行うのが一般的な手順だ。
魔物による襲撃の最中、あるいは突発的な事故、天災の渦中で他に選択肢がなく魔法少女になる、というケースは極めて稀である。
では大我の孫娘である燦はどうか? 彼女の場合は中学校で行われる健康診断によって、その素質を認められたのがきっかけである。
両親と共に特災省と妖精からの説明とスカウトを受け、スカウトを受けるか断るか悩み、離れて暮らす祖父にも相談しに向かい、そこであの魔物の襲撃を受けて、燦は魔法少女としての覚醒を迎えたのである。
結果的に前者と後者のミックスとなったわけだ。
魔法少女になるべきかどうか、その悩みを相談しに行った先で祖父共々、魔物による襲撃を受けて、むざむざと祖父が家の瓦礫に押し潰される姿を目の当たりにしたのだ。
燦からすれば自分がもっと早く魔法少女になると決めていたなら、あるいは祖父の家を訪れなければ、もっと他に道があったのではないか? 祖父が魔物の襲撃を受けずに済んだのでは? 魔物から祖父を守ることができたのでは? と思い悩み続けている。
秘密のお茶会では特に陰を背負った様子もなく振舞っていた燦だが、そんなわけはない。
中学生として過ごす日常の中でも、新進気鋭の魔法少女として魔物を相手に結果を出し続ける中でも、今も目の前で血を流す祖父の姿が焼き付いて離れない。
あの日、あの瞬間、味わった後悔、苦痛、怒り、憎悪は魔物の齎す被害をより詳しく知れる立場となったことで、薄れるどころかますます増しており、燦の心を激情で乱し続けている。
両親はもちろん学友、担当妖精に特災省の職員も燦のメンタルを心配し、ケアに務めてはいるが、それもなかなか成果を上げられずにいる。
日常ではなにも問題が無いようにふるまえても、魔物との戦いの現場となると彼女の激情が溢れ出して、抑制が効かなくなる傾向にあった。
ただ、そんな彼女にも例外というものはあり、放課後になってから届いた魔物出現の報せを受けて、ソニックブームをプラーナコントロールで相殺しつつ超音速で駆け付けた燦──ソルブレイズは即座に交戦に突入しようとし、自らそれにブレーキを掛けた。
これまで、要救助者が居ない状況であれば、魔物とみれば真っ先に殴り掛かりにいったソルブレイズとしては、異例の行動である。
鎧甲冑を纏った巫女装束風のソルブレイズが相対したのは、後頭部同士で繋がった男女の顔に四本の腕を持つ以外は、極めて人間に近しい容姿の魔物だ。
まるで人間の兄妹か恋人が邪悪な儀式か実験によって、一つの体につなぎ合わされたかのよう。赤い袈裟のような衣服を纏っているその姿は、異形ではあっても魔物とは判断し難いものがあった。
緩く波打つ白い髪の下の浅黒い皮膚の顔立ちは美丈夫、美女と呼ぶに相応しいが双方に瞳はなく、男の目は赤色に、女の目は青色に染まっていた。
これまでの人型をしていても、人間とはかけ離れた姿をした魔物を相手にしてきたソルブレイズにとって、魔物が破壊活動を行う前だったこともあり、発見から即時攻撃とは行かず、戸惑いの色をまだあどけない顔に浮かべてしまう。
「モモット、本当にアレが魔物なの? 私がこれまで戦ってきた魔物とは、全然違うよ?」
四季彩市近郊を流れる一級河川の水面の上を、少しばかり浮いた状態でゆっくりと魔物は進んでおり、その眼前で水面の上に立つソルブレイズは腰を落として戦闘態勢こそ整えたが、攻撃への踏ん切りをつけられずにいた。
メンタルが不安定である為に専属でつけられた妖精モモットに、思念による通信を繋げれば、まだまだ幼い子供の声が脳内に返ってくる。モモット自身は特災省のオペレーターと一緒に、支部の管制室で戦闘の様子を見ている。
『魔物で間違いないモ。それも一級相当の力を持った、ものすごく強い奴モ。でもソルブレイズの驚きもわかるモ。ここまで人間に近い見た目の魔物は初めてモ。
どうしても戦いづらいのなら、別の魔法少女を呼ぶしかないけど、でもそれには時間が掛かるモ』
もともと魔物とはいえ生物の姿をしていることがほとんどである為、力を振るうのに躊躇いを覚える魔法少女は特に新人に多く見られる。
ソルブレイズも魔法少女歴で考えればまだ新人だから、人間らしい見た目をしてまだ破壊活動も行っていないとなると、山のように大きな躊躇が生まれてしまう。
幸いモモットのお陰で、目の前の裏表で男女の繋がった相手が魔物で間違いないのは確認できたが、どうにもやりづらさは残っている。だが、魔物であるのならば戦わない選択肢はない。
空を焦がす炎と炎に照らされて地面に長く伸びる影。焼け焦げる家の臭い。痛む体。さっきまで過ごしていた家が倒壊し、瓦礫に押し潰された祖父。こちらに向けて伸ばされた手。向けられた案じる光を宿した瞳。祖父の体から流れる血……
トラウマのようにソルブレイズの脳裏にあの日の記憶が蘇り、脳の奥が沸騰するような感覚と共に全身に力が漲る。
制御しきれない激情はソルブレイズの肉体を活性化させ、そこから更なるプラーナが生み出される。
ソルブレイズに発現した固有魔法はプラーナの消費と引き換えに、熱を生み出すというもの。付けられた名は『不落の太陽』。
瞬時にソルブレイズの五体をプラーナのバリアと摂氏一万度の熱量がコーティングし──
「aaaaaaaaa!!!!」
ソルブレイズの正面五十メートルに浮かぶ魔物の前面側、男の口が大きく開き叫ぶと同時に、声に触れた水面が風に運ばれていた草が瞬時に凍結してゆく。そしてソルブレイズにも凍結の叫びは届き、彼女の纏う超高温と激突してせめぎ合った。
「っ!? なに、気温を下げているだけじゃない?」
摂氏一万度超の超高温と凍結現象は相殺し合い、かろうじてソルブレイズ自身の凍結は避けられたが、周囲一キロメートル以内の川面や畑、道路の全てが凍結して薄い氷の中に閉じ込められている。
降り注ぐ陽光を浴びて氷の表面にキラキラと光の珠がいくつも結ばれる中、ソルブレイズは自身のプラーナが急速に消耗されているのを感じた。
『まだ途中だけど、解析の報告モ! あの魔物は咆哮と同時に熱量を奪い、更にプラーナを吸収しているモ。ソルブレイズを守っている熱とプラーナバリアもその対象になっているモ!』
「つまり防御しようとしてもしきれないってこと?」
『さっきの叫びに関してはそう。逆に相手のプラーナを吸収するくらいの芸当が出来たら、話は違うかもだけど……』
「私は熱で燃やし尽くすか、殴り飛ばすかしか取り柄がないもんね」
いたってシンプルな戦い方しかできない自分に苦笑いを零し、ソルブレイズは頭を切り替えた。
「単なる思い付きだけど、前の顔が凍結なら後ろの顔なら燃焼かな? それなら相殺できそうだけど」
確かめもせずにそうだと思い込む危険性を頭の片隅に置きながら、ソルブレイズは両足に力を込めて、それを爆発させるタイミングを見計らう。
ソルブレイズは魔法少女としての戦歴は浅くとも、ランキング十位の猛者だ。彼女で勝てない魔物となれば、一級の中でも特級に近い上澄みの敵と認めるほかない。
管制室のモモットや特災省職員達は固唾を飲んで、彼女の戦いを見守っている。万が一、ソルブレイズが敗れれば、より上位の魔法少女を呼ぶ他なく、それまでの間にどれだけの破滅が齎されるか、考えたくもなかった。
一方で魔物、後に『
四本ある腕の内、肉付きからして鍛えた男のものと分かる左右一対の二本が、指を鉤爪のように曲げた状態でソルブレイズ目掛けて勢いよく振り下ろされる。
「!」
両面両儀童子のプラーナの変化を感じ取り、即座に上空に飛びのいたソルブレイズの足元で巨大な氷山が出来上がっていた。両面両儀童子の指先から発せられた凍気が、大気中のプラーナごとまとめて凍らせたのだ。
ソルブレイズはこちらを見上げる両面両儀童子の赤い目を睨み返し、反撃の一手を即座に選ぶ。彼我の戦力差を確かめる為にも、小手先の技ではなく大技を初手に選ぶ。
「悪鬼ことごとく灰になれ、羅刹ことごとく塵になれ!
ソルブレイズの一手は最大で直径三キロメートルに及ぶ超高温の壁を叩き落し、一気に広範囲を焼き尽くす魔法だ。もちろん範囲は調整可能で、今回は器用にも長さ百メートルほどの川に沿った形に整えている。
まるでピースを嵌めるようにして川と同じ形の炎が両面両儀童子へと降り注ぎ、裏側の女面の腕が動いた。女の両腕から発生したのは、ソルブレイズの予想通りに火炎で、一体の個体の中で対を成しているのだろうか。
燃え盛る炎の大槍が天墜焼に突き刺さり、そこからお互いが相殺し合って穴が開く。そこを狙いすまして、男面の両腕がソルブレイズへと向けられて、凍気の奔流が彼女を襲う。
『さっきよりも威力が増しているモ! 避けて!』
足止め代わりに火球数発を発射してから、ソルブレイズは天墜焼に自ら飛び込んだ。自らのプラーナを変換した天墜焼は、たとえ素肌に浴びようとも彼女の肌を焼きはしない。
絶対零度に近い凍気の奔流は天墜焼の大部分を打ち消し、構成していたプラーナも両面両儀童子へと吸収される。
(吸収中は動きが止まるとか、攻撃が出来なくなるって期待したんだけど)
天墜焼を突き破り、川辺の草むらに着地したソルブレイズの目の前には、青く燃える炎の巨大な手があった。こちらを握り潰そうとする巨大な手は、見惚れるほどに美しい。
「あああああ!!!」
負けるな! と自分への 咤も込めて叫び、全力の右拳を炎の手に叩き込む。毒物を警戒して入念に超高温の炎を纏わせた右拳は、相手の熱量を上回り、打撃と同時に巨大な手を霧散させた。
コンマ一秒の遅れでもってソルブレイズの左拳が突き出され、そこから発射された直径三メートルの燃える拳『
プラーナに分解されて吸収されるのを少しでも遅らせる為、常よりも意識してプラーナの密度を濃くした拳は、男面が刹那の間に作り上げた高さ二十メートル、厚さ五メートルの氷壁に阻まれ、そのほとんどを一瞬で蒸発させるのと引き換えに消えてしまった。
両面両儀童子はすぐさま次の攻撃に移ろうとし、まるで意思のある生き物のように戸惑う素振りを見せる。前後の男面、女面双方の視界からソルブレイズの姿が消えていたからだ。
ソルブレイズが戦闘区域から逃げ出したのではない。はるか上空へと跳躍したか、と言えばそれもまた違う。ではソルグランドのように魔法の応用で光学迷彩を発動した? これも違う。
答えは両面両儀童子の足元の凍った川面の水中から放たれた燃える拳だ。ソルブレイズは氷壁で一発目の飛炎拳が防がれた瞬間、足元の氷を溶かして水中を進み、両面両儀童子の真下まで潜航していたのだ。
足元から迫る飛炎拳を両面両儀童子の片足が踏み潰すや、無数の火の粉となり散った先で川面や川辺を燃やす中、水一滴濡れていないソルブレイズが女面の下顎を撃ち抜くべく、勢いよく右拳を振り上げる。
「でゃああああ!!」
第二次世界大戦で建造されたどんな戦艦の装甲もぶち抜くアッパーを、女面の両掌が包み込みその威力を相殺する。
行き場を失った衝撃が二人を中心に迸り、周囲の地形を変える中、右拳を強引に引き抜いたソルブレイズは『不落の太陽』により、五体に莫大な熱量を纏いながら格闘戦を挑む。
超高熱を纏う格闘戦に対し、両面両儀童子の女面は黒い炎の刀を生み出して両手に握り、男面もまた白い氷の槍を作り出して、ソルブレイズへ無慈悲な刃を繰り出す。
身長三メートル近い上に武器まで持った両面両儀童子に対し、半分と少々のソルブレイズはリーチで圧倒的に不利だ。
超音速戦闘を常態的に行えるソルブレイズではあるが、両面両儀童子もそれに対応する反応速度の持ち主。
大抵の魔物ならば遠距離から一気に距離を詰めて一撃を叩き込めるのだが、両面両儀童子相手では距離を取られると不利になると判断して、水中からの奇襲で詰めた距離を離されないよう、細かいステップで両面両儀童子を軸に歪な円を描いて動き回る。
摂氏五十万度の蹴りや七十七万度のパンチと同等の熱量を備えた刀が交錯し、それだけの熱量にさらされても解けない氷の槍が波濤の如き連続突きで、ソルブレイズを串刺しにせんと迫る。
一撃一撃の威力が凄まじく、モモットが遠距離展開した結界で戦闘区域を隔離しなければ、余波だけでどれだけの破壊がまき散らされたか分かったものではない。
そしてそれ以上にモモット達にこの戦闘に介入できる術はなかった。あまりにも速すぎて、あまりにも膨大なプラーナが恐ろしい速さで消耗・生成される戦いは、たとえ魔法少女でも並みのレベルでは傍観する他ない。
魔法少女になるまで空手も躰道もボクシングも柔道も、およそ武道、格闘技と呼べるものとは授業以外縁のなかったソルブレイズには、正直に言えば技術らしいものはない。
四肢から繰り出す攻撃の悉くは大ぶりのテレフォンだし、コンビネーションもまた拙くぎこちない。
日常の学校生活以外の時間で、燦が自分の無力感と罪悪感に突き動かされて、積極的に訓練を受けているとはいえ、現状、彼女はスペック頼みの素人であった。
だからこそスペックのみで一級相当の魔物と渡り合える事実が、彼女を逸材だと証明している。
「魔物は、全部、私が!!」
もはや人間によく似た容姿に対する躊躇は、ソルブレイズの心の中から完全に消えていた。女面は青一色に染まる双眸を開き、小癪なソルブレイズに向けて般若を思わせる怒りの表情を見せている。
モモットは両面両儀童子の容姿も含めてこれまでの魔物らしからぬ反応に疑問を抱き、より詳細なデータ収集に務めていたが、それを告げてもソルブレイズの集中を妨げるだけだと口を噤む。
両面両儀童子と打ち合うたびにプラーナを持って行かれる不快感に耐えながら、ソルブレイズは自分のプラーナの残量を考慮し、勝負に出た。少女の両拳が盛大に燃え始め、温度とプラーナが跳ね上がる。
「轟々と燃えろ!」
勝負所と覚悟を固めて必殺技の一つを放とうとしたソルブレイズの視界の両端に、ソレが映った。両面両儀童子が武器を手放し、男面の手と女面の手がそれぞれ掌を向け合い、異なる力を衝突させているのが。
(死──んじゃ──)
言語化するよりも早くソルブレイズの本能が悟る。アレを受ければ死ぬ、と。
「ッ!!!」
咄嗟に両手にため込んでいたプラーナをその場で開放し、自分を巻き込む巨大な炎の花を咲かせて、目くらましと脱出を兼ねてソルブレイズは全力で回避行動を取る。それが彼女を救った。
両面両儀童子の四つの掌の間から放たれたのは、紫色の光の奔流だった。
ソレは凍結と燃焼の異なる現象を反発させ、食い合わせる事で生じる膨大なエネルギーに指向性を持たせて発射する必滅の一撃。
射線上にあったことごとくを消滅させて突き進む二条の光線は、戦闘区域を遮る結界に激突し、ぽっかりと穴を開けた。幸い、そこでエネルギーは尽きたようだが、内外で同時に核爆発が起きようとも耐える結界に穴を開けた事実は脅威以外のなにものでもない。
ソルブレイズは自分の全力の一撃でも穴を開けられない結界が破られた事実と、まだ余裕のある両面両儀童子の姿に表情を歪めた。
「今の攻撃は、私の魔法じゃ防げないっ。それに連射も!?」
再び両面両儀童子の掌に紫色の光が生じた次の瞬間、距離を取らされたソルブレイズへと目掛けて、散弾状の消滅エネルギーが放たれた!
「wooooooooooooooo!!!」
ソルブレイズは冷や汗が頬や首筋を伝うのを感じながら、脚部へプラーナを集中させ、広範囲にばら撒かれる紫の散弾を必死に回避する。
『やっぱり単純な凍結と燃焼っていう現象じゃないモ! 概念的な凍結と燃焼を反発させて瞬間的に虚無を作り出しているモ!』
両面両儀童子の解析を進めていたモモットが思わずといった調子で告げてきた内容に、ソルブレイズは怒鳴るように問い返す。
「つまりどういうこと!」
『当たったらプラーナのバリアごとまとめて消滅するモ! 防ぐには時空間系の魔法か概念操作の能力が必要になるモ。ソルブレイズにはどっちもないから回避して! 魔法で撃ち合う事も出来ないモ!』
「即死攻撃と思って避けるしかないってことね」
薄々分かってはいたが、気の滅入るような事実を伝えられて、ソルブレイズは泣きたくなったが、それもすぐに罪悪感の炎が燃え盛って闘志を復活させる。攻撃に当たらずに倒せばいいのだ。
両面両儀童子は足を止めて浮遊砲台と化している。距離を詰めれば先ほどのように四本の腕にそれぞれ武器を持って切り替える可能性が高いが、その距離を詰めるのが難しい状況だ。
(さっきみたいに川の中を潜るのは、もう通じないだろうし、私の最高速にもきっと対応してくる。一番強い魔法を撃ってもあっちも同じことをして相殺し合うだけか。フットワークで引っ掻き回して、突っ込む?)
でも、もし、あの紫の光に飲まれたら。あるいは手足が一つでもあの光に触れたなら。脳裏に過る体の一部を失った自分の姿に、ソルブレイズの呼吸がヒュっと音を立てて細まる。
無意識に抱いた恐怖がソルブレイズの全身に伝播して、一瞬にも満たない時間、わずかに彼女の動きを鈍らせた。
その恐怖を見逃さなかった両面両儀童子は、掌の向きはそのままに指の組み合わせを変える。まるで印を結ぶように指の組み合わせが変わり、今度は掌の間から無数の糸状の消滅の光が放たれる!
「大砲にショットガンに、今度は糸!?」
網を投げるように広がった糸はふわふわと風になびくようにして、ソルブレイズを四方から囲い込み始める。前後左右、上空にも伸ばされた糸にソルブレイズが通れる隙間はなく、脱出するには体のどこかを諦める他ない状況だ。
『そんな、まるで魔法少女との戦闘に特化しているみたいだモ!?』
こちらの魔法が一方的に貫かれ、相殺も減衰も出来ない以上はソルブレイズには、被弾覚悟で突っ込み、被害を最小限に抑えるくらいしかない。
先ほど、思い描いてしまった光景が脳裏によみがえるが、ソルブレイズは生き残る為に歯を食い縛る。少女の目が最も糸の包囲網が薄いところを求めて動き回り、足がいつでも一歩を踏み出せるように力を蓄える。
両面両儀童子はまるでソルブレイズの考えを読んでいるように、これまでふわりふわりと動かしていた糸の動きを変え、高速で糸の包囲を狭めてきた。
(タイミングを、外された!?)
これでは逃げられない、とソルブレイズの心に絶望が広がった瞬間、予定調和のように救い主の声が戦闘区域に響き渡った。
「太陽無き世界に光無し。『
大地も海も聞き惚れる声と共に結界内部の戦闘区域に闇が訪れた。ソルブレイズの視界も一寸先も見えぬ闇に閉ざされて、目の前で手を振られても気づけないような闇だ。
もしソルブレイズが闇の訪れる直前に頭上を見上げていたら、日食のように太陽を覆う影を目にしただろう。
天照大御神が天岩戸に籠り、世界から太陽の光が絶えたという伝承の再現か。異なる点は禍岩戸によって消え去る光は太陽の光に留まらず、発動中、効果範囲に存在するすべての光が消滅することだ。
両面両儀童子の操っていた光の糸は闇に飲まれ、ソルブレイズを輪切りに出来ぬまま消え去っている。およそ七秒間の暗黒の果てに世界に光は戻り、ソルブレイズは自分をかばうようにして前に立つ魔法少女の後ろ姿を目撃する。
両面両儀童子から値踏みするような視線を向けられて、しかし新たな魔法少女ソルグランドは、氷の眼差しで迎え撃った。
これまで孫娘のソルブレイズを助けに行かなかったのは、彼女が窮地に陥っていない証と考えていた大我ことソルグランドにとって、今回のソルブレイズの窮地は訪れて欲しくない凶事だった。
ソルブレイズを振り返らず、両面両儀童子に憤怒の視線を向けながらソルグランドは口を開いた。
「さしずめ準特級ってところかい。だが、アレだ。今日ほど頭に血が上ったことはねえよ。やり過ぎて日本の地形を変えねえように気を付けねえとなあ!?」
ソルグランドから怒りに触発されたプラーナが爆発し、人型の太陽がそこに生まれたかのようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます