第43話 一等星①

 今日は月見里さんが、出掛ける用があったため訓練は休みだ。理恵加さんも訓練が休みだったから、理恵加さんが行きたがっていたカフェに同行した。カフェから出た後、理恵加さんは行きたいところがあると言って、一人でどこかに行ってしまった。取り残された僕は、特に行きたいところも用事もないので、本屋に寄って発売されたばかりの漫画を買って来た。

 今は自販機の近くのソファで寝転がって、その漫画を読んでいる。別に部屋でも良かったが、ここなら無料でジュースが飲めるし、ソファも部屋のベッドと遜色のない程の心地良さがある。それに、ここは憩いの場的な感じなのに、人が全くいないのが良い。静かで漫画を読むのに集中する事が出来る。だが、漫画の展開は静かではなかった。衝撃の展開に頭が疲れた。机の上に漫画を置く。隣には二本の空のペットボトル。随分と満喫する事が出来た。目を開けたままソファで横になって、ぼけ〜っとしていると、足音が聞こえてくる。


 「おー!葵!何してんだ?」


 声の方に頭を向けると、丸山さんが早歩きで近づて来る。その後ろには小林さんもいる。


 「あ!お疲れ様です!」


 両足を揃えて天井に向けて、それを振り下ろす勢いで起き上がる。床に脱ぎ捨ててある、靴の上に足を置いて、丸山さんの方に顔を向ける。


 「今日訓練休みで暇なんで、漫画買って来て読んでました」


 そう答えると、丸山さんは僕の右側にドカっと勢いよく座って足を組む。一瞬だけ僕の体は浮かび上がった。


 「あ〜、そういやそうだったな。晴男は外出だもんな」


 丸山さんはそう言ってから、机の上にある漫画に目を向ける。


 「おっ!お前もこれ読んでんの?俺も読んでるよ。面白いよな」


 漫画とか読まなさそうな見た目してるのに意外だ。それにラブコメを読むなんて、意外過ぎる。


 「面白いけど、今回はヤバいです。最後に出てきたヒロイン死んじゃいましたよ。白髪の女の子」


 「え!?あの銀髪の女の子!?」


 横に座る丸山さんが体ごと僕の方に向く。ソファが再び軋みながら揺れる。


 「そうです。普通にダストに殺されちゃいました。これ絶対にラブコメじゃないですよぉ」


 「マジかよ!ラブコメでヒロインって死ぬの?というか俺まだ、その巻読んでないんだから内容言うなよ!」


 「あっ!すいません。ネタバレ駄目派でしたか?」


 「当たり前だろ!内容分かってたら読む時の楽しさ半減だよ」


 「すいません!今すぐ貸すから許してください!」


 机の上の漫画をサッと手に取り、横に座っている丸山さんに差し出す。


 「おう!」


 丸山さんは漫画の表紙をじっくりと眺めている。それから少しして口を開く。


 「昼飯もう食ったか?」


 「いや、まだ食べてないですよ」


 「よし!なら食いに行くぞ!着いて来たらネタバレの事はチャラにしてやるよ!」


 「本当ですか!?行きます!」


 ちょうど良かった。食堂の味に飽きていた頃だ。


 「葵が来るなら、小林さんが前から行きたがってた喫茶店に行きましょう!」


 丸山さんはソファから立ち上がって、自販機の前でお茶を飲んでいる小林さんに話し掛ける。


 「ああ、葵君着いて来てくれるの?」


 「はい!着いて来ますよ!」


 「なら行こう」


 「じゃあ、決まりだな!とっとと行くぞ」


 丸山さんが僕の肩を軽く叩く。ペットボトルをゴミ箱に捨ててから、先を歩く丸山さんに駆け足でついて行く。


 

 「富永!次の信号右な」


 「はい」


 後部座席から丸山さんが指示を出す。それに返事をして、右にウィンカーを出す富永さん。その返事は当然、助手席に座っている僕にしか聞こえないくらいの声量。

 富永さんが来るのは全く問題ないが、富永さんの車に乗るのには抵抗がある。あの時、人の体を突き破った車。人の体内を彷徨った車。この車はいつから赤く染まったのだろうか。


 そんな僕の心情を知る由もなく、後ろの二人は盛り上がっている。


 「やっと行けるのか。楽しみになって来たよ!」


 「俺もテンション上がって来ました。小林さんの念願がついに叶いますね」


 微笑ましい笑顔を輝かせて話す二人。横で運転する富永さん。後ろで笑う小林さんと丸山さん。この三人とは月見里さんほど関わる事はないが、基地で会った時に会話をするから、大体どんな人なのか知る事が出来た。

 小林さんと丸山さんは良い人だし、富永さんは悪い人じゃなかった。小林さんはアドバイスをくれるし、丸山さんは気さくに話し掛けてくれる。富永さんはすれ違いざまに全力の腹パンを打ち込んでくる事などなく、挨拶をすると挨拶を返してくれる。それも軽いお辞儀付きだ。みんな優しくて素晴らしい人達だ。


 「富永!あの緑の看板の店な!」


 お店に近づくと車は速度を落として、ゆっくりと左に曲がり駐車場に入る。


 「結構車止まってるな。やっぱり人気なんだな」


 「お昼時だしね」


 「よし!葵!空いてるとこ探せ!」


 「はーい」


 空いている駐車場を見つけ出して、そこに駐車する。シートベルトを外して外に出る。富永さんは意外にも安全運転だった。もっとスピード出してかっ飛ばすのかと思っていた。それにしても、この車は赤過ぎるにも程がある。何か事件の匂いがする色だ。まあ、その事件のひとつはこの目に焼きつけられた訳だ。一度人の体の中に入った車がどんな感触なのか気になり、右手をそっと車に近づける。


 「おい!葵ー!早くしろー!」


 丸山さんの声を聞いて、伸ばした右手はすぐに引っ込む。


 「すみませんー!」


 そう言ってから、既に入口付近にいる三人の元まで駆け足で向かう。

 知る人ぞ知るという感じの内装だが、店内はかなりのお客さんで賑わっている。案内されたテーブル席に座ってからメニュー表を眺める。


 「これこれ!この特盛イチゴパフェが食べたかったんだよ〜!でもおじさんが一人で食べるのもアレだからね。葵くんが居てくれるなら


 正面の席に座る


 「え?僕が注文するんですか?」


 「だってこんなオッサンが、こんな可愛いパフェ頼むの恥ずかしいだろ?」


 小林さんはメニュー表に映るパフェの写真に指を刺して言う。


 「えー、小林さんそんなにオッサンじゃないと思いますけど。まあ!小林さんのお願いなら僕が注文しますよ!」


 「ありがとう!丸山君も頼んでもらうだろ?」


 小林さんは横でメニュー表を見ている丸山さんに聞く。


 「いや俺は大丈夫です。甘いの苦手なんで」


 「そうだったんだ...」


 「そうですね」


 「じゃあ、二つでよろしく」


 「分かりました」

 

 さっき車の中で丸山さんのテンションも上がっていたのは何だったのだろう。


 「よし!決まった!富永!お前は何にする?」


 小林さんは僕の隣でメニュー表を眺める富永さんに聞く。


 「ハンバーグ定食で」


 「ああっ!?なんて?」


 聞き返す丸山さんに、富永さんはメニュー表のハンバーグ定食の写真に指を指す。 


 「ハンバーグか。葵と小林さんは?」


 「僕もハンバーグ定食かな」


 「僕もハンバーグで!」


 「みんなハンバーグか。じゃあ俺もハンバーグでいいや。すみませーん!」


 丸山さんが店員さんを呼ぶ。呼ばれた店員さんはハツラツとした笑顔で注文を取りに来た。丸山さんが全員分の注文をした後に、僕が特盛イチゴパフェを注文した。注文した数は二つ。僕も食べてみたいからだ。

 料理が運ばれて来るのを待っている間、隣に座る富永さんは入り口に置いてあった新聞を机に広げて読んでいる。その正面に座る丸山さんは僕が貸している漫画を早速読んでいた。

 料理が来るまで、窓の外の駐車場に止まっている車を眺めていたら、小林さんが話し相手になってくれた。


 「そしたら月見里さんがお前のギフトは優秀だから、俺とお前が組んだらすぐに出世出来るって」


 小林さんは僕の話を否定せずに、ただ笑顔で頷いて聞いてくれる。


 「あいつはもうそんな事言ってんのか。確かに葵のギフトはそんくらいの価値はあるけどな」


 今の僕の発言に漫画を読む手を止めて、丸山さんが割り込んでくる。


 「そんなにすごいですかね?」


 「俺のギフトなんて透明になるだけだぞ。ついでに透明になっている間は自分が発する音が三倍くらいになっちまう。不便過ぎるだろ?全く噛み合ってない」


 「そうですか?ギフトが二つあるみたいで良いじゃないですか!」


 「そんなに前向きには捉えられないな」


 「あー!なら消えた状態で車に乗って、爆音で音楽流しながら、やっつけたい奴に突っ込んだら最強じゃないですか!見えない鉄の塊が爆音で近づいて来るの怖くないですか?」


 「何だその使い方。お前の発想の方が怖えよ」


 「斬新な発想力だね」


 露骨に引く丸山さんと、目を細くして和かに微笑んでくれる小林さん。ちなみに正面にいる小林さんは物を増やすギフトで、横にいる富永さんは物を小さくするギフトだ。

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