第42話 傷だらけの内緒話②
「月見里さんは出世したいんですか?何か目標でもあるんですか?」
いつも僕の疑問と質問に速攻で口を開く月見里さんが、珍しく考え込んでいる。
「んー、まぁそうだなぁ。...上の連中を引き摺り下ろす。偉そうにふんぞり返って、椅子に座っているだけのクソボケ達。脳みそも体も萎縮して何も出来ないくせに、口だけは妙に元気なのに、会話のキャッチボールすら出来ない、無駄に時間を捨ててきただけの年寄り共を、最前線に立たせて死なすのも悪くない。目障りで自分の事しか考える余裕のない、四畳半の脳みそしか持ってない老人は、生きてる意味ないからな。これからは車椅子に座ってもらう事になるかもな。ははっ」
体が弾むような軽い笑い声を見せる月見里さん。どこかで聞いた事があるような口の悪さのオンパレード。富永さんだ。まさか、富永さんの口の悪さは月見里さんから感染したのか?いや、富永さんから月見里さんに感染させた可能性もある。
「でも、いくら出世したからって偉い人に命令出来るくらい偉くなれますかね?」
「お前のギフトは逸材だ。死ぬはずだった人間の命も救う事が出来る。上の老人もそんな素晴らしい功績を見逃すくらいの節穴ではないだろ」
そう言ってから月見里さんはエレベーターの下りボタンを押す。すぐにエレベーターのドアが開き乗り込む。
「もしかして、そうなったら僕も月見里さんと一緒に偉くなれますかね!?」
「当然だろ。でもお前が高校を卒業する前に、俺が一人で出世してお偉いさんになってる可能性は全然あるな」
「ええ?そんなぁ。あと一年とちょっとくらい待ってて下さいよー」
「俺は何でも早く済ませる主義だから。置いてかれたくなかったら、お前がさっさと高校卒業しろよ」
「それは無理でしょ」
チリーンと音が鳴りエレベーターのドアが開く。
「じゃあな。しっなり休んで体回復させろよ」
開くボタンを、右手の人差し指で押しながら月見里さんは言う。
「あれ?月見里さんは降りないんですか?」
「ああ。調べたい事があるからな。このまま研究室に行く」
「へぇ」
エレベーターから降りて月見里さんの方に振り返って、お辞儀をする。
「今日もありがとうございました」
「ん」
軽く頷いて月見里さんはボタンを押してエレベーターのドアを閉める。
下に降りる月見里さんを見届けた後、部屋まで歩き出す。途中、少し向こうにある自販機が目に入り、喉の乾きに気がつく。ここは憩いの場的なスペースだ。四部屋分くらいのスペースには自販機と机、壁に沿ってソファと観葉植物が置かれている。憩いの場と言っても、そんなにたくさんの人が集まっている所は見た事がない。自販機は全部無料で買う事が出来る。お金を入れなくても、ボタンを押すだけで飲み物が出てくる。
「これボタン押しまくったらお店開けちゃうなぁ」
この中で一番お気に入りのメロンジュースのボタンを押す。ガゴンと聞き慣れた音がして、ジュースが出てくる。ジュースを取り出す為にしゃがむ。取り出し口に手を入れるが、引っ掛かって中々取り出す事が出来ない。ジュースを取り出す為に自販機と格闘していると、隣の自販機からボタンを押す音がする。
「これタダなのすごいよね」
聞き慣れた声に顔を向ける。
「理恵加さん」
「お疲れ様。葵君!訓練終わったとこ?」
ジュースを取り出す為に、横でしゃがむ理恵加さんと目が合う。
「うん。そうだよ。理恵加さんは?」
「私も少し前に終わったよ!って...取れない」
「ねっ!これめっちゃ取りにくいよね!特にデカいペットボトルのだと!」
「去年と全く変わってないよ〜」
取り出し口をガチャガチャと揺する音が二人分。ようやく取り出せたジュースを手にして立ち上がる。キャップを外して、乾いた喉に流し込む。
「ふー、ウマ!」
「訓練の後のジュースは最高だよね!」
口の中で弾ける炭酸を飲み込んで口を拭って、隣でお茶を飲む理恵加さんに尋ねる。
「富永さんって厳しい?」
「んー、富永さんはね」
富永さんの訓練は確実に過酷だ。間違いない。絶対に吐血するような訓練をしている気がする。まさか理恵加さんは血で汚された喉を洗浄する為に飲み物を買いに?ペットボトルの中のお茶も、既にかなり減っている。
「思ったより優しいよ!」
「え?ホント!?」
「説明とか丁寧で分かりやすいし、この前なんて食堂でご飯奢ってくれたよ!」
「まじか。超以外」
「ねっ!もっと厳しいかと思ってたよ!それこそ訓練中に半殺しにされるとか、ブツブツ呪い殺されるとかさ!だってあの人、初めて会った日ヤバかったし」
やっぱり理恵加さんも同じ事を思っていたんだ。あの日、普通にニコニコで富永さんと喋っていたから何とも思ってないのかと思っていた。
「月見里さんは?」
「月見里さん?う〜ん。厳しい、と思うよ。でも、それは僕が今まで一般人で、体力的にも精神的にも弱いから、理恵加さんから見たら厳しいかどうかは分かんないかも」
「あー、でも私は月見里さん厳しそうに見えるけどな。初めて会った時から口調からして絶対に、厳しいなーって思ってたから」
「まあ、確かに口調というか、声も冷たいような」
「しんどいね。もう嫌になっちゃった?」
「厳しいけど、今日その理由を教えてくれたから大丈夫!早く一人前になってみんなに追いつかないと!」
「頑張り屋さんだね」
「ええへっへへ?そう?」
「そうだよ」
いつものようにおちゃらけずに、至って真剣な眼差しの理恵加さんにそう言われて、顔が熱くなり顔を横に向ける。
「まあ、訓練もしんどいけど、それよりもしんどいのは月見里さんが全然話してくれない事だよ。仕事の話とかはたくさんしてくれるけど、それ以外は全く喋ってくれないから。二人でいる時とか気まずいから僕の面白エピソードとか話してるんだけど、もうネタ切れしちゃいそうだよ」
「それは、月見里さんのギフトの事を考えたら仕方ないよね〜」
「知ってるの!?」
「うん。富永さんが言ってたよ」
「富永さんと月見里さんって仲良いのかな?」
「二人とも同じ恒星基地のサンに所属しているクズハキだからね。それなりに仲良しなんじゃない?」
「え?あの二人って岐阜から来たの?」
「うん。この基地の人手が不足しているから出張らしいよ。二人ともスーパーエリートだよ。教え方とか上手なのも大納得だよね」
頷いて声に出しながら納得を深める理恵加さん。
「そうだったんだ...」
「そう言う事も話してくれないんだね」
「富永さんはそう言う感じの、話をしてくれるんだね。どっちかというと無口よりだと思ってた」
「富永さんは結構話してくれるよー。あと意外に良い匂いがするの」
富永さんの方が喋ってくれるのかよ。しかも良い匂いがする?良い匂いって何だ?柔軟剤とか香水か?そんな事を考えていると、富永さんと初めて会った日の情景が頭に広がる。『これは暴力だよ』『クソボケは死んだ方が良い』こんなセリフを吐きながら、犯罪者と言えど人を殺すのに躊躇の無さそうな人だった。
そんな人間からする匂いなんて決まっている。絶対に血の匂いだ。もしくは死臭。それを良い匂いだなんて。理恵加さんは血をいい香りだと思える鼻を持っているのか?
今度富永さんと会ったら匂いを嗅がせてもらうとしよう。そう決意を固めながら、空になったペットボトルをゴミ箱に捨てる。
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