第44話 一等星②
「またか」
「最近は特に活発だね」
顔を上げる二人の視線の方を振り向くと、古風な外装と内装に馴染め切れてない、薄型のテレビが壁に設置されている。そのテレビで流れたいるニュースの内容について二人は話していた。このニュースなら僕も知っている。最近、各国の偉い人達が何者かに暗殺される事件が続出しているという内容だ。
「また他の国からどやされるな。とっと犯人を捕まえろって」
丸山さんの発言に疑問を覚える。
「捕まえろって、誰が犯人なのか分かってるんですか?」
「ああ。犯人は一等星のシリウスだって言われてるな。世界中から疑われている。もちろん俺もそうだと思ってる」
「一等星のシリウス?」
聞き慣れない言葉を耳にして、その言葉を復唱する。一等星は人類にとって一番脅威になるダストに与えられる称号のはずだ。
「葵君はまだ知らないかな。これは一般には公開されていない情報だから」
クエスチョンマークを浮かべている僕に、小林さんが優しく声を掛ける。小林さんはそのまま僕に説明を始める。
「一等星って言うのは分かりやすく言うと、とにかくすごい人間を指している称号みたいなものだね。良い方向か悪い方向のどちらかに、突き抜けている人間が一等星に属される事になっている」
「良い方向か悪い方向のどちらかに突き抜けてるってのは、善人も犯罪者もごちゃ混ぜになってるって事ですか?」
「そうなるね」
「えー、何かややこしいですね」
「まあ、とにかく一等星に属されるのは、善人だろうが犯罪者だろうが、国が見過ごせない程の力を持っている人間達だよ。ギフトが希少とかね」
「じゃあ、今やってるニュースの事件の犯人候補の一等星のギフトもレアなんですか?」
「そうだな。レアだしコイツが疑われている理由のひとつもギフトに含まれている」
腕を組んでニュースを眺める丸山さんが答える。
「コイツのギフトはいわゆる瞬間移動。一瞬で地球の果てから、地球の果てまで飛ぶ事が出来る」
「え?世界各地に移動出来るからって、そんだけの理由で疑われてるんですか?」
「それだけじゃない。コイツは元はwseoに所属していたクズハキだったんだ。当時は実績を残して名誉ある一等星に認定された。だが何年か前にwseoの重役を殺しまくって裏切った。今となっちゃ犯罪者側の不名誉な一等星だな」
「へぇ。元々は優秀な人だったんですね。それにしても、他の国はどうしてシリウスのギフトの事を知っているんですか?」
「一等星という括りは各国に存在していて、そのリストは全世界で共有されているからな。リストの中で最も事件を起こしやすいと判定されたのがシリウスのギフトだ。世界各国で重役殺害事件が起きる度に日本が責め立てられる訳だ」
「wseoを抜ける時も偉い人を殺してるから、偉い人を殺す趣味でもあるんですかね?」
「さあな。ただ、シリウスがwseoを抜ける前から、ぼちぼち各国で重役が暗殺される事件は起きて騒動になっていたな。だから、犯人は別にいるんじゃないかと考えられもしたが、抜ける前からでも事件を起こす事自体は可能だったからな。昔の事件と今の事件の犯人が一緒かどうかは誰にも分からない」
「早く捕まると良いですね。世界中で偉い人殺しまくってる事件の犯人じゃなくても悪い人なんだから」
「そうだね。でも捕まえるのは、ほぼ不可能なんじゃないかな?」
「ええ?何でですか?」
「そもそもどこにいるのかも分からないし、見つけたとしてもすぐに瞬間移動で逃げられるからな。おまけにギフトが無くても腕が立つと来た。逃げに徹されたら捕まえようがないし、仮に逃げずに戦う事になったとしても、ほとんどのクズハキは手も足も出ない」
「近頃シリウスを捕まえるための作戦が恒星基地のクズハキを中心に組まれているって噂も聞いたけどね」
「それ俺も聞きましたよ。本当なんですかねー?」
丸山さんが視線を富永さんに向ける。富永さんは先程から、会話に一切参加せずに新聞を読み続けている。
「どうなんだよ。富永」
富永さんは丸山さんの声を聞いて、新聞の細かい文字を追っている指をピタリと止めて顔を上げる。
「本当ですよ」
「ええ!マジかよ。てか言っちゃってもいいの?」
「問題ないです。今回の作戦はかなり大規模になる事を想定しているらしいので、今すぐにとまでは言わなくても、一年以内には全国の基地に作戦の協力要請と内容が伝えられますよ」
「マジかよー。本気じゃん」
「本気ですよ。シリウスには上も相当焦ってます」
「まあシリウスがこれまでの事件の犯人だったと発覚したら、それはそれで日本が他国から火の海にされちまうけどな。その前に何としでてもシリウスを殺して、全部無かった事にしたい感じだろうな」
「シリウスが犯人かどうかは明らかになる事はないと思いますけどね。生け捕りにするなんて不可能ですから。他国には時間と一緒に忘れてもらうしかないですね」
暗い話の中で店員さんの声が輝く。美味しそうな料理が運ばれて来た。薄暗い話なんて忘れて目の前のハンバーグを頬張り始める。小林さんお目当てのパフェを食べ終わり、会計を済ませて店の外に出る。
「じゃあ俺らタバコ吸って来るから、先に車行って待っててくれ」
そう言い残して、丸山さんと小林さんは店の裏へ歩いて行った。
車のドアを閉める音を最後に、車内は静まり返る。顔は正面を向けて、視線だけ窓の外に向ける。たった20秒ほどの静寂に耐え切れずに、富永さんに話しかけようとすると、向こうから先に声が聞こえた。
「晴が今日どこに行ってるか知ってるか?」
「え?」
突然の事に驚いて声が出る。そして驚くと同時に思い出す。理恵加さんが言っていた。富永さんは声のボリュームに依存しないお喋りなんだった。
「知らないです」
「そうか。アイツは何も話さなかったか」
「月見里さんは仕事に関係ない事は全然話してくれないですよ。僕の話は聞いてくれるっちゃ聞いてくれますけど。それで月見里さんはどこに行ってるんですか?」
「岐阜だ」
「岐阜?ああ、仕事の都合とかですか?」
「墓参りだな。家族の」
「家族...」
「アイツの家族はもう全員亡くなっている。晴は岐阜出身の人間なんだ」
岐阜出身という言葉を聞いて思わず体がピクリの動く。
「お前も知っているだろ?岐阜で何が起きたのか」
「そりゃあ、もちろん...」
俯きながら富永さんの言葉に返答する。この話はしたくもないし聞きたくもない。心が沈むだけだから。いつもなら聞き取りづらくて気が休まらない、富永さんのボソボソとした声が頼り強い。
「六年前のあの日、晴は県外の祖母の家に行っていたらしい。幸か不幸か、そのおかげで晴だけは死なずに済んだ」
幸か不幸か、僕も月見里さんと同じ立場だが、いまだにその答えは分からない。自分だけが生き残って、家族はみんな死んだ。それは幸福と言える訳がないが、不幸だと言い切りたくもない。
「岐阜で働いている時から、晴は仕事に余裕が出来る度に墓参りに行っていた。誰がどこにいるのか分からない墓場に」
岐阜には六年前の隕石落下で亡くなった人達の人数分の墓石が設置されている霊園がある。僕はまだ行った事はない。
「どうして、そんな話を僕に?」
「え?いや、その、晴って厳しいだろ?だから、優しくて真面目な奴だって知って欲しかったんだ。あ、でも家族の墓参りに頻繁に行ってるのって、優しいとか真面目とかじゃないのか?でも...」
「別に大丈夫ですよ!月見里さんが良い人だって事はとっくの昔に知ってますから!」
「そうか無駄話だったな。悪いな俺は話すのが苦手なんだ」
「いやー!話の上手さなんて別に!それより声が小さくて聞き取りにくいですよー!」
富永さんが自分で話すのが苦手と欠点を紹介したので、勢いでもう一つの欠点を本人に申告してしまった。
「よく言われるよ。昔、耳の良い知り合いがいたんだ。きっとその人のせいだな」
富永さんはいつも通りの無表情で話す。
「へー、よっぽど耳が良かったんですね!その人」
「ああ、良い人だった...」
そう言いながら、富永さんは右腕に着けている腕時計に目をやる。
「さっき店で隣に座った時に見えたけど、その時計壊れてません?針動いてないですよ」
「知ってるよ」
「新しいのに変えないんですか?」
「これは俺の星石だ」
「え!?星石って腕時計のもあるんですか?」
「星石は元々、目立たないようにアクセサリとか普段から身に付けているものにチップを埋め込んだものだから」
「そうなんですねー」
自分の首にぶら下がるペンダントを手で掬い上げる。
「え!?じゃあその時計は壊れたままですか!?」
「別に言えば変えてもらえるけど、そうなると星石ごと交換だからな。星石はまだ問題ないから使ってるだけ。本当は2、3年に1回くらい交換しないとダメなんだけどな。俺は物持ちが良いんだ」
「じゃあ、これもいつか交換しないといけないんですね」
親指と人差し指でペンダントの飾りの部分を摘んで富永さんに見せる。
「それまだ貰ったばかりの新品だろ。当分心配はないだろ」
「新品...?」
これを受け取った場所はホコリだらけで、散らかりまくった部屋だ。中古感が溢れているがどうなのだろうか。ペンダントを隅々まで見ていると、車のエンジンがかかる。外を見ると小林さんと丸山さんがこちらに歩いて来る。二人を乗せた後、車は基地へと向かって走り出す。
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