第36話 好奇心に呑まれる無関心

 「って、二人に聞く前に、まず私の自己紹介しないとね!私は荒冷あられい比左江ひさえ普段は岐阜の基地でギフトの研究してるけど、今は用があって半年前くらいからこっちにいるよ!あっ、因みにこのボサボサの頭は実験失敗の印でもなければ、オシャレでもないよ!ただの寝癖!ここ最近寝てないから、いつの寝癖か分からないけどね」


 博士は頭上に目線を上げて、膨れ上がった髪の毛をポンポンと触る。


 「それでね!聞きたいのは二人のギフトの事だよ。二人とも良いギフトを持っているよね。理恵加ちゃんは鑑定!この世界に欠かせないギフトだよ。そして、葵君の予知夢!世界の未来を見通すギフト!二人とも素晴らしい!私はギフトの研究をしていてね、二人にギフトの事を聞きたいんだ!良いかな?」


 「ギフトの事ですか?全然大丈夫ですよ!」


 気持ちの良い返事をしてから、胸をそっと撫で下ろす。意外とまともな質問で良かった。もっとやばい質問が飛んでくるのかと構えていた。それに、世界の未来を見通すギフトって褒められて嬉しい。


 「理恵加ちゃんは?大丈夫ー?」


 横に目を向けると、理恵加さんが目を閉じてウトウトしている。こんなヤバそうな人が目の前にいて、どうして眠れるんだ。メンタルが強過ぎる。揺れている理恵加さんの肩にそっと触れる。


 「理恵加さん?荒冷さんがギフトの事、聞いても良いか?だって」


 「ああ、すみません!大丈夫ですよ!」


 目を急激に開いて、答える理恵加さん。眠たそうな目をこすった後、ほっぺを掌で軽く二、三回叩く。


 「おお!ありがとう!じゃあ、理恵加ちゃんから聞いてもいいかな?」


 博士は体をルンルン気分で揺らしながら、引出しから取り出したパソコンを膝の上に乗せる。


 「まず理恵加ちゃんの、鑑定のギフトってどうやって使ってるの?ギフトを使える人が視界に入ったら、その人のギフトの情報が勝手に見れる感じ?」


 「相手をじっと見て長い間、視界に入れ続けると、ギフトの情報が文字として浮かび上がってきます。その見た相手が自分のギフトに対しての理解度が文字になるって感じですね。あと、なるべく近い方が良いです。遠くだと文字も小さくて、分かりずらいんですよね」


 初めて会った時に、理恵加さんが妙に顔を近づけて来た理由がようやく分かった。それにしても、あれは今思い出しても顔が赤くなるくらい近かった。


 「ふむふむふむ」


 博士はすごい速度でタイピングをして、パソコンにメモをする。テンションも統一されて、表情は落ち着いている。研究者らしい知的な雰囲気を感じた。


 「理恵加ちゃんのギフトはレアで、相手のギフトが本当に正しいかを見極めることが出来るらしいけど、その判別はどうやってるの?」


 「浮かび上がる文字の色で判別しています。赤色の文字なら、その人が自分のギフトを理解して使いこなしている。青色ならまだ理解が足りずに使いこなせてない事になりますね」


 「ほうほう。何歳から鑑定のギフトが使えるようになったか覚えてる?」


 「...すみません。覚えてないです」


 「覚えてないっと。じゃあ最後の質問!ご両親は理恵加ちゃんの鑑定のギフト、もしくは似たようなギフトを持っている?」


 「あー、あの両親いないんですよね〜。...私が、小さい時に死んじゃったと言うか、会ったことないと言うか」


 親がいないと言う理恵加さんの発言に驚く。博士も驚いて、膝の上のパソコンが落ちそうになる。


 「ごめんね。私の好奇心が不快な思いさせちゃって」


 博士はタイピングの手を止めて頭を下げる。


 「そんな!大丈夫ですよ!もう何とも思ってないので」


 「理恵加ちゃん、ありがとね!最後は本当にごめんなさい。次は葵君!良いかな?」


 「はい」


 「葵君の予知夢はまだ確定してないんだね。まあ今は予知夢として話すとしよう。少し前に初めて予知夢を見たと言う事だけど、今思えばアレも予知夢だったなぁって経験はある?」


 「えー?多分ないです。覚えてもないです」


 「予知夢は今日までに何回見た?一回?」


 「二回見たと思います。多分!」


 「予知夢は自由自在に見れる訳じゃないよね?」


 「そうです」


 「二回予知夢を見て来て、何か気付いた事はある?」


 思い当たりを必死に探る。


 「最初に理恵加さんにギフト見てもらった時に言われたんですけど、僕の身に危険が迫った時に予知夢を見るって。確かに二回とも命の危険が迫ってました」


 パソコンにメモをし終えると、博士がすごい勢いで顔を上げる。


 「もしその考えが的中してたらすごい便利なギフトだよ!」 


 「本当ですか?ありがとうございます!」


 「最後の質問、葵君のご両親のギフトはどうかな?持っている?持っていたら似てる?」


 「すみません。僕も両親いないんですよ。十歳くらいの時に死んじゃって」


 「ごめん。さっきから私最悪過ぎるね。本当にごめんね」


 「仕方ないですよ!研究者は疑問をぶつけて、その返答を生かすのが仕事ですから!だから僕は全然気にしないですよ!役に立てていたら嬉しいです!」


 博士は水浸しになった犬のように体を震わせた後、爆発している髪の毛を頭に押し付ける。


 「神だーーー。神ーーーー。神様だーーー。神様!神様!ありがとうございます!神ーー。ありがとうぅ。うう!」


 小川のような穏やかさで、滝のような豪快さのある言葉を連呼する博士。怖い。僕に向けられた言葉なのか分からない。博士の瞳に映っているのは誰だ?何が神だ?僕なのか?僕の方に指を向けて、死んだ表情で思い言葉を軽く放ちまくっている。


 「うおっ!?」


 肩に衝撃を感じて横を見ると、眠った理恵加さんが寄り掛かって来ていた。気持ち良さそうに目を閉じている。


 「理恵加さ〜ん?」


 僕の左肩が枕になった。距離が近くて恥ずかしい。可愛い寝息が耳にダイレクトに入ってくる。


 「さっきからウトウトしてたけど、お疲れのようだね」


 「電車に四時間くらい乗ってたし、その間一回も寝てないから疲れてるんですよ。僕に寝させてくれて、理恵加さんはずっと起きてたから」


 「おお!そうだったのかぁ。三重からここに来るのは遠いもんね」


 「理恵加さん!」


 小声の域を出ない大声で呼ぶ。


 「はっ!はい!」


 「理恵加ちゃん、今日はもう部屋に戻って休んでくれ。また今度お話してくれると嬉しいね!疲れてるところ、ありがとうね」


 「すみません。ありがとうございます」


 理恵加さんは、よろけながら立ち上がる。


 「大丈夫?」


 「うん。それじゃあ、失礼します」


 今にも沈みそうなお辞儀をしてから、理恵加さんはフラフラと歩いて研究室から出て行く。


 「律儀で良い子だね!」


 「ですよね」


 博士はパソコンに何かを打ち込んで、引き出しにしまった。


 「そうだ!さっきは君に色々聞いたから、今度は君が私に聞いて良いよ!何でも」


 「ええ?質問ですかー?」


 何も思い付かない。せっかく目の前に研究者がいるのに。今後の役に立ちそうな事を聞きたい。理恵加さんが言っていた月見里家を思い出す。


 「ギフトって遺伝したりしますか?あっ!特に深い意味とかはないですよ!気になって」


 「するよ。ギフトは遺伝する。今まさに、その研究を進めているとこだよ!もう少しで、遺伝する条件も判明しそうなんだ!そうなれば世界はもっと良くなるよ!」


 普通に遺伝する事を知っていて驚く。まあ、ギフトの研究をしているなら知っていて当然なのだろう。


 「葵君とか理恵加ちゃんのみたいな、優秀なギフトが増えたら、良いんだけどね」


 「理恵加さんの鑑定が優秀なのは分かるんですけど、僕のギフトもそんなに優秀なんですか?」


 「もちろんだよ!ポテチって大きいのも小さいのも入っているだろ?その大きいポテチが君だ」


 「絶妙に凄さが分かりにくいですね」


 「ポテチが入っている袋は地球だよ」


 「僕ってかなり凄めですね」


 研究者の例えのうまさは別格だ。


 「それにしても最近の研究は、アメリカの研究所での経験が生きてるよ」


 「アメリカの研究所ですか!?すごいですね。めっちゃ頭良いイメージしかないですよ」


 「確かに、めっちゃ頭の良いやつしかいなかったな。アメリカでいる時に星石を思い付いたんだよね!かなり技術はパクったけど」


 「え!?星石って博士が作ったんですか!?」


 「そうだよー。日本に戻って来てから、あっちの技術に色々付け足して作ったの」


 「すご!でもパクったって、大丈夫なんですか?アメリカに怒られたり...」


 「大丈夫大丈夫!アイツら細かい事とか気にしないし、国土と同じで心もバカみたいに広いの。今頃ハンバーガー食べて笑ってるよ。あははっ」


 そう言ってから博士は、手を叩きながら一人で爆笑し始める。笑い疲れたのか、急に静かになる。


 「十数年も前だけど、楽しかったなぁ。今でも思い出せるよ」


 「え?十数年前って?博士は何歳なんですか?二十代じゃないんですか!?」


 勝手に二十代だと思っていた。アメリカに行ったのが数十年も前なら、今は少なくとも三十代?二十歳以下でアメリカの研究所に行けるはずがないだろう。

 

 「出世が速い男!ここにも一人発見!年齢は秘密だね」


 「えー、秘密ですか?制服着て高校に居ても違和感なさそうに見えるんですけどね」


 「もー、君はそんなに出世がしたいのか!」


 照れ隠しか通常運転か分からないが、あたふたしている博士は可愛い。


 「そう言えば、月見里君も初めて会った時、そんな事言ってくれたな。まあ、あの子は心の底から思ってない可能性が高いけど」


 「月見里さんが?意外ですね」


 「あの子は心の底から思ってない可能性が高いけどね。おっ、もうこんな時間だ。今日はありがとね!」


 博士は腕時計を見ながら言う。


 「こちらこそありがとうございました!


 「また今度ね〜。ばいばーい」


 手を振る博士に、お辞儀をしてから研究室を出る。

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