第35話 猫舌

 ピンポーンと音が鳴りエレベーターの扉が開く。


 「ここが四階、お前たちが研修中に寝泊まりする場所だ」


 「おー!ドアがたくさん!一階と違ってめっちゃ綺麗ですね!床とか壁とか!」


 「一階は、ほぼ外みたいなもんだからな」


 気分が暗くならない適度な明るさで、天井の高さも常識的だ。視界にはドアが入り続ける。目が届く範囲、全てにドアがある。ドアには部屋の番号と、0から9までのタッチパネルが付いている。

 

 「ここだな」


 月見里さんが立ち止まる。


 「0425が津江月、0426が双葉の部屋だ。部屋の番号はしっかり覚えとけよ」


 奇跡的に僕の誕生日と同じだ。忘れる訳がない番号で助かった。


 「今から部屋のパスワードの設定の仕方を教える」


 「去年来たんで、私覚えてますよ!」


 「そうか。なら、津江月。今から説明するから、その通りに設定するように」


 「はい!」


 初仕事だ。ここで出来る人間という事をアピールするチャンス。好感度を上げるんだ。


 「まずは一を四回押してから、タッチパネルの上にあるカメラのレンズに見ろ」


 「一を四回...」


 ピッピっと音を四回聞く。四回押し終えると、ピンポーンとクイズが正解だった時の音が鳴る。


 『カメラを見てください。顔認証が完了しました。ロックを解除します』


 「おー、ドアが喋った」


 「これで中に入れるようになった。後はパスワードの設定だ。一を長押ししてみろ」


 『パスワードの変更をします。新しい四桁の数字を打ち込んで下さい』


 「部屋番号と同じ数字にするなよ」


 「はい」


 何にしよう。こういう番号を決めるのも苦手だ。


 「自分が忘れない四桁なら何でも良いぞ。全部同じ番号以外なら」


 「よし!」


 四桁のパスワードが決定する。0712。特に意味はない数字だ。


 『パスワードの変更が完了しました』


 ドアノブのレバーを下げて、ドアを押して中に入る。


 「おお!」


 部屋にはベッドと机、棚が置いてある。棚のそばにはクローゼットまである。サイズは学校の教室の半分くらい。ちょうど教室を半分に切った感じの、奥に広い縦長の部屋だ。靴を脱いで部屋に上がる。クローゼットが気になって、中を開けると何着かのスーツが入っていた。ハンガーごとスーツを取り出して、入り口に立っている月見里さんに聞く。


 「このスーツに着替えるんですか?」


 「今日は制服のままでいい。研修期間中はそのスーツを着てもらうことになる」


 「カッコいいですね。スーツ」


 ベッドのそばにキャリーケースを置く。


 「ん?」


 ベッドのヘッドボードに、握り拳ひとつ分くらいの窪みがある。何かを入れるための場所だろうか。


 「月見里さん!この窪み何ですか?」


 「それは星石せいせきを充電するところだ」


 「せいせき?成績表の?何ですかそれ?」


 「星の石で星石だ。知らなかったのか?お前の学校は随分ズボラな教育をしているらしいな」


 やばい。僕の知識不足のせいで学校が批判されている。


 「星石は武器を創り出すものだ。お前も首にぶら下げているだろう」


 首にかけたペンダントを取って、手に乗せて眺める。


 「あー!これですか!これ星石って言うんですね。使い方なら教えてもらいましたよ!バッチリと!」


 入り口に立っていた月見里さんが、靴を脱いで部屋に上がってくる。


 「貸してみろ」


 「はい。どうぞ」


 首からペンダントを外して、差し出された月見里さんの手の上に乗せる。月見里さんはペンダントを窪みに入れる。窪みに入ったペンダントを覗き込むと、底が黄色く光っている。透明のパネルがスライドしてきて、窪みに蓋をする。そのパネルに十パーセントと表示が浮き出る。


 「うおー、すご。サイバー感だ」 


 「十パーセント!?お前、充電切れる寸前じゃないか?」


 「いや、だって充電するなんて知らなかったし、今日それの名前知ったばかりだから仕方ないですよ。はは」


 月見里さんは落胆をあらわにして肩を落とす。


 「はあ、いいか?クズハキにとって星石は命そのものだ。こいつが使えなければ死に直結する。直接戦闘に生かせないギフトなら尚更だ。分かったか?」


 「...はい。分かりました!すみません!」


 「今日はもう、そのまま放置しとけ。充電するのにも時間が掛かる」


 初日から結構真面目に怒られた。ここから挽回するしかない。外に出ていく、月見里さんに続いて靴を履く。外に出ると理恵加さんが待っていた。


 「これから基地内の案内をする。今日はそれで終わりだ。三重から来てるんだもんな。疲れていると思うが、すぐに終わらせるから頑張ってくれ」


 基地の案内。楽しみだ。緊張は無くなって、ワクワクが強くなる。こんなに広い建物の中に何があるのかすごい気になる。


 「双葉はここに来るのは二回目だったな」


 「はい」


 「面倒だと思うが付き合ってくれ。これも研修の一部だからな。それに、去年と少し変わってるかもしれないしな」


 月見里さんの発言に違和感を感じる。去年と少し変わっているかもしれないって、何で知らないんだろう。月見里さんは建物の形を覚えるのが苦手なのだろうか。一旦忘れよう。基地の案内が楽しみだ。


 「次の二階の研究室で最後だな」


 下に向かうエレベーターの中で月見里さんが言う。基地を見て回った感想に、広いという言葉を除外することが出来ない程に広かった。

 食堂は二つもあり、美味しそうなメニューがたくさんあった。会議室も広くて、いつかあそこで会議をして見たいと思った。基地にいくつもある訓練室は全て広かった。トレーニングルームもあり、そこで筋トレをするマッチョの姿が浮かんで見えた。


 エレベーターが止まる。二階に到着した。扉が開いて目に入って来たのは、壁には張り付く無数のドアだ。入り組んだ構造の二階部分には部屋がたくさんあるようだ。ドアの近くには病院の待合室のように、横長の椅子が置いある。

 廊下を歩いていると、離れたドアから白衣を着た女性が出てきた。女性はこちらに気が付くと、走って来た。かなりの全速力だ。


 「お疲れ様です。急に走ってどうかしましたか?」


 「はっ!はぁ、後ろの二人はぁ〜?制服のぉ〜」


 静かに尋ねる月見里さんと対照的に、漏れ出る吐息と一緒に言葉を吐く女性。頭は寝起きと疑いたくなるほど、ボサボサだった。


 「ああ、今日来た研修生ですよ。これから研究室の案内するところです」


 「その案内、私がしても良いかな〜?いや、させてくれ!」


 「え?全然問題ないですけど、忙しくないんですか?」


 「猛烈に忙しい!スズメバチが侵入して来た時のミツバチくらいだ。でも!ちょうどこれから休憩しようと思ってたんだ」


 黒目を尋常じゃないくらい震わせながら、そう言う女性は明らかに卒倒寸前だった。それを見ても、何のリアクションもない月見里さん。


 「じゃあ、お願いします。研究室なら俺が案内するより、博士がしてくれた方が断然良いんで。俺もやりたい事あったんで、助かります」


 「月見里班長はこっちでも相変わらず、仕事熱心だね〜。関心が止まらないよ」


 「...失礼します」


 月見里さんは深くお辞儀をする。

 

 「お前たち、くれぐれも失礼のないようにな」


 そう言い残して、この場から立ち去った。月見里さんの後ろ姿に、和やかな表情で手を振っている。


 「それじゃあ、理恵加ちゃんと葵君。私の研究室に行こっか。着いて来て」


 そう言うとフラフラと歩き出す。口に溜まった唾を飲み込んで、理恵加さんと顔を見合わせてから後を追う。


 「ここが私の研究室ね〜。入りまーす」


 誰に伝えているのか分からない掛け声を、上げて中に入る。


 「汚いけど、気にしないでね〜。お茶を入れてきます」


 部屋の中はひどく散らかっていた。泥棒に入られたとか、そんなレベルじゃない。ダンサー集団がブレイクダンスをしていった後、そんな感じだ。部屋はさっき見てきた、大きめの会議室と同じくらいだ。この広い部屋が満遍なく散らかっている。

 床に散乱しているの物は主に、本と資料とペンだ。実に研究者感が満載している部屋だ。


 「毒入りのお茶とか持ってきたらしないよね?」


 「来そう。あの人のテンションは確実に毒物を体に含んでる感じだったけどね」


 「お茶をお持ちしました〜、って、机に置き場がない!しばしお待ち」


 ホームセンターに売っているような木材を持って戻ってきた。木材は机より少し小さい。それを机の物を退かさずに、そのまま置いた。そして、その木材の上にお茶が着陸。


 「最近、若者に人気と噂のルイボスティーですよ。これ私も飲んだら美味しくてさ!私もしかしてまだ若い?あはは。どうぞ?」


 今、お茶を飲まなきゃ殺されると感じた。木材の上の、ティーカップを手に取る。この散らかった部屋には似合わない程、お洒落なデザイン。

 

 「いっ、いただきます!」


 ティーカップを口へと近付ける。手がプルプルと震え出す。怖い。ティーカップを木材の上にそっと戻す。


 「どうしたの?」


 「いや〜、まだ熱そうだなーって。熱いの苦手なんですよね!」


 「私もお茶は冷たい方が好きだよ。気が合うね!」


 あまり嬉しくはない。返す言葉と表情の設定に時間が掛かる。固まる僕の横で、理恵加さんはルイボスティーを飲もうとしている。


 「いただきます!んっ、美味しいです〜」


 「でしょー?良かった!」


 気分が良さそうにニコニコな女性。表情はさっきからずっと明るいが、テンションがチグハグでダイレクトな恐怖を味わう。


 「二人に聞きたい事があったんだ!今から聞いても良いかな?」


 「は、はい」


 目を輝かせる女性に、僕たちは頷くしかなかった。触れ方を間違えたら噛み殺してくる、普段は温厚な猛獣のような雰囲気。何を聞かれるんだ。世界的には正解でも、この人的に不正解だったら殺される気がした。ルイボスティーの代わりに固唾を呑む。

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