第34話 月見里家

 「...やった着いた」


 「いぇい!」


 あれから十分くらい歩いてようやく到着した。目の前には大きな建物が二つ。基地ともう一つは病院だろうか?駅から見えていたものが今は目の前にある。間近で見る基地の大きさに驚くと同時に、自分の想像していた見た目と違い、そこにも驚く。

 ビルのような縦長を想像していたが、実際はショッピングモールのような横長型だった。横長と言っても、十分上にも長い。その建物と僕たちを隔てるように大きな鉄の門があった。


 「ここから右に行って敷地内に入るよ」


 「え?この門は開かないの?」


 「ここの門は車の通るところだから。人間を通してくれるほど懐が深くないの」


 そう言って理恵加さんが示した先には階段があった。


 「ええ...また上るの?」


 「あの階段は今までの坂道と比べたらそんな大したことないから大丈夫!」


 「あっちの白い建物は病院?」


 基地の方に歩いて行くにつれて、どんどんと離れていく白い建物。学校のグラウンドよりも広い駐車場には車がたくさん停まっていた。


 「そうだよ」


 「基地と同じ敷地にあるんだね」


 「病院はダストの脅威から一番守りたい場所だからね。隣に基地があるのは良くある事だよ。クズハキの訓練中の事故とかにも、すぐに対応できるし。お互いが近くにあると良い事尽くめなの」


 「なるほど。win-winこと利害の一致ってやつか」


 「そう言うことー。おっ、あったあった!あの入り口だ」


 理恵加さんの目線の方を見ると、フェンスの間に取り付けられた扉があった。


 「ここから前も入ったんだよ」


 「何かしょぼいね。ウサギ小屋の入り口みたい。基地の周りも、もっとゴツい塀とかで覆われてるのかと思ってたよ。学校とかにもある、金網みたいなやつで仕切ってあるだけだし」


 基地の周りは僕の背丈より少し高いフェンスで囲まれているだけだった。そのフェンスの奥に中を隠すように、申し訳程度の木が生えていた。

 

 「私も去年思ったよ。でも入り口分かりやすいから良いよね」

 

 フェンスの扉を通って敷地に入る。しばらく歩くと数台の大きなトラックが停まっている駐車場が見えてきた。駐車場はトラックが八台くらい止められそうなくらいのサイズだ。その駐車場を囲むように両脇に僕の背丈の三倍はありそうな壁が佇んでいる。

 先を歩く理恵加さんが駐車場の右奥に進んで行く。奥まで歩くと、基地の入り口とそこで立っている警備員が見えてきた。


 「今日は何の御用ですか?」


 警備員が進路を塞ぐように前に立ち、僕たちに尋ねてくる。


 「星彩玲瓏せいさいれいろう学校から研修に来ました」


 理恵加さんがそう言うと、警備員は険しい表情を和らげて、重く頑丈そうな扉の手すりに手を掛かる。ギギギと鈍い音を出しながら扉が開く。


 「どうぞお入り下さい」


 空いた扉から順番に中に入る。扉が再び鈍い音を出して閉まる。右側には受付カウンター、左側には車一台くらいなら問題なく通れる程に広い通路がある。閉じたシャッターがある。トラックからの荷物を下ろすための物だろう。

 刑務所の面会室のようにガラス張りの受付カウンター。ガラスで仕切られた向こう側には受付のお姉さんがいた。ニコリと笑うお姉さんと目が合う。とてつもなく美人だ。流石WESOの基地の受付だ。レベルが高い。


 「研修で来ました」


 理恵加さんがガラスの向こうにいるお姉さんに言う。


 「研修の生徒さんですね。学生証の提示をお願いします」


 「学生証あるよね?」


 「うん」


 財布から学生証を取り出して、理恵加さんに預ける。分厚そうなガラスの仕切りの下に空いた、小さな半円形の穴から理恵加さんが学生証を渡す。


 「学生証をお返しします。星彩玲瓏学校からお越しの、双葉様と津江月様ですね。お待ちしておりました。ただいま担当の者を呼びましたので、少々お待ち下さい」


 ガラスの向こうから上品で優雅な声で言う受付のお姉さん。付きっ切りのキャリーケースから手を離す。


 「両手に力が入らないよ。今なら生卵も豆腐も潰さずに運べる」


 「ねー、私も手が疲れてるよ」


 初めて入る基地に興奮して周りをキョロキョロと眺める。キャリーケースに座って休憩している理恵加さんを、横切って少し奥に進む。受付カウンターの奥にも通路がある。どこまで続いているのか分からないくらい長い。

 通路を凝視していると、コツコツと響く足音が聞こえてくる。黒いスーツを着た男が歩いてきた。


 「お疲れ様です」


 男はそう言いながら、受付カウンターに繋がる扉を開けて入っていった。受付カウンターの前まで戻ると、男は資料を受け取っていた。資料を軽く確認して扉から出てくる。こちらまで歩いてきて、僕たちの前で立ち止まる。


 「星彩玲瓏学校から来た、双葉理恵加です!今日から一か月間よろしくお願いします!」


 キャリケースから飛び降りて、ハキハキとした声で自己紹介をした後、理恵加さんは深々とお辞儀をした。お辞儀をした理恵加さんの目が僕に訴えかけてくる。


 「津江月葵です!よろしくお願いします!」


 今までの人生で経験したことのないくらい深いお辞儀をする。


 「顔を上げろ。俺は君たちが研修中に所属する班の班長、月見里晴ヤマナシハルだ。よろしく」


 年齢は二十代くらいだろうか。僕より少し高い背丈に、キリっとした顔立ちと鋭い目。凛とした雰囲気を醸し出す月見里さん。厳しそうな印象を感じて勝手に緊張していると、横にいる理恵加さんが声を出す。


 「月見里!?」


 驚いた表情で月見里さんを見る理恵加さん。それを見た月見里さんも一瞬、驚きを含んだ表情を見せた。


 「双葉、お前は物知りだな。お前が頭に思い浮かべている事と、お前のその表情に対する俺の心当たりは同じだと思う。でも、俺は違う。たまたま名字が一緒だっただけだ。苦労してるな。ただの女子高校生じゃない」


 月見里さんはそう言って、右手の資料に目を向ける。


 「星科にいる時点で、ただの女子高校生じゃないですよ」


 「それもそうだな。俺も、お前みたいな反応する人を見るのが久しぶりだったから、少しだけ驚いたよ」


 僕と理恵加さんのキャリーケースを引く音が通路に響き渡る。天井が怖いくらい高くて、電気が点いているのに絶妙な薄暗さの通路。床と壁の塗装はどれが元の色なのか、分からないくらい剥げている。通路の床の色の剥げ具合から、人が普段どこら辺を歩いているのかが分かる。

 先を行く、月見里さんの足取りは速い。靴が奏でる音の間隔が非常に短い。目をつむっていても、その速さは伝わってくる。


 「理恵加さん、さっきは何を話してたの?月見里がどうだの、名字がどうだのって」


 先程の二人のやり取りの一部分すら、理解することが出来なかった。緊張が吹き飛んで、代わりに大きな謎と疑問に頭が支配されていた。


 「今から話す事、絶対に誰にも言わないって約束できる?」


 笑顔以外の理恵加さんの顔を初めて見た。普段は一番星のように明るい声も低く聞こえて、刃物のような鋭さを持つ目つきが見えた。


 「だ、大丈夫!口は堅いし、約束は絶対に守る男だから!」


 強張る声を押し殺すために、ボリュームを上げて誤魔化す。


 「じゃあ、信じるね!」


 いつもの理恵加さんに戻ってホッとする。


 「京都に月見里家って言う、何百年も昔から今まで続いているお家があるの。月見里家は、代々あるギフトを引き継いでいてる」


 「え?ギフトって引き継げるもんなの?」


 「親の遺伝で似てるギフトとか、全く同じギフトを引き継ぐ事があるらしいよ。引き継ぐ可能性は低いらしいけどね」


 「へえ」


 僕のギフトも父さんか、母さんのギフトを引き継いでいるのかな?でも、予知夢のギフトを持っていたら、岐阜に隕石が落ちることを事前に知って回避する事が出来たはずだから、恐らく違うだろう。


 「その継がれてきたギフトはとても大きな力を持ってるの。国の運命すらも変えることが出来ちゃうくらいにね。ギフトを持つ月見里家は、国と密接な関係を持っていて、国の方針すらも裏で決めているなんて噂があるくらい。それが月見里家ってわけ!」


 「そんなすごい一族がいたんだ。で、どんなギフトなの?」


 話の中で一番気になったことを聞く。


 「...それは私も知らない」


 「...そっか。月見里家が国の運命すらも変えれちゃうって事は分かったけど、何でこれが誰にも話しちゃいけない内容なの?よく漫画とかでありそうで、みんな一度は想像したことがありそうな設定の一族だったけど」


 「この月見里家の存在がひた隠しされている主な理由は、ギフトが遺伝するっていう情報があるからだね。この情報が公になれば、社会にありとあらゆる混乱を呼ぶことになるから。本当にゴミ見たいな世界が広がっちゃうからね。まあ、ギフトの内容が分からない以上、これが一番の理由と考えるしかないかな。あ、因みにこれ全部私の推測ね」


 「なるほど。月見里さんがその一族と同じ苗字だからびっくりしてたんだね」


 「うん。たまたま名字が同じだけって言ってたから違うんだろうね。WSEOにいる人だからもしかしたらって思ったけど、普通に考えて月見里家の人間がこんな所で、クズハキとして働いている訳がない。でも、何で月見里家の事を知っているんだろう?一般の人なら知る由もないことなのに」


 「じゃあ、何で理恵加さんは知っていたの?」


 「えー!!秘密」


 「理恵加さんは何者なの?」


 「...私は別に、何者でもないよ」


 あからさまにテンションが下がる理恵加さんに、質問を続けることは出来なかった。足音とキャリーケースを引く音だけが聞こえる。


 「おい!お前たち早く来い!上に昇るぞ」


 月見里さんがこっちを見て呼ぶ。大きいエレベーターが四台ほど見えた。


 「急ごう!理恵加さん」


 「うん!」


 通路は忙しいキャリーケースの音に染まる。

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