第32話 照れてる先輩

 コツコツと足音が廊下に響く。


 「さっきは見苦しいところを見せちゃったから、ここから挽回するね」


 歩きながら琴奈先輩は言う。


 「全然見苦しくなんてなかったですよ!教室のみんなに静かにしてって言ったの、めっちゃかっこよかったですよ!」


 「そ、そう。ありがと」


 「今なら僕も先輩の心の声分かるかも!照れてるでしょー?」


 「それは私の顔見れば分かるでしょ」


 琴奈先輩は赤くなった顔で僕に言う。


 「そんな事はどうでも良くて、今はダストを探さないと」


 「そうですね!」


 先輩は星科の三年生だ。色々な経験を積んで来て、僕よりも死のイメージが鮮明なはずだ。ダストの恐ろしさを克服する一方、ダストの恐ろしさが膨れ上がっていると思う。さっきも震えていた。それなのに前に進んでいる。理解不能な精神力だ。自分の恐怖を殺して進む事の勇敢さに尊敬の念が止まらない。僕も強くならないと。


 「他の子たちもこっちの校舎に来てると思うけど」


 「そういえば、さっき話してたメガネの先輩いるじゃないですか?」


 「うん」


 「その人のギフトって花が関係してたりしますか?」


 「そんなギフトじゃないけど何で花?」


 「三階の三年五組から八組までの廊下が、花で埋め尽くされてるのを、予知夢で見たんです。その人は、その近くで倒れていたから花のギフトなのかな〜って」


 先輩は思い当たりを探るように、うーんと唸っている。


 「少なくとも星科の生徒と教師には、そんなギフト持ってる人はいないよ。人型のダストのギフトとか?」


 「だとしたら視界を奪うギフトのダストと、花のギフトのダスト。人型が二匹もいる事になっちゃいますよ?」


 「まあ私たちが考えても分かんないよ。とりあえず後で先生に報告しないとね。人型なんて居たら大騒ぎだよ」


 「でも僕が夢で見ただけですよ?そんなの報告しちゃっても大丈夫ですか?」


 「いやいや〜、葵君の夢だから大丈夫だよ!予知夢はちゃんと働くよ」


 「まあその夢に助けられてるから信じるしかないですよね」


 「そう!ナイスギフトだから」


 二年四組の前で先輩が足を止める。


 「何か落ちてる」


 琴奈先輩が視線を向ける先を見ると、大きな鳥の羽のような物が散乱していた。


 「鳥の羽ですかね?妙に大きいけど」


 「この先にダストがいるかもね」


 散らばる羽は曲がり角まで続いている。琴奈先輩と僕は目を合わせてから頷く。寝ている猛獣の横を通り抜けるように、忍び足で音を出さないようにする。曲り角の壁に背中を貼り付けて、顔を少し出して五組から八組までの廊下を見通す。


 「誰かいますよ」


 六組の教室の前くらいに人が二人いる。一人はしゃがんで、一人は立っている。羽はそこまで続いていた。


 「おーい」


 琴奈先輩が呼びかけると二人が振り向く。居たのは優希君と鈍平君だった。二人はこちらに気がつくと手を振る。近づくにつれて、羽の量が増える。ダストの白い血も床やガラスに付着している。


 なるべく血は踏まないように、避けながら歩く。二人の前に横たわるダストが見えてくる。二人の元に到着する。後には人より大きい鳥のダスト。カラスだろうか。カラスとは大違いで真っ白だ。


 「葵君!松岡先輩と一緒だったんだな。無事で良かった」


 「うん!何とかね」


 優希君は安堵の表情を浮かべる。後ろのダストを倒したのは二人なのだろうか。だとしたら二人は中々凶暴な性格だ。ダストの体は痛々しく穴だらけだ。その穴から白い血が流れ落ちている。


 「うわっ、何これ血だらけじゃん。これは安藤君と遅越君やりすぎでしょ〜」


 琴奈先輩がそう言うと、優希君と鈍平君は二人揃えて「えっ」と声を出す。


 「俺たちが来た時はもう死体でしたよ。先輩たちがやったんじゃないんですか?」


 そう言う優希君に続いて、鈍平君も口を開く。


 「そーそー、俺はびっくりしましたよ!こんなグチャグチャのダスト見るの初めてだし。二人が向こうから歩いて来た時に思いましたもん。あの二人見た目に似合わず惨い事するなーって。必要以上に痛めつけるタイプだったかって」


 「私たちは違うわよ。ずっと一組側の廊下にいたから。ねー?」


 琴奈先輩の言葉に相槌を打つ。


 「俺たちは八組側の階段から二階まで来ましたよ。まあ途中で真っ暗になって、何も見えなかったから座って待ってましたけど。何なんですかあれ?めっちゃビビりましたよ」


 優希君が一番向こうの階段を指差す。


 「ああ、それは葵君曰く人型のダストの仕業ね」


 「人型のダスト!?」


 「そんなの都市伝説じゃないの!?何で葵が知ってんの!?」


 琴奈先輩の言葉で二人はものすごいスピードで首を曲げて僕を見る。


 「僕が学校に爆弾を仕掛けたって電話をした日に予知夢で見たんだ。その夢に人型のダストが出てきて、そいつに僕は殺されたんだ」


 相槌を打ちながら、二人は興味深そうに目を見開いて僕の話を聞く。


 「それでこの話をさっき琴奈先輩にしたら、人型のダストはコピー元の人間のギフトを使う事があるって言ってたから、さっきの暗くなるやつがそれなんじゃないのかなーって。そう言う話」


 僕の話を聞き終えると、二人は大変興味深い物を味わったような顔つきになっている。


 「葵君の予知夢か。ならほぼ確定だな」


 「まあ人型のダストがいる事は分かったけどさ、結局これをやったのは誰なんだよー?」


 頭の中の記憶を掘り起こす。あの時の夢を鮮明に思い出したい。何か手掛かりがある気がする。


 「あっ!」


 「んっ?どうした葵?」


 記憶を掘り起こすシャベルが何かに当たる。思い出した。


 「もしかしたらダストを殺したのは人型のダストかもしれない」


 三人は何も言わずに、食い入るような目で僕の次の言葉を待ち望んでいるようだった。


 「予知夢で見たんだ。犬のダストが僕を見つけてこっちに走ってきた。すぐ目の前まで近づいた時にさっき見たいに真っ暗になった。手を伸ばせば触れられる近さだった。ダストからしたら目が見えなくても全く問題のない距離。なのに僕は襲われなかった。今思えば、人型のダストから逃げていたのかもしれない」


 「あり得ない話ではないと思うよ」


 琴奈先輩が言う。


 「そうだな。ダストがダストを襲う事例は別にそんなに珍しくない。ただ、ここまで派手にやって音が何一つ聞こえてこなかった。ここから端の階段まで多少の距離はあるけど、流石にこんなにボロボロになるまでやってたら音くらい聞こえるはずだ」


 優希君の発言が記憶の中に埋まった何かに当たる。


 「人型のダストは音も消すことが出来てたと思うよ。自分の声が聞こえない瞬間も夢で経験した」


 「わお。至れり尽くせり。流石人間をコピーしただけのスペックはある。お手上げだ」


 上の階を指差しながら鈍平君が言う。


 「てか、双葉は一人で大丈夫か?そんなやばい奴がまだ校内にいるかもしれないんだろ?」


 「えー!りーちゃん一人なの!?」


 「まあ理恵加なら大丈夫だろうけど、一応見に行くか」


 優希君と鈍平君が三階へ向かう。


 「ダストの回収業者の手配の仕方教えるよ。初めてだもんね」


 ボロボロのダストを眺めながら琴奈先輩が言う。


 「はい。お願いします」


 「その前に一階の安全確認だけしに行こうか」


 「分かりました」


 ダストの死体を後にして、優希君たちが上って来た階段まで歩く。


 「初日からお疲れ様だね。って言っても葵君は一人でダスト倒してるんだもんね。二日目見たいなもんか!もう慣れっこか!?」


 「いやいやいや。全然慣れてないですよ。でも今日は、みんな居たから前よりは怖くなかったですよ!」


 右手と顔をぶんぶん振りながら否定する。


 「...そっか。良かった。まあ初日お疲れ様って言っても、まだお昼も食べてないもんね」


 「確かに。もう一日の終わりくらいの疲れが来てますよ。早帰りとかにならないんですかね?」


 「なると思うよ」


 教室の方を見ながら琴奈先輩が言う。


 「本当ですか!?やった!」


 「星科以外の生徒はね」


 「えー」


 浮かび上がった心の空気が抜ける。


 「校内の安全の確認が取れ次第、下校って流れかな。その後は、クズハキを呼んで徹底捜索かな。人型のダストのね」


 「ほっとく訳にはいかないんですか?」


 「人型のダストは一刻も早く消し去りたい存在だと思うよ。ギフトを使うダストなんて恐ろし過ぎるからね」


 階段を下り一階に向かう。それにしても泣いてた先輩も可愛かった。もう一回くらい見てみたいな。


 「葵君。聞こえてるから」


 横を歩く琴奈先輩が言う。


 「えっ、先輩のギフトはオンオフ自由なんじゃないんですか!?」


 「そっ、そりゃあ、私だって見たい時は見るよ」


 琴奈先輩はそっぽを向いて、焦ったような口調で言う。


 「そんなに僕の心が気になるんですかー?」


 覗き込んだ琴奈先輩の顔はダストの血とは真逆で赤く染まっていた。やっぱり琴奈先輩は可愛い。

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